2、服に付いた化粧品は擦らず水分を抜き、ハンドソープ等で叩いて落とす
道の向こうは鬱蒼とした森が広がり、道は続いているが薄暗い。
この先は更に見通しが悪くなっていくであろう事は明白である。
こんな時に限って他の通行人の姿は見当たらない。
恐らく先程の声の主は人攫いか魔物とでも戦っているのだろう。
いずれにせよ、このまま何も聞かなかった事にする訳にもいくまい。
「仕方ない。加勢に行くとするか」
「……分かりました」
言うが早いかグルオは短剣でスパッとロープを切断する。
あ、うん。
通れるようにしてくれたのは良いけど、それ後で直しとこうな。
「あわわわ……姉さん事件ですぅ」
「あらあら、さっきまで戦いのお勉強してたんだから大丈夫でしょ」
コエダをフードの中に隠し、カロンは木の杖を、エーヒアスは柄の長い小さなハンマーを構えた。
「この先何が出るかわからぬ。皆心せよ」
俺達は音が聞こえるロープの向こうに足を踏み入れるのだった。
そして警戒しながら進むこと約一分。
ピンクの花柄ワンピースを着た奴が道の真ん中で戦っているのを確認した。
腰まである長髪と大斧を振り乱して戦う姿は鬼気迫るものがある。
相手は……ネズウサギが五体、モグラウサギが三体か。
辺りには既に倒されたネズウサギの死骸が複数転がっている。
この者、そこそこ腕は立つようだ。
この魔物はどちらもデカボア同様知能は低く、獣に近い存在だ。
見た目は名前の通りである。
それぞれネズミとウサギが混ざったような外見と、モグラとウサギが混ざったような外見をしている。
大きさは大型犬より一回り大きい。
この数を相手に一般人が出くわしたら間違いなくGAME OVERだろう。
大斧を振り回していた長髪は俺達の到着に気付くとクルリと振り返った。
「おぉ、助かった! 悪ぃがちょっとばかし手を貸してくれ!」
「「ぎぃやああぁぁ! 化け物ぉぉ!?」」
「いや化け物はあっち、あっち!」
響く俺とカロンの大絶叫。
長髪は魔物を指差して地団駄を踏んでいる。
そいつの顔は真っ白な白塗りだった。
おまけに特盛りヒジキのようなつけまつ毛。
テッカテカな赤い唇。
濃すぎる青いアイシャドウ。
林檎のような頬紅。
ノースリーブから覗く細身だが逞しい二の腕。
返り血を浴びた膝下花柄ワンピース。
詰め物がはみ出した胸。
これを化け物と言わず何と言うのだろうか。
最早どちらに加勢すべきか戸惑う俺達に、その化け物は何を勘違いしたのか「あぁもう!」と苛立たしげに大斧を振り抜いた。
ズシャリ、と地面に潜ろうとしたモグラウサギが一刀両断される。
「お前ら、戦えないなら逃げろ! ここはオレが何とか食い止める! ほら、早く!」
え、何この狂った空間。
どうやらあの化け物は俺達の事を「野次馬に来たは良いものの、魔物に怯えて動けなくなった低レベル冒険者」と捉えたらしい。
ぐあぁ、これは腹立つ。
「魔王様、ここは私が」
「行ってよし」
グルオが短剣を構えるなりネズウサギに突っ込んでいく。
一撃目はガキン、と前歯で受け止められたが、容赦のない連続斬りでネズウサギは悲鳴を上げて倒れた。
「おぉ!? やるな、兄ちゃん! オレも負けねぇぞっ!」
負けん気に火が着いたのか、化け物は爆盛りまつ毛をバサバサしながら長髪のカツラを投げ捨てた。
汗でペッタリとした短めの明るい茶髪が現れる。
「よっしゃ行くぞぉ!」
「変態だ! カロン、見るな! 目が腐る!」
「で、でもマオーさん、さっき敵から目を離すなっていってましたよね……?」
あれは敵ではなく、変態の化け物です。
ガキンバキンと戦う化け物とグルオの間をすり抜け、二体のネズウサギがこちらにやって来た。
「来たわよ、二人とも!」
エーヒアスの声と同時にネズウサギの噛み付き攻撃が襲いかかる。
難なく回避には成功したが、二手に分断されてしまった。
「エーヒアス、小さい方をやれ!」
「はいはい、了解よ」
「カロンはでかい方に攻撃だ。俺が援護する!」
「ひぇ、は、はいっ!」
エーヒアスは多分大丈夫だろう。
回復持ちだし、攻撃力と素早さがそこそこ高いし。
ごり押しで「当たらなければどうと言うことはない戦法」が通用する相手だ。
むしろ問題はこちらである。
カロンはドタバタとネズウサギから距離を取りつつ、ファイアを放つ。
「燃えよ、燃えよ、ファイア!」
シュボッ
──ピギッ!
▽ネズウサギ は 攻撃 を かわした!
「あわわ、も、燃えよ、燃えよ、ファイア!」
シュボッ
──ピギィ!
▽ネズウサギ は 攻撃 を かわした!
あちゃー、こりゃ長引くぞ。
俺が言うのも何だが命中率が低い、低すぎる。
最悪、他の皆の戦闘が先に終わる。
「カロンよ。もう少し落ち着け。外しすぎだ」
とりあえず剣技でネズウサギの攻撃を封じ、カロンの射程距離へと追い込んでやる。
「はいぃ! 燃えよ、燃えよ……ファイア!」
シュボボッ
──ピギィイィィ!
おぉ、当たった、当たった。
心なしか威力も今までで一番強そうだ。
手のひらサイズの炎の塊はネズウサギの顔面をうっすら焦がした。
「やれば出来るではないか! よし、今のをもう四度程当ててみよ」
「ひぇぇ、リアルに回数多いですよぅ!」
「諦めたらそこで戦闘は終了DEATHよ」
カロンはピーピーと文句を垂れているが、魔法発動に集中しながらも目を瞑らなくなっている。
よしよし、成長しているのは良い事だ。
シュボッ
「やった! また当たりましたっ!」
「あ、ごめん見てなかった」
「マオーさん酷いです!」
その後も一度だけ魔法が当たったが、結局時間切れで終わった。
カロンのMPが無くなり、他の皆の戦闘が終了したのだ。
ちなみに止めを刺したのはあの化け物だった。
「いやぁ、助かったよ。数が多くて困っていたんだ!」
「ア、イエ。デハ俺達ハコレデ失礼……」
こんな変態の化け物に関わりたくない。
あの看板の「変質者に注意」ってコイツの事だったのかもしれんな。
化け物は引き返そうとする俺達を慌てて引き止める。
「ちょ待てよ! あんたら腕が立つみたいだし、もう少しだけ力を貸してくれないか!?」
「あ、うちは間に合ってますんで」
「んん? おかしいな、会話が通じてないみたいだ!」
化け物は汗でどろどろになった化粧を拭ってニコニコと笑顔を浮かべた。
俺、崩れた化粧がこんなに怖いなんて初めて知ったわ。
カロンは俺のマントに隠れて震えてるし、うちのクールコンビですら言葉を失って白目になっている。
ここは俺がしっかりせねば……
「我々は貴様のような変質者に関わる気はない。悪いが他を当たれ」
「へんしつ……? あぁっ!? そういやオレ、変装したままだった!」
「変装……だと……?」
化け物の仮装の間違いではないのか。
ハロウィンにしても酷いが。
子供泣くわ。
そいつは「悪い悪い」とまるで悪びれなく濡れた手拭いで顔を拭き始めた。
がに股やめろ。
「よし、サッパリしたっ!」
化け物の正体はヤンチャな顔をした青年だった。
左頬に貼られた四角い白絆創膏、ニカッと白い歯を見せて笑う姿……暑苦しい熱血漢の印象しか抱けない。
どこの主人公だよ。
その顔に花柄ワンピースとか破壊力半端ないんだが。
「オレさ、ちょっと前に人攫いの事件を解決して欲しいって頼まれたんだ! そんで……」
「待て。話の前に着替えろ。見苦しい」
ナイス提案だ、グルオ。
これ以上はいくない。
SAN値削れる。
青年は「それもそうだな!」と元気よく答えると躊躇なくワンピースを脱ぎだした。
おいこら女子の前ぇ!
真っ赤になるカロンを促し、エーヒアスが後ろを向いた。
ナイス判断だ、エーヒアス。
しかしこの青年。
先程の戦いぶりを見た感じ、かなり筋が良い。
外見は相当アレだったが筋肉の付き方も悪くない。
もう少し鍛えればすぐにでも中堅クラス位にはなれるだろう。
着替えを終えた青年は茶色い革鎧に赤いバンダナを被るという、ありがちな冒険者風の姿になった。
あー、こんな軽装備の冒険者いるわー。
酒場とか食堂で二、三人は見かけるわー。
「これでよし……っと。あー、やっぱ自分の服って落ち着くな! 女ってなんであんなスースーするの着れんだろ?」
「早く本題に入れ」
グルオの冷たい態度に臆する事なく、青年は「そうだった!」と頭を掻いた。




