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3、シーズン中の落ち葉掃除は終わりが見えない

 何事も気持ちの切り替えが肝心だ。

嫌な事件だったね、うん。


「して、隻眼の貴様がこの町の領主とやらか?」


「あぁん? 違ぇーよ! つか誰だテメェ!」


 あ、違うのか。

確かにどことなく三下感はあったが……じゃあお前こそ誰だよ。フーアーユー。


 隻眼男は気が短いのか、苛立たし気に熊手を弄ぶ。

彼の近くには軽装備の人間が五人おり、鎖を引っ張ってトレントの動きを抑止しているようだった。


「俺はそのエルフの知り合い故、勝手に連れて行かれては困るのだ。よって、この町の領主とやらと少し話がしたい」


「はぁぁ!? テメェみてぇな変な兜の奴に領主様が会う訳ねぇだろ!」


「そこを何とか! お時間取らせません、せめて五分、五分だけでもお話を!」


「何の押し売りだテメェはよぉ!」


 うぅむ、交渉失敗か。

なんと手強い奴だ。

どうしたものかと考えあぐねていると、隻眼男の方が先に動いた。


「チッ、鬱陶しい奴め……オイ! やっちまいな!」


 ヴゥゥ、ォオオオオォォン──


 合図と同時に鎖が放され、手下の男達が槍や熊手でトレントを四方からつつく。

……あぁ、そうか。

人間には()()の切なる叫びが、言葉が聞こえないのか。


 トレントはドスンドスンと根を踏み鳴らし、痛みに耐えながら太い腕を振り回す。

レンガで整備された道は割れ、宿屋を始めとした近くの家々にもヒビが入る。


「ひぃっ! 皆、に、逃げろ逃げろー!」


「うわぁぁぁ!」


 なんという事だ。

壊される建物、逃げ惑う人々。

舞い散る砂埃と瓦礫の破片。

辺りはあっという間に阿鼻叫喚の地獄絵図である。

俺はこの混乱に乗じてエーヒアスの元に近付いた。


「エーヒアスよ、今の内にカロンと共に後方へ下がっておけ」


「……いえ、そういう訳にはいかないわ。私が、」


「いいからステイ。グルオ、二人を見ておけ」


「……はっ」


 この娘の事だ。

自分が捕まる事でこの場を収めるつもりなのだろう。

付き合いは短いが何となく分かる。


 砂埃はマジツラ1000%だが、致し方ない。

俺はトレントの腕を避けながら歩み寄る。

苦痛で暴れてはいるが殺気は全く感じられない。

俺が魔王だと(元だけど)理解しているらしい。

今までの魔物とは違い、彼女がまだ正気を保てていたのは不幸中の幸いと言うべきか。


 ゥオォォン──


「……そうか、貴様も子供が囚われているのか」


 オォォォン──


「分かった。頼まれよう」


 明らかに暴れるのを止めたトレントに、それまでニヤニヤと様子を窺っていた隻眼男は分かりやすく憤慨する。


「あぁ!? 何休んでんだよ、この役立たずが! おいテメェ等! アレやんな!」


「は、はいっ!」


 ? アレって何?

あんまアレだのソレだの言ってると呆けるぞ。


 ヴォ、ヴォォオオオオォ──


 ひときわ大きな咆哮が町中を震わせる。

え、マジで何。

民衆の悲鳴に混じり、後ろからグルオの声が聞こえる。


「魔王様! 奴等、トレントの背に何かを撃ち込みました! 薬剤のようです!」


「マジで!? ドーピング、駄目、絶対!」


 俺の位置からは見えないな。

急いで後ろに回り込むとトレントの巨体に十本近い緑色の液体が注射されていた。

ボウガン的な何かで撃ち込まれたようだ。


 我を忘れてもがき苦しむトレントに、これ以上近付く事は難しい。

あちゃー、どうしたものか……


 試しに剣撃を放ってみたが注射器が一本割れただけだった。

あ、俺、もしかしなくても命中率低い? 全体攻撃なら超得意なんだけどなぁ……


 パタパタと緑の薬品が滴り、地面に広がっていく。

零れ落ちた薬剤をトレントが踏むと、みるみる内に緑の液体は消えてしまった。

足の根からも吸収できるのか……厄介な。


 グルル……ゥオォォーーー──


「グルオ、呼んでいるぞ」


「いやそれ絶対違います」


 トレントの体がメキメキと音を立てて変異していく。

背丈は三メートル程にまで成長し、胴体である幹は一回り以上太くなっている。

頭の葉は一瞬だけ青々と繁り、すぐに茶色く枯れ果ててしまった。

ハラハラと舞い落ちる枯れ葉に悲壮感が募る。


 もう意思の疎通は出来ないのだろうか。

俺は地面を蹴り、一気に隻眼男の元に詰め寄る。


「貴様、あの魔物に何をした」


「うわっ! テメェいつの間……に……!?」


 隻眼男は首筋に突きつけられた剣先に気付いたのか、すぐに両手を挙げて大人しくなる。

手下達が慌てて武器を構えるが、男の一喝により全員武器を放り捨てた。


「答えろ。あのトレントに何をした。すぐに元に戻せ」


「あぁ? ありゃ植物の肥料だ。ただし、普通は十倍に薄めて使う奴だけどな。一度成長しちまったモンを元に戻すなんて、出来っかよバーカ」


 隻眼男は冷や汗を浮かべながらも強がりをみせる。

魔物がどうなろうと知ったこっちゃないと吐き捨てる此奴には反吐が出そうだ。

剣の柄で鳩尾を突くと、男は呻き声を上げて蹲った。


「全員その場を動くな」


 脅す訳でもなく言った俺の言葉は思った以上に効果があったらしい。

手下達は誰も動かない。

単にコイツの人望が無かっただけかもしれないが。


 地に伏せる隻眼男を放置してトレントに歩み寄る。

ドッタンバッタン大騒ぎな彼女の目は赤い光を煌々と放っている。


「女性になんて事を……」


 ゥヴオォォオオオオォオォォン──


 投げつけられる石壁の破片を避けていると、砂埃の中から野生のグルオが飛び出して来た。

ちょっとビックリしたのは内緒である。


「魔王様。あとは私が」


「いや、彼女の頼みを引き受けたのは俺だ。俺が行く」


 四肢を無茶苦茶に動かす彼女に手をかざして魔力を集中させる。

不甲斐ない展開を許した俺に出来る事は一つだけだ。


「……インフェルノ(燃えよ)


 ゴッと音を立てて地面から黒い炎が立ち上ぼり、トレントの体は一瞬にして炎に包まれる。

乾いた木はよく燃えると言うが、それはトレントも同じらしい。

肌にパチパチと当たる火の粉は彼女から爆ぜたものだろう。

これを避ける資格など俺にはない。


「すまぬ……子供の事は案ずるな」


 ヴォ、ォオオォ……──


 最期の唸り声を発し、トレントは倒れた。

俺の言葉が伝わったかは不明だが、それはまぁ良い。


「さて、残る問題は……」


 振り返ると隻眼男はまだ鳩尾を押さえて悶絶していた。

そんなに強く突いたつもりは無かったのだが……見かけによらず軟弱な男だ。


「貴様、何か言うことはないか?」


「うぐ、げほっ」


 この期に及んで尚逃げようと這い出す男の背を踏みつける。

この状況で逃がす訳なかろう。


「二度は言わぬ。あの魔物に……いや、この町で迷惑をかけた者達に、何か言うことはないか?」


「ぐぐ……」


 男は地に顔を擦り付けたまま喋らない。

……あれ? もしかして聞こえなかった? それとも俺って滑舌悪い?


「……この町で迷惑をかけたも」


「うるっせぇよ二度は言わねぇんじゃなかったのかよ!」


 聞こえてたんかーい!

いらん気遣いしてしまったではないか。恥ずかしい。

男は挑発的に地面を叩く。


「大体、部下も魔物もいくらでも替えがきくしな。俺一人居なくなった所で、あの領主は何も変わんねぇよ」


「何故その領主はあの女エルフを狙う?」


「そんな事、本人が一番知ってんじゃねぇの?」


 ふむ、なるほど。

チラリと辺りを見回せば、かなり離れた所でエーヒアスが怪我人の手当てをしている姿が確認できた。

いつの間にかグルオも瓦礫の下敷きになった人間の救助を手伝っている。


「貴様はこの町の惨状について何も思わぬのか」


「……良い見せしめにはなったんじゃねぇの? 領主に逆らったらこうなるってな!」


 あー、これは駄目だ。駄目な奴だ。

全然反省してない。

スラリと剣を抜き、男の眼前に突き立てる。


「うひっ!」


 流石にやばいと思ったのか男の態度が一転する。


「お、おいおい! ま、まさか本当に殺したりしねぇよな? な? 人殺しは、は、犯罪だぞ!?」


「反省も出来ぬ、ごめんなさいも言えぬでは話にならんからな。仕方あるまい」


 というかこの男からは魔物のみならず人間の血の臭いもプンプンするのだが。

何が人殺しは犯罪だ、だか。ブーメラン刺さっているぞ。


 剣先を首筋にあてがえば、出るわ出るわの謝罪の言葉。

助かりたい一心か。正直なのは良いことだ。


「貴様の思い、よく分かった。その反省、ぜひ来世で活かせ」


「ギャアァァァァ!」


 こういった奴は見逃せばまたすぐに同じ過ちを繰り返す。

厳しいようだがここで終わらせて被害を最小限に食い止めるに限る。


「頼む頼む頼むっ! 助けてくれ!」


「ごめんなソーリー」


 ヒュッと剣を振り上げると同時に、何かがガバリと背中に張り付いた。

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