2、熊手は便利さと使いにくさを兼ね備えている
あーもう胃が痛い。
シリアスな展開ってまだ俺にはハードルが高いんだぞ。
そういうテコ入れは旅の終盤くらいに起きてほしいものだ。
「全員落ち着け。こちらは何が何だか分からぬ故、返事のしようもないのだ」
至極全うな筈の俺の意見に男達が一斉に噛みつく。
「うるせぇ変質者! 俺等にゃ時間がねぇんだよ!」
「そうだそうだ! 早くその姉ちゃんを渡せ変質者!」
「oh……」
そんな寄ってたかって口撃しなくても……
なんて優しくない世界なんだ。
「変し……魔王様。どうします?」
「お前今変質者って言おうとしたろ」
優しくないのは世界だけじゃなかった。
グルオが目を逸らしながら俺に決断を迫る。
「選択肢は三つあります。一つ、この者等の言う通りにエーヒアスを引き渡す。二つ、カロンのヒロイン正式解雇。三つ、面倒くさいので町ごと消す。いかが致しましょう」
「いや『いかが致しましょう』じゃないだろ。何最後の物騒な選択肢」
「解雇は嫌ですってばぁーー!」
押さえ付けられる腕ニモ負ケズ、包丁ニモ負ケズ、カロンはジタバタと暴れる。
本気で危ないと感じたのか、大男は包丁を投げ捨てカロンを羽交い締めにして抑え込んだ。
優しいかよ。
このシビアな世界に貴重な優しさ発見伝。
「カロンは犠牲となったのだ」
「なりませんー! 先生の鬼ぃ!」
包丁が手離された事にも気付かず、カロンはキャンキャンと吠え続ける。
その気迫に押されたのか、周囲の男達はどうしたものかと顔を見合わせている。
グダグダな展開を打破したのはエーヒアスだった。
「そういえば、宿屋のご主人。娘さんの姿が見えないわね……」
「…………」
サッと青くなる主人の顔色で何かを察したらしい。
「そういう事……」とだけ呟き、彼女は男達の前に歩み寄った。
どういう事だってばよ。
「いいわ。カロンと私、交代ね。大人しくするからその子を放してあげて」
「……すまねぇ……」
男達は各々頭を下げ、カロンが解放される。
鼻水ズルズルの顔を恥じもせずに、カロンは俺達の元へと駆け寄ってきた。
「ひぃぃん、怖゛がっだぁ゛ぁ~!」
これは酷い。
ドン引きする俺達を一瞥し、エーヒアスは男達と宿の外へと出て行く。
チラリと見えた横顔は驚くほど涼しい顔をしていた。
気丈な娘だ。
やはりここで見捨てるのは気が進まぬ。
「待てお前達。その娘をどうするつもりだ」
一応店を出て引き止めてみよう。
屋外ならいざとなれば魔法を使って逃走もしやすいしな。
カロンも俺のマントに身を隠し、泣きじゃくりながら懇願し始める。
「ぐすっ、エーヒアスにひっ酷いことしないで下さいぃ……」
この泣き落としで揺れない奴はいないだろう。
男達に動揺が走る。
エーヒアスは一度だけ足を止め、悪戯っぽく口に人指し指を当てた。
「続きは明日の折り込みチラシで♡」
何その引っぱり方! 余裕かましてる場合か!
「とにかくだ! いい加減振り回されるのもウンザリでな。このまま事情を教えて貰えぬのであれば、力ずくで邪魔をするぞ」
魔王秘技、怖い顔を発動したが、変な兜のせいであまり効果は無かったらしい。
男の一人が声を荒らげる。
「うるさい! そっちのチビちゃんは返しただろうが! 無関係の奴がでしゃばるな!」
「うちの子を人質にした時点で無関係という道理は通らぬ」
いくら温厚な魔王でも、怒る時は怒るのだ。
特に端の二人。
さっき変質者って言った事、当分忘れてやらんからな。
「……さて、俺はあまり気が長くない。この町で何が起こっているのか、十分以内に簡潔に述べよ」
「あ、結構待ってくれるんだ」
俺の言い分も尤もだと思ったのか、彼等はゴニョゴニョと口ごもりだす。
やはり根は良い人間らしい。
やがてエーヒアスが「整いました」と手を上げる。
いやお前かーい。
「簡潔に言うと『魔物を飼ってる悪徳領主、美人半エルフを捕まえる為に刺客を送り、宿屋の娘や町の人を人質にしたってよ』って感じね」
なるほど、一応把握した。
「ライトな本のタイトルっぽいな。分かりやすくてgood」
「でもそれだとまるで悪徳領主が主人公のようですよぅ」
「個人的には自分で美人と評する所にイラッときました。減点」
好き勝手評価する俺達にめげず、エーヒアスは「残念、評価厳しいのね」とニコニコしている。
これは伸びしろがあると見た(総評B+)
「して、その悪徳領主とは何者なのだ。何故エーヒアスを狙う。人間が魔物を飼うなど、中々聞かぬ話だが……」
「それは……」
ウォォォォン──
俺達の会話を遮り、空気が震えるような魔物の咆哮が辺りに響き渡る。
このくぐもった癖のある声……木の魔物、トレントか?
通行人は頭を抱えてしゃがみこみ、男達はエーヒアスが逃げないよう気遣いながらも怯えた様子を見せている。
……カロン? 俺のマントにくるまってる。
超邪魔ぁ。
「近いですね。魔王様、お気をつけ下さい」
グルオがチャッと短剣を携える。
声が木霊して方向が分かりにくいが、匂いからみて風下から来ているようだ。
よく注意してみると、ズシン、ズシンと重々しい震動が足に伝わってくるのも分かる。
あーこれ間違いなくこっちに向かってきてますわ。
また正気を失くした魔物との戦闘かと思うと気が滅入るな。
すぐに咆哮の主は通りの向こうから姿を現した。
高さ二メートル程の太ましいトレント一体と……周りにいるのは全員人間か。
三十代位の隻眼の男が何重もの鎖で繋がれたトレントを大きな鉄の熊手で叩いている。
この男がリーダーだろう。
「おぉぅい! 遅ぇぞ愚民共! バカな女エルフがノコノコ戻って来たってぇ報告からどんだけ待たせやがんだ、あ゛ぁ!?」
ゥヴォォォォン──
熊手の先がザクザクとトレントの幹……いや、背中につき刺さり、その度に悲痛な叫び声が上がる。
なんと酷い事をする人間か。
隻眼の男は醜悪な笑みを浮かべながら辺りを見回し、エーヒアスに目を止めた。
「お、居んじゃねぇか! ならとっとと連れて来いよなぁ。モタモタしてっから俺様が直々に出向くはめになっちまったじゃねぇか、クソが!」
「す、すみません……今丁度、領主様のお屋敷に連れて行こうとしてた所で……」
宿屋の主人が半泣きで訴えた瞬間、トレントの腕が振り回され、彼の体に直撃した。
あ、これはまずいこと山の如しだ。
俺とグルオの間をすり抜け、盛大に吹っ飛ぶ宿屋の主人。
彼の向かう先はレンガの家壁である。
直撃したら死ぬかもしれない。
「ぉぐぇっ」
気付けば俺は着地点手前に先回りして宿屋の主人をキャッチしていた。
反射神経高くて良かった。
「ふむ……意外と間に合うものだな。……あれ? セーフ? アウト? セウト?」
反応はない。
うわ、やべ、襟首掴んじゃってた。
慌てて手を放すが、すでに宿屋の主人は白目を剥いたまま泡を吹いて気を失っている。
これはトレントに殴られたせいなのか、俺の助け方に問題があったのか、どっちだろう……
「……よくも宿屋の主人を! 貴様は絶対に許さん!」
「冷や汗ヤバいです、魔王様」
俺は悪くねぇ! 咄嗟の判断だったし、こうなるなんて思わなかったんだ。俺は悪くねぇ!
……おっといけない、取り乱した。
俺は宿屋の主人を道の端に横たえるとトレントの方に向き直った。




