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1、革製品は小まめにから拭きするだけでも持ちが違う

「うひゃあぁ、あれがモチット町ですかぁ~!」


 小高い野原から町を見下ろし、カロンが両手を広げて雄叫びを上げる。

俺達はボロボロだった。

この「ボロボロ」は主に精神的な意味合いが多分に含まれる。


「地図的には近い町なのに……早朝に出発して、もうじき夕方……」


「連戦でしたから時間食いましたね」


 昨日に引き続き、暴れ狂う魔物は何度も襲いかかって来ていた。

夜間休みの交代制かよと毒づきながら、逃げ回ったりたまに戦ったりの繰り返し……

やっと見えたゴールは感慨深いものである。


「約束はモチット町の宿屋よ。気を抜かないで頂戴ね」


 いつの間にかフードを深く被っているエーヒアスがニッコリと笑う。

俺とグルオが訝しんでいる事くらい流石に気付いているだろうに、なかなか図太い性格をしている。


 町に向かって駆け出そうとするカロンの襟首を掴み、俺達は警戒しながらモチット町に向かう。

ある程度町に近付くと、バチッとかなり強い静電気のような物が走った。


「!」


「っぐ、」


 あーびっくりした! びっくりした!

そういやこの謎静電気、ソロソロ村に入った時にもあったな。

つい昨日の事なのにすっかり忘れてたわ。

具体的には一ヶ月以上前の事のように感じるわ。フッシギー。


 カロンとエーヒアスが何も反応しない所をみると、対魔物用の仕掛け(トラップ)だろうな。

威力がバージョンアップしていたからか、グルオがメチャ痛がってる。プークスクス。



 そんなこんなで到着したモチット町。

外壁は一般的な石造りのものだが、町の出入り口の門扉はやけに重厚感がある。

財政が豊かなのだろうか。


 中規模の町にしては珍しく、道はレンガで鋪装されており、広場には物々しい装飾が施された小肥りのオッサンの銅像が立っていた。

汚れはなく、比較的新しい像のようだ。


 無口な門番を適当にやり過ごして門をくぐると、すぐに町の異様さに気が付いた。

暗い、暗すぎる。

人通りはあるし店も開いているのに驚く程活気がないのだ。

道行く人は皆うつ向きがちで、店の呼び込みもなければ井戸端会議するおばちゃんなんかの姿もない。

イヨイヨの町とは正反対だ。


「お通夜かな?」


「不謹慎……と言いたい所ですが同感です」


「思ってたのと違いますねぇ~……」


 唖然と町を見回す俺達の背を押し、エーヒアスが進むよう促す。


「宿屋はあっちよ」


「そうか。よく知ってるな」


「……えぇ」


 何気なく相槌を打ったら彼女はそっと目を伏せてしまった。

あ、やべ、もしかしてコレ地雷踏んだ?

彼女なりに隠し事をしている負い目でもあるのだろう。

なんかごめん。


 案内された宿屋はかなり小さな宿だった。

家族経営の民宿といった所か。

ボロい木戸を開くと一階は受付カウンターと六人がけのテーブル席しかないのが確認できた。

古くさい匂いが建物の年季を感じさせる。

くしゃみ出そ……換気して欲しいものだ。

カウンターには気弱そうな男が立っている。

彼が宿の主人なのだろう。


 頭の寂しいその男は目を丸くして俺達を……いや、エーヒアスを凝視しており、奥でテーブルを拭いていた逞しい女性もこちらを呆然と見ていた。

おんなじリアクションとか超絶仲良しかよ。

この二人夫婦だ、間違いない。


「やべぇ、見られてる。すっげ見られてる」


「魔王様、動揺しすぎです。何かやましい事でも?」


「べべべ、別にぃ? 魔王にやましい事なんてあるわけ無いだろうjk」


 エーヒアスがツカツカとカウンターに近寄ると、男はようやく言葉を発した。


「あ、ああ、あんた、まさかほ、本当に戻ってきたのか……!?」


 あ、知り合い?

クエスチョンマークを浮かべる俺達に構う事なく彼女はフードを取る。


「えぇ、予定より遅くなってしまったけれど。……預けていた物、全て返して貰えるかしら?」


「も、勿論だとも……! 待っててくれ、すぐに持ってくる。……おい、お前!」


 男はテカテカの頭を撫ぜながら妻らしき女性と共に店の奥へと引っ込んでいく。

うぅむ、何がそんなに彼らを動揺させたのか全く分からぬ。

いい加減に説明が欲しいものだ。


「エーヒアスよ。まさかここまで来てまだ何も言わぬつもりか?」


「……そうね。……でも…………ごめんなさい」


 ま さ か の 拒 否 !


「え、ちょ。このタイミングで言わないとかアリ? 流れ的に言うならいつよ?」


「今でしょ!」


「ほらカロンもこう言っているぞ。さぁ、吐け、吐くんだ! エーヒアス!」


 必死に説得を試みる俺達だったが、彼女の心は変わらないようだった。

エーヒアスは俺達から目を逸らしたまま淡々と言葉を並べる。


「……荷物とお金を引き取ったら、晴れて依頼は終了よ。随分と助けられちゃったから、少しだけど追加料金を上乗せするわ。依頼料をお渡し次第、あなた達とはお別れね」


 えぇ~……これでおしまいとかモヤモヤしか残らないのだが……

カロンと一緒になってブーイングしていると店の奥から革製の鞄を抱えた店主が戻ってきた。


「お、遅くなってすまないねぇ……ほ、ほら、これがお嬢さんの荷物だよ」


「ありがとう」


 彼女は穏やかな笑顔で鞄を受け取り、中から財布を取り出した。

そしてチラリと中身を確認だけして財布を俺に差し出し……え。


「おいおいおい、ちょっと待て! え、何で財布丸ごと!?」


 流石に受け取る訳にはいかない。

あ、もしかしてあれか、中身がメッチャ少ないとかか?


「ごめんなさいね。中身見たら一九八〇エーヌしかなかったわ」


「イチキュッパ!」


 微妙な金額! でも想定内!

安さ爆発お手頃価格にグルオのこめかみに青筋が浮かぶ。

エーヒアスは悪びれた様子もなく鞄を漁り、黒光りする石ころと火水晶を複数取り出した。


「お金の代わりにこの鉱石と火水晶をあげるわ。そこそこの値になる筈。これで勘弁してね」


 あ、グルオの殺気が消えた。

文字通り、現金なやつだ。

だがなぁ……


「エーヒアスよ。お前はこの後どうなる。全財産を失って、一体この先どうするつもりなのだ」


「そ、そうですよぅ。いくらなんでも、エーヒアスから全部むしり取るなんて出来ませんー!」


 カロンが駄々っ子のようにエーヒアスのマントを掴む。

咄嗟の判断にしては上出来だ。

現に彼女はカロンを無下に振り払えず戸惑っている。


「……けど、これ以上あなた達を巻き込めないわ。だって……」


「それこそ今更だな。既に何戦したと思っている。依頼とはいえ、もう我々は十分巻き込まれたぞ」


 迷うように瞳を揺らす美しきハーフエルフに、俺は精一杯のどや顔で畳み掛ける。


「話を聞く位ならタダだ。俺達を見くびるな」


「……けど」


 素直になっちまえよと熱い視線を送ると、エーヒアスは非常に言い難そうに口を開いた。


「だって、レベル5の魔法使いがいるパーティー相手に無理させるなんて非情な事、私には出来ないわ」


「これ以上ない説得力で論破された件」


 え、もしかして俺達、あんま強くないパーティーだと思われてた?

確かに俺は逃げに徹していたし、カロンはアレだし。

実質、戦闘の八割がグルオ頼みだったけど。

因みに残りの二割は依頼人であるエーヒアスだ。

そりゃ信用ねぇわ。


 ぶっちゃけた事で遠慮する必要が無くなったのか、彼女は眉を下げながらため息を吐く。


「最初に感じた魔力ではマオーさんが一番強いと思ったんだけど、あまり戦いは得意じゃないみたいだし、正直、アテが外れたっていうか……」


「もう止めて、泣きそう」


 期待外れでどうもすいませんね。


 ゴリゴリとメンタルを削られていると、宿屋の主人が話に入ってきた。


「いやぁ、しかし、本当に戻ってきてくれるとは思わなかったよ……ありがとう」


「? 何が……」


 俺達だけでなくエーヒアスも首を傾げた瞬間、バァン! と扉をぶち破る勢いで男達が店に押し入ってきた。

なんだなんだ、この狭い場所で敵襲か?

室内の匂いですっかり気付くのが遅れてしまった。不覚。


「ひぇぇっ!? な、何なんですかぁ!?」


 俺達はあっという間に取り囲まれ、って……


「……カロンよ。何をあっさり捕まってるのだ」


「あわわわわ……分かりましぇんん~……!」


「しぇん?」


「噛んだだげでずぅ゛ぅ~、先生のバカぁぁー!」


 エプロン姿の大男に捕まったカロンが身動き一つ取れずに固まっている。

首筋には大きな包丁があてがわれており、切っ先はガタガタと小刻みに震えていた。

大男は明らかに戦い慣れしていない様子だ。

この震えようではうっかり首を斬られかねない。


「お、落ち着け! 首は止めてボディーにしな!」


「ボディーも嫌でずぅ゛ぅ~……!」


 エグエグと顔から出るもの全部出して泣き喚くカロンに良心が痛んだのか、周囲の男達が僅かにたじろぐ。

一人の中年が意を決したように一歩前に出た。


「兄ちゃん達、お願いだ。そのエルフの姉ちゃんをこっちに引き渡して貰いたい。そうすれば、これ以上手荒な真似はしないと約束しよう」


 隣でエーヒアスが息を飲む音が聞こえた。

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