10、寝袋を頻繁に洗うのはNG
こうして俺達はうんざりしながら本日二度目の戦闘を開始するのだった。
……と言ったな。
あれは嘘だ。あ、いや、正確には嘘ではない。
あの後気合いでゴブリンを倒し、しばらく歩き、今度はオークに囲まれ気合いで倒し、またしばらく歩いたら次はスライムとローパーに囲まれた。
で、ついさっき気合いで倒した。今ココ。
「何なのださっきから! 誰か虫寄せスプレーでも使っているのか!?」
「日が暮れちゃいましたねぇ……」
辺りは比較的見通しの良い草原なのが救いではある。
……が、問題は空に輝きだした一番星だ。
うわぁあぁぁぁ野宿決定だぁぁあぁぁ。
「落ち着いて下さい魔王様。こんな時の為にテントと寝袋を用意してあります。タライもあるので軽い湯浴みなら出来ます」
「無理無理無理無理」
たとえ寝袋があっても地べたに寝転ぶとか拷問すぎる。
だったら立って寝る。
それに風呂が無いのも堪えられぬ。
風呂に入らねば全身が腐って死んでしまうかもしれない。
「フフ、大変なのね」
「やれやれ、手のかかるマオーさんですよねぇ」
カロンお前後で覚えてろよ。
夜を徹してでも先を進もうと提案したが普通に却下された。
エーヒアスがいる手前、空間転移魔法を使う訳にもいかない。
グルオが無慈悲にテントを組み立てる。
「無茶を言わないで下さい。ただでさえ寝不足な中での連戦、皆疲れきっています。土地勘もないのに明かりのない道を進める訳無いでしょう」
「ぐぅ」
「どうしても寝たくないのなら見張りをお願いします」
「ぐぬぬぅ」
あっという間に組み立てられたテントは思った以上に小さかった。
俺一人分サイズとか流石に想定外である。
「いや女子供を置いて俺だけテントで寝るとか潔癖以前の問題だわ。気まずいにも程があろう」
「ですがテントは魔王様専用のものしか持ち合わせておりません」
「お前準備良いようで悪いのな」
魔王とてレディーファースト精神はある。
父上だって昔、どこかの姫を拐かした時はもの凄く気を遣ったって言ってたし。
まぁその時はワガママな姫に付き合いきれず、その辺にいた配管工の男に引き渡したらしいけど。
結局テントは依頼人のエーヒアスが使い、カロンは自前の寝袋を使って寝ることになった。
グルオもその辺の木に寄りかかるように座って休んでいる。
……俺?
周囲を見渡せる位置を陣取り、折り畳み椅子に座って見張り番真っ最中である。
眠いが仕方ない。
環境が気になってとても眠れないのだ。
とんだ貧乏くじである。マジで眠い。
ボーっとしながら焚き火を眺める。
パチパチと小さな音を立てるこの火はカロンの魔法によるものだ。
マッチを使わずあえてカロンに着火させ自信を持たせる……こんな細やかな気遣いが出来る自分が怖い。
なのに何故モテないのか、誠に遺憾である。
「……魔王様、宜しいでしょうか」
「何だ」
瞠目していただけらしいグルオがポツリと話しかけてきた。
何だ、ボーイズトークでもする気か。
「エーヒアス、どう思います?」
「ボイン、いや、たゆん寄りのバインだな。特にハンマー振り上げる瞬間が素晴らしい」
「いやそうではなくて」
何だ違うのか。
という事はあれか。
もしかして真面目な方の話だったか。
「正直怪しいな。あれほど立て続けに正気を失った魔物に取り囲まれるなど、不自然極まりない」
「やはりあの女が原因ですかね」
早めに始末しますか? と短剣を取り出すグルオを手で制す。
何その短絡思考、物騒すぎるだろ。サイコパスかよ。
こいつには魔物の攻撃がエーヒアスに対してのみ殺気立ってない時が多々あった事は黙っておいた方が良いな。
「もう少し様子を見よう。個人的にはあの魔物達の飼い主に興味がある」
「……分かりました」
エーヒアスが魔物を操って俺達を襲わせていた可能性……これはなさそうだ。
そんな素振りは見られなかった。
もし彼女があの魔物の飼い主だったのなら、この俺の目を欺いた演技力を褒めるしかあるまい。
……となると、エーヒアスは何者かに狙われていると考えるのが自然だ。
それも始末ではなく、捕縛という形で。
彼女は俺達を嵌めようとしているのではなく、俺達を巻き込んで状況を切り抜けようとしているように思えた。
大丈夫、俺の勘は三割当たる。
「……話は終わりだ。もう休め」
「いえ、魔王様を差し置いて休む訳にはいきません」
真面目か。
夜襲がないとも限らぬ上、明日もあるというのに今休まずしてどうする。
「いや、別に俺に構う事はな──」
「そうですかではお休みなさい」
「えっ」
すやぁ……
寝 や が っ た。
いや寝ろとは言ったけど! 言ったけど! ちょっと早くない?
ホーホーと寂しげなフクロウの鳴き声を聞きながら、俺は一人寂しく焚き火を見つめ続けた。
ちなみに夜襲は無かった。
そしてやっと訪れた明け方。
暇すぎた俺はカロンが貰った持ち手の無い鍋でイノシシ肉を焼くという暴挙に出た。
これが二徹明けテンションの怖い所である。
鍋の焦げやサビは既にグルオが取り除いていたため、俺は瓶詰めの肉を熱々の鍋に落とすだけである。
人生初の料理だ。
ヤバいめっちゃわくわくしてきた。
「そぉい!」
肉塊を一つ鍋に投入すると、ジュッ、という良い音がする。
しばらく観察していると肉の焼ける匂いがしてきた。
……あれ、何か、ちょっと……焦げ臭いような……?
「焦げた! 何で!? まだ上の方全然生肉なのに!」
あれか、ひっくり返せば良かったのか。
慌ててフライ返しでひっくり返そうとするが、肉は付き合いたてのカップルの如く鍋から離れようとしない。
ガツガツつついてもびくともしない肉に、力んだ俺は思わず鍋を掴んでしまった。
「だ熱ぅ!」
鉄の鍋は薄い手袋など何の意味もなさない程に熱していた。
完全に油断していた為、咄嗟に鍋を投げ飛ばしてしまう。
ガゴンッと重い音が響き渡る。
あぁぁ、やってしまった。勿体無い。
逆さに着地した鍋を呆然と見下ろしていると、騒ぎで目を覚ましたグルオとエーヒアスがやって来た。
「……何をしてるのですか、魔王様」
「あらあら、賑やかな朝ね、フフッ」
状況を説明せずとも察したらしい。
君達のような勘の良い奴は嫌いだよ。
「これは、その、暇をもて余した魔王の遊びという物だ。いいね?」
「アッハイ、とでも言うと思いましたか?」
あ、これ怒られるやつだ。
グルオはエーヒアスに回復魔法を指示すると布を当てて鍋を拾い上げた。
なんで火傷してたのバレたし。
俺は大人しくエーヒアスに火傷した手を治して貰う事にする。
彼女はスッと俺に向けて右手をかざした。
「……ヒーリング」
キュインと軽い音を立てながら回復魔法がかけられる。
患部を中心に光の粒子が集まり、ジンジンとした痛みがみるみる引いていく。
なにこれあったかい。
「はい、これで良いかしら」
「起き抜けにすまぬな」
エーヒアスは少し乱れた髪を手櫛で整えながら柔らかく微笑んだ。
並の男ならイチコロだろう。……ふぅ。
「ところでマオーさん。あの鍋、壊れているようだけれど、修理はしないのかしら?」
「修理? あぁ、昨日カロンが貰ってきたばかりの物故、サビを落として洗っただけの手入れしかしていないのだ」
「……そう」
もの言いたげな顔をするエーヒアスだったが、それ以上は何も言わなかった。
何なんだ一体。
その後、グルオに叩き起こされたカロンが寝ぼけ眼で朝食を作ってくれた。
イノシシ肉のサンドイッチと野菜スープ。
店で出せる! とまではいかないが、普通に旨かった。
意外である。
「誰しも長所はあるものなのだな」
「失礼ですよ、マオーさん」
ぷぅと膨れるカロンに正式に料理係を命じる。
グルオも何も言わない辺り、ようやく彼女を認めたのだろう。
カロンは少し驚いた後、すぐに照れたようにニマニマとし始めた。
「料理上手ヒロインとして、頑張りますぅ」とか言っていたがこれは聞かなかった事にする。
腹が満たされた俺達は今日こそモチット町に辿り着くべく出発するのだった。
……眠い。




