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9、涎シミには漂白剤か、重曹……またお前か

 俺とした事が、風下から回り込まれたらしい。

道の片側は腰までの高さもある草木が生い茂り、もう片側は草木だけでなく背の高い木々が並んでいる。


 なんで奇襲って見通しが悪い所に居る時に限ってやってくるのだ、全く腹立たしい。

足音と気配の数からして、敵の数は七……だろうか。


 ザッ! と敵が姿を現す。

目を血走らせた狼の半獣人、コボルトだった。

その数、実に八匹。

……うむ、やはり俺の思った通りだ。

一や二の数など、誤差の範囲内である。間違ってない。間違ってない。


「なんだ、お前達は」


 胸を張って一歩前に出る俺に、コボルト達は鼻息荒く睨みを利かせる。

カロンがヒェェとエーヒアスにしがみついて震えているが、まぁレベル4では無理も無かろう。

それよりもこのコボルト達の様子が気になった。


 彼らはみなボロい鎧や胸当てを着けており、手首には鎖付きの手枷が嵌められ、口には鉄製の猿轡が噛まされているのだ。

これではまるで奴隷ではないか。


「どいてくれぬか」


 ヒュッと空を斬る音と共に、俺は体を半歩退く。

突然襲いかかってきた一匹のコボルトが攻撃を外した爪の先をカチカチと鳴らした。

手首の鎖がジャラリと重い音を立てる。

(くつわ)を噛んだ口からは涎がボタボタと……滴って……おぉぅ……


「くっ……俺はもう駄目だ、これ以上戦えぬ……!」


「えぇぇ!? 今の攻撃完全に避けてましたよね!?」


 カロンの悲鳴がやけに遠く聞こえる。

俺のSAN値がピンチ……ずばり生臭いでしょう。

ふらつく俺の肩を後ろに引き、グルオが前に飛び出た。


「ちっ、」


 グルオの短剣とコボルトの爪、鎧とがぶつかり合い、ギィィン、と耳障りな金属音を奏でる。

我に返ったカロンは慌てて背後に控えるコボルトにファイアを放った。

シュボッと火花が散るが敵には届かない。

あまりの火力の無さにエーヒアスは驚いた様子だった。

当然の反応である。


「かつてない危機キタコレ」


「馬鹿言ってないで魔王様もフォローお願いします!」


「アイアイサー」


 とは言ったものの、どうするか……

グルオは戦いながら敵を俺達から遠ざけようとしている。

あいつ乱戦が苦手とか言ってたし、倒すとなると時間がかかりそうだ。


 エーヒアスは何だかんだと軽い身のこなしで敵の攻撃を避けている。

コボルトの動きもどこかぎこちない。

とりあえずは大丈夫そうだ。

……カロン?

今俺が肩に担いで逃げまくってる。

流石にこの数のコボルトの速さにはついて行けぬだろうからな。


「カロンよ、昨夜の魔法を忘れたか。イメージだ、イメージ」


「はっ、はいぃ! イメージ、イメージ……」


 肩の上でほんの少しだけ、魔力が高まるのを感じる。

よしよし、俺の分まで頑張るが良い。

丁度近くにいた筋肉質なコボルトが太い腕を振り上げた。


「燃えよ、燃えよ、ファイア!」


──グギャアァァァ!


 小さな火の玉がコボルトの鼻先に着弾し、野太い悲鳴、いや怒声が響き渡る。

火はすぐに消えたものの、鼻先は綺麗に焦げていた。

うむ、やはり集中さえすれば彼女の魔法も悪くはないように思う。


 そして戦況自体もさほど悪くない。

敵は目前の鼻焦げコボルトを含めてあと四体。

既にグルオが三匹、エーヒアスが一匹倒していたようだ。

いつの間にかエーヒアスは柄の長い小さなハンマーで戦って……

……ハンマー?


「よっ、ほっ」


 軽い掛け声に乗せて振りかぶったハンマーが、ガギィン、ゴキィンとコボルトの鎧を凹ませる。

対人戦だったら中々の攻撃力がありそうだ。

っていうか何故ハンマー?

もっと女の子らしい武器もあるだろうに。


 そんな事を考えながら、俺は俺で鼻焦げコボルトの攻撃を紙一重で交わし続けるというパターンに嵌まっていた。

さて、どうしたものかな……

魔法で消し去る事はあまりしたくないし、直接手を下すなどもっての他だ。

先程からカロンがファイアを命中させているが、倒せるはずもない。


「コボルトよ、貴様、名は何と言う?」


「何を呑気に魔物に話かけてんですかマオーさんん!?」


「もうダメだぁ」と半泣きのカロンを無視し、正気とは思えないコボルトの目を見つめながら攻撃をかわす。

グルルルと涎を垂らしながら唸るその者からは何の意思も感じられない。

完全に殺意の波動に目覚めているようだ。


 仕方がない。

今朝がた(グルオが)手入れしたばかりの剣をスラリと抜く。


「お前達はどこから来たのだ」


 ガキィィン──

コボルトの鋭い爪を受け止め、真正面から目を合わせる。

ギチギチと鍔迫り合う音がするが、コボルトの目は焦点が定まらず何の反応も示さない。

そうか、もう駄目なのか。


「グルオ!」


「はっ!」


 ズシャッという嫌な音と共に鼻焦げコボルトが膝から崩れ落ちる。

その後ろには短剣を携えたグルオが冷たい目でコボルトを見下ろしていた。


「すまぬな」


「いえ、理由は何であれ魔王様に牙を向いた時点で許しはしません」


「なにそれ怖い」


 俺、俺で良かった。あれ、哲学?

担がれていたせいで後ろ向きだったカロンは「え? え? 助かったんです?」とジタバタしている。


「そっちに行ったわよ、お三方!」


 エーヒアスの声と同時に残り二匹となったコボルトが殴りかかってきた。

コンビネーション技とすら言えない単調な動きだ。

難なく避け、十分に距離を取るとカロンを地面に降ろす。


「敵の数も減った。後は自分の足で動け」


「えぇ~……」


「えぇ~じゃない」


 甘え癖は良くないと聞く。

いつまでも甘えられては困るというものだ。

俺の教育方針はブートキャンプ並にスパルタ式なのだ。



 その後、特に問題なく残りのコボルトは(グルオが)倒した。

そして俺以外の全員のレベルが上がった。


グルオ

レベル45→46(+1)


カロン

レベル4→5(+1)


エーヒアス

レベル17→18(+1)


 ……別に寂しくなんてない。

そんな事より気になるのは先程のコボルト達である。

彼らは基本的に頭が良く、年齢にもよるが人語を話せる者が多い。

しかしあの理性の無さは何だ。

操られているというよりは精神崩壊させられて簡単な命令だけ聞くよう躾けられていたように感じた。


「憐れな……」


 足元に転がる屍には元魔王として多少思う所がある。

そうだ、今朝の残りのパン。せめてもの手向けにこれを供えておこう。


「安らかに眠れ……名も知れぬ戦士達よ」


 来世があったらセレブに可愛がられる子犬に生まれて来るが良い。


 さて、と俺は少し離れた所で一休みする三人の元へ歩み寄る。

それぞれ息の上がり方は違えど、中々に疲弊しているようだった。


「……ではそろそろ行きましょうか」


 すっくと立ち上がるグルオにカロンが駄々をこねる。


「もうちょっと休んだって良いじゃないですかー!」


「馬鹿を言うな。こんな所で時間をくう訳にはいかない。野宿がしたいのか」


「それは駄目だ! 断じて許さん!」


 俺の全力の猛抗議に全員がドン引きするのが分かった。

だが怯んではいられない。

だって野宿だぞ? 野宿。

こんな草木と土ばかりの、虫や獣が行き交うような不衛生な野外で!


「たまには良いじゃないですかー」


「やめろ下さい死んでしまいます」


 頼むから早く先へ進もう。次の食事の時おかずあげるから。


 俺の必死のお願いが通じたのか、カロンとエーヒアスは重い腰を上げてくれた。神に感謝。


「フフ、マオーさんて、話に聞いていた以上に汚い物が苦手なのね。面白い人」


「その弱点さえなければ良いんですけどねぇ~」


 再び街道を進みながら話す女性陣の評価がなんか悲しい。

潔癖症っていっても俺は軽度だと思うんだけど。

親しい人とか清潔そうな人なら普通に触れるし。


 気まずくトボトボ歩いていると、また複数の気配を感じた。

一気にザザザっと取り囲まれる。

え、マジで? マジで連戦? 嘘だろ……


 現れたのは三体の小柄なゴブリン。

コボルト同様、手枷と猿轡がつけられている。

やはり正気を失っているようだ。


「こんな時、どんな顔したら良いのか分からないのだが……」


「戦えば良いと思います」


 グルオが逃げちゃ駄目だと言わんばかりに短剣を構える。

えぇぇー……


「信じられるか? 疲れた顔をしているだろ。俺達、イノシシ狩りで徹夜明けなんだぜ」


「マっちゃん、エーヒアスを宿屋に連れてって」


 彼女は意外とノリが良いらしい。

スッとハンマーを構えカロンを背に庇う姿はやけに頼もしく見える。

どうやらやるしかないようだ。あぁ、もう……


「なんて日だ!」


 こうして俺達はうんざりしながら本日二度目の戦闘を開始するのだった。

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