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6、鉄鍋のサビは酢水で沸騰してみよう

 依頼を完遂した俺達は果樹園を後にする。

結局手に入れたのは五〇〇〇エーヌと大量のイノシシの肉、デカボアのツノ二本。

そして持ち手が取れた錆びだらけの片手鍋である。

何故だ。


 正直臭いし、肉もツノもいらない。

鍋に至ってはゴミを押し付けられたのではないかとすら思う。

しかしカロンはニコニコと壊れた鍋を抱えて歩いている。

何故だ。


「まさかゴミの収集癖でもあるのではないか?」


「それは我々にとって大問題ですね。解雇しますか?」


 大きな声でヒソヒソ話をしているとカロンがキーッと地団駄を踏んだ。


「違いますー! 依頼人さんに譲ってもらったこのお鍋でお料理を作るんですよー!」


「え、これ使う気なのか!?」


 食べたくないんだけど。

いやそれ以前に料理なんてした事ないんだけど。

再びヒソヒソし始める俺達にカロンが真っ赤になって噛みつく。


「さっきからお二人とも失礼すぎじゃないですか!? 私だって女の子ですよっ。お料理くらい出来ますー!」


 マジか。

かなり意外な話だが、それが本当なら食費がかなり浮くのではないか?

イノシシ肉も無駄にならずに済むし。

何なら今後の投資として新しい調理道具を購入する事も視野に入れ──


「実際に確認するまでは信じ難いですね。妄言か味覚音痴の可能性も微レ存」


 容赦のないグルオの()撃が少女を襲う。

カロンは「先生が辛辣すぎて心が折れそう」と鍋で顔を隠した。


「とりあえず、カロンの料理の腕はギルドへの報告を済ませてから披露して貰うとしよう」


 何とかとりなし、場を取り繕う。

ふふ、俺は空気の読める男なのだ。


 グルオはため息を吐きつつカロンから鍋を取り上げると圧縮魔法鞄にしまい込んだ。

手に持っていたがった彼女は文句を言っていたが、あれは奴が鍋を「所持品」として認めたという事だ。

素直じゃないな。

ツンデレキャラの枠でも狙ってんの?


 何やかんやと無駄話をしながらも無事にイヨイヨの港町に帰還する。

昨日同様、町は活気に満ち溢れていた。


 さて酒場はどっちだったかと辺りを見回していると、突如カロンが登録証(カード)を手にワナワナと震え始めた。


「どうした、カロンよ」


「レ、レ、レ……」


「レレレ?」


 おじさんか。

カロンは疑問符を浮かべる俺達に向けて勢いよく登録証(カード)を突き出してきた。


「レベルが上がってますぅぅ!」


 カロンの登録証(カード)には確かに魔法使い、レベル4と記載されていた。


「一晩で二つもレベルが上がるなんて、信じられません! 魔法学校で学んだ三年間が嘘のようです!」


「その話の方が嘘のようだがな」


「先生はさぞ大変だったでしょうね」


 三年間でレベル2とか学校で何して過ごしてたんだ。

もしかすると卒業という名の体のいい退学だったのではなかろうかと勘繰ってしまう。


 黙り込む俺達の前でキャッホウウホウホと狂喜乱舞する彼女だったが、やがてピタリと動きが止まる。

忙しい奴だ。


「今度はどうした、カロ──」


「これって……」


 呆然とする彼女は登録証(カード)の裏を見ていた。

どうやらステータスの詳細を見ているらしい。

俺とグルオは野次馬精神で覗き込み、納得する。

そこには以下のように記載されていた。


カロン

レベル   2→4(+2)


攻撃力   2→2(±0)

防御力   2→3(+1)

魔法攻撃力 1→2(+1)

魔法防御力 2→2(±0)

素早さ   2→8(+6)


 彼女のステータスは素早さばかりが高くなっていた。

っていうかこれ本当に魔法使いのステータス?

流石に何と言って良いのやら──


「これって無様に逃げ回ってたからですよね、絶対」


「うぐぐぅ」


 もう止めて! カロンのライフは0だ!


「まぁ良いではないか。これからは『逃げの小カロン』と名乗れるかもしれぬ」


「そんなの嫌ですぅ……」


「では私はギルドに行き依頼達成の報告と手続きをして参ります」


 いつの間にか件の酒場に辿り着いていたらしい。

グルオは依頼人のサインが書かれた書類を持ち、さっさと酒場へ入っていった。

俺はもうあんな酒臭さと男臭さにまみれた場所には入りたくないので待機一択だ。


 これ以上小娘のフォローをするのも面倒だしな。

近場を散策する事にしよう。

波止場方面へ歩き始めるとカロンもノコノコと付いてきた。

カモメの鳴き声があちこちから聞こえる。


「……仕方ないとはいえ、潮風が鬱陶しいな」


 ぬるい海風が強く吹き抜け、思わず髪を押さえる。

長髪が絡むわベタつくわでウザさが稲妻級だ。

地味に苛ついていると、カロンが「邪魔ならその無駄に長い髪、男らしく切ったらどうです?」などと失礼な事を言ってきた。


 何お前、今までこの髪型を男らしくないとか思ってたの?

もしかして今時の若い子にはこの長髪ウケないの?

魔王だって傷付くんだけど。


「いや別にこの髪が格好いいとか思ってた訳じゃないしただちょっと面倒で放っといたら自然とこうなってだだけだしむしろオシャレとか今まで考えた事も無かったわマジで」


「? マオーさん、早口すごい上手ですねぇ」


 落ち着け、俺。

こんな小娘の言葉に惑わされるな。

そもそも爽やかな短髪の魔王ってちょっと威厳が無い気がする。

あ、俺は元魔王だけど。

いやしかし何十年とこの髪型な訳で、今更イメチェンなんて少し気恥ずかしいのも事実。


 一人唸っているといつの間にかカロンが消えていた。

全く子供というものは、目を離すとすぐこれである。


「やれやれ。どこに行ったのやら……」


 カロンを探して三千里。

っていうか、あいつマジでどこ行った?


「そしてここはどこだ」


 うろうろしている内に全く見覚えのない通りに出てしまった。

ガッデム。

ここは大通りとは違い住宅街のようである。

それも少し貧困層が住む感じの。

──迷っていても仕方ない。

俺は質素な服を着た初老の男性に声をかける。


「すまぬがこの辺で魔法使いの……いや、黄ばんだシャツを着た赤髪の小娘を見かけなかったか?」


 男性は俺の身なりにギョッとしたようだが、少し考えて通りの向こうを指し示した。


「魔法使い……かは知らんが、黄ばんだシャツを着た可愛いおかっぱの娘ならあっちのキャンプ地に居たぞ」


 ほう。それは間違いなくうちの子だ。

こちらが提示しなかった可愛いという情報が出たのだから間違いない。


 男性に礼を言い、足早に現場に急行する。

そこにはスタッフも驚く衝撃の光景が!


「……何をしている、カロンよ」


「あ、マオーさん! どこに行ってたんですか? 目を離すとすぐいなくなっちゃうんですから、もう!」


 カロンはだだっ広い広場で大勢の人間と鍋に囲まれていた。

何だここは……そういえば先程の男はキャンプ地だとか言っていたか。

ボロいレンガの地面と井戸しかない場所に小さなテントがいくつも張られている。

衛生面が心配になるが、キャンプ地なんてこんなものなのだろう。


「して、何故にお前はここで鍋パーリーをしているのだ」


「ち、違います違います! イノシシって血抜きしないと本当に臭いんで、早く処理したかったんですぅ。そしたら、この場所を教えて貰って、それでお肉分ける代わりに下処理を手伝ってくれるって冒険者の皆さんが……」


 カロンは手を止めることなくアワアワと説明する。

どうやら借りた大鍋を使い、塩で肉を揉み込んでいるらしい。

よく見ると周りの人間達はうきうきと肉を茹でたり洗ったりしている。

すると俺達の前にガタイの良い戦士風の男がガハハと笑いながらやって来た。


「いやァ、こんなに沢山の肉、嬢ちゃん一人じゃ大変だろうってなァ。ちょっと分けて貰うつもりで手伝ったら、あれよあれよと人が集まっちまったのさァ」


 男は慣れた手つきで瓶に肉を詰めては酒を入れている。

こいつが事の発端のようだ。


「なるほど事情は分かった。しかし一人で遠くに行く時は声をかけよ。心配するでしょうが。あと今回は良い人だったから良かったものの、知らない人に付いて行っちゃダメだとあれ程……」


「「お母さん!?」」


 何とでも言うが良い。

手伝えない俺は少し離れて見守る事にした。


 イノシシ臭い広場は商店街に負けないくらい活気付いている。

この活気を作り出したのはカロンなのだ。

少し見直してしまったというのは心に秘めておく。


 どうやらキャンプ地とは料理や寝泊まりが無料でできる、要は何もない場所の事らしい。

主に低レベルの冒険者御用達の土地だそうだが、俺には縁のない場所だろう。

……フラグではない。


「ここに居たのですね、魔王様」


 音もなくグルオが近寄ってきた。

怖ぇよアサシンかよ。

「俺の背後に立つな」と言おうと思ったが、何かちょっと怒っているようだ。

ここはお口チャックが正解だろう。


「あまり勝手に遠くに行かないで下さい。探すのが面倒です」


「すまぬ。しかしよくここにいると分かったな」


 流石だなという言葉を発する前に、グルオが非情な言葉を告げる。


「初老の男性に『変な兜を被った不審なロン毛を見なかったか』と聞いたら一発でした」


「え、不審? 若い子だけじゃなくてご年配の方にも不評なのこの髪型」


 もう髪切ろうかな。

ベタつく髪をつまんでいるとカロンと目が合った。

俺の気などつゆ知らず、彼女は満面の笑みで茹で上がった肉を掲げて見せている。

はいはい、ヨカッタナ。

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