5、黄ばんだシャツはとりあえずつけおきで
ほとんどMPが残っていないのだろう。
だがここで休ませる程俺は甘くない。
「立てー! 立つんだカローン! まだ真っ白に燃え尽きるのは許さんぞー!」
「うるさいです、マオーさん」
声援が効いたのかカロンは立ち上がり、逃げ行くイノシシの背に向かって集中し始める。
まずいな。距離がありすぎる。
このままでは果樹園の外まで逃げられてしまう。
俺は集中するカロンを再び小脇に抱え込んだ。
「ひぇっ!? なな、何するんですマオーさん!?」
「俺がお前の足になる。そのまま集中せよ」
「はっ、はいぃ!」
女子が軽いというのは都市伝説だと思っていたが、カロンは本当に軽かった。
ブツブツと魔力を高める彼女を抱えながら素早くイノシシの後を追う。
……っていうか、発動まだ?
早くして欲しいのだが……追うっていうか、もうイノシシと並走してんだけど。
何なら追い越しそうなんだけど。
「燃えよ、ファイア!」
シュボボッと先程より気持ちばかり大きな火がイノシシの左目に命中した。
完全に視界を奪われたイノシシは最後の力を振り絞り目茶苦茶に暴れ狂う。
「うわっ」
「ひぃぃーっ」
これはまずい! 土がっ! 葉っぱがっ! 飛ぶっ! 汚れるっ!
──と、ここで俺は重大な問題に気付いてしまった。
泥だらけのカロンを抱えていたという現実に──
「ぎぃやぁぁーエンガチョォォ!」
「えぇえぇ投げないでぇぇ!?」
イノシシ以上にパニックになる俺とカロンの間を、何かがシュッと通り過ぎる。
ズドォン。
次の瞬間、暴れていたイノシシが声も上げずに地面に倒れ伏していた。
脳天には見覚えのある短刀が刺さっている。
これがとどめの一撃となったらしい。
「なぜ魔王様が一番取り乱しているのですか。ちゃんとアナゴレモン守って下さい」
「グっ、グルオォ!」
「せっ、先生ェェ!」
グルオが木の陰から姿を現した。
何その登場の仕方かっこいい。今度俺もやろう。
グチャグチャの顔で泣きつくカロンをヒラリとかわしながら、グルオは先程倒したイノシシの後ろ足を掴んだ。
「え、何すんの」
「依頼人の元へと運ぶのです。カロン、手伝え」
「えぇ~……」
女子相手だろうが容赦なく力仕事を任せる男に、悪い意味で感心する。
俺はケモノに触る気など毛頭無い為、一足先に果樹園を出る事にした。
あぁ、早く着替えたい。
果樹園の出入り口の前には既にデカボアと二頭のイノシシが転がっていた。
……え、何あいつ、デカボアも一人で運んだの? じゃあカロンの手伝いいらなくね?
……と思ったが賢明な俺は突っ込まない事にする。
「さーて。一仕事終えたし、二人が戻ったら依頼人の家に行ってさっさと風呂に入るとするか……」
「何を言ってるんですか、魔王様」
グルオがズルズルとイノシシを引きずりながら戻ってきた。
早いな、おい。
独り言を聞かれるとか超恥ずかしいんだけど。
そしてカロンがイノシシの足持ったまま半分引きずられてんだけど。
「まだまだ夜は長いんですよ。今夜は血の臭いで果樹園に入るイノシシはいないでしょうが、こちらから森に入る事は出来ます」
ギラついた金色の瞳はケモノを狙うマタギの目だ。
当然、俺達は抗議の声を上げる。
「いやいや、何をおっしゃるグルオさん。依頼内容は果樹園を襲うイノシシ退治だぞ」
「そうですよ。森までイノシシ追いかけるなんて、依頼にはありませんよぅ」
グルオは三頭目のイノシシを並べると軽く手をはたいた。
「イノシシ一頭一〇〇〇エーヌ。四頭で四〇〇〇エーヌ。こんな額で満足するほど我々の生活は楽ではありません」
「だが森に入る許可を貰ってないが」
「そんなのバレなきゃ良いんです」
「なん……だと……!?」
こいつ、依頼料搾り取る気だ!
むしろ全てのイノシシを駆逐してやるとでも言うのだろうか……
俺とカロンの疑惑の眼差しに動じず、グルオは「あと二、三頭は倒しましょう」と目を細めた。
「何か異論は?」
「な、無いですぅっ!」
「右に同じだ」
かくして我々は深追いに深追いし、この晩は計七頭ものイノシシを仕留めたのだった。
辛い。
ちなみに依頼人の家で風呂にありつけたのは空が明るくなる頃だった。
あまり綺麗な風呂ではなかったが贅沢は言ってられない。
それ程までに俺の心身の衰弱は激しかった。
寝る暇も無く、質素な客間で固いパンを咀嚼する。
辛い。
「マオーさぁん! 依頼人のおじさんが呼んでますよ!」
「ちょ、今そんなテンションじゃないのだが……」
替えの服に着替えたとはいえ、心はまだ汚れを引きずっているのだ。
カロンに至っては以前購入した安物の黄ばんだシャツに着替えている。
っていうか何でその格好で元気なの?
着替えがそれしかないのも考え物である。
「ほら、早く早く!」
「分かった、分かったから押すでない」
急かされながら果樹園の前に行くと、従業員らしき男達が大喜びでイノシシを解体していた。
カロンは両手で目を覆いながら俺のマントの後ろに隠れている。
見たくないならあのテンションで呼びに来るな。
「いやぁ、本当に助かったダヨ!」
今までグルオと話していたらしい依頼人が近寄ってきた。
「まさかこんなに沢山のイノシシが果樹園荒らしてたとは思わなかったダヨ!」
「ソーデスネ……」
何これ凄い良心が痛むんだが。
「グルオさん、怪我してまでアナゴレモンの木を守ってくれたって聞いたダヨ。感激ダヨ!」
木を守っていたのは間違いではないが、怪我はカロンを守ったからでは──あ、何でもないです睨まないでグルオさん。
「では七頭で七〇〇〇エーヌ、頂戴します」
涼しい顔で請求するこいつが怖い。
しかし依頼人の男は困ったように眉を下げた。
「イヤー、最低でも三頭で三〇〇〇エーヌとは言ったダヨ。沢山仕留めたらもっと出すとも言ったダヨ。でも正直、こんなに沢山退治して貰えるとは思わなかったダヨ」
デスヨネー……って、うん……うん?
話の雲行きが怪しくなってきたぞ?
訝しむ俺達に向かい、依頼人が薄くなった頭を下げた。
「四頭目以上は一頭五〇〇エーヌで勘弁して欲しいダヨ。すまないダヨ」
という事は全部で五〇〇〇エーヌか。
「まぁ、それ位なら……」
「チッ」
舌打ちが聞こえた気もするが気のせいだろう。
俺が了承すると依頼人はたちまち元気を取り戻した。
「おぉ、本当に感謝ダヨ! 良かったらデカボアのツノとイノシシの肉もお土産に持って行くと良いダヨ!」
「イノシシ肉かぁ……」
あまり食べた事ないが、旨いのだろうか。
さほど乗り気でない俺とグルオを押しのけ、カロンが身を乗り出した。
「お肉!? やったぁ! これで食費が浮きますね!」
「食材だけ手に入ってもなぁ……」
「ですね。今まで出来合いの食事で済ませていましたから」
いまいち不評な戦利品に、カロンが頬を膨らませる。
「お二人とも何言ってるんですか。お料理すれば良いじゃないですか!」
「料理ナニソレ美味しいの?」
「美味しいんじゃないですかね」
茶番劇を繰り広げる俺達を見て、カロンはガックリと肩を落とした。
「どおりでいつもお店で買った物か固いパンしか食べてないと思ってました……」
カロンはブツブツ言いながら依頼人と何事かを話し込んでしまった。
グルオは従業員の一人から依頼料の五〇〇〇エーヌを受け取っている。
さて、俺はする事がない。
「もう戻って良いかな……」
一人寂しくぼやくも誰からも返事は返ってこない。
俺はスゴスゴと荷物を置いてある依頼人の客間へ戻るのだった。
……固いパンでも食べよう。




