10、プールに塩素を入れないとすぐに細菌や悪臭、藻が増える
一人一泊9万エーヌのホテルはどう控え目に言おうとも最高である。
とにかく至る所が清潔でキレイ綺麗。
埃どころかシミ一つないのだから素晴らしい。
レストランでの食事も最高に美味しかったし、うるさい荒くれ者もいないしな。
☆5じゃ足りないとはまさにこの事である。
「すご……ベッドも枕もフッカフカ。さすが貴族御用達のホテルだな。客室のあらゆる物も高品質で心が震える」
「お言葉ですが魔王様。魔王城の調度品の方が間違いなく価値が高い事をお忘れなく」
グルオのジト目が痛い。
確かに岩造りとはいえ、魔王城は魔王城。
装飾品やらなんやらはどれも一級品だったけれども、俺が感動しているのはそういう事じゃないんだよなぁ。
なにせ国王の厚意で滞在していた宿ですら、お高めと言えども一般市民向けの宿屋だったのだ。
酷い時は野宿だった事も踏まえると、この高級ホテルは間違いなくこの旅一番の宿泊施設である。
つまらなそうに洗濯物を仕分けるグルオを横目にベランダに出てみれば、夜空に瞬く星々と海風を堪能する事ができた。
どうやらこの部屋の位置からでは地下街の大穴が見えないらしい。
あの賑やかな営みの灯りが見えたらさぞや綺麗だったろうに、少し残念である。
おそらく眺めの良い客室はもっとグレードが上の「ロイヤルスイートなんちゃら」みたいな部屋になるのだろう。知らんけど。
久方ぶりに優雅な気分に浸っていると、優雅さとはかけ離れた足音が駆け寄ってくるのが分かった。
やだ、無粋ぃ。
仕方なく部屋に戻ってやれば、ほぼ同時にカロンがエーヒアスを引き連れて部屋に飛び込んできた。
どこまでも無粋ぃ。
「マオーさんマオーさん、ここ屋外ナイトプールがあるらしいですよ! 行きましょう!」
「そうか。水着が無いから俺はパスで」
「宿泊客は無料でレンタルできるってシーナさんが言ってました! もう二度とない機会ですし、遊びに行きましょうよぉ」
「そうか。お気にの水着が無いからパスで」
「フフッ、絶対にプールに入らないという強い意志を感じるわね」
分かってるならカロンを止めて欲しいものである。
どうしてもプールに行きたいのか、カロンは無謀にもグルオに向き直った。
「先生、プールに……」
「私もお気にの水着が無いのでパスで」
「断る理由が手抜き過ぎません!?」
まぁそうなるわな。
プールで素顔晒す訳にはいかないからね、仕方ないね。
キャンキャンと吠えるカロンに多少の同情心が芽生えるものの、小娘二人だけで夜遊びに行かせるのは心配である。
心を鬼にして「プールは却下」と告げれば、意外にもエーヒアスが別の提案をし始めた。
「仕方ないわね、カロン。プールは諦めましょ。それとシーナに聞いたんだけど、このホテルってスパもあるそうなの。もちろん男女別だし、それならマオーさん的にも問題ないわよね?」
「スパか……」
まぁ確かに、スパなら溺死やナンパの心配はないだろう。行ってよし。
無事に保護者の許可を得た二人はキャッキャと姦しく部屋を出ていき、振り返りもせずスパへと向かって行った。
フッ、無邪気なものよ。
せいぜいツヤツヤになって疲れを癒すがいい。
「……さて、いつ来るかな」
「? 魔王様?」
フカフカのソファーで居住まいを正す俺に、グルオが怪訝な目を向ける。
俺の予想が正しければすぐにでも来る筈だ。
コン、コンコン──
はい、ビンゴ。
遠慮がちなノックに「入れ」と応答しつつ、警戒の色を滲ませたグルオを制止する。
「失礼するよ」と入室してきたのは思った通り、他称・元聖女ことシーナであった。
どうやら彼女なりに緊張しているらしく、その表情は固い。
彼女に改めて「素晴らしい宿だ。スペシャルべりーサンクス」と感謝の言葉を告げれば、返ってきたのは「別に……」という素っ気ない言葉だった。
やだぁ、気まず~い。
「さて、早速で悪いが要件は?」
「えっと……っていうかさ。アタシ、マオーさんに個人的な話があって、その……出来ればグルオさんには席を外して欲しいなーなんて……」
チラチラとグルオを気にするシーナに、疑惑が確信に近付く。
カロンとエーヒアスをスパで連れ出した事といい、もしやこの小娘──
ってグルオさぁん!? 殺気出てるー!
しまってしまって! この小娘たぶん無害だから!
たぶん俺に気を遣って人払いしようとしてるだけだから!
「シーナよ。俺の思い違いでないなら、その気遣いは無用だ。グルオは俺の右腕系清掃員。この言葉の意味が分かるな? こちらとしては話の同席を望む」
「そうなの? あ、いや、右腕系清掃員の意味はよく分かんないけど。とりあえずグルオさん有りで話を進めていいなら進めるよ」
俺の正面に腰を下ろしたシーナは軽く頭を下げてから静かに語りだした。
ちなみにグルオは俺の斜め後方に立って威嚇を継続している。
いやはや、後頭部がヒリつくわぁ。
「ん~、どこから話せば良いか……アタシの本名は江良晴椎奈。六年位前に、こことは別の……いわゆる『異世界』から強制的に召喚された可哀想な人間なんだよね」
「ワァ……ォ……」
どこかで聞いたような話である。
え、この子、もしかしなくても平凡太と同じ感じでこの世界に来ちゃったの?
なんか被害者意識が強そうだけど、平凡太はそうでない事を切に祈る。
「召喚された理由は、人間の脅威である魔王をどうにかする為って聞いた。でもアタシからすれば『何で無関係な世界の為にアタシが人生をかけなきゃいけないの?』ってカンジでさ、納得いかない訳よ」
「ま、そりゃそうだろうな」
耳が痛いのは気のせいだと思おう。
すまんな、平凡太。
今度城に行く事があったらお土産いっぱい持ってくわ。
「しかも最悪な事に、アタシを召喚する時に魔導師が外道な禁術ってのを使ったらしくてね。結局、国王様にバレてその場にいた半分が打ち首、半分が島流しだってさ」
「いや罰の重さ! あの国王がそこまでするとか、そいつら一体何したんだよ。むしろその執念が怖いんだが?」
パッと思い付くのは生け贄や代償行為である。
そうまでして魔王をどうにかしたいとか、どんだけ人間の地位と領土の獲得に必死だよ。
俺が一体何をした。
「で、王都で『聖女、大発見!』の情報が出回っちゃったせいで、教会とやらに祀り上げられそうになったんだ。でも、アタシの言い分を聞いた国王様がいくつかの選択肢をくれたの」
「選択肢?」
あの国王らしいといえばらしいか。
顔の強さと威圧感がえぐい割りに話は分かる奴だったし。
曰く、国王の提示した選択肢は三つだったという。
①聖女として教会で厳しい修行をしながら、騎士団と共にいつか来る戦いに備える。
②貴族の養女となり、学びながらそこそこの修行をして有事の際は聖女の務めを果たす。
③修行も務めも放棄する代わりに、聖女としての肩書きや立場を捨てて一市民として生きる。
現状を見る限り、彼女が選んだのは③の選択肢のようだ。
シーナは苦々しく下唇を噛みながら話を続ける。
「このマズワ島には有名な修道院があってね。国王様の計らいで、アタシは一年だけ修道院に入ったの。たぶん、アタシを使って悪巧みしようとする奴から守ろうとしたんだろうね」
「ふむほむ。……この話、本題まであと何分位かかる? お茶淹れて良い?」
「何分かかるかは分からないけど、物語で言うならあと五ページ位は引っ張れるよ」
「やめて下さい飽きてしまいます」
手早くポットで湯を沸かし始めるグルオに感謝の念を送りつつ(尚、届いてはいない模様)、俺はシーナの話に集中する事にした。
「と、とにかく! 国としても『禁術で異世界から聖女を誘拐しました』なーんて公に出来ないでしょ? だからアタシは表向きには『発見された時は聖女だったけど、今は力を失って平民に降格させられた娘』って設定で生きてるって訳」
「なるほど。それで『元聖女』と呼ばれていたのか」
「……身の上話に興味はない。そんな『自称一般人』がわざわざ人払いしてまで我々に接触してきたのはどういう了見だ」
グルオの当たりの強さは留まるところを知らない。
シーナ自身、疑われても仕方ないと思っているらしく、居た堪れない様子で視線を落としている。
「じゃあ単刀直入に聞くけど……マオーさんっ!!」
「「うわビックリした」」
「その独特で底しれない、人間離れした禍々しい魔力……マオーさんって上位魔族……っていうか、ぶっちゃけ魔王……だよね?」
やはりな。
俺が彼女を「聖女」だと本能で感じ取ったように、彼女も本能で俺を「魔王」であると理解してしまったのだろう。
これが運命だというのなら、今すぐ黒髪清楚系巨乳美女との運命の出会いも追加して欲しいものである。
「……はぁ……」
ここで誤魔化しきれるとも思えず、俺は静かに息を吐いた。




