9、石壁の清掃で洗剤を使う時は目立たない所で試してから
とにもかくにもまず我々が最初にすべき事は仲間との合流である。
シーナに仲間がいる旨を伝えると、すぐに集合場所である「やたらと派手で悪目立ちしまくっている酒場」まで案内してくれた。
しかも最短ルートで。
ワァーなんて親切な聖女(仮)様だ。
感謝感激飴ザラメー。
こちらとしては何の被害も被ってない以上、彼女の思惑が何であれ今は様子見するしかないだろう。
「ねぇねぇ、カロンとマオーって付き合い長いの?」
「そうですねぇ、体感的には六年以上一緒に旅してる気がしますが、実はまだ出会ってから一年も経ってない間柄ですー」
「カロン、ちょっとお口チャック」
「えぇ……と? よく分からないけど仲が良さそうなのは分かったよ」
ぐぬぬ。
やはりこの小娘、不用心の極み乙女であるカロンから話を聞きだすつもりか。
全く、油断も隙もないな。
分かりやすく探りを入れてくる時点で、彼女はユート以上に気が抜けない危険な存在なのだと確信する。
……まぁユートに関しては彼がド天然キャラだったから気を張らずに済んだってのも多いにあるが。
そんなこんなで無事にグルオ、エーヒアス両名と合流出来た俺達は、観光案内人であるシーナの厚意で良い宿を紹介して貰える事になったと伝えた。
悪くない──むしろかなり良い話である。
素直に喜ぶカロンとエーヒアスに対し、グルオは疑惑の目を向けている。
「迷子のカロンを助けた上に破格の対応……? いくら案内所の職員とはいえ、我々にここまで良くしてくれる理由は何ですか?」
「わ、あっ、え、えっと……アタシ、同年代の友達って少なくて、カロンと仲良くなれたらなーって思ったんです。街の外にも興味があるし、色々旅の話を聞きたいなーって思って……それだけです……」
へぇ~~、ふぅ~~~ん?
俺は見逃さなかったぜ!
グルオに話し掛けられた瞬間、前髪を整えながらモジつくシーナの姿にな!
俺と話してる時は普通に勝ち気キャラだったのにこの差は何よ?
グルオ相手だとしおらしくなるんだ? ふぅ~~~ん?
いや、こんな小娘相手に全然気にしてないけどね。
むしろ全っ然、別に良いけどね。うん。
「……ってダウトォ」
「? 何か言ったかしら、マオーさん?」
「何でもナッスィン」
危ない危ない。
シーナの全開☆乙女モードでスルーしかけたが、普通に「どの口が言っとんねん」な返答である。
「元聖女」と呼ばれて住民達から慕われてまくっているイケイケ姉御肌な人間が、友達が少ない筈が無いんだよなぁ。
ましてや観光案内で旅人と接する機会が多いだろうに、わざわざ見るからに弱そうなカロンに冒険トークを期待するのも不自然である。
ともすれば、やはり彼女の狙いは俺なのだろう。
いや、ある意味グルオも狙われるかもしれないけれど。
ささやかな不平不満を胸に秘めつつ、俺はグルオに「追求するな」の意を込めて小さく首を振る。
グルオは俺のシリアス顔で何かを察したらしく、軽く頷くとそれ以上シーナに突っかかる事は無かった。
「ほら、こっち。ついて来な」
軽い挨拶もそこそこに、シーナははぐれないよう念を押してから移動を開始した。
カロンとグルオとエーヒアスの三人が一斉に俺のマントを捕んできたのには少し驚いたが、今回ばかりは広い心で許そう。
タコ足配線みたいで格好がつかないが、また迷子探しのリプレイをするよりは遥かにマシだからな。
そうして人波を掻き分ける彼女の後に続く事、早数分。
辿り着いたのはごく普通の民家であった。
正確には地下街を取り囲む岩壁と民家の隙間である。
まさに「物陰」としか言いようのない狭い空間だ。
何の冗談だよ。
そんな微妙な空気が流れる我々に構わず、シーナは周囲の目を気にしながら物陰に身を潜め、外壁に手をかけて思いっきりスライドさせた。
……あー、なるほどな。
ズズ───ズ──
「え? えぇ!? 壁が動いた!? マオーさん、これって……!」
「隠し扉のようだな」
シンプルな造りだがどこか懐かしさを感じる仕掛けである。
岩壁の隠し扉とか魔王城を思い出すわー。
思わぬ展開に感心したのも束の間、シーナは「早く入って」と小声で急き立ててきた。
「え、コレ中綺麗? 清掃って週何回入ってる?」
「は? ゴミなんてないし。っつーか良いから早く入れ!」
隠し扉の向こう側から風が吹いてくる辺り、ある程度の換気はされていそうだ。
躊躇いはあるが、今更断った所でアテもない。
僅かな冒険心を頼りに足を踏み入れると、意外と広い空間である事が分かった。
岩壁も地面も手掘りにしては綺麗に整えられている。
魔法石を使用した精巧な造りのランタンが点々と灯っているので、明るさについても全く問題はなさそうだ。
流石に地下街の壁が二重構造になっていたとは予想外である。
もしこの空間が地下街全体をグルリと取り囲んでいるとしたら、島の地上部分よりも面積が広いかもしれない。
「あらあら、凄い空間ね。……ここを掘ったのってドワーフかしら?」
「そ。よく分かったね。こっち側は、言わば『まだ開発途中』の空間なの。沢山のドワーフ達が今もコツコツと地下街の拡張工事をしているんだよ」
「まぁ、そうなの?……何だか訳ありのようね」
笑みを絶やさないエーヒアスに複雑な心情を垣間見る。
そもそもドワーフは年々数を減らしている人系種族である。
頑固で偏屈で排他的な気質ゆえか、一族や集団からどんどん分裂・枝分かれを繰り返し、各地にバラバラに散ってしまったという歴史を持つ。
そんなドワーフが「沢山いる」というのは、奇妙を通り越してきな臭い話と言えよう。
最悪、開拓工事の労働者として体よく働かされている可能性すらある。
ドワーフの師を持つエーヒアスからすればどうしても気になってしまう話なのだろう。
「してシーナよ。結局の所、我々は今どこに向かっているんだ?」
「地上だよ。この通路って普段は住人だけが知る緊急避難用の道なんだけどさ。時には要人をお通しする特別な抜け道にもなるんだよ」
荷車程度なら余裕で通れる道幅なあたり、本当に特別なルートのようだ。
途中で階段や曲がり道も見られるし、単純な二重壁ではなく蟻の巣のように入り組んでいる構造と見た。
「なるほど。つまり我々はシーナのおかげで激レアな体験をしているという事だな」
「まぁそうなるね。でも今回が特別なだけだから、周りには内緒で頼むよ」
ふむふむ、「特別」ねぇ……
今は何を言われても意味深に聞こえる謎。
互いに探りがちなせいか、雑談も徐々に減っていく。
点在する瓦礫の山をいくつも通り過ぎ、長い階段を何度も折り返すこと数十分──
重厚な鉄製のハッチをくぐり抜け、我々は遂に地上へと舞い戻る事に成功した。
おっす太陽、久しぶり。
もうじき沈みそうな茜色だけど会えて嬉しいわ。
疲労と開放感を同時に抱えつつ、到着したのは地下街を見下ろすようにそびえ立つ建物であった。
見える範囲内では二番目に大きな建物である。
洒落た外観から察するにかなりの高級ホテルのようだ。
「……マジで? ここ泊まれるの?」
「あ、ちょっと待って。一応部屋に空きがあるか確認してくるから」
言うが早いか、シーナは一人でホテルの中に入ってしまった。
残された我々は物理的にもお値段的にも高そうなホテルを見上げてポカーン状態である。
「……グルオよ。予算的にはおいくら万エーヌ以内なら泊まって良い感じだ?」
「……値段の予想がつかないので何とも言えませんね。正直、魔王様一人だけこちらに泊まって頂いて、我々三人は地下街の安宿に泊まるプランが最善かと思われます」
「いやそれ俺がひたすらに気まずいんだが? 俺の良心舐めるなよ」
やはり良い宿を安く済まそうなどとは虫が良すぎる話だったかもしれない。
こちとら可能な限り貯金したい身の上だしな。
そもそも仲介人が我が天敵となり得る聖女という時点で不穏というものだ。
残念だがここは金銭面を理由に断って棒立ちで夜を明かすのが安全か──
「おーい、二人部屋二つ取れるってさ! お友達価格で一人9万エーヌの所、四人で1万エーヌにして貰えたよー!」
「ありがとう心の友よ!」
35万エーヌ引きってマジ?
激安じゃん最高かよFoooo↑↑ 聖女様マジ神。
え、安全?
部屋に鍵かけりゃヨユーっしょ。
明らかに不信感を募らせるグルオは華麗にスルーして、俺は小躍りしながらホテルに入ったのだった。




