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8、服についたケチャップはすぐに中性洗剤で洗って天日干し

 こちらの困惑など何のその。

少女は無遠慮と言っていい勢いで俺のマントを引っ張っていく。


 目的は分からないが拒否して揉めるのも面倒である。

どうせどこにいても揉みくちゃにされるのは必至だしな。

ならせめて申し訳程度に空いている路地裏に避難した方がマシだろう。


 俺は完全防御形態(ミノムシスタイル)が解けないよう身を縮ませながらついていくしかなかった。


──が。

何事にも流石に限度というものがある。


「ま~~~~だ着かんのか? 精神的にはもう半年近く連れ回されている気分なんだが」


「激しく同感だけどまだ十分も経ってないから」


「マジか」


 お互い時間感覚バグるとかどういう事なの?

いや、これ以上深く考えるのは止めておこう。


 腑に落ちない思いで眉間の皺を四倍(当社比)に寄せていると、ふいに少女の足が止まった。


「おっとっと……?…………あ」


 少女の視線の先には石造りの古びた建物が建っており、出入り口の小さな階段の端に見慣れたとんがり帽子が見えた。

俺が声をかけるより早く、少女が声を上げる。


「よっ! あんたのツレの角兜、連れてきてやったよ」


 その一言にバッと弾けるようにとんがり帽子ことカロンが顔をあげた。


「マ、マ゛オ゛ー゛ざぁぁーん゛! どご行゛っでだん゛でずがぁぁー!゛」


「いやソレこっちのセリフな。あともう泣き止め。声が枯れ過ぎて酒ヤケ親父みたいになってるぞ」


「ゔぁ……だっで、マオ゛ーざんのお迎え゛が遅い゛がらぁ……」


 閉鎖的かつ異様な人混みで余程心細かったのだろう。

カロンはベシャベシャな顔を少女に拭われながらも「体感的には半年くらい待った」としゃくり上げている。

なんかゴメンて。


 ようやくカロンが落ち着きをみせた所で、俺は改めて少女に向き直った。


「ウチのマスコッ……迷子が世話になったようだな。感謝するぞガール」


「別に気にしないでいいよ。この街に慣れてない奴は皆一度は辿る道だしね。カロンの探し人が見つけやすい見た目の奴で良かったよ」


 どうやらこの少女は人波に呑まれるカロンに手を差し伸べた上にこの場に留まらせ、わざわざ俺を探し出してくれたそうだ。

面倒見の鬼か。善行が凄い。


「うぅ……本当にありがとうございました! えっと……」


「アタシはシーナ。この建物……マズワ島第二観光案内所で厄介になってんの。迷子の対処も仕事の内なんだよ」


 シーナは真横に建つ建物の壁に寄りかかりながら俺を見あげると、どこか探るような目で首を傾げた。


「で、えぇっと……あんた、魔王さん? だっけ」


「はい、どーもマ↑オー↓でぇす。面接で必ず突っ込まれるキラキラな名前ニモ負ケズ、健やかに図太く生きてまぁす☆」


 ここは先手必勝の計とさせて貰おう。

明るく捲し立てる俺の勢いで何かを察したのか、シーナは胡乱げな目のままそれ以上言及する事はなかった。


「……ま、いーけどね。それよりあんた達、もし泊まる所が決まってないなら……」


 話題が変わりかけた途端、突如として周囲のざわめきがどよめきに変わる。

続けざまに聞こえる怒声と打撃音からただ事ではない雰囲気が察せられた。


「お? 何だ、喧嘩か?」


「あわわ……なんか近いですよ!?」


「チッ、まーたかよ」


 苛立たしさを隠しもせず、シーナはスイスイと人をかき分けながら喧騒の中心に向って行く。

スバヤッ。


 しかしその間にも喧騒は止まず、むしろヒートアップしているようだ。

やれ「コイツが俺の服にジャムサンドを叩きつけてきやがった」だの「先にバーガーをぶつけてきたのはテメェだろ」だの。


 この混雑の中で食べ歩きするとか目くそ鼻くそじゃない?

馬鹿なの? 腹ペコなの?


 喧嘩の当事者の周りだけサッと人が離れていくのが分かりやすくて少し面白い。

誰だって巻き込まれたくないよね、分かる分かる。


 カロンを引っ掴んだまま静観していると、シーナのドスの効いた声が響いた。


「ちょっとあんたら! こんな往来でしょーもない喧嘩してんじゃないよ! 馬鹿なの? 腹ペコなの!?」


「あぁん!? 何だこのアマ、しゃしゃってんじゃねぇよ!」


「ゲッ!? シ、シーナ……さん……す、すんません!」


 シーナの乱入に一人の男は怒りを募らせ、もう一人は萎縮しきりである。

周囲から「さすがシーナさん」だの「シーナ様が来たならもう大丈夫」だのと嬉々とした声が上がっているあたり、彼女はこの街のちょっとした有名人のようだ。


 シーナ様、ねぇ……? ふーーーーん?


 イヤンな予感に違和感、こりゃいかん、などと頭を抱える暇もなく。

完全アウェーな空気を感じ取ったのか、怒り心頭の男がシーナに向かって怒声を浴びせ始めた。


「何なんだよ、クソっ! 関係ねぇメスガキはすっ込んでろ!」


 そう言い終えるやいなや、なんと男はシーナの頭上に拳を振り上げた。

おそらく本気で殴り飛ばすつもりはなく、威嚇のつもりだったのだろう。

──が、周囲からは悲鳴が上がり、シーナは半身を捻って腰を落とし、カロンは咄嗟に目を瞑り、世界のどこかで新たな生命が誕生した。


「せぇいっ!」


「グェッ!?」


 ドサッ


 おおっと、ここでシーナ選手の華麗な背負い投げが決まったー!

彼女の身のこなしから見て心配いらないとは思っていたが、ここまであっさり倒してしまうとは思わなんだ。


 わき起こる拍手に片手を上げて応える彼女の横顔はどう見ても普通の町娘である。


 しかし俺の中にあった違和感はもはや嫌悪感に近い物へと変わっており、本能が「あの小娘に関わるべからず」と警鐘を鳴らしている。

とりあえず喧嘩は収まった訳だし、この隙にお(いとま)させて頂くとしようそうしよ──


「さすがシーナ様! お優しいだけじゃなくお強いなんて、さすが元聖女様ですわ!」


「ちょっと! アタシは聖女なんかじゃなくて、ただのシーナだって言ってるでしょ!」


「そ、そうでした! すみません、シーナ様!」


「ありがとうございました、シーナさん!」


 Oh……No……


 予想はまさかの大当たり。

正解を獲得してここまで嬉しくない事も珍しい。


 暴力未遂マンを警邏隊に引き渡すよう指示を出しているシーナからは、微かではあるが確かに神聖な力が感じられた。

おそらく背負い投げの際に無意識で聖女の力を発動したのだろう。


「マジかぁ……え、マジかぁ……」


「? マオーさん? どうしたんですか?」


 すまんな、カロン。

再会して早々で悪いが、こちとら構ってやる余裕がないんだわ。


 ちなみに聖女とはこの世界において勇者と対になる超レアな存在であり「最高位の光魔法を扱う素養のある女性」を指す。

浄化の力や回復・強化魔法、結界術に長けており、魔族からすればある意味勇者よりも厄介な存在と言えよう。


 簡単に言うと、「魔王を討ち滅ぼす強大な力」を持つのが勇者であり、「魔王を封印する神聖な力」を持つのが聖女なのだ!

……って子供の頃に授業で習ったのを覚えている。


「ふむ……」


 幸か不幸か、レベルはかなり低いようだし、聖女としての自覚も責任感も少ないようだ。

ならば俺に出来る事はただ一つである。


「行くぞ、カロン」


「え? で、でもシーナさんに挨拶もなしで離れるのはまずいんじゃ……」


「感謝は伝えた。これ以上の厄介事は御免だ」


「えぇぇ? 良いのかなぁ?」


 戸惑うカロンの首根っこを引っ掴み、俺は出来るだけ目立たないようにコソコソとその場を離れ────ようとしたのだが、シーナに目ざとく見つかってしまった。

何故だ!? 目立たないよう気配は消してたのに!!

(※ヒント:角兜)


 ヒョイヒョイとこちらの方に駆け寄って来る彼女に、俺はステキな笑顔を取り繕うしかない。


「ちょっとあんた達! 急に離れたのは悪かったけどさ、なにも黙って行く事はないじゃんか!」


「これは誠にメンゴソーリー。我々は荒事が苦手な穏やか系冒険者なもので」


 爽やかなスマイルを無料で提供する俺に、彼女は呆れた様子でため息を吐いている。


「どの口が……ま、いいや。それよかあんた達、まだ泊まる所が決まってないならさ。特別に良~い宿、口利いてあげるよ」


 薄い胸を反らせて「緊急時の要人用宿だから値はかなり張るけどね。割引交渉は任せな」とドヤ顔を浮かべるシーナの圧に押され、俺とカロンは反射的に頷いてしまうのだった。


……決して要人用の良~い宿に釣られた訳ではない。決して。



<お詫び>


作者急病により、かつて無いほど長らく更新が止まっていました。

楽しみにしていて下さった方には謝っても謝り足りない思いで一杯です。土下座ザザァ……!(額擦りつけっ)

誠に申し訳ありませんでした。

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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます 急病とのことで催促せずに次をのんびりお前しております。 聖女さん出てきて続きも楽しみー
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