7、掛け布団や毛布は毎朝綺麗にセットするよりめくっておいた方が良い
いやもうホント、あの子何してんの!?
そう叫びたくなるのをどうにか飲み込み、俺は冷や汗ダラダラで周囲を見回す。
しかし見慣れたとんがり帽子は見当たらず、何処にでもいるようなオッサンばかりがひしめき合っているだけだった。
とにかく視界が見苦しい、息苦しい、暑苦しいの三重苦であるツラミ。
「いやもうホント、あの子何してんの!?」
いっけね。
一度は飲み込んだ筈の言葉が出てしまった。
それでも目は忙しなくカロンを探し続ける──が、駄目だ。
全っ然見付けられる気がしないわコレ。
グルオも少しだけ背伸びをして周囲を見回していたものの、すぐに諦めたのかいつもの真顔で俺を振り返ってきた。
「さて魔王様。選択肢は三つに一つ、お選び下さい。一、全員で手分けしてカロンを探す。二、とりあえず今日は適当な宿屋で休んで明日の事は明日考える。三、カロンの正式解雇」
「それ実質一択じゃね? 二と三の選択肢に心はないのか」
「では十秒以内に覚悟をお決め下さい」
あ、一の選択肢も無慈悲だったわ。
おのれ謀ったな。
ウンウンと頭を抱えて唸る俺をよそに、グルオとエーヒアスは早くもカロン捜索に向けての取り決めを交わしている。
「ではカロンを見つけ次第、魔王様の所かあの派手で頭の悪そうな酒場の前に集合って事で」
「了解よ。もしカロンが見つからなくっても、三十分毎にマオーさんの所かあの派手で趣味の悪い酒場前に集合ね」
「いやお前達、何サラッと人を第一集合場所に指定してるんだ。あの派手でムダに目立つ酒場前集合で良いだろ。人を集合場所にするとか聞いたこと無いんだけど?」
と突っ込みを入れてはみたものの、この人混みの中をやたらと動き回る気が起きないのも事実だ。
このままだと俺、あの派手でアホほど目につく酒場と同列の目印にされちゃうの?
精神面がヒョロヒョロにすり減る俺など気にもとめず、無慈悲コンビは「だってマオーさん背が高くて目立つし」だの「下手な看板より見つけやすい兜ですし」だのと言いたい放題である。
そろそろ泣くぞ?
そんな魔王渾身の「デモデモダッテ」が通用する筈もなく、二人はアラホラサッサと人混みの中に消えてしまった。
え、マジ? マジで解散なの?
「そして誰もいなくなった……と」
はいどうも。喧騒が止まない地下街の片隅でポカーンと立ち尽くす角兜がいたらそれは俺です。
元二代目魔王です。
可哀想だね。
ドンッ
「おっと」
「あ痛っ! チッ、ボサッと突っ立ってんじゃねーよ、糞ったれ!」
「……失敬」
いやはや、「後ろから急に突撃してきたのはそっちだろ」と言い返さなかった俺、大人力高い。
ぶつかってきたオッサンは再度舌打ちをすると「つーか固っ! ビクともしねぇとか体幹どーなってやがんだ、岩かよ糞ったれ!」などとよく分からない暴言を吐き捨てて人混みに紛れていった。
「はぁぁ~~、仕方ない……か」
今週で一番大きなため息が出てしまったが仕方ない。
こんな程度の知れた治安の中を、いつまでもカロン一人で彷徨わせる訳にもいかないからな。
何ならグルオやエーヒアスも危ういかもしれんし、どうせ動く羽目になるならサッサと動いてサッサと終わらせるに限る。
俺は寸での所で守り抜いた財布入りの圧縮魔法鞄をマントの中で抱え直し、意を決して人混みの中に足を踏み入れた。
ありがとう、名も知らぬスリのオッサン。
おかげで食べ終えたお菓子の袋と引き換えに小さなやる気が出てきました。
その功績に免じてぶつかってきた事と暴言は水に長そう。
少し離れた所から「なんじゃこりゃあ!? ゴミじゃねぇか、糞ったれ!」という叫び声が聞こえたが、気にしない事にした。
「……はぁ……」
さて、探すと言ってもどうしたものやら。
他に例を見ないレベルの人混みで動揺冷めやらぬ中、小柄なカロンを探し出すなんて真似が果たして可能なのだろうか。
カロン程度の魔力では魔力探知なんて論外だし、誰かに尋ねようにも皆ひしめき合うように移動しているから声をかけるのも一苦労というものだ。
「いらっしゃーい! ウチの宿は安いよ! なんと衝立て付きで一晩七百エーヌ! しかも料金追加でハンモックに変更もできるよ!」
「へいらっしゃい! ウチの宿は広いぜぇ! なんたって、カーテン付きの寝返りが打てるベッドあり! 共用のトイレ・シャワーも完備してるんだ!」
「お兄さんお姉さん寄っといで! 我がホテルは完全個室! 最先端、ハチの巣型のカプセル寝床だよ! 枕元には荷物置き場もあるんだ!」
なんだろう、具体的に想像したくない宣伝文句がやたらと入ってくるんだが?
脳が理解する事を拒否しているので、俺は頭を空っぽにしながら人に流されるしかない。
カロンよ今いずこ。
「いらっしゃいませ旅の方ー! 当店は自慢の大きな四段ベッドがございますよー! しかも寝返りも可能でございまーす!」
「いやさっきから宣伝文句のハードルおかしくない!? この街は寝返り出来るか否かをアピールするのが普通なのか!?」
やべ、辛抱たまらず突っ込んでしまった。
気まずく口元のハンカチマスクを抑える俺に、近くで呼び込みをしていた若い娘が反応してくれた。
「ウッフフ、お兄さんたらこの街は初めてですか? ここは土地面積が限られていてどこもかしこも狭いから、これが日常風景なんですよぉ~」
「そうか……俺には耐えられん日常だな」
「あらあら、ウフフ。お兄さんは背がお高いですし、残念ですが当店のベッドでは足がはみ出てしまいますねぇ」
「あー……ソレハ残念ダナー」
適当に相槌を打つ間にも体は流されていく。
娘は早くも次の呼び込みを再開しており、俺は新たに浮上した嫌な予感に身震いした。
え、もしかして俺、今晩泊まれる宿無いんじゃない?
今の娘の話だと「寝返りが打てる大きなベッド」でも俺の背丈では足が出るレベルという事になる。
十中八九、彼女の目算の中にこの角の長さはカウントされていないだろう。
つまるところ──膝を抱えて丸まって寝る他無いのでは?
「いやいやいや……」
冗談ではない。
そんな体勢でどう休めと?
個室じゃない宿も多いみたいだし、そんな身も心も休まらない場所に留まる位ならいっそ地上に出て朝まで棒立ちで過ごした方がまだマシというものである。
絶望に打ちひしがれながらも辺りを見回ししていると、突然ツンッと右腕付近──というかマントが引っ張られる感覚がした。
「……何用だ?」
奇妙な気配の割に殺気や悪意の類は感じられない。
素直に振り向いてやれば俺のマントを掴んだままの少女と目が合った。
歳はカロンと同じ位だろうか。
なかなか整った顔をしているが色白かつ細い手足のせいで少し心配になる様相だ。
薄桃色の髪をサイドテールに結い上げたその少女は質素なワンピースを身に纏っており、どこか驚いたような面持ちで薄い唇を開いた。
「その魔力……あんた……何者?」
「しがないコメディアン系の日雇い冒険者ですが何か?」
脊髄反射で即答できたのは良いが、柄にもなく動揺してしまったせいで言葉が続かない。
それどころか宿屋問題以上に嫌な予感が全身を駆け巡る始末である。
「…………」
「…………」
いっけな~い、沈黙沈黙☆
無言で見つめ合う事ウン十秒。
少女はハッとした様子で辺りを窺うと「こっち」と俺を引っ張り始めた。
向かう先はどうやら比較的ひと気の少ない路地裏らしい。
一体俺、これからどうなっちゃうの~!?
次回、「潔癖症な二代目(以下略)8話、ドキワク☆クエン酸パニック~夢の路上ライブ~」、お楽しみに!
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