6、電球は水拭きからの乾拭き&金属部は濡らさないように
タム殿の手伝いをした翌日。
今度こそヤット港を出立した我々は特にトラブルに巻き込まれる事もなくナガヤヤ橋を渡る事となった。
相変わらず潮風がベタベタで鬱陶しいものの、快晴なので文句は言うまい。
寒そうに鼻を垂らすカロンにブランケットを巻きつけつつ、ただひたすらにマズワ島に歩みを進めていく。
「なーんにもねぇ~~……」
「フフッ、マオーさんは相変わらずねぇ。物語みたいな刺激的な出来事なんてそうそう起きないわよ」
「全く、現実は厳しいな。厳しいのはグルオだけで十分なのに」
「魔王様、仰る意味が分かりません」
目に入るのが通行人か海と空しか無いのだから退屈ったらない。
この暇さたるや、イーガナ大橋で全く盛り上がらなかった地獄のしりとり行軍の再来である。
道すがらで休憩中の荷馬車や旅人を何度も追い越し、結局何も起きないまま二日が経過。
驚く程平穏にマズワ島に上陸したのだった。
何コレ、嵐ノ前ノ静ケサカ何カカー?
……なーんて思っていたのも束の間の事で、俺はお初にお目にかかる島の光景に目を奪われてしまった。
「ってかマズワ島ヤバくない? 見た目の異様さが半端ないんだけど」
つい本音が出てしまったが、皆もウンウンと頷いている辺り俺の感性は間違っていないようだ。
ホッ。
マズワ島は一見、山あいに大きな建物がポツポツと建っているだけの自然豊かな小島である。
そんな素朴とも言える小島に掛かる巨大橋の違和感もさる事ながら、最も目につくのが沢山の船であった。
それも小さな漁船やボートではない。
どの船も立派な連絡船や商船ばかりなのだ。
それが小さな島をグルリと取り囲まんばかりの物量で停泊しているのだから仰々しいったらない。
ただの中継地点の小島としか思ってなかっただけにギャップが凄まじい。
あえて言おう。
思ってたんと違う。
「ふわぁ~、なんていうか……ちょっと圧が怖いですねぇ」
「ほんとそれ」
「フフッ、これだけ船が密集すると圧巻ね。でもこの大きさの島にこれだけの人数が入れるものなのかしら?」
確かに!
明らかに豪華な客船も見えるし、ナガヤヤ橋からだって俺達のように馬車や旅人が流れて来ている。
これでは人口密度がミッチミチになりそうなものだが、パッと見た感じはのどかな風景にしか見えないのが現状だ。
「え、ホラー? 怖っ。もしかして原住民が迷い込んだ人に襲いかかってくるタイプの島だったりする?」
「違います、魔王様。この島は巨大な地下洞窟に街が広がっているそうです。食人サバイバル生活は始まりません」
なら一安心である。
よく見るとトンネルのような大きなアーチ状の入り口があり、多くの者はその中を目指しているらしい。
周りに倣って続けば、トンネルの中は島の形に沿うような曲線の坂道になっていた。
空気の流れや音の反響具合からしてかなり大きな地下空洞のようだ。
壁際にも一定間隔で灯りが灯されている為、薄暗いが暗闇という程ではない。
……にしてもこの穴……深いッ……!
「原住民改め、地底人でも居そうな雰囲気だな」
「ちょっとマオーさん、やめて下さいよぉ!」
どうやらカロンは暗さと足音の反響音、荒削りな壁面といった非日常感に日和っているようだ。
俺はやたらとマントを引っ張られつつ、辺りを見回しながら坂を下った。
暫く進んでいくと天井の一部が吹き抜けになっているのか、遠くの方で丸く光が差し込んでいるのが確認できた。
こんなに珍しい光景は滅多と見られないだろう。
グルオとエーヒアスですら物珍し気にキョロキョロしているし、何らかの形で世界遺産に登録されてもおかしくない場所に違いはない。
目に焼き付けて旅の思い出にしておこうそうしよう。
「常に風が吹き抜けて空気が籠もってないのも高評価だな。俺なら珍百景登録するわ」
「概ね同意です。確かにかなり独特な雰囲気の場所ですが、少々気になる点も御座います」
グルオが地図を折り畳みながら何やら思案している。
むしろこの島に上陸してから気になる物しか見ていない気がするが、一体何が気掛かりというのだろうか。
「以前マズワ島の情報を聞いて回った際、すぐに『地下空洞にできた街』と『大陸と大陸の中継地点』という情報は得られたのです。……が、それ以外の情報が何というか……曖昧だったのです」
「ほう?」
いつも予習バッチリのグルオにしては珍しい歯切れの悪さである。
詳細を促せば、グルオは眼下に広がる地下街の灯りを見下ろしながら苦々しく口を開いた。
「結論から言うと『人によって抱く印象が違う場所』といった印象を受けました」
「なるほど……どゆこと?」
ちょっと納得しかけたけど絶妙にピンと来ない件。
そう思ったのは俺だけではなかったらしく、カロンとエーヒアスも怪訝な顔を並べている。
「あらあら、ミステリアスな話のようね」
「えぇっと……具体的にはどんな話があったんですか?」
「極端な話では『都会の喧騒に疲れた貴族が喜ぶのどかな避暑地』というものから『旅で立ち寄るのに丁度良い宿場町』、『治安が悪くてゴロツキばかりの地獄』というものまで……とにかく色々だ」
「いや振り幅広すぎだろ」
避暑地or地獄とかヤジロベエすら落下するレベルの振り幅である。
情報の真偽を探ろうと周囲を見回すも、これといった特徴の無い旅人や商人ばかりで参考にはならなかった。
「ま、まぁ街に着けば分かる事だ。このままドンドコ流れに身を任せて坂を下るとしよう」
「とはいえ、この人の多さと歩みの遅さは少々面倒ですね」
苛々と眉根を寄せるグルオの気持ちも分からんでもない。
道幅的にも人数的にも他者を追い抜いて進むのは難しく、俺達は薄暗い石の坂をダラダラと歩く他ないのだ。
せめてもの救いは下方に広がる街灯りが綺麗な事位か。
これが星空の下とかベンチから座って見える夜景ならかなりの映えスポットだっただろうに。
──と、もどかしい思いで進むこと数十分。
長い坂を降りきった俺は思わぬ光景を前に立ち尽くす事となった。
「おぉ神よ……早くこの悪夢から俺を解放して下さい」
「残念ながら現実です。あと魔王様は無宗教ですよね?」
「おぉ、マイガ……ッ!」
目に付くのは人、人、人──
そこはまさに「人がゴミのようだ」と言わんばかりの超満員の街であった。
いやいや、なんのイベント会場だよ!
これが大通りだけの混雑ならまだしも、パッと見える範囲のわき道小道すら人で溢れかえっているのだから始末に負えない。
「ムリムリムリ。この狭くて圧迫感しかない道にこの人混みは絶対ムリ! 中に入ったら俺死んじゃう!」
「で、でもマオーさん。この街で宿を探さないと野宿になっちゃいますよ?」
「野宿も嫌ぁぁ……!」
まさかの地獄or地獄。
流れてくる人のせいで進む事も戻る事も出来ず、俺は壁際で生まれたてのスライムばりにプルプルと震えた。
とにかく過密が過ぎるんだから抵抗感MAXである。
王都もかなり人は多かったが、道も建物も全てが大きくて開放的であった。
対してここはありきたりな広さの街なのにこの人数──しかも地下。
遠方上部にある大穴から空が拝めるとはいえ閉塞感が凄まじいったらない。
いくら風が吹き抜けていても息苦しさは拭いきれないのだ。
「不特定多数の見知らぬ者達に次々と揉みくちゃにされるなんて穢らわしい仕打ち、俺、耐えられない!」
「いや言い方がひたすらに気持ち悪いです、魔王様」
「まぁまぁ。マオーさんにはマントがあるじゃない。それで防げば良いんじゃなくて?」
優しく宥めてくれるエーヒアスには悪いが、既に俺はマントを体に巻き付けて防御形態に移行している。
何なら口元にハンカチを巻き付けてマスク代わりにしている位だ。
「エーヒアスよ、これは理屈ではない。気持ちで割り切れない事もあるのだ」
「あらまぁ、ならお手上げね。地上に戻って野宿する場所を探しましょ」
「いやごめん、流石に切り替え早くない?」
もはや何しに来たんだよ状態である。
八方塞がり(物理)で絶望していると、グルオがはたと気付いたように周囲を見回した。
「魔王様、速報です」
「えぇ……なに? 俺今そんなテンションじゃないんだが……」
「カロンが消えました」
──マイゴッ!




