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4、ジャム瓶はフタと共に煮沸消毒を10分

 結論から言うと全く怒られなかった。

最も懸念していたグルオの小言が無かったのは幸運としか言いようがない。


 どうやら事前に伝えていた「俺の両親を引き合わせたウィッチ」という情報が効いたらしい。

グルオの中でタム殿は「それなりに敬意を払うべき相手」という認識のようだった。


 ちなみにカロンとエーヒアスには「親の知り合いの魔法使い」と伝えており、魔物(ウィッチ)である事は伏せている。

あくまでもお礼を兼ねての引っ越し代を稼ぐお手伝い、という体だ。

嘘は言ってないから問題はなかろう。


 さて、無事に仲間のお許しが出たとはいえ、こんなザ・中継ポイントみたいな所でモタつく訳にもいかない。


 短い話し合いの結果、我々は「一人一箱」をノルマに在庫処分に勤しむ事となった。

俺の販売欲求を程よく満たしつつ、より効率的に仕事を終えられる最高の作業分配といえよう。


「魔王様、本当に大丈夫ですか? 接客用語分かりますか? 研修時間設けますか?」


「いや、ものすごい信用度0じゃん。大丈夫だって」


 家臣からの疑惑の目が納得いかないものの、俺は意気揚々と「回復薬」入りの箱を手に取る。

べ、別にこれが一番売れそうだから選んだ訳じゃないからね。

別に「ただ摘んだだけのハーブは売れなさそう」とか思ってないんだから、勘違いしないでよねっ!


「あ、俺はそこの大通りで売るから、グルオとエーヒアスは少し離れた所で販売してくれ」


「……(察し)承知しました」


「? 別に良いけど……なら私は大通りの一本向こうで売り捌くわね」


 ふぅ、危ない危ない。

これで美ジュアルコンビに客を全部取られる未来は回避出来た筈だ。

俺はライバル店の近所に店を構えられるほど強気な店主ではないからな。


「あのぅ、マオーさん。私はどこで売ったら良いですか?」


「どこでもいいんじゃない?」


「なんか私だけ適当過ぎません!?」


 不服を全面に出しながらも、結局カロンは俺についてくる事にしたらしい。

本人曰く「マオーさん一人だと心配ですからね、私がフォローしてあげますよぅ」との事。

何その上から目線。

何そのやれやれフェイス。腹立つんだけど。


 まぁカロンならそこまで客を取られないだろうから別に良いか。

むしろ俺の販売スキルの高さを見せつけてやろう、そうしよう。


 こうして我々は日暮れまでを目安に解散したのだった。





──三十分後──



「……っしゃ~せ~……」


「マオーさん、目が死んでますよ!?」


 そりゃそうだろ。


 始めこそ威勢よく「Hey☆らっしゃ~い! よく効く回復薬ですよぉー!」なんて手を叩いていたものだが、道行く人みーんなチラ見だけして完全スルーなんだもの。


 ビニールシートに座って箱の上に並べた回復薬と栄養剤を見つめるだけの人生なんて。

こんなん続けてたら精神病むわ。

なんで誰も足を止めてくれないの。


「無視が一番傷つくのだぞ?」


「いや繊細すぎますって! 露店の最初なんて皆そんなもんですから!」


 すっかりやる気君が引きこもってしまった俺を叱咤しつつ、カロンは「いらっしゃいませ~!」と声を張り上げている。

健気だなぁ~と他人事な思いをどうにか押しやり、俺も渋々と姿勢を正す。


「らっしゃいぁせー……」


「マオーさん、もっとハキハキと!」


「いらっしゃいませー」


「もっと笑顔で元気よく!」


「いぃらっしゃいますぇぇー!!↑↑」


 ようやくカロンのOKが出た所で、クスクスと控え目な笑い声が近付いてきた。

二十代前半くらいの茶髪の娘だ。

挨拶の練習に夢中になりすぎて気付かなかったが、どうやら一連のやり取りを見られていたらしい。

不覚。


 慌ててカロンと共に「おぉっふ、いら、いらしゃいあすぇ……」と練習の成果を発揮すれば、彼女は少し申し訳なさそうに頭を下げた。


「楽しそうな所をお邪魔してすみません。商品を見ても良いですか?」


「あ、どうぞどうぞ」


 ようやくお客様第一号のご来店である。

女神かな?

この際冷やかしでも有り難い位だ。


 ビニールシートの上で正座しながらソワソワと客の動向を観察する。

少し大人しそうなどこにでもいる普通の町人といった印象の娘だ。


……真剣な眼差しで回復薬と栄養剤の瓶を交互に光にかざしている姿は少々「普通」とは言い難いかもしれないが。


「あの、この回復薬と栄養剤に入ってる材料って何ですか?」


「はて……俺は製作者ではない故知らないが、成分表ならばここにあるぞ。何かアレルギーでもあるのか?」


「あ、いえ、そういう訳ではないのですが、少し気になって……」


 娘は成分表を受け取るやいなや、まじまじと黙読し始めてしまった。

口を挟むのも憚られる熱い眼差しだ。


「(え、これどうする? 接客中に他の客引きとかしたら失礼になる? 黙ってただ待つの気まずくない?)」


「(えぇっと……読み終わったらまたお相手する感じで問題ないんじゃないですか?)」


 接客の初心者が二人いた所で半人前にも満たないんだなぁ。

客の目の前で堂々とヒソヒソ話をしていると、突然娘が紙から顔を上げた。


「あっあの! この薬を作った方ってどんな方なんですか!?」


「どんな、とは?」


 まさか「魔物(ウィッチ)です!」なんて答える訳にもいかない。

質問の意図が分からず言葉を詰まらせれば、怪しまれていると思ったのだろう──彼女はアワアワと言葉を続けた。


「わ、私は魔法薬の研究をしている者です。実は今調合中の魔法薬と、この回復薬の材料が凄く似ていて。少し珍しい配合だからなんだか感動しちゃったと言いますか……」


「ほう? そこまで分かるものなのか」


「はい! 栄養剤の配合も素晴らしいです。とはいえ、まだ改良の余地はあります。これはもう、ぜひお話を……と!」


 急に饒舌になる娘に圧倒されつつ、俺は「赤いトンガリ屋根の家のタムという老女だ」と答えた。

悪意の類いは感じられないし、この位ならば別に教えても差し支えはなかろう。


「後ほど伺う」と嬉々として礼を告げる娘に若干引いていると、彼女ははたと思い出したように小首を傾げた。


「こちらの回復薬と栄養剤、一本おいくらですか?」


「どちらも一本850エーヌだ(タム殿の売却希望価格は800エーヌだったけど)」


「三本買ったら2500エーヌで少しだけお得ですよ~」


 ちゃっかりまとめ売りのアドリブを入れるとはやるな、カロン。


 娘は特に悩んだ様子もなく「では十本ずつ下さい」と財布を取り出した。

ちょ、マジで!?

まさかの太客である。

女神かよ。


「そんなに買ってくれるんですか!?」と接客マナーとしてはNGな発言を繰り出すカロンに、娘はいたずらっぽく「ちょっとだけ手を加えてみたいんです」と微笑んだ。


「最近珍しい素材が手に入ったので、せっかくだから色々と試したくって……あ、勝手に改良する事はタムさんには内緒でお願いしますよ?」


「それは別に構わんが」


「フフッ。これに凝固したメープルドラゴンのミツを加えたらどうなるんだろう。ヒリヒリハーブとの相乗効果が期待できるなぁ……」


 ブツブツと呟く娘の発言の中に気になるワードが混じっていた気がする件。

まぁ気のせいという事にしておこう。

絶対気のせいではなかったと思うけどね。


 彼女はひとしきり自己の世界に浸ると、やがてハッと我に返り「出来ればオマケしてくれたら嬉しいです」と照れ笑いを浮かべた。


「任せろリ。値引きと一本追加、どっちが良い?」


「(セロリ……?)で、では値引きの方でお願いします!」


 結局、タム殿の希望価格の一万六千エーヌに値引く事になってしまったが仕方ない。

むしろ両者満足の取り引きが出来て大満足の結果である。

何これ、達成感と自己肯定感が爆上がりなんだけど。


「「毎度ありー!」」


 我が人生初の客を笑顔で見送り、俺は気持ちを新たに次の客を呼び込むべく声を張り上げた。


「ぃいらっしゃいませぇーっ!」


 働くって、楽しい!


※この時の魔王様の顔は「希望とやる気に満ち溢れた新入社員のような笑顔」でご想像下さい。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 魔王様が楽しそうだと嬉しい〜
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