3、カーテンは意外と汚れが蓄積している
借り物と恩義は早めに返すに限る。
これ大人のマナーな。
「そんな訳でまた来たぞ、名も知らぬウィッチよ」
「ふぇっふぇっふぇ、昨日の今日でわざわざご苦労な事だねぇ」
カロンが選んだ菓子折り片手に占い師の老婆を再訪すれば、彼女はさして気にした風でもなく菓子を受け取った。
彼女は「タムとでもお呼び」と隙っ歯を覗かせたが、ウィッチはおいそれと本名を明かさない種族なので十中八九、仮名であろう。
「ではタム殿、改めて礼を言おう」
☆☆ここの占いのおかげで宝くじが当たり、(資格合格はしてないし彼女もまだだけど)人生が変わりました──☆☆
そう爽やかにウインクすれば、タム殿は「詐欺商品の宣伝文句にしか聞こえんが、喜んで貰えたなら何より」と肩を竦めた。
「アタシゃ占いで見えた結果を伝えただけさね。当選自体はアンタの運だよ」
「それでも、だ。忘れたまま期限切れなんて洒落にならんからな」
一番最悪なのは期限切れ後に当選の事実を知る事である。
危うく大後悔時代に突入する所であった。
セフセフ。
菓子折りを観察していたタム殿は、はたと何かを思い付いたように動きを止めるとニタリと口角を上げた。
「ふぇっふぇっふぇ、折角の菓子だ。ウチで茶でも淹れようかね」
「いやお構いなく」
「なぁに、ウチはすぐそこさ。遠慮するんじゃないよ」
スッと指し示された先には絵本に描かれていそうな小さな家が建っている。
赤いレンガのトンガリ屋根と「これでもか!」というほど置かれた植木鉢の緑の主張が強い。
見ようによっては可愛いのかもしれないが、なんとも「魔女の家」感が凄い家だ。
正体隠す気あんのか。
「いやいや、ホントにお構いな……」
「それともなんだい? 恩のある年寄りの茶飲み相手が出来ないってのかい?」
「え、何これ怖い。いきなりグイグイ来るじゃん。これから絶対何かある奴じゃん」
とはいえ断るのも気が引ける。
なにせ555万エーヌの恩があるのだから仕方ない。
結局俺は促されるがままにタム家を訪問する事となってしまった。
まぁこの後は特に予定も無いし、別に良いか。
俺は茶を淹れる老婆の手元を眺めながら、それとな~く室内も観察する。
見たところワンルームの間取りらしい。
植物だらけのごちゃついた外観に反して室内は物が異様に少ない気がする。
ミニマリストとかいうやつだろうか?
「して、俺を強引に連れてきた理由は何だ?」
「ふぇっふぇっふぇ。席に着いてすぐ本題かい。セッカチな男はモテないよ」
彼女はズズッと茶を啜ると「どこから話したもんかねぇ」と菓子の包装を解き始めた。
「アタシゃ孤独を愛するウィッチのあぶれ者……異端者なのさ」
「異端者?」
「群れに入るまではいかずとも、群れの近くで過ごしたい性分……と言えば分かるかい? だからウィッチである事を隠して人間の町なかに紛れ住んでいるのさ」
なるほど、要はさびしんぼって事ね、了解。
確かに妙だなーとは思っていたが、そこまで変な事なのだろうか?
その理屈で言うと人の振りしてる元魔王の俺もかなりヤベェ変人って話になるんだよなぁ。
今ひとつピンと来ない俺に構わず、タム殿は遠い目で窓の外に目を向ける。
カーテンの向こうに道行く人々の横顔が見えた。
「別に何の種族でも良かったんだがね。見た目の釣り合いとか、買い物の便利さとか……何かと人間との距離感が一番気に入った。良くも悪くも人間は弱くて厄介で……面白い生き物だからね」
「それは確かにホントそう」
めっちゃ分かる。わかりみしかない。
高速で頷く俺を半目で見つつ、彼女の話は続く。
「だがこの町に住み始めて二十五年。そろそろ潮時なのさ」
「潮時、とは?」
「ふぇっふぇっふぇ、よく考えてみな。二十五年もあれば、赤子だって立派な大人さね」
「……なるほどな」
言われてみれば確かに、周りの人間がどんどん年を取っていく中でいつまでも変わらない老婆がいたら怪しまれてしまうだろう。
一か所に留まる年月が長ければ長い程、人外バレのリスクが高まるのは明白だった。
「ならば引っ越しでもしたらどうだ? 選り好みしまくった俺が言えた事ではないが、町なんて拘らなければ沢山あるだろう」
「もちろん引っ越しはするさ。なんせ最近は『あの占い屋のばーちゃん、俺の父ちゃんが子供の時からばーちゃんだったんだって!』だの『やーい、オババんち、魔女のやーしき!』だのと誂いに来る坊主共が出てきた位だからね」
「そうか。屋敷というより小屋だと思うが、子供の間で度胸試しスポットになりかけているのは問題だな」
ティーカップに口をつけると爽やかなハーブの香りがした。
少し苦みの癖はあるがスッキリとしていて悪くない。
「だが問題は引っ越し資金さ。実は少し前に王都の方で大規模なハーブの買い占めがあってね。こりゃあ育てていた薬草達の出番だと思って畑の規模を広げまくったのさね」
「王都……ハーブの買い占め……」
心当たりがありまくるワードである。
間違いなく城の関係者が巨大Gに対抗する為にあれこれ奔走していた時の話だろう。
「ところが、売り捌こうと思った矢先にハーブの買い占めは終了ときたもんだ。残った物は借りた畑の使用料と大量のハーブと薬草達。こんな時に引っ越しなんてしたら赤字もいい所だよ」
「それは心中お察しする」
とはいえ所詮は他人事である。
老人の愚痴ってどの位続くものなのだろうか──などとボンヤリ考えていると、タム殿の目が微かに光った。
「そこでだ。ちょいとお前さんに頼みたいんだがね」
「本題キタコレ」
お断りしたいけどとりあえず話だけは聞いておこう。
大人しく耳を傾ける俺に気を良くしたのか、彼女は相変わらず独特な笑い声を上げながら口を開いた。
「折角のハーブを腐らせるのも癪だろう? 恩を感じているなら、どうかアタシの代わりに在庫を売り捌いてくれないかい?」
「フム……まさかこの俺に店員になれ、と?」
「ふぇっふぇっふぇ。店員でも出店の売り子でも何でもいいさ。こんな老いぼれ婆より、多少不審な角兜でも若い男の方が沢山売れるだろうと思っての相談さね」
「不審な角兜は余計だ」
全く、いくらなんでも元魔王の俺を従業員扱いとは不敬が過ぎるだろう。
そんなふざけた頼みがまかり通る筈がない。
かつては魔物の頂点に君臨していたこの俺に在庫処分をさせようだなどと、あり得ないにも程がある。
──そう、普通ならな!
正直な所、接客販売の経験がゼロな俺個人としては悪くない話である。
清掃道具やら商品やらを売るグルオとエーヒアスの事を密かに羨ましく思っていた位だし、むしろ絶好の機会といえよう。
「礼を兼ねたお手伝い」と考えれば、ギルドの依頼で接客デビューを果たすよりも気分的に楽だしな。
いやぁ、オラめっちゃワクワクすっぞ!
とはいえ、流石に俺の独断で仲間たちの予定が狂うのは悪い気がする。
ただでさえ夢くじの換金で出発を一日遅らせているのに、ここで自己中を発揮するのは良くないだろう。
脳内の天使と悪魔が俺に語りかけてくる。
『ウッケッケ。どうせ急ぎの旅じゃないんだ。多少予定がズレたって問題ないさ。引き受けちまおうぜ』
『お礼をしつつ経験を積めるなんて素敵な機会ではありませんか。皆だって謝れば許してくれます。引き受けましょう』
あ、駄目だ。
俺の中の天使と悪魔が肩組んで笑い合ってるわ。仲良しか。
悩むこと十数秒。
俺は自分に正直に生きると決めた。
グルオに小言を言われる未来が見えた気がしたが、そんなの知らん知らん!
「ハッ、仕方ないな! その願い、仕方ないから引き受けてやろう! 全く仕方がなすびだな!」
「ふぇっふぇっふぇ、食いつき良すぎて逆に引くけど有り難い返事だねぇ」
「任せろ。要は『いらっしゃいませー、安いよ安いよー』って言って売れば良いのだろう? 楽勝だな」
「ふぇっふぇっ、やっぱりアンタも相当の変わり者だねぇ」
彼女は満足気にハーブの入った大箱を引っ張り出すと俺の足元に並べた。
両手で抱えるサイズの箱が四箱。
いずれも中身は軽そうだ。
「生の葉と乾燥した葉と、調合済みの回復薬と栄養剤が入ってるからね。売る場所と手段は何でも構わないから任せたよ」
「ガッテンでぃ!」
俺は商品を圧縮魔法鞄にしまうと、タム殿の了承を得て宿屋へと急いだ。
時刻は昼過ぎ──
きっと皆はアフタヌーンティーを楽しんでいる頃合いだろう。
一刻も早く事情を説明するのがせめてもの誠意である。
ま、怒られたらその時はその時だけどな。
形だけでも謝罪会見しとけば大抵の事は誤魔化せるって何かの教科書に載ってた気がするし、ヘーキヘーキ。
俺は内心のワクワクを悟られないよう、持ち前の超クールなポーカーフェイスを総動員して宿屋に舞い戻った。
そして──
「あれ? マオーさん、なんだかウッキウキですねぇ。お礼した先で楽しい事でもありましたぁ?」
即 バ レ た の だ っ た 。
なんでぇ?




