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自重知らずの元邪神  作者: どらねこ
2章 『貴族の姫と元邪神』編
14/30

14話 女の武器は笑顔

「なんだったんだ、アヤツは」


 バルハルドが屋敷を去って最初の一言は、吾輩だった。

 あれほどの性格の悪い人間というのは、いまだかつて見たことがない。

 元邪神の吾輩が言うのだから相当だぞ。


「あれが私のお兄様。昔からその、ああいう方で……ごめんねジョナス、嫌な気分にさせちゃって」


 カリファが眼帯をつけながら言う。

 その声は弱々しく、かなり傷心していることが窺えた。


「いや、吾輩よりもカリファであろう。……大丈夫か?」

「うん、大丈夫だよ?」


 なるべく弱音を見せないようにと笑顔を見せるカリファ。

 だが、唇はふるふると小刻みに震えている。

 付き合いの浅い吾輩にさえ見破れるほどその仮面は脆い。

 ましてずっと共に過ごしてきたネズフィラにとっては、今のカリファはとても痛々しく映る事だろう。


「カリファ様、私の力不足で本当に申し訳ありません……っ」

「ううん、謝らないで。ネズフィラは悪くないよ」


 悔恨一色の表情で深く頭を下げたネズフィラの頭を、カリファはポンポンと撫でる。

 ……うぅむ。

 吾輩、こういう物悲しい雰囲気はあまり得意ではない。

 気持ちが参ると前を向けなくなってしまう。それではあのバルハルドの思うつぼではないのか?


「ああそうだ。カリファ」


 そう思った吾輩は、カリファに自らの足を指差した。


「吾輩は足しか出してないからセーフよな? 手は出さぬという約束はきちんと守ったぞ。であるからして、解雇は勘弁願いたいのだが」


 そう言うと、カリファは一瞬呆けた後に、クスリと笑った。


「うん、ジョナスがいなかったらネズフィラが危なかったし、助かった。ありがとう、ジョナス」

「うむ」


 少しは空気も軽くなったような気がする。

 それに加えて、カリファに褒められた。

 やはり人に感謝されるのは気分がよいな。


「……ジョナス。少し良いですか?」


 少々上機嫌になる吾輩に、今度はネズフィラが声をかけてきた。


「なんだ?」


 ネズフィラは言いづらそうに口をモゴモゴとさせていたが、吾輩が促すと口を開く。


「……助けてくれたこと、感謝します。それと……カリファ様の笑顔を取り戻してくれたことも」


 ネズフィラは吾輩に深く頭を下げる。そしていつまでも頭を上げない。

 どこまでもカリファのことを第一に考えておるのだな。その忠誠心はほとほと感服に値する。


「吾輩はやりたいようにやっただけだ。其方のカリファを思う気持ちには及ばぬわ」


 ネズフィラの肩を持ち、無理やり頭を上げさせた。

 ずっと頭を下げられていると、その、どうしていいか分からぬのだ。

 顔を上げたネズフィラは、ジッと吾輩の目を見つめる。


「……優しいのですね」

「本心に優しいも何もないと吾輩は思うぞ」


 ポツリと言われた言葉に反論すると、ネズフィラはクスリと笑った。

 ふむ、やはり笑顔というのはよいものよな。

 人間たちはよく「涙は女の武器」というらしいが、吾輩にとっては笑顔の方がよほど強い武器だと思う。

 カリファも、ネズフィラも、とても可憐であるぞ。


「カリファ様、ジョナスがいかがわしい視線をカリファ様に向けています。気を付けてください」

「向けておらん!」


 立ち直ったらすぐそれか! 其方、さては案外図太いな!?






 そんなこんなで立ち直った吾輩たちは、作戦会議を行っていた。

 なんでも今カリファたちスペード家は跡継ぎ争いの真っただ中らしいのだ。


「本当に知らないのですか? この国一番の関心事ですよ」

「知らぬ。吾輩邪神ゆえ」


 吾輩がそう答えると、ネズフィラは呆れたような顔をする。

 それをカリファが「まあまあ」と宥めた。


「でも、これからは知っていってくれると嬉しいな。ジョナスは私の、その……騎士なわけだし」

「うむ、任せろ」


 そう言われては、知らないままで済ますわけにもいくまい。

 なにせ吾輩はカリファに借りがあるのだからな。


「で、現状はどのような状態なのだ? その跡目争いというのは」


 吾輩の質問に、ネズフィラが答えてくれる。

 要点のみをかいつまんだかのようなわかりやすい説明だ。

 コヤツ、物を教える才能があるのではないか?

 そんなことを考えながら、吾輩は現在カリファが置かれている状況を理解した。

 それによると、話はこういうことらしい。


 スペード家の両親が一週間前に旅先で亡くなったことを機に、後継者争いが始まる。

 後継の条件は直系の子であることであり、その資格を有すのは、バルハルドとカリファの二人だけ。

 街中では兄のバルハルドが継ぐのではないかという意見が大半らしく、もしそうなった場合にカリファがどう扱われるかは想像に難くない。

 現状でさえあれだけのことをする男だ。さらなる権力を持てば、同時にさらなる横暴さも手に入れることになるだろう。

 ネズフィラが言うには、幽閉されるか、最悪殺されることも考えられるということだ。


「にしても、なんでバルハルドの方が後継として有力なのだ? 平素からあのような振る舞いをしていては、民は付いて来ないと思うのだが」

「いえ、あの方は上辺を取り繕うことにかけては天性の才能をお持ちです。私たちと、あのピュケルという男、それに裏社会の人間以外には、彼の本性を知る者はいません」


 ふむ、たしかに小手先のことは得意そうな顔はしておったが……。

 そうなると、バルハルド側の失墜は期待できないというわけか。


「ならば、カリファが後継者になるために頑張らなくてはな」

「うん。でも正直、自信がなくって……」


 カリファはそう言って胸に手を当てる。

 やはり忌人であるということがカリファの心に重くのしかかっているのだろう。

 あのバルハルドとカリファのやり取りも、何度となく繰り返しされてきたに違いない。

 それが徐々にカリファの心を侵食し、自分に自信が持てなくなってしまっているのだ。

 だが、落ち込む必要はない。

 カリファにはネズフィラという素晴らしき従者もいるし、それに加えてこの吾輩が付いているのだ。


「へ?」


 吾輩は下を向くカリファの手をガッと掴んだ。

 急に手を握られて不思議そうな顔をするカリファに、吾輩は告げる。


「カリファなら本懐を成し遂げられる。吾輩はそう思っておるぞ。……なんでか知りたいか?」

「う、うん」

「では言おう。その理由とは……カリファは優しいからである!」

「? たしかにカリファ様はとてもお優しいですが……優しいとどうして爵位を継承することが叶うのですか?」


 ネズフィラは吾輩の言葉の意味が良くわかっていないようだ。

 カリファもあまりピンと来ていないようなので、吾輩は再度位置から説明することにする。


「よいか? まず前提として、吾輩がカリファの騎士である以上、カリファに不可能なことなど何一つない。そして吾輩がなぜカリファの騎士になったかといえば、カリファの優しさゆえだ。カリファは親切心ゆえに、吾輩に毛布をかけてくれた。吾輩はその聖女が如き振る舞いに心身共に感動し、カリファの騎士となることを決めたのだ」


 あれがなければ、おそらく吾輩はカリファの騎士にはなっていなかった。

 吾輩という手札を手に入れることができたのは、カリファが他人に優しい性格をしているからなのだ。


「つまりそれを整理すると、『カリファは優しいから爵位を継承できる』となるわけである」


 そう告げた吾輩に、ネズフィラは納得したようすで頷いた。


「なるほど……あの時寝ていたのはあなただったのですか、ジョナス」

「なんだ、ネズフィラもあの時の吾輩を見ていたのか?」

「はい、私はカリファ様の護衛として常に傍に居ましたから。あの時も、私は放っておいた方がいいと言ったのですが、カリファ様はとてもお優しいのであなたを助けたのです」

「……おい待て。ということは、其方は吾輩を放っておこうとしたのか?」


 酷くないか其方。

 しかしネズフィラは罪悪感など微塵も持っていない様子で言う。


「はい、だって魔物が出てもおかしくない平野の真っただ中で寝ているんですよ? どう考えたってまともな人間ではありません」

「うむ、たしかに吾輩は人間というより邪神だが」

「まともな人間というのはそういう意味ではなくてですね」

「もう、二人とももうちょっと仲良くしようよぉ」


 吾輩たちの言い合いを見ていたカリファが、宥めるようにそう言った。

 すると途端にネズフィラは顔色を変え、吾輩と肩を組みだす。


「ジョナス、私とあなたは今から親友です。いいですね?」

「舵の切り方が急すぎて付いていけん。船が転覆するぞ」


 コヤツ、本当にカリファのこと好きすぎるだろ……。

 カリファも実は難儀にしているのではないか、と思いカリファを見ると、カリファは照れたようなはにかみ笑いを浮かべていた。


「ジョナス、ありがとね。私のこと褒めてくれて。すごく嬉しかった。……あんまり褒められたことないからさ、つい舞い上がっちゃったよ。えへへ……」


 羞恥からか頬を朱に染めながらも、カリファは花の咲いたような笑顔を向けてくる。

 その姿を一言で言い表せば、魅力的という他ない。


「……うむ、苦しゅうない」


 やはり笑顔というのは女の武器である、と再度思う吾輩であった。

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