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自重知らずの元邪神  作者: どらねこ
2章 『貴族の姫と元邪神』編
12/30

12話 雑用もこなす

「ふう……」


 吾輩は庭で息を吐く。

 草むしりとはこんなに面倒な作業であったのか。

 根から抜かないとまた生えてくるとは何とも見上げた根性であるが、こちらからすると煩わしいだけだな。

 それに、ずっと同じ体勢というのも人の身には辛い。


「ジョナス、終わりましたか?」


 屋敷の中から吾輩に声がかかる。

 メイド服姿のネズフィラがこちらを覗き込んでいた。


「ああ、終わったぞ」


 そう答えると、ネズフィラの眼鏡がきらりと光る。

 その目は仕事人の目であり、抜きのこしがあるようならば鋭く指摘しようという魂胆がわかる。

 しかし吾輩は動じない。

 なぜなら吾輩は、完璧に草むしりをこなしたからだ。

 ネズフィラの胸とは対照的な、凹凸の一つもない庭をバックに吾輩は勝ち誇る。


「見よ、このぺんぺん草一つ生えていない完璧な庭を! これをやったのは誰だ? 誰だ? ……吾輩だ!」

「はい、ご苦労様でした」


 ネズフィラはそうとだけ言って、軽く吾輩に頭を下げた。

 その反応に、吾輩は物足りなさを感じる。


「……もう少し、こう、吾輩を褒め称える感じの反応はしてもらえないのか? 吾輩は自己を肯定されたくてたまらないのであるが」

「? ジョナスが来てから仕事は楽になりましたし、感謝はしているつもりですが……?」


 心底不思議そうな顔をするネズフィラ。

 いや、たしかに感謝されているのはわかるのだ。

 わかるのだが……もう少しオーバーにやってほしいというか、だな。

 いっそのこと腰を抜かして「す、凄い! ひょええええええ!」みたいな驚きの言葉の一つでも言ってくれると、吾輩のテンションは瞬時にマックスまで上昇するのだが。

 ……まあ、ネズフィラがそうならないのは吾輩の出した結果がそこまでではなかったというだけの話か。


「まあ、よい。大げさに驚くことを強制するのは不本意だ。ならば驚愕に値するだけの結果を持って、其方の顔色を変えればいいというだけのことであるからな」


 そうだ、過程が困難であればあるほど、結果に辿り着いたときの喜びは大きくなるもの。

 吾輩がその冷静沈着な目を驚きの色で満たす日が来ることを、せいぜい震えて待っておるのだな! カッカッカッ!


「何を意気込んでいるのかはわかりませんが、頑張ってください。そろそろお昼の時間ですので」


 そう言うネズフィラに続いて、吾輩は屋敷の中へと舞い戻った。






 吾輩はテーブルにつき、ネズフィラが料理を運んでくるのを待つ。

 カリファも席について、吾輩と同じようにネズフィラを待っていた。


「ジョナス、どうかな? この屋敷では上手くやって行けそう?」


 仕事云々というよりも、カリファは吾輩とネズフィラとの関係を心配しているのだと気付く。

 カリファとネズフィラの二人で暮らしていたところに吾輩が邪魔する形である以上、今までとは色々と勝手が異なる部分も出てくる。そこをカリファは案じているのだろう。


「うむ。ネズフィラとの関係性はおおむね良好と言ったところだ」


 吾輩がそう答えると、カリファはホッと胸をなでおろした。


「よかったぁ。あの子、仕事は出来るけどコミュニケーション関係はちょっと危ういところがあるから」

「一理ある」


「でも、ほっとしたよ」と言って、カリファは大きく伸びをする。

 そういう動作にさえ育ちの良さは現れるものだと、カリファに会って初めて知った。


「カリファも仕事が大変そうであるな」


 伸びを終えたカリファに言う。

 カリファの部屋の中からは、常にカリカリとペンを走らせる音が聞こえてきていた。

 何をしているのかは吾輩にはてんで分からぬが、簡単な仕事ではないことは理解できる。


「へ? ああ、まあね。でも、貴族は国民のために働くのが義務だから」


 そう言って、カリファは微笑む。

 その慈悲深い笑みには、もはや後光さえ感じるようだ。

 思い返せば、カリファは平野で寝ている吾輩に護符で結界を作ってくれるような人間だ。

 心根から優しさで満ち満ちているのだろう。


「吾輩感服致した。其方の騎士となってよかったぞ」


 魔物を統べる立場にあった吾輩でさえも、カリファからは学べることが多い。


「いやいや、そんな立派なものじゃないって」


 カリファは照れくさそうに笑う。


「いえ、さすがカリファ様。素晴らしい心意気でございます」


 ちょうどその時、ネズフィラが料理を部屋へと運んできた。

 配膳を行いながら、ネズフィラは口を淀みなく動かす。


「カリファ様は幼い頃より、民のために心を痛めることのできる優しいお方でありました。まさに貴族の理想とも言うべき精神性を持った方でございます。こんな素晴らしい方にお仕えできることは私にとって至上の幸福です」


 そう言ってストンと席に着くネズフィラ。

 涼しい顔をする彼女に対し、言われた方のカリファはそうはいかなかったようだ。


「ちょっとネズフィラ、ほめ過ぎじゃない? て、照れるんだけど……」


 かぁぁと顔を赤くしたカリファは柔らかそうな腕で己の頬を隠した。

 しかし、その華奢な腕で頬を隠しきるのには無理がある。

 まるで熟れた果実のように真っ赤に変わったその頬は、吾輩からも充分に確認することができた。

 それを自覚しているのだろう、カリファは吾輩とネズフィラから視線を逸らして壁の方を見る。


「見てくださいジョナス、照れ方さえ華のように可憐ではありませんか」

「たしかに」


 庇護欲をくすぐられるというか、カリファを見ているとそういう気持ちが湧いてくる。

 天性の愛され体質とでもいうべきであろうか。


「は、恥ずかしいからあんまり見ないで……」


 吾輩とネズフィラ、二人の視線を注がれたカリファは桃色の唇からそう言葉を紡ぐ。

 それを聞いたネズフィラは、カッと目を見開いて吾輩を見た。


「……ハッ!? じょ、ジョナス! カリファ様を辱めるとは一体どういう了見ですか!」

「其方が見ろと言ったから見たのだぞ!? 手の平返しにも程があるわ!」


 普段は冷静沈着な癖に、こんな時だけ無茶苦茶を言うでない。

 どうもネズフィラは、カリファ絡みになると暴走気味であるな……。

 そんあことを考えている間に、カリファの方は何やら妙な決意を固めていた。


「……でも貴族なら、こんなことで恥ずかしがってちゃ駄目だよね。……ふ、二人とも、もっと私が恥ずかしがっているところを見て……?」


 そう言って、顔を隠していた腕を自ら取り去る。

 そしてカリファは、まるで夕日のように赤く染まった頬を吾輩たちに晒した。

 恥ずかしさで頬どころか顔全体が紅潮していて、今にも煙が出てきそうだ。


 そこまで無理をして見て貰うような道理もないと思うのだが……?

 そう思いネズフィラを見ると、ネズフィラはしみじみと頷きながらカリファの顔を凝視していた。


「ジョナス、見るのです。まばたきは厳禁ですよ」

「其方らにはついていけん……」


 この屋敷に慣れるにはまだもう幾ばくかの時が必要であると感じた吾輩であった。




 昼食を終え、吾輩は午後の業務にとりかからんと席を立つ。

 午後の業務はたしか……洗濯であったか。

 カリファの騎士ではあるが、外出しない限りカリファに危険が及ぶことはまずない。

 ゆえにカリファが室内で書類作業をしている時は、吾輩もネズフィラの仕事の一部を肩代わりする形になっているのだ。

 洗濯は目立たぬ仕事ではあるが……今は雌伏の時だ。

 吾輩が人の目を集める機会は将来必ずあるはず。その時に、この屋敷で学んだことを活かすのだ。


 そう吾輩が情熱の炎をふつふつと滾らせていると、コーン、と鐘の音が聞こえた。

 どうやら方向からすると玄関……つまり、誰か来訪者がこの屋敷を訪れに来たようだ。


「確認してきます」


 そう言って、ネズフィラは目にもとまらぬ速度で駆けて行った。

 さすがはネズフィラ、この屋敷全体を掃除していたこともあって、移動速度は目を見張るものがあるな。


 そして瞬く間に帰ってきたネズフィラは、深刻そうな顔でカリファを見る。


「……カリファ様」


 それだけで、カリファも誰が来たのか予測がついたかのように唇をキュッと引き締めた。


「すまぬ、状況が呑みこめていないのだが?」

「客人です。カリファ様のお兄様……スペード家の長兄、バルハルド様がやってこられました」


 ネズフィラは苦虫をかみつぶしたような顔で言う。

 どうやらそのバルハルドとやらはカリファとネズフィラにとってあまり歓迎すべき客人ではないようだ……と、吾輩はその表情を見て察するのだった。

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