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天の詩  作者: 市尾彩佳
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2、晴れて自由?

 夕暮れ時、乗合馬車から飛び下りた少女──テルルは、腕を大きく上げて伸びをした。一日中同じ姿勢で馬車に揺られ続けたせいでかちこちになった体は、それだけでずいぶんと楽になる。


 テルルが下り立った街は、乗合馬車に飛び乗った街とは全然違っていた。白い石造りの建物は見当たらず木造のものばかりだ。道も石が敷き詰めてあるけれど、表面がしっかり平らに削られていなくてでこぼこだ。

 けれど、長年暮らしてきた場所より、ここのほうがはるかにテルルの心になじむ。



 テルルは8年前までは、この国のどこにでもあるような村のごく平凡な村娘だった。

 それが7歳の神殿詣を境に、大きく人生を変えられてしまう。


 神殿詣──7歳になった子どもは、神殿を詣でて神官の祝福を受ける習わしがある。

 両親と一緒に神殿を詣でた7歳のテルルは、他の7歳の子どもたちと一緒に祝福を受ける順番を待って控室で遊んでいたところ、「予言が降りた」と言われて神殿の奥に連れていかれた。

 それっきり両親と会わせてもらえず泣き続けていたテルルに、神殿の人が教えてくれた。


 この世には予言師と呼ばれる、これから起こる出来事を天から受け取る能力を持った人々がいる。その中でも特にその能力が高い人物は【神の謳い手】と呼ばれ、【神の謳い手】だけが多くの人々の命運を握る重要な予言【天命】を受け取ることができる。

 【神の謳い手】は神殿の保護下に置かれ、神殿を訪れる人々から予言を詠み取る。

 神殿詣の風習があるのはこのためでもある。子どもの成長を祝うのと同時に、【神の謳い手】から善き予言を授けられることを願って。


 だが、【天命】に関わる人物だと判明した場合、神殿はその【予言の者】を親兄弟からも引き離し、保護する決まりになっている。


『この娘の伴侶となる者は、この大陸の覇権を手にすることになるだろう』

 一国だけでなく、大陸全体の命運を担うこの【天命】を受けた【予言の娘】テルルは、今日の朝まで神殿の奥に隠され守られてきた。両親に会えない寂しさを我慢し、神官たちが押し付けてくる勉強を嫌々ながらもこなし、限られた場所でしか暮らせない状況に何とか耐えて。


 そんなテルルに、人生の更なる転機が訪れる。

 昨夜、偶然【予言の娘】の夫を決める話し合いが行われると聞きつけたテルルは、人生を好き勝手された上に夫まで決められちゃかなわんと、逃亡計画を実行に移すことに決めた。

 こっそり手に入れた巡礼者の衣服をまとい、開門と同時に押し寄せてきた巡礼者たちに紛れて街に出て。呼び込みをしていた古着屋に飛び込んで、髪と引き換えに旅装と路銀を手に入れて。そして一番遠い街まで行く馬車に飛び乗った。



 正直言えば、ここがどこなのかテルルにはさっぱりわからない。

 けれど神殿の手から逃れることが先決だと思い、急いで街を出たおかげで今のところ追手の姿は見かけていない。

 乗合馬車に一日中揺られてたどり着いた街は、どこか故郷の村を思い出させる雰囲気があって、それだけでテルルは目に涙が滲んだ。

 ここまで来れば、広い世界のどこに逃げたかわからないテルルを、神殿が見つけ出すことはできないだろう。

 あたしはもう、自由なんだ──!


 自由の空気を満喫しようと大きく息を吸い込んだ時、美味しそうな匂いで胸がいっぱいになる。

 それと同時に、テルルのお腹がぐうぅと鳴った。

 慌てて乗合馬車に乗ったため、食事を調達できる時間はなかった。途中途中の休憩所では食べ物を売っている店を見つけられず、同じ馬車に乗り合せている人たちがお弁当を美味しそうに食べているのを、こっそり唾を飲み込みながら我慢していたのだ。


 まだ夕暮れ時だし、食事にありついてから宿探しをしようと決めたテルルは、好みの匂いが漂ってくる店を選んで、開け放たれた入口をくぐった。

「いらっしゃーい! あら一人?」

 連れがいないことに気付いて少し表情を曇らせた女店員さんに、テルルはちょっと気後れする。

「うん。食事したいんだけど、いい?」

「あ、もちろんいいわよ。好きな席へどうぞ」

 店員さんは、気を取り直したように返事をする。テルルが人目につきにくい隅の席に腰を落ち着けると、ついてきていた店員さんが「何にする?」と早速注文を聞いた。

「ミルクの煮える美味しそうな匂いがするけど、シチュー?」

「鼻がいいわね。若鶏のシチューよ。今日のオススメ」

「それと、パンをお願い」

「果実水とチーズもつけましょうか?」

「それでお願い」

「銅貨三枚になりまーす」

 テルルは慌ててポーチから銅貨三枚を取り出すと、差し出された女店員さんの手のひらに落とす。

「まいど! すぐに持ってくるわ」


 でき上がっているものをよそってくるだけだったからか、本当にすぐに店員さんは食事を運んでくる。

「あ、この店って宿屋もやってる?」

 行ってしまいそうになる店員さんに、テルルは慌てて声をかける。すると店員さんは眉をちょっとしかめて言い淀んだ。

「ええ。上が宿になってるけど……」

「部屋、空いてるかな?」

「……ちょっと聞いてくるわね」

 一人でこの店に入った時もそうだったけど、何だか歓迎されない雰囲気。何故だろう? 子ども一人の客って、あまり喜ばれないのかもしれない。だとしたらここで断られた場合、他の宿屋でも断られて最悪街の外で野宿する羽目になるかも。


 そうなった時のために、急いで食事を終えて今晩の寝床を探しに行かなきゃ。


 お腹が空いてることもあって、美味しいシチューもしっかり味わうことなくかきこんでいると、ちょっと困惑した様子で店員さんが戻ってきた。

「部屋、空いてるって。食事が終わったら、カウンターにいるマスターに声をかけて。部屋に案内してくれるから」

 それだけ言うと、別のお客さんに声をかけられてそそくさと行ってしまう。

 何だったんだろ……?

 とりあえず宿を確保できたことにほっとして、残りをゆっくり味わいながら食べる。


 食べ終えてカウンターに行くと、中年のおじさんがテルルに気付いて、ちょっと含みのある笑みを浮かべて二階へ案内してくれた。

「この部屋だ。いい夜を」

 そう言っておじさんはテルルに鍵を渡す。

 今日一日緊張しっぱなしだったこともあって疲れていたテルルは、立ち去り難そうにしているおじさんの不審さに気付かないまま、扉を押して中に入る。

 ランプの灯された部屋の中には、両側の壁にぴったりくっ付けられた寝台が二台。

 何で二人部屋?

 と思いながら扉を閉めると、扉の陰になっていた壁に人がもたれているのが見えた。

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