第70話 大河川の攻防④
「そろそろだな」
ポポから戦地の状況を絶えず聞き続けていたミナトが言った。
「やるのね、『あれ』を」
「あぁ」
レナとミナトの会話にロイはついていけていなかった。
「あ、あの、さっきも言ってましたが、一体何のことなんでしょう?」
「……そうだな。ロイには話しておこう」
「ま、実験みたいなものよね」
「そうだな。あまり期待はしないでもらいたいんだが……」
そういうと、ミナトはアイテムボックスから2本の蠢虫剣を取り出した。
「この剣の詳細は、ロイも知ってるだろ?」
「は、はい。蠢虫が刀身にびっしり張り付いた剣……と聞いていますが」
実際には『張り付いた』どころではなく、この剣のほとんどが蠢虫からなっていると言っていいくらいなのだが、わざわざそこに突っ込むような真似はしなかった。
「その通り。で、俺が最近取得した職業『死刑執行人』は知ってるか?」
「詳細までは……」
なぜか申し訳なさそうにするロイ。
「この死刑執行人という職業は、武器に強制的に即死魔法〈死〉が付与されるという効果があるんだ」
ミナトの説明を聞いて数秒黙り込んだロイは、突然ハッとしたような表情になる。
どうやら察しがついたようだった。
「蠢虫1匹いっぴきが武器としてカウントされているのであれば、当然1匹づつに〈死〉が付与されていることになる」
ロイが考えれば考えるほど、それは理想の作戦だった。
「そう。俺が今からやろうとしているのは、〈死〉が付与された大量の蠢虫を人間たちに向けて飛ばすことだ。失敗する可能性はもちろんある。だが、リスクはほとんどない」
ミナトは醜い笑みを作った。
〈死〉に限ったことではないが、即死系魔法の効果は0か100。死ぬか無傷かである。
この作戦は抜群の効力を発揮するか、或いはほとんど意味のないものとなるかのどちらかであるとミナトは読んでいた。
蠢虫に付与されたものは効力が落ちる、なんていう可能性もあるし、そもそも蠢虫1匹では武器と見なされない可能性すらある。
「ひ、ひとつお聞きしてもいいでしょうか?」
ロイが不思議そうにしてミナトに言う。
「この作戦、最初にやっておけば良かったのではないですか……?」
ロイの問いは、まさしくミナトたちも考えていたことだった。
だがミナトはあえてこのタイミングを選んだ。
「それは俺たちも思ったんだが……即死魔法はその魔法の効力と相手の強さによって死ぬか否かが決まる。それは知っているだろう?」
ロイはこくりと頷いた。
「相手の強さ、とは実に抽象的な言い方だが、色々と詳細を調べてみると、どうやら相手の状態によっても魔法が通るか否かが変わってくるみたいなんだ」
ミナトの話を、ロイが興味深そうに聞く。
「例えば魔力の消耗が激しく、精神的、肉体的に疲弊している者、例えば、一方的に攻撃を受けて肉体がボロボロな者。そういった者——言うならば、魔法に対する抵抗力を失いつつある者には、即死魔法は通りやすいんだ」
ほへー、と納得したような表情を見せるロイ。
「な、なるほど。だから敵が消耗するのを待って、実行するのですね」
「そういうこと。ま、全部レナの受け売りだけどな」
この知識はレナが現実世界とゲーム内の両方からかき集めたものだ。
即死魔法を使うのは俺だというのに、俺より熱心に調べてくれていた。
「っと、おしゃべりはこの辺にして、始めるとするか」
そう言うと、ミナトは両手に持つ2本の剣で空中を斬った。
「蠢虫たち! 人間どもを噛み殺せ!」
恐らく、『億』という単位ですら収まらないであろう数の蠢虫が、濃霧の如く、空中に解き放たれた。
*
一体何が起こったのか、すぐに理解出来たものは、ひとりとていなかった。
歩兵200人、そして魔法師兵200人の命が、一瞬——本当に一瞬のうちに潰えたのだった。
「一体……なにが……?」
最初に反応したのは、やはりというべきか、クルディアスであった。
「一体、何が起こったというのだ!」
クルディアスはなぜか、隣にいたレリウスを怒鳴りつけた。
自分でも何をしているかわからなかった。
理不尽だと理解していた。
だが、目の前の光景はもっと理不尽だと思った。
「わ、わかりません」
レリウスの唇は震えていた。
無論、クルディアスに怯えたのではない。
目の前で起こった、人智を超えた力に怯えたのだ。
10秒ほど、誰も、何も発さず、一歩も動かない時間があった。
戦場ではあり得ないことだ。あってはならないことだ。
だが、目の前の出来事の衝撃はそれほど大きかった。
いち早く落ち着きを取り戻したのも、やはりクルディアスだった。
「一旦、退避だ!」
撤退では断じてない。一時的に戦闘を中断させるための退避。
今の状態でさらなる攻撃を喰らってしまっては、パニックになることは間違いがない。
残った軍勢は一旦魔物の国から距離を取った。
クルディアスはフリムに探知系魔法の行使を命じた。〈透明化〉などを使って距離を詰められないように、という意図である。




