第40話 歓喜と予感
「隊長! あれ、梟鸚鵡じゃないですか!?」
1人の隊員が、そんなことを言う。
「梟鸚鵡だと?」
ダロットは半信半疑に振り返ると、そこにいたのは確かに、梟鸚鵡で間違いなかった。
『幸運の鳥』カカポ。
百足人が不吉の象徴だとすれば、カカポは幸運の象徴だ。
「ど、どうしてこんなところにカカポが……まさか、百足人に無理矢理服従させられていたというのか!?」
本気で言ったわけではなかったが、考えれば考えるほど、それ以外にここにいる理由がないことがわかった。
隊員たちも、ダロットの意見に同意している。
「くそ……! 忌々しきムカデめ! カカポまで服従させていたとは……!」
今の今まで上機嫌だったダロットに、沸々と怒りが湧き上がる。
それは隊員たちも同じで、あちこちで百足人を非難する声が上がる。
「可哀想なカカポよ……私たちと来るか?」
ダロットが出来るだけ優しくそう言って腕を伸ばす。
「ホー」
するとカカポも嬉しそうにそう答えて、ダロットの腕に乗ってきた。
「お前はこれから、私たちの国で大切に保護させるのだ。安心してくれ」
カカポは知能が高いといわれている。
伝わっているかはわからないが、少しでも安心できたら、という思いで、ダロットは語りかける。
カカポはそれに『ホー』と返した。
その愛らしい姿に、思わずダロットは破顔した。
*
ダロットから任務完了の一報が届いた翌日。
ストゥートゥは早くもお祭り騒ぎといった様子だった。
国の中央にある『噴水広場』では、多くの露店とそれに群がる人々で溢れかえっていた。
ほとんどの人は百足人の討伐成功に沸き返っていたが、その中に、場違いな一団がいた。
先頭を歩く男の頭上に表示されたPNは『レオン』。
そう、羅刹天の一団である。
「随分騒がしいんだな。いつもこうなのか?」
レオンは通りすがりの男に話しかける。
「いやまさか。百足人が討伐されたんだよ。ダロット様たち討伐隊によってな」
アルコールが入っているのだろう。
顔が赤くなっていた男は、しかし、はっきりと説明してみせた。
「せんちぴ……なんだって?」
百足人という単語に、レオンは聞き覚えがなかった。
「おめぇさんそんなことも知らねぇのか。随分遠くから来たんだなあ……」
「あ、あぁ。まあな」
「百足人ってのはムカデの魔物だよ。ムカデの身体で立ってやがるんだぜ? キモチワリィだろ?」
ムカデ。
その言葉に思わず身体が硬直するレオン。
ミリナは自分の身体を抱きしめている。
カエラとイグバルは今回は同行していない。死の代償によるレベルダウンのためだ。
レオンは確信した。
あのミナトというプレイヤーは、どうやらこの国の者によって殺されたようだ、と。
あんなムカデが何匹もいるはずがない、という願望めいたものもあった。
「そのムカデと一緒に、バッタの魔物がいなかったか?」
無論、レナのことだ。
2人がパーティやギルドを組んでいるのか、それとも即席で出来たチームなのかはわからないが、ミナトと一緒にいる確率は高い。
「んにゃ、聞かねぇなあ。んなことは」
だが、男から返ってきたのは期待外れの言葉だった。
「……そうか。ありがとう」
レオンはそう言うと、アイテムボックスから金貨を取り出し、男に渡した。
「おっ、まじかよ兄ちゃん! ありがとよぉ!」
男は機嫌良く去っていった。
レオンはミリナの方を向く。
「どうやらミナトというプレイヤーは殺されたようだな。デスペナルティは決して甘いものじゃない。当分、俺たちに楯突いてくることはないだろう」
自分たちで倒したかったという思いは少なからずあるが、今はそれよりも一度死んだという事実を喜ぶべきだろう。
「レナとかいうバッタのことは気がかりだが、そもそも、正面からやり合って負ける相手じゃない。ムカデもバッタも、俺たちが万全なら問題にはならない」
そうだ。必要以上に怯える必要はない。
あの時は例外中の例外。完全なる奇襲だ。
奴らの狡猾さが通用しない場面で、俺たちが負けるはずはない。レオンはそう思っている。
「で、どうするの? これからの目的は」
10番目の街『ストゥートゥ』以降は何番目という概念がなくなる。どこへ行こうがプレイヤーの自由だ。
「あぁ。それなんだがな。面白い話を聞いた」
レオンがニヤリと笑った。
「なんでも、魔銀が取れる山があるらしいんだ」
*
街ではお祭り騒ぎが未だ続いているが、クルディアスが普段詰めている軍務本部はそうではなかった。
「それで、定期連絡はまだ来ないのか?」
クルディアスが部下——ヘレスに、若干苛立ちを含んだ声で問う。
クルディアスは軍には規律が非常に大切であると考えている。
例え百足人を討伐して任務を完了させたとしても、何も伝えることがなかったとしても、定期連絡は行うべきだ。
それこそ規律であり、秩序である。と、少なくともクルディアスは思う。
(そんなことで気を抜くような男ではないと思っていたんだがな……)
若干の失望は、ダロットに対してのもの。
定期連絡をするのはダロットの役目ではない。
だが、ダロットほどの男であれば、再び気を引き締め、しっかりと最後まで業務をこなすように、と念を押すくらいのことはすると思っていた。
そしてそれをされてもなお連絡を怠るような者を編成した覚えもなかった。
「仕方ない。こちらから〈伝言〉を送ってくれ」
勝手に失望したものの、何か事情があってのことかもしれない。
ただ、そんな時こそ連絡が必要なのではないか、と言いたくなる。誰も連絡が出来ない状況など、あるはずがないのだから。
「承知しました」
ヘレスはそう言うと、部屋から出た。
〈伝言〉を送りに行ったヘレスは、5分と経たずに戻ってきた。
「へ、兵士大将。繋がりません。副大将にも、トルトにも」
トルトとは、定期連絡をする役目の隊員である。
「なに?」
〈伝言〉が繋がらない。それはつまり、脳のリソースを他の事で使い切ってしまっているということだ。
例えば、魔法を使うのに集中している者に〈伝言〉は届かないし、本気の戦闘をしている戦士にも届かない。
嫌な予感がした。
クルディアスは、自身が確かに感じている胸騒ぎを、必死に無視した。
当然だが、〈伝言〉は死者には届かない。




