第24話 討伐隊
「百足人だと? それは真か?」
百足人を見たとの報せは、すぐに上へ上へと伝わり、1時間と経たずにその頂点たる国王にまで渡った。
冷静沈着で知られる国王デイルとて、兵士大将からその言葉を聞いて、驚きを隠せなかった。
「はい。確かに見たという兵士が2人おります——入れ」
兵士大将に促されて入室して来たのは、最初に百足人を見つけた兵士だ。緊張から顔を強張らせているのが一目で分かった。
「お前か。百足人を見たというのは」
「は、はい。双眼鏡越しではありますが、確かに見ました。あれは伝承に聞く、百足人に間違い無いかと思われます」
声も上擦っていたが、自信を持って言っているように、デイルには見えた。
「単独で行動していたということか? それとも百足の群れを引き連れていたのか?」
百足人は不吉の象徴だが、百足に特別な感情を抱いている者はいない。
「いえ、それが……私もよく見えなかったのですが、もう1人似たような魔物がいたように思います。ただそれが何なのかまでは……」
デイルは顎に手を当てて何かを考える。
「……そうか。百足人は戦闘能力も高い。仮にその正体不明の者を百足人だと仮定すると……2体もいるというのは由々しき事態だな。それで、その者たちはどこへ?」
「山岳へ向かったと思われますが……」
あからさまに語気を弱める。
「見失ったのだな?」
それだけで、デイルは察してみせた。
「は、はい。あまりにも速く動くものですから……双眼鏡ではどうも」
「それは理解できる。百足人は恐るべきスピードで走ると伝承にも残っているからな」
デイルは慰めにも似た言葉をかけると、再び顎に手を置いて考える始めた。
さっきよりも長い時間それが続くと、視線を兵士大将に向けた。
「百足人に討伐隊を向かわせる。編成は兵士大将に一任するが……」
デイルは一拍置くと、強い視線を兵士大将に送る。
「舐めた編成はせぬように。お前なら言われなくともわかっているだろうがな」
「承知致しました」
兵士大将は凛々しくそれに応えると、退室の許可を得て、部屋から出た。
編成完了の報がデイルに渡ったのは、それから僅か2時間後のことだった。
*
「思ったより速いな! レナ」
俺は背中にロイを乗せ、ムカデフォルムで山岳に向けて走っていた。
ロイが『背中に乗るなど烏滸がましい』などと言っていたので無理矢理乗せたのだが。
レナはというと、〈跳躍〉というスキルで飛び跳ねながら進んでいた。
そして驚くべきことに、俺のスピードについて来ているのだ。
俺はロイを乗せていることもあり、全力疾走では無いが、それでも8割くらいの力で走っているつもりだ。レナはそれについて来ている。これは凄いことだ。
「ま、私は飛蝗人だから。跳躍していけば、素早さの数値以上に速く移動出来るのよ」
ぴょーん、と跳躍しながらレナは答える。
そうこうしているうちに、山岳の麓にまで辿り着いた。それほど時間は掛からなかった。
カルティエ大森林ほどでは無いが、多くの木が乱立しているこの山では、俺はまだしもレナは跳躍しながら進めそうになかった。
俺は立ち上がり、歩いて進むことにする。
「それほど高くは無いと聞いているが……それでも結構骨が折れそうだな」
「まあ言ってしまえば登山だからね」
俺たちは道とは呼びたく無い獣道を歩く。
「この獣道は、普段どんな魔物が歩いてるのかしら」
そんなレナの問いに答えたのは、俺でもロイでもなかった。
「メェエエエエ!」
紛れもない山羊の鳴き声。
その方向に目をやれば、確かに山羊がいた。
ただ、普通の山羊とは違った。
もふもふの白い毛に、可愛らしい鳴き声。ここまでは同じ。
違ったのはその角だ。2本ある角はどちらも包丁か、或いはナイフのような形状をしている。
そして頭上に表示された種族名は首狩り山羊。
山羊は幸いにもこちらに気づいていなかった。さっきの鳴き声は威嚇ではなかったようだ。
むしゃむしゃと地面の草を貪り食っている。
「首狩り種……」
レナが小さな声で呟く。
「あの山羊について何知ってるのか?」
「驚いた。まさか首狩りも知らないとは」
レナが呆れたような声を上げる。
「何なんだそれは」
「首狩り兎を始めとした種族よ。首狩り馬に首狩り犬。その種族の共通点は……そうね、3つあるわ」
首狩り兎というのだけは、俺も聞いたことがあった。
「1つは、身体の一部が刃物のように変形していること。2つ目は、執拗に首を狙ってくること。首が急所だと知っているのね。きっと」
なるほど。もしかすると急所鑑定士と何か関係があったりするのかもしれない。
「それで、3つ目は何なんだ?」
レナが何故か口を噤んでしまったので、俺が促す。
「3つ目は……強いわ」
誰かがゴクリと唾を飲んだ気がした。
「首狩り兎とは何度もやり合ってるけど、簡単な相手じゃなかったわ。首狩り山羊なんて聞いたことがないけど、多分強いわ」
「じゃあどうする? 気づかれないように進むか?」
「いや、やっちゃった方がいいでしょうね」
首狩り種は強いという言葉とは裏腹に、レナが示した選択は交戦することだった。
「へぇ。その心は?」
「——それ以外に、選択肢がないわ」
その時レナが向けた視線と辿ると、首狩り山羊がこちらを向いていた。
「メェエエエエ!」
それは、今度こそ開戦の合図だった。
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