第90話 Moon lullaby 15
同じ頃、ルブラーン目前、山の頂上にハロドック達4人が現れた。
〝監視映像蜘蛛〟の通信範囲は広く、数分はおろか1日で乗り物無しに渡れる距離ではないが、ハロドックには都合のいい協力者がいる。
「僕らは干渉しないんじゃないんですか?」
「いずれ干渉する日は来るから、その肩ならしって事で」
「意味が分かりません」
「見返りなら可能な限り何とかする、俺の可能な限りって無茶苦茶範囲広ぇぞ?」
「……では、妹の情報を、分かる限りでお願いします」
「ありがとよっラルフェウ!」
たまたまセタカルド諸島付近の海の真ん中に佇んでいた船の上で、ハロドックが考えられる中で最速の移動手段を持つ青年に交渉を持ちかける。
断る理由は特になく、さらに見返りをもらえるとの事なので、ラルフェウはハロドック、ユリ、ルナ、チャーリーをルブラーンを囲む〝連なり囲む山脈〟の山のひとつの山頂に瞬間移動させる。
「……これを予測、いえ……知っていたんですか?……マルベスさん」
「何の事じゃ?」
同じく船上にいる女性用下着を頭に被る老人の目を見て、ここ最近船が辿って来た道を疑うラルフェウ。
※ ※ ※ ※ ※
「げほっげほっ」
「ユリ大丈夫か?」
「……うん、ちょっと……怠いけど……」
普段より少し動きがぎこちなく呼吸も僅かに荒いユリをハロドックとハロドックに肩車されているルナは心配そうに顔を伺う。
「ザルブかぜかもしれないな……」
「なんじゃそりゃ」
「10数年に一度大流行する感染症だ、母上はこれで亡くなった」
当時のザルブかぜはこの当時から数十年前に流行しだした人間界でだけの流行病として猛威を振るっている。
また当時は明確な治療法が確立されていないため、苦痛を抑える応急措置以外手の施しようが無く、大勢の人々が死んでいった。
「え……」
「言うなよ……」
それをわざわざ妹に言う兄の空気の読めなさに呆れるハロドック。
「あ、すまない……しかし……」
「ルナは……大丈夫かな……」
そんな病魔に冒されているかもしれないユリは、己の身よりも小さな息子の体の方を心配する。
「魔力はウイルスとか殺すから大丈夫だ、魔力は死のエネルギーだ、絶大な力とほぼ全ての病気にかからねぇ、呪力でも外からの病気にはなるからな……
……おかげで生命力はすげぇ使って、魔人族の平均寿命は30代なんだ」
ハロドックは魔人の体質を冷静に説明してユリの心配を払拭する。
「……そうなんだ……なら、ルナは安心だね……寿命があれだけど……」
「なら呪力取得すればいい、不老になれる」
「うん……げほっげほっ!」
咳き込んではいるもののユリの目は死んでおらず、ここで作戦を打ち切る事の方が望んでいないとみて、ユリの背中をさすりながら声をかける。
「どんな病気であれ、後より今が状態は良いはずだ……向かうぞ、王宮」
「おう」
「おー!」
ハロドックの言葉に呼応して元気よく右拳を高々と掲げるルナ。
「うん……正面から行くの?……」
「そうしたいが……」
言葉を続けようとしたチャーリーの声をかき消すほどに殺気を放ちだしたハロドックは、ナイフを右手に持ち、突如頭上から振り下ろされた刀を防いだ。
「っ!!?……なんだ……」
「い……いつの間に……」
「あれ、完璧だと思ったけど」
その凄まじく重い金属のぶつかり合いによる衝撃波は山々の植物を強風が吹き荒れた際のようにたなびかせ、ハロドックの立っている位置から全方位に亀裂が生じた。
不意打ちで力の数割ほどしか出せなくてもこれだけの驚異を見せつける……それがコーゴー特等聖戦士──〝剣聖〟セロナ・レンシアだ。
「お前ら先行け」
「でも」
「行け!!!!」
「っ、分かった……」
この場の誰よりも現状の危機を察知するハロドックは、ルナを空いた左手で持ってチャーリーに投げ渡す。
あの激突を最も近い位置から見ていたはずなのに全く動じずキャッキャッと笑うルナを抱きしめ、3人は王宮に向かっていった。
「こんなとこで見かけるとは、意外や意外……ハロドック・グラエル」
「誰だよ」
「セロナ・レンシア……で分かる?」
決してルブラーンには入らないものの2人はルブラーンの周りを囲む〝連なり囲む山脈〟を駆け回り、刀とナイフの応酬が繰り広げられる。
一撃一撃の衝撃は想像を絶し、山は欠け、毎秒毎秒地響きが周辺の土地を襲い、ハロドックがかわしたセロナの薙いだ剣閃はかまいたちのような斬れる衝撃波となり、数十キロ先にある街の鐘塔を縦に真っ二つに斬る。
2人は準備運動程度のつもりだが、その両者の些細な遊びに近いやり取りに人間界中が振り回されている。
これが異名を持つ者同士の、たわいの無いぶつかり合いだ。
「……ああ、聖龍神になれなくてコーゴーに逃げたアホ女か」
「うわぁ詳しっ……キモい」
「物知りって言えよ、ディルキアは会う度にお前の話ばっかすんだもんな~」
セロナは少しタメを作り恐ろしいスピードで、刹那に30撃ほど入れるも、ハロドックは全てナイフで受けきった。
「……やっぱ本気になんないとダメ?やだな~」
「俺もそうなんだが……ん?」
するとハロドックの背後から、十分大柄な自身を越える巨体の影がかかり、油断から反応がやや遅れたセロナの腹部に強烈な右拳を打ち込む。
そのたった一撃でセロナを向こう側の山に一直線に吹っ飛ばし、山肌にめり込ませた男の名は──シュベレット・フレブル。
「……どしたデカブツ」
振り返らずとも分かる思わぬ助っ人にハロドックは、驚きつつフッと笑う。
「敵は1人ではない、お前はユリ様の元に行け」
「……へいへい」
するとハロドックは2人の目に追えないほどの速さで2人の元から消えた。
正確には時間を止めて跳び上がり、着地するほんの直前から再び跳び上がる瞬間だけ時間を進めながらユリの後を追っていった。
「…誰」
「元特等聖戦士ですが…お忘れですか?」
セロナは全く音を立てずに吹っ飛ばされた距離を戻ってきて、服についた土埃を払ってシュベレットと対峙する。
「基本的に人の名前は覚えないな~、自分より強いのと、異名持ちと……ミソラくらいしか覚えてない」
「……なら、刻み込んでさしあげましょう……」
空気すらも斬り裂く刃とシュベレット渾身の生身の右拳が激しく衝突し、双方傷が付かずに周辺の地面に甚大な被害が及んだ。
セロナが振り下ろしてハロドックが受けるだけの先ほどとは違い、双方が攻撃意識を持って衝突したためにほとんど地震のような揺れがルブラーンを襲う。
「そもそも特等なのに異名付いてないって何?」
「10位はルブラーンに派遣される通例なので、大した実績を上げられない……異名など持てない」
「あっそ」
※ ※ ※ ※ ※
ハロドックは王宮エントランスでユリ達を先回りし、待ち構えて3人と合流した。
ユリ達はハロドックとセロナの衝突による揺れで遅れつつも山を降り、何故か守衛は気絶しており開いていた兵士用の出入口からルブラーンに侵入した……もちろんシュベレットが取り除いた障害だ。
そこから兵団施設を横切らなくてはならないのだが、その周辺にいたやはり兵士達は全員伸びていた。
本来それらはハロドックが矛となって突き進む予定だったが、必然的に現れたシュベレットがその穴を埋めていったのだ。
「あれ、速かったね……」
「思わぬ助っ人参戦でな、急ぐぞ」
「ああ」
謎の揺れなどで外に出払っていたために王宮には全く警備などをする兵の姿は見当たらず、ハロドック達は僅か数分で王室の前に辿り着き、チャーリーはルナをユリに渡して一息置いてから勢いよく扉を開けた。
「これはこれは、お早いお着きで……兄上」
「ケイナン……」
「何ですかあなた方は、邪魔なんですが」
来ることが分かっていたケイナンは冷静に立ち振る舞い、気配で来ることを察知したミソラは刀を抜かずに構えている。
「俺が…邪魔させねぇよ、ちっぱいちゃん」
「…っ!!!?」
ミソラがハロドックの姿を凝視し放たれているオーラを感じ取ると、ミソラは一瞬で全身から冷や汗が出た。
(……何だこの男……ヤバすぎる……セロナ様よりも……まさか……)
「何しに来たかは聞かない……答えはNOだ」
「お前にその選択肢は無い」
あの日、チャーリーがケイナンの策略により濡れ衣を着せられルブラーンを追放された日以来となるルブラーン王宮王室での2人の対面。
ケイナンはあの時チャーリーが振り返った時のように嘲笑の表情を浮かべ、チャーリーはやや感情的となり歯を見せて険しい表情を浮かべる。
「……そいつがハロドック・グラエルか……」
「どーも」
ケイナンもミソラと同様ハロドックのオーラを直に感じ取っているが、緊張は走らず汗一つかくこと無くハロドックとの邂逅にやや表情を緩める。
「……お前は誰だ?」
その横にいる見知らぬ赤ん坊を抱く女に向かってケイナンはそう言い放った、当然皮肉だ。
「……何とでも言ってください……」
人を陥れたその行動が許せないユリは、もうあの男を兄と呼ぶ事は無い。
落ち着きは見せているが一歩間違えれば爆発しそうな激情を、手は握れないため両足の指を握るように強く曲げて抑え込んでいる。
「ケイナン、考え直すんだ、確かにお前の言う通り、変化は大事だ……だが、それが人々の幸福に繋がるかと考えると、お前のそれは違う!!!」
「変化とは、創造か破壊のどちらかだ、変化に人々の幸福は伴わない」
「それが一王の言葉か!!!ふざけるな!!!お前の我欲で人々を巻き込むんじゃない!!!」
「言うことが無くなれば説教か、本当に、何をしに来たんだ?」
「……ケイナン、お前は……王という存在を……何だと思っているんだ……」
「今度は質問か?忙しないな、考えはまとめてから言ってくれないか……そうだな、目的達成のための利用素材、だったか?」
王という絶対的な名誉、誇りを、我欲を満たすための記号、道具としか認識していないケイナンへの怒りは、王としての責任、重圧、そして感謝をこの場の誰よりも知る男を逆に冷静にさせた。
「……ならばせめて……」
全身の力を抜いたチャーリーは胸ポケットから島から持ち出した包丁を取り出し、両手で握ってケイナンを睨んだ。
人間界の王族として、クルエルの血族として抱いてはいけなかった発展への渇望を無理矢理押し込めたからこその思想ならば、自分にも非はあると心のどこかで思っていた。
「何の真似だ」
だがその内輪の問題を、王を信じ王族を敬愛してくれる民衆を巻き込んでまで解決するとなれば、元王として、同じ血族として、兄として、ケジメとして止めなければならないと決断した。
その強い思いが、錆び付いた切れ味の鈍い包丁の切っ先に込められている。
「心中してもらう……王家という柵に囚われ、妹1人の心すらも救えなかった無能な男と共に、地獄で罪を償え!!!」
チャーリーは叫びながら包丁を持ち、動じず、表情も全く変えないケイナンの懐に走って刺しにかかった。
「…はぁ…」
小さなため息をついたその瞬間、ケイナンは胸ポケットから拳銃を取り出し、一直線に向かってくるチャーリーに銃口を向け……
───躊躇う事無く引かれた引き金により、無慈悲に旋回して貫通力を持ちながら火薬と共に放たれた弾丸は、自らの成すべき行動を覚悟し、踏み出した男の心を……嘲笑うかのように穿つ。
「っが……」
飛び散る鮮血が宙を舞い床に落ちるその瞬間と同時に、チャーリーはケイナンの目の前でうつぶせに倒れる。
するとケイナンは倒れているチャーリーをわざわざ仰向けにし、顔面に全弾撃ち込み、弾が切れしてもしばらくカチャカチャと引き金を引き続きていた。
自ら発する奇怪な笑い声が銃声をかき消していたためか、数秒間弾切れに気付かないケイナン。
「……兄……様……」
「……あ、終わってた」
弾切れに気付いたケイナンは、拳銃を雨のような弾丸によりグチャグチャに抉れたチャーリーの顔面に投げつけた。
空気を響かせる銃声なのか、ハロドックとセロナの衝突にも動じなかったルナは、母親が敬愛した男の死を垣間見て、泣き止まなかった。




