第88話 Moon lullaby 13
ケイナンをはじめとする捜索隊はハロドックの力もありユリを見つける事は未だ出来ず、手掛かりひとつも掴めないまま2年の月日が流れた。
※ ※ ※ ※ ※
「レルシー長官」
「何ですか?」
7つの世界を行き交う唯一の地点とされる〝ウーヴォリンの神樹林〟……その中心にそびえ立つ2000メートルはあるとされている〝神樹ウーヴォリン〟。
その樹の中に存在する、世界中に影響力を有する巨大組織コーゴー本部、そのとある部屋に女がノックをして部屋に入り、椅子に座る男と話をしていた。
「ここ1、2年、ジェノサイドがかなりの人員を割いてあらゆる世界に干渉しています……そして人間界ではジェノサイドとの不正な取引が世に晒され、それにより替わった王がこれまで以上に情報が遮断をするため、人間界がどういった状況なのか不明となっています」
椅子に座るのは頭部に髪が無く、威厳よりも優しさを第一印象に思わせる風貌で、机には〝コーゴー各族情報管理局局長 レルシー・デルクル〟と書かれた卓上名札が置かれている。
「……特等の10位の方は?」
人間界のガードが堅い事は百も承知のため、特等の10位が常に王族クルエルのそばに付き、監視の役割を果たしている。
「それが……ここ最近聖戦士の質が下がり、上等ですら特等に入れる程の人材がいないとホーウェン長官代理から……」
しかしシュベレットの永久追放以降、特等聖戦士に見合う力を持つ兵士が現れず、コーゴーの上層部は頭を悩ませていた。
ただでさえ長らく空席となっている序列1位の問題もある中、現在のコーゴーは外から見たら黎明期よりも力が弱まっていると思われている。
「困りましたね……相談しようにも、シキシマどのは今《例の子》の育成に力を注いでいるようですし……ホーウェンどのに掛け合ってみましょう……ナズナどの、は無理でしたね」
「はい、申し訳ありません、私情で……」
「構いません」
レルシーの専属秘書を務めるこの女──ナズナには誰にも言えない秘密があるが、それはまた別の話だ。
※ ※ ※ ※ ※
その後ホーウェンはレルシーから話を聞き、人間界の現状を探るための使者を送るために、コーゴー本部内にある巨大な図書館に足を運んだ。
「おい」
ホーウェンは図書館に寄贈される本に関する書類に目を通し、管理をしていた司書の前に立ち、いつも通りの堅物ながらやや憂鬱そうな表情もチラつかせながら話しかける。
「へ!?あ!ホーウェン様!どうされましたか!?」
珍しいというか、この司書の男にはホーウェンがここに来た記憶が存在しない。
一生お目にかかる事は無いと思っていた男が目の前に現れたのだから、慌てふためくのも無理も無い。
「セロナはいるか?」
「あ、はい!……RZDー369の本棚の前にいます」
「どこだ」
図書館に最後に来たのがいつだったか思い出せないホーウェンが、広大な図書館の一地点をいちいち覚えてなどいない。
「R列は前から13番目の列で、RZD棚はここから徒歩約40分、その369なのでさらに徒歩約15分掛かります」
「そうか」
ホーウェンは言われたとおりの道のりを走って向かい、30秒で椅子に座り1人静かに本を読むセロナを発見した。
「……何故水着で本を読む」
「このシリーズの4作目は海がメイン舞台だから、入り浸るための必要事項」
ホーウェンと目を合わせる事無くページをめくるセロナに、イライラを募らせるホーウェン。
「人間界に行け」
「断る」
「……お前、この前任務に行ったのいつだ?」
「さあ、何年前かな」
かなり分厚く大きな本だが、セロナは30秒もしない間にページをめくっていく。
「半年に一度は必ず任務を言い渡しているが」
「報酬がダメだな、金は要らないから本を増やせ、もうこの図書館3周したし」
「毎年増えてるだろ」
「少なすぎる……やはり浜辺で行為に走るという非リアリティーが面白い」
セロナの発言から読んでいる内容が官能的なモノだと理解したホーウェンは、いつの間にかセロナが右手で陰部を触りだしているのを見た。
それを見て興奮するわけなどなく、話を聞いていないと言っているようなもののために怒りが込み上げるが、自分が感情的になればこの図書館が崩壊するのが目に見えているため何とかこらえる。
「話聞いてるのか、ずっと本読んでるが」
「当然だ、だから断っているだろう……帰っていいぞ、交渉に応じないなら」
「……何冊だ」
セロナが提示した身勝手な交渉に応じる事をため息をついて決めたホーウェンの言葉を聞き、セロナは本を読む事を中断して顔をホーウェンに向ける。
「……とりあえず最低5万冊、任務によっては増やせ」
「……分かった、一週間以内に遂行しろ」
何とかセロナに了承を得たホーウェンだったが、懸念材料はまだまだ尽きることは無い。
(はぁ、今回はまだかなりやる気ある方だから助かった……他の奴らは人間界潰して帰ってくるかもしれないからな……)
※ ※ ※ ※ ※
ホーウェンがセロナに任務を言い渡した数日後、前王であるチャーリーが島流しされたとの情報を得たハロドックは、ユリとルナと共に流刑されセタカルド諸島の最南部の無人島に流れたチャーリーに会うために、その島に訪れていた。
王宮内で何があったのか、それを知るために情報を得ようと向かったのだ。
「でも、よく殺されなかったね……」
「人間界に大して影響及ぼしてねぇだろ?慈悲深さを見せつけて人間共から信頼を勝ち取るって魂胆だろ……にしても草が長ぇな……」
1メートル近く伸びている雑草をかき分け、チャーリーの微かな気配を手繰って進んでいく。
「まーま!まーま!」
「あ、抱っこ?よいっしょっと……」
ハロドックに肩車され髪の毛を掴んでいたが、母親の腕の中が恋しくなったルナをユリは抱っこした。
ルナはユリに抱きつくと髪を口に入れたりして遊んでいた。
「無理すんなよユリ」
「んーでも、ルナ全然ハロドックに懐かないし」
「それはそれでムカつくけどな」
「ははは……あ、あれ!」
2人は草っ原を抜けて砂浜沿いを歩いていると、海水をバケツで汲んでいる男の姿があった。
王宮にいた時の面影が薄れていて、髭も生え、髪は切らずに蔓で無造作に結び、痩せた姿ではあったが、間違いなくチャーリー・クルエルその人だった。
「チャーリー兄様!!」
「……ユリ……なのか?」
ほとんど聞いたことの無い妹の声を聞き、まともに呼んだことの無い妹の名を呼びながら驚愕の表情を浮かべて振り向く。
「……何故ここに……」
※ ※ ※ ※ ※
3人はチャーリーにここへ来た理由を話して味方だという事を証明した上で、チャーリーが1人で住む状態の良い家に招かれた。
「最近まで住んでたらしいが、ご覧の通り木が一本も無く、当時の航海技術だと絶海の孤島のこの島で、食糧危機に陥り、食糧争奪紛争や飢えで滅びたそうだ……
……祖父の航海大革命により、どの島にも航海可能となったが、こういう長い間潮風に吹かれてなおいい状態だったこの家や、砂浜のゴミなどを見ると……
……恐らくジェノサイドか海賊辺りがここを拠点にしていたのだろう……あくまで推測だが」
海水の入ったバケツには貝がたくさん入っており、チャーリーは慣れた手つきで火を起こし、その周りに大きめの石を囲うように置く。
そして石の上に網を乗せ、その上に貝を幾つか起き始める。
「家族は?シュベレットはチャーリー兄様には奥さんと子供がいるって……」
「ルブラーンから追放はされたけど、安全は保障されている……ケイナンは腹の底は計り知れないが、言葉に嘘は無い」
かつて街のあった廃墟にある井戸から汲んだ水でキノコから出汁を取ったチャーリーお手製のキノコ茶を飲み、意外な美味に舌を巻くハロドック。
「よく2年も生きながらえたな、野菜ゼロで」
「この辺りは海藻が豊富でね、必要ないと思いながらも修得していた知識が活きた、父上には感謝しかない」
「たくましいな……流されたのに」
「……ハロドック・グラエルがまさか俺の前に現れる日が来るとは思わなかった……」
チャーリーはユリの方を向き、正座するユリの足の上に座り、右手を口の中に入れているルナの姿を見て、クスッと微笑んだ。
「……ユリ……すまなかった」
そう言うとチャーリーはユリに向かって深く頭を下げた。
「……兄様」
「仕方がなかったんだ……クルエルの一族の掟で、どうしても……本当は、妹として共により良い世界を作りたいと思っていたのだが……」
「おいやめろ、本心だから尚更たちが悪ぃ」
「え……」
ユリはチャーリーの言葉を聞き、チャーリーが決して自らの存在を忘れている訳ではなかった事を知り、嬉しくて涙が止まらなくなっていた。
「……兄様……」
「…ユリ…どうした…」
「……だって……兄様は一番……一番私に……興味が無いって……思ってた……嫌われてるって……思ってた……から……」
「顔を見ると情が湧き、先人達が貫いてきた意志を曲げてしまうと思った……俺は…たった2人の弟妹を……救ってやれなかった……己がいかに無力なのか、散々悔いた……すまない……すまないユリ……すまない!!」
「兄様……もうやめて、ください……」
「あー!」
するとルナが突然、頭を下げているチャーリーの頭を叩いた。
母親に少し似た顔の謎の男が何かを言った途端に母親が泣いたものだから、悪いことをしたのだと思い、母親を守るためにルナなりの正義を貫いた行動だ。
「あっルナ!ごめんなさい兄様!後でちゃんとしつけますから」
「やぁああ~!」
当然だが突然叩けば母親としてチャーリーから遠ざけ、少し暴れているルナを自らの膝の上に座らせるユリ。
「いやいい……むしろ、この子に感謝したい……誰も、こんな俺を殴ってくれなかったから……」
「兄様……」
「だから叱らなくていい、この子は誰よりも、俺の気持ちを汲んでくれた……いやらお前を泣かしたと思われて、殴られたのだろうが……この子の無垢な姿は、俺の夢を思い出させてくれた」
「夢?……」
チャーリーは立ち上がり、ルナの目の前に歩み寄ってしゃがみ込み、ルナの頭をそっと撫でる。
「……幾度の戦火をくぐり抜けてきた人間界を、数千年も平穏を貫いてきた先人達と同様、次世代のために、この平穏を守り抜きたい……それが俺の夢だ」
笑顔で夢を語る男の手が気に入らず、噛み付いてしまうルナだが、そんなルナの行動がこれまでの己の無力さを戒めてくれているのだと思えば、気持ちも少し楽になった。
ハロドックはキノコ茶を飲み干し、一息つくと立ち上がり、チャーリーの目を見て口を開く。
「……俺はぶっちゃけクルエルさえ滅びねぇなら人間界はどうでもいいが、ジェノサイドが関わってる可能性が高ぇ、革命返ししてぇなら、協力するぞ」
「ありがとう……かのハロドック・グラエルが味方となってくれたなら、心強い」
ハロドックが差し出した右手に答え、決意の笑みを浮かべて立ち上がり硬く握られた手は、この瞬間での同盟が結ばれた事を意味した。
「……とりあえず何があったか話せ、それからだ」
「ああ……」




