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Past Letter  作者: 東師越
第3章 ホシノキズナ
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第86話 Moon lullaby 11

 「おめでとうございます、妊娠3ヶ月です」


 ハロドックに担がれ、気を失い街にある小さな病院に運ばれたユリはすぐに病室に移動して処置を受ける。


 ハロドックはユリのいる部屋の前で、心配そうに貧乏ゆすりをしながら廊下のベンチに座っているとまるで自分の事のように嬉しそうな笑顔の看護婦にそう伝えられた。


 「やっぱり……いいケツだから安産は確定だろ」


 とにかくユリが無事であることを知り胸をなで下ろして安堵の息をこぼすハロドックだったが、座ってまたすぐに険しい表情を浮かべる。


 まだ問題があることを懸念しての表情を、看護婦は覗きながら首をかしげる。




   ※ ※ ※ ※ ※




 しばらくしてからユリが落ち着き、ハロドックはユリと面会した。


 ベッドのそばにある椅子に腰掛けたハロドックは、ベッドにリラックスして座るユリの顔を微笑みながら覗き、ゆっくりとユリの腹部に視線を移す。


 「ヒデぇタイミングだな、多分このガキは育てるのに手こずるぞ」


 「あっははは……いや~まさか酔った勢いで胸揉ませて、そしてスイッチが入ったハロドックに3回気絶させられたあの一晩がね~」


 泥酔し、理性が崩壊した勢いそのままに至った若さ故の行動を思い出してクスッと笑う。


 「その節は大変申し訳ありませんでした」


 その話を聞いたハロドックは、目にも止まらぬ速さで立ち上がり椅子の位置をずらし、見事なまでに美しい土下座をした。


 「ううん、今はもう気にしてないよ……ハロドックってさ、今まで子供作ったこと、あるの?」


 「……まあ……ある……が、もう何千年も前の話だ、死んでるよ」


 「……そっか……いたんだ……」


 自分が初めてハロドックの子を身籠もったのではないと知って少し落ち込むユリに、ハロドックは「ユリ」と声をかけ、振り返ると険しい表情を浮かべるハロドック。


 何事かとあの看護婦同様に首をかしげ、口を開いたハロドックの言葉をおそるおそる聞く。


 「あの痛みに耐えたところ悪ぃが、むしろヤベぇのはこっからだ……魔人族は妊娠して約3ヶ月で出産する、2ヶ月目で魔人族特有の「魔力を循環させる器官」が赤ん坊の腹ん中で形成されるからだ……あの発作みてぇなつわりは、つまりそれが理由だ」


 ありのままの事実を包み隠さず話している事は、ハロドックの目を見れば容易に読み取れた。


 しかし事実混血の子を孕んだ上でのつわりは、通常とは比べ物にならないくらいに辛い。


 吐き気もそうだが、全身に凄まじい痛みが生じる……気を張り詰めなければ気絶してしまう程に。


 ハロドックはユリにこれ以上の僅かな不安も与えたくないためにあえて伏せたが、この尋常ではないつわりの要因にはまだ確証が無い。


 一種の拒絶反応だという説が有力だが、これは500年後の現在に至ってもなお確立されていない。


 同じ人族とはいえ、本来交わらない、交わってはならない神をも未知の領域にある混血という存在そのものが、未だ理にかなっていない奇跡の具現化と言っても過言ではない。


 「俺の経験則だが、こっから赤ん坊は大気中の魔力を循環しだして急速に成長する……同じ魔人族なら耐えられるんだが、お前は……」


 「諦めろって言うの?」


 今はおちゃらけたりしていない、おふざけの一切が無いハロドックの一語一句を真剣に聞き逃さなかったユリは、そのあとハロドックが言うつもりだった選択肢に意見する。


 「……何言ってんだ、俺だって俺のガキ見てぇもん、頼むぞユリ」


 「うん、任せて」


 命のリスクもまた、つわりと同様に尋常じゃなく高い出産を、一切の陰りの無い目で受け入れるユリ。


 それが分かっていたからこそハロドックは、迷う事無くユリの差し出した拳に、恋人というよりは親友みたいにグータッチする。


 命のリスクはユリも直感で百も承知だ……だからこそ、あの日シュベレットを救い出すと決意した時のように、すぐに腹を括る。


 ユリは1度こうだと決めたらそれを貫き通す性格で、苦悩や選択に恐怖し怯える事無く選べる、ハロドックもそれを重々承知の上で、薬指に宝石の輝く指輪をはめた左拳に、同じ指輪をはめた自身の左拳で応えた。


 もちろん心配はある、予定日はハロドックの推測では約2ヶ月後、もう3、4日もすれば安定期に入ることを鑑みての憶測だ。


 そう、全ては憶測でしかない、故に信じるしか無い……自分を、運命を、愛するパートナーを、互いに信じるしか無い。


 2人が拳を交わした際に見せ合った覚悟の笑みは、強固な信頼関係の証だ。




 「にしても、俺はクルエルを孕ませるのは初めてなんだよ、いや全員とは一応済ませてるけど……マジか~」


 互いの覚悟を示し合わせ終えると、ハロドックは改めて驚天動地な状況に舌を巻き、椅子の背もたれに体重を乗せて椅子の前側の足を浮かせる。


 「……後悔してるの?」


 他から見てみれば悔いがあるみたいに聞こえる口ぶりだったため、ユリは念のために1度そう尋ねる。


 「え?するわけねぇだろ俺のガキだぞ?」


 「……うん、だよね」


 今一度安心し、2人でこの祝福を迎え入れる心意気を確かめたところで、ユリも天井を仰ぎ、驚天動地の喜びに浸る。


 「よーししばらくこの街に世話になるぞー」


 「うん」


 「……だが、これだけは言っとく」


 「何?……」


 「……混血は、純血より流れる確率が倍になる」


 「……まあ、うん……だよね……」


 付け足されたハロドックの忠告は言われなくても分かってはいたが、聞くとやはり若干の不安がチラつく。


 「まあ人間はどの種族とも混じりやすいが……遺伝子情報がかみ合わなかったら、拒絶反応起こして、肉体が形成されねぇまま死ぬ、何て事もあるだろう……安定期に入れば大丈夫なんだがな」


 「……そっか……まだ浮かれられないね……」


 水を差すからこそ本来はそのような不安要素は言わない方が両者の得なのだが、躊躇わないハロドックの舌にユリも理解した上で聞く。


 信頼だけでは成り立たない、それ以上の深い感情が、愛情が、この会話を成立させたのだ。


 「……安心しろ、お前は継承者史上最高のケツだから、安産は確定だ」


 「あ……ありがとう?……」




   ※ ※ ※ ※ ※




 それと同じ頃、ルブラーン北西部にある留置場の面会室に護衛を2人連れたケイナンが現れた。


 その後間もなく、守衛と共に軽装で手縄を結ばれて現れたチャーリーが、手縄を解かれ、古びた冷たい椅子に座り、鉄格子越しに兄弟は10日ぶりに顔を合わせる。


 「そちらの居心地はどうですかねぇ、あ・に・う・え~」


 「おかげ様で、不自由はしてないよ」


 やってやったと嘲笑が止まらないケイナンに動く事無く、チャーリーは悟りを開いたかのように真っ直ぐな眼差しを向ける。


 それを理解したケイナンは笑むのをやめ、睨み付けるに限りなく近い真っ直ぐな眼差しを向ける。


 「さてと、今回の件の真相を話しまーす」


 「部外者が3人もいる中で、俺の身の潔白を晒すのか」


 「あ、ここと王宮の奴らは全員俺の息かかってるから、裁判所はかかってねぇけど、あの映像見たよな?」


 王室からギュートラス達に連行されてすぐ、チャーリーは王宮内にある小さなモニタールームを訪れた。


 ここはコーゴーとの繋がりを示すためにだけあった、ルブラーン王宮唯一の、進歩した文明の利器が存在する場所だ。


 「……俺が王宮からルブラーンの外に出る緊急避難用トンネルで……額にジェノサイドの烙印がある男に、謎の箱を渡し、金を受け取った俺の姿があった……」


 「これ見たら裁判所は無罪にしないでしょ、現代の〝監視映写蜘蛛(モニタリング・プロエクトラ)〟は現像度が素晴らしい、誰だか一発で見抜ける」


 そう、そこに映し出されていた2人の内の1人が、チャーリー・クルエルその者だったのだ。


 「……俺を陥れて何がしたい」


 しかしこれらは全てケイナンの謀略だという事はチャーリーも分かっている……この場にいた記憶も記録も無いが、アリバイを証明してくれる護衛は皆王室の場でギュートラスに殺されてしまった。


 科学や人類の進化という人間界でのタブーに興味を示していたケイナンならば、映像の偽装をどうにか出来るものだと推測し、ケイナンの話を可能な限り聞き出す。


 「道具は使ってこそ意味がある、いつまでも閉じ込めているだけでは意味が無い……人間界の変革はしない、するのは全世界の変革だ」


 「……何を……」




 「───〝ホシノキズナ〟を、ユリを探し当て次第、ジェノサイドへと送る、全てはガービウ・セトロイの、野望のために」




 「っ!?……堕ちる所まで堕ちたな……ケイナン!!!!」


 共に過ごし、共に人間界を背負って立つ存在として、兄弟として過ごしてきた日々をあっさりと奪い取り、愚弄する言葉……ジェノサイド。


 純粋なケイナンの笑顔を知っているからこそ、今みたく笑うケイナンが許せない……そうさせたジェノサイドが、世界が憎い。


 思わず立ち上がり叫ぶと、守衛が自分を押さえ込み、ケイナンの後ろの護衛が槍を構える……そんな光景が、自分の無力さをとことん情けなくさせる。


 「どうとでも言え、真相は話した……変化はこの世の理、永遠不変などあり得ない、理すらも変化する、変化自体も変化する、何故だと思う?


 ……つまらないからだ、人は人の時間に合わせ、燃ゆる火の如く、浜を打つ波の如く、常に変化をもたらさなくてはならない……」


 落ち着き、守衛から解放されたチャーリーは再び冷静になって話を聞く姿勢を整える。


 「……これが正しいと言い過ぎた結果、抑えきれぬ欲動に駆られ、逆の行動を起こしてしまう……子供に、部屋に入るなと言えば言う程入りたくなる衝動と同じだ……


 ……お前は世界の命運を、一時の感情に任せて塗り替えようとしている…戯けが」


 無駄なのかもしれない、今さらケイナンを救い出すなど、遅すぎるのかもしれない……だからといって、やめるわけにはいかない。


 和解は出来る、ケイナンは話が出来る、まだ間に合う、間に合わせる……だから……ケイナ」


 「っははははは!!……ガキみたいだと言いたいのか?悪いがたとえ解明された心理であろうと、自分の心だと信じている、5000年前の人々はそれを、カリギュラと言ったそうだ」


 あの高笑いが、チャーリーの精神を無差別的に折る。


 野望に取り憑かれた、思想に取り憑かれた男の末路に、悔いや情けなさもあるが……それ以上に、ケイナンをこのようにさせたジェノサイドへの怒りが強く明確になっていく。


 「信じていると口に出すという事は、不安要素があるという事だ……見せかけの自信と勢いで物事は上手くいかない、必ず、どんな可能性を潰そうと、思わぬ所からでもお前の悪行は食い止められる」


 「既に俺は常識から外れた、呪力はその証拠だ、何を言っても騒音にしか聞こえないなぁ」


 またも新しい情報だ、ケイナンが呪力?聞いたことが無い、いや……ケイナンが呪力を得られる程の努力はしていないはず故、そういう器なのだという事だが……。


 立ち上がり、話が終わったと無言のままに知らせる背をチャーリーに向け、ケイナンは部屋を出るためにドアノブを握った。


 「断言する!!お前は必ずしくじる……悪は裁かれる!!」


 守衛から押さえ込まれながらも、それでも体を投げ出してでも伝えたい思いを叫ぶ。


 チャーリーの必死の言葉に苛立ちを覚えたのか、立ち止まり、舌打ちをした後にこう言った。


 「戦いの最もたちの悪い事は何か、それはどちらも正義であることだ……善悪など、そこに存在しない」


 ケイナンはそう言い残して部屋を出た。


 「……くっ……う……くそおおおおおお!!!!!」


 無理矢理に押し込めた感情が一気に溢れ出し、うつむいて叫ぶチャーリー。


 その声が届く事は無く、ケイナンは己の野望のために、足を止めること無く歩み続ける。

映像蜘蛛(プロエクトラ)


リアルタイムで言葉を、貝殻が放つ特殊な電波で伝える〝言伝貝(ディーシャレ)〟と同じく、特殊な電波でリアルタイムの映像を伝える。


しかし〝言伝貝(ディーシャレ)〟のように大量の養殖は出来ず、一匹の金額や蜘蛛の映し出す映像を映す機械も必要なため、広く普及はしていない。

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