第85話 Moon lullaby 10
それから1週間後、ケイナンは王となったチャーリーに1人で王室に来るように呼び出されていた。
玉座に座り王としての正装を身に包み、まだ少し緊張気味な様子でケイナンを迎える。
ケイナンは無礼にも片膝をつかず頭を下げる事もなく、腰に剣を差したままチャーリーを見上げた。
「恐れながらケイナン様、いくら弟君とてここは王の御前、その無礼は王族としての誇りを」
「うるせぇな、俺にんなモンねぇよ」
見かねたチャーリーの護衛の1人がケイナンに注意を促すが、ケイナンはその護衛を睨み付け左手で剣の鞘を握り、見せつけるように金属音を少し立てる。
「構わない、下がれ」
「は……はっ!」
チャーリーが何故許したのか分からないまま、しかし命令なので嘲笑にも捉えられるケイナンの笑みを見ながら、定位置に引き下がる。
「何だ、話とは」
「……ケイナン……使者として、コーゴー本部に行ってくれないか?」
「……何故だ」
「捜索範囲を拡げる、コーゴーが協力してくれたら、すぐに」
「望み薄だ、何度も言うがコーゴーは〝ホシノキズナ〟を良いものと思っていない……それにハロドック・グラエルが関わっているなら十中八九ジェノサイドも動く、コーゴーも慎重にならざるを得ない……
……そもそも悪いのは、毎回毎回ハロドック・グラエルが継承者と行動を共にしているのに、何千年も何の対策もしない事だ」
チャーリーはまだユリの奪還を諦めておらず再三にわたりケイナンに彼自身やコーゴーとの協力を求めているが、ケイナンが首を縦には振らなかった。
「……資料は残っている」
これまでクルエルがハロドック・グラエルに対抗する術を、かつての知恵を結集させた資料がかつてケイナンが物色していた地下から発見されていた。
「ならば」
「無理だと……そうとしか書いていなかった……ハロドック・グラエルは、どういう訳かあらゆる警備を掻い潜り侵入する……手の打ちようが無い」
その全てがハロドックを前にしては無力だった……呪力の詳細も明らかにされないまま、ただ闇雲に技術を組み立てていたようでその存在の意味は無いに等しい。
「そのために、その知恵を元に技術を発展させればいいだろ」
「それはダメだ、戦争の火種を生むだけだ……俺たちに必要なのは発展ではない、平穏だ」
進化を求め続けるという生物、自然の掟に理性で逆らい、戦争の無い日々を実現させてきた人間界……チャーリーもそれを遵守してきた。
「……確かに技術の発展は、民衆に反抗武力を持たせる事になるな……あんたの考えは受け継ぐよ……
───ただし、内部は5000年前のレベルにする」
「……待て、何の話だ?」
すると突然ギュートラスが勢いよく王室の扉を蹴り破るように開け、10数人の武装した兵と共に入ってきた。
「……どうした」
「チャーリー・クルエル、あんたを情報漏洩罪、その他余罪で───逮捕する」
「なっ!!!?」
全く身に覚えが無い、その1つの考えがすぐに頭によぎる。
ギュートラスが言い終えると3人の兵が玉座に走って向かい、思わず立ち上がったチャーリーを押さえた。
「貴様ら!!……が……」
チャーリーの4人の護衛達は阻止しようと兵士達に剣を向けるが、その全員がギュートラス1人の手により斬り伏せられる。
神聖なる王室は、一瞬にして血に塗られた惨劇の現場と化した。
「どういう事だ!!私が何をしたというのだ!!くっ!!……」
チャーリーは強く抵抗するが、武器も持たず大の男の兵士達に押さえられては何も出来ることはなかった。
「話は取り調べで聞く、証拠は揃ってんだ、連行しろ」
兵達は手錠をかけたチャーリーを引きずり、王室から連行していった。
「話を聞いてくれ!!私は何もしていない!!ケイナン!!お前からも何か……っ!!!?」
チャーリーはケイナンに弁明を求め振り向くと、ケイナンは何も言わず、混乱しているチャーリーの顔をあまりにも下衆な笑みで見届けていた。
「……なん……で……」
ケイナンが部屋を出ると、兵は王室の扉を閉め、ケイナンに敬礼をした。
「ご協力、ありがとうございます!」
「ああ……心苦しいが……罪は罪だ……正しく裁いてくれ」
表情を一瞬で暗く落とし、悲壮感を現すケイナンに兵士は心苦しくなりつつも再び敬礼をし直した。
「はっ!」
兵は扉を開け、ギュートラスやチャーリーとの後を追って走っていった。
屍を除くと、たった1人となった王室にて再びチャーリーに向けた表情へと戻し声を上げて響かせるが
「……ははは……殺す手間が省けたな……どっちも」
ケイナンは抑えきれない衝動による笑みをこぼしながら、段を一歩一歩噛みしめるように上がっていき、鎮座するかの如く玉座に腰を下ろす。
「……は……っはは……っはははははははははは!!!
───ゲームスタートだ」
※ ※ ※ ※ ※
その約10日後、〝自然郷〟を旅していたハロドックとユリは人間界の最北部、アセンシル高原にある風車の多い街に来ていた。
※ ※ ※ ※ ※
2人はあの後セタカルド諸島の島々を周り他の人間界の街々を巡り、暗くなっていったユリもいつの間にか明るく少女のように振る舞っていた。
様々な風景を見て、様々な食べ物を食べ、様々な服を着て、様々な人と出会い、ユリは世界を知っていく。
そんな日々を送っていって初めて、シュベレットの言葉の意味をハロドックがくれた自由への感謝が溜まらなく込み上げ、自分は幸せなんだと自覚する。
次第にユリの心はハロドックへの好意に包まれていき、うさちゃんのいるサン・ラピヌ・シ・ソノで自然族が主に暮らす、〝自然郷〟へと足を運ぶ前に、なんと結婚式を挙げる。
経緯は、サン・ラピヌ・シ・ソノに入ってすぐに、ハロドックがプロポーズをしたのだ。
夜の芝生広場、深海を見上げながら突然隣から聞こえた「結婚するか」という声。
数秒間硬直した後に、とんでもない発言だと気付いてものすごい勢いで座ったまま後ずさる。
バクバクと心臓の鼓動がうるさい……今の血の巡りは、一体何の感情が速度を上げているのか、何がハロドックにそう言わせたのか……。
理由を問うと、隠す様子も照れる様子も無く「お前とずっと一緒にいたいからだよ」と返す。
きっとこの言葉には、ユリが考えるよりももっと深くもっと数多くの理由があるのだろうと思いながらも、ユリは素直に嬉しかった。
その言葉をずっと聞きたいと思っていたのかさらに胸が高まる、顔が熱くなる、変な声が小さく漏れる、涙が浮かぶ……。
隙あらば触ってくるし、飼い犬願望丸出しに狙って罵倒されにくるし、イビキうるさいし、ご飯作ってもマズいし、基本的に話はつまらない。
だけど一緒にいて居心地は良く、リラックス出来る、楽しいし……あとは……大切な事を教えてくれた。
シュベレットへの想いは言うなれば親愛という形で向けているが、ハロドックに向ける愛は、より深く、より難解で、より情熱的だ。
好きな所よりもそうでもない所の方が思いつくけど……盲目的になっているからか、不思議と気になりはしなかった。
少し怖いなんて思いながらも少し間を空け、まだ激しくなる鼓動を手で感じながらひとつだけハロドックに問う。
「ハロドックは……私の事が……す………好き……なの?……」
聞いた瞬間「はあ?」とこぼしたハロドックは、躊躇う事無く大胆にも自分を胸に抱きしめる。
その時聞いたハロドックの心臓の鼓動は自分と同じくらい、もしくはそれ以上に速く強く打っていた。
「やっぱり、好きな奴に好きっつうのは……緊張するよな……」
それより多くは語らなかった、それ以上言うのが恥ずかしかったのだろう……ユリもそれ以上は求めなかった。
ハロドックの気持ちを知れて胸をなで下ろすユリは、今までで一番幸せに華やぐ笑顔でハロドックを見上げ、思った言葉を正直に真っ直ぐ伝える。
「私も!大好き!!」
この日の鼓動、彼の胸の中の温かさ、中々目を合わせてくれない彼の初めて見せる表情、自分の強い気持ちを忘れる事は無い。
ルブラーンから脱出して、約半年後の出来事だ。
※ ※ ※ ※ ※
「え~、守護神ウーヴォリン様の名の下に、汝ハロドック・グラエルはユリ・クルエルを、病めるときも健やかなるときも、貧しいときも豊かなときも、生涯愛することを誓いますか?」
「やだよ」
「えええ!?」
サン・ラピヌ・シ・ソノ唯一の教会で、この日何故か神父が様になっているウサギと、スーツの似合っていない男と、純白のウェディングドレスを身に纏う女の、たった3人だけの結婚式が執り行われた。
着々と進んだ式でいよいよ愛を誓い合う瞬間でのハロドック衝撃の一言。
教会全体に響き渡る驚嘆がうさちゃんの喉から捻り出され、残響がしばらく走る。
「うるせぇぞジジイウサギ」
「いや言うほどジジイじゃねぇから!呪力発現したの30代だから!何ならお前とほぼタメだから!」
「ハロドック?」
花嫁よりも花婿の否定的発言に激しく驚く神父のテンションに置いていかれたユリは、名前を疑問文にして言葉にしハロドックを見上げる。
「たりめぇだろ、何で俺とユリの幸せをあんなクソ野郎に誓わねぇといけねぇんだよ、俺あいつ嫌いなんだけど」
「ここウーヴォリン教の教会だからね!?あとウーヴォリン様と知り合いか!?友達かその発言!?」
「いや実際に知り合いだもんなぁ、不本意ながら」
「式滞っちゃうから!誓えよさっさと!」
「うるせぇな!やなモンはやなんだよ!誓うならユリと俺自身に誓うわボケウサギ!!」
「サラッとイケメン発言すんなおっさんのくせに!イケメンだから許されるんだよ!」
「俺イケメンだろうが年相応のよ!許されるんだよイケメン発言が!許されろ!」
「私っ!!……も……ハロドックと私自身に……誓います」
ムードをこれでもかとぶち壊すおっさん2人のやり取りを止める、花嫁の誓い。
止めざるを得ない2人は黙りこくり、式を進める。
「……じ、じゃあ……誓いのキスして」
「投げやりになってんじゃねぇよ神父」
薄く遮られた2人の壁が、花婿の両手でベールアップされる。
遮るものが何もなくなり、幸せになると決意を込めて少し見つめ合って、優しく口づけを交わす。
「いや長くね?」
息継ぎを除けば、2人が誓いのキスを交わし終えたのは、5分後のことだった。
※ ※ ※ ※ ※
「……なんか……騒がしいね……」
「ああ……ん?」
ハロドックは投げ捨てたものが入らないまま放置されたのか、ゴミ箱のそばに捨てられていたくしゃくしゃに丸められた新聞を拾い広げて見た。
そこには《チャーリー王、逮捕の真相は》との見出しで一面に大きく記されていた。
「……なんじゃこりゃ」
「……嘘……兄さ……チャーリー王が……」
「……多分誰かの差し金だろ……あのケイナンって野郎がどうもクセぇな……」
「……そんな……でも、何で……」
「決まった訳じゃねぇが……ルブラーンに偵察に来たとき、娼館から出てきた奴がこの新王最有力候補の奴だった」
ハロドックは新聞の一面に、コメントと共に掲載されているケイナンの写真を指差した。
「……それだけ?」
「目元がクルエルっぽかったからわざと横を通り過ぎたら、綺麗に整った爪、乾かしたばっかの髪、あとかなり高級な香水の匂いもしたな、幾つも……さすが王族、同時に3人くらいとヤってんな……と思った……
……専門家じゃねぇなら、嫁でもねぇ女に誠意のエロスを振りまく男は、胡散臭いって決まってんだよ……根拠は俺」
立ち止まったまま新聞に目をやる2人、ハロドックは一切情報のなかった人間界の惨状を知り少しの危機感を覚えた。
「……だとしたら……何のために……」
「……確かめる必要はあるな…ルブラーンに行く事になるが……大丈夫か?」
「大丈夫」
ルブラーンから、自由を求めて外へと出たユリからしてみれば、ルブラーンへ戻るという事は、大変な勇気が必要だと思われた。
しかしハロドックの予想を覆し、あまりにもすぐに、さらに言い切ったユリ。
「おいおいいいのかよ言い切って」
「大丈夫、私には世界一使える犬がいるから」
「ありがとうございます!」
「よろしい……じゃあ……うっ……」
いつものように、ペットに指示をするようにハロドックで遊ぼうと、余裕があるくらいに腹は括っていると証明しようとすると、ユリは突然口を押さえ、膝を崩していた。
「……マジかよ」
ハロドックがユリの背中をさすり始めると、街の人々がそれを見て動き出し、ユリは街の医療所に運ばれた。
「……まさか」




