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Past Letter  作者: 東師越
第3章 ホシノキズナ
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第84話 Moon lullaby 9

 海賊達から船を奪取した後屍達は共にシュベレットと島に降り、巨大でボロく幽霊船のような船にはハロドックとユリが2人のみ乗っている。


 ハロドックはすぐに船を見回し、船のタイプを記憶から掘り起こしてあっという間に操舵をし始めた。


 ユリにはまだ話していないが、これからは王宮の手から離れセタカルド諸島に一旦向かっていくつもりだ。




 しかしユリはハロドックの側で膝を抱えて座り、一言も話す事無く塞ぎ込んでいた。


 「───」


 あなたがくれた夢、あなたがくれた世界、あなたがくれた自由、あなたがくれた全てが、あなたと共に置き去りにされた……そんな気がして、言葉が浮かばない。


 「───」


 何があなたの言う幸せなんだ……あなたと共にいなくては、私の幸せは訪れることは無い。


 「───」


 この気を紛らわせるには、ハロドックでは足りなさすぎる───否、誰だろうと空洞の心を満たしてくれる誰かは存在しないだろう。


 あなたがくれた勇気ではなく、あなたがいてくれた勇気が私を支えていたから立ち上がる事すらも出来ない、何もする気が起きない……無気力が、体を支配する。




 「……あー腹減った、セタカルド諸島は美味い飯多いから、何回来ても飽きねぇぞ」


 「───」


 声がじゃまくさい、1人にはなりたくないけど……今は何も聞きたくない。


 「人間は頭良いから美味い飯多いし、服のセンスも良い、何せ1年で流行が変わるくらい忙しねぇからな……」


 「───」


 どうでもいい、そんなことどうでもいい、何もかもどうでもいい、口を閉じて欲しい、煩わしい、恋しい……早く、早く、早く……シュベレット───


 「……はぁ……」


 業を煮やしたハロドックは大きなため息をつくとユリの前にしゃがみ、面と向かって両手でユリの両頬に触れ口角を上げて表情を無理やり笑顔にした。


 「んむっ!?……」


 「笑え」


 ユリは顔を思わず上げる、目の前にいるハロドックは怒りを露わにして睨んでいた。


 多くは言わない……ただひとつの単語に唇を震わせ、ユリの耳に無理矢理言葉を詰め込む。


 「……笑えない……」


 「笑え」


 「笑えない」


 「笑え」


 「笑えないって言ってんじゃん!!!!」


 誰だって望んでいない人からの望まない言葉を、どれだけ否定してもしつこく言われたら大声を上げてでも止めたくなる。


 ユリが欲しいモノはシュベレットという存在……それが自分のそばにいてほしい……それだけ、たったそれだけなのに……現実は、シュベレットはそれを拒んだ。


 ハロドックの手を顔から払いのけ立ち上がって、自分でもどんな顔をしているか分からないくらいの表情で目の前の男と方法は違えど、同じく怒りをぶつける。


 「……何でだ」


 「分かるでしょ……」


 「分かんねぇな」


 「言わせないでよ……」


 どこまでも追い詰めてくる……意図も分からないままに、この男は私の心をこれでもかと抉ってくる。


 私が煩わしいならシュベレットと一緒に島に降ろして欲しかった……欲とかのはけ口のために、そんな自分勝手な理由で私をここに置かないでほしい。


 ハロドックはそれでも諦める事は無い、立ち上がり一歩下がり、うつむいたままのユリを見てこう言った。


 「……あのな、全部が全部思い通りにいくと思ったら大間違いだ、人はそれぞれの考えを持ち、未来は一通りじゃねぇ、蹴った石ころの位置が一ミリズレただけで世界は大きく変わる、上手くいかねぇのは当たり前だ───それが生きるって事だ!!たかがガキの頃から隣にいた奴がいなくなったくらいでいちいち暗くなってんじゃねぇ!!!」


 ……刺さらない……それはもう、命中したのに、しっかり聞いたのに、体に心に刺さらない、ここできれい事なんてバカバカしい……気持ち悪い。


 「……大事でしょ……大事な人がいなくなったら……落ち込むのは当たり前でしょ……」


 それでも訂正したいところはする……反論や言い訳の言葉が見つからなくて、くだらない事を持ち上げる。


 「ああそうだ、けどお前のはただの甘えだ」


 「……何が違うの……」


 感情的になっているからか涙が込み上げてくる……上手く喋れない……きっと今の自分はひどい顔だ……どうしてこいつに、こうもかき乱されるのだろうか……。


 ハロドックはユリの両肩に強く両手で掴み、うつむくユリの頭のつむじと面と向かって言葉を続ける。


 「腹括ったから!それをあいつは見届けたから!お前から離れたんだよ!!本心で人の幸せ願う奴なんてそうはいねぇよ、お前は超ラッキーなんだよ……それを踏みにじんな、お前の身勝手であいつの願いを踏みにじってんじゃねぇよ!!!!」


 ……何故だろうか……さっきのは全く、刺さらない……響かなかったのに……今度の言葉は……響くなんてものじゃなかった。


 ハッとなり思わず見上げた先には、嘘偽り無い眼差しでいつもは見せない真剣な表情で、自分の返事を待つ男の顔。


 少し開いた口で何とか反論しようとしても、あの言葉に勝てる言葉なんて見当たらず口をつぐみ、視線を逸らしまた少しうつむく。


 「っ……だから……って……どうしたらいいの……」


 「だから笑えっつってんだろ、笑顔は幸せの象徴だ、しかも人は笑う程幸せになれるように出来てる……さっき泣ききっただろ、なら笑え……それがお前に出来る、唯一で最高の恩返しだろ」


 ───ようやく、自分の愚かさに気が付く。


 私はシュベレットの言葉を何一つ聞かなかったのか?あなたのためだと、そこまで言ってもらって何も聞かなかった事にしようとするのか?


 私が笑顔になれたなら……幸せを探したなら……それでシュベレットが喜ぶのなら……いや、きっと喜ぶ……それに気付かせてくれた。


 ただただ逃げ道を探すだけで、そのためにシュベレットがいないことを言い訳にして、大事な事を全部手の中からこぼして……拾ってもらって……。


 ああ……どこまで私は愚かなんだ……。


 こんなにも愛されていることに、素直になれないなんて……年齢は大人でも、まだまだ子供な自分が情けない。


 こうやってハロドックの右手が優しく頭に触れてくれる事で、不思議と落ち着いてくる。


 落ち着いて、振り返って、知って───


 「……っ……うっ……」


 「また泣くのかよ……」


 「……違う……嬉しいの」


 「?……」


 「……シュベレットでも……どこか遠慮があった……兄様や王宮の人達は私に……興味がなかった……初めて……本気で叱られたと思う」


 止めどなく流れ、拭っても拭っても溢れる涙……。


 それから半分無理やり、半分本心でやや引きつるも、つたなくて輝くような笑顔をハロドックに見せた。


 「……そうか」


 「……ホントは……ただかかまってほしかった……それだけで……王宮から出たいと思ってた……一番迷惑な事だから……けど……実際に出てみて……やっぱり、出てよかったって思ってる」


 「……よかったな、じゃねぇと半分誘拐の俺の良心が報われねぇよ」


 「……へへ……まだ1日くらいしか経ってないのに……浮かれてたらいきなり襲われて……助けてくれて……シュベレットがさらわれて……助けたらいなくなって……ホント忙しいよ……自由って……」


 ようやく止まった最後の涙を指で拭い取り、いつの間にか自然と笑むユリ。


 子供っぽさと大人っぽさが共存し、朝日がユリの心に呼応するみたいにより笑顔を輝かせる。


 「……キスしてもいいか?」


 「何でそうなんの……」


 さすがにド直球すぎるがハロドックの心を鷲掴み、そう思わせる程にいい笑顔だという事に、これ以上の説明は不必要だろう。


 「その顔を俺だけのモノにしたいと本能が言いました」


 「嫌」


 「……はあ~ダメか~……」


 さっきまでの真剣な表情はどこへやら、またいつもの砕けたおっさんの表情に戻っている。


 「……これからの努力次第で、ほっぺくらいならしてあげるかもよ?」


 やや顔を赤らめて恥じらい、髪の毛をくねくねと指でいじりながら少し小声にそう言うが、ハロドックのその言葉の受け捉え方に何故かズレが生じる。


 「禁欲だけはマジでやめてくれ、すぐ爆発するから」


 「禁欲以外はいいんだ~、へぇ~……」


 「……え……」


 下ネタに走るハロドックに失望や怒りを出すどころか、乗ってくるユリの不意打ちに思わず言葉を失う。


 「ふ~ん、ハロドックって罵られるの好きなんだ~へぇ~」


 ユリはハロドックの弱味?を手に入れ、調子に乗ってニヤニヤと悪い顔をし始めた。


 「……何をお望みですか?」


 「3回回ってお手」


 ハロドックは言われた通り、ユリの前で3回回りユリの右手にお手をした。


 ユリの笑顔はそのままのはずなのに、何だか全く別な表情に見えてくるハロドックだった。


 「もちろん拒否権はあるけど、使えばそれ相応の罰があるよ?」


 「罰ってなんですか?……」


 「どうしよっかな~♪」


 「よし、前向きに拒否権使って行く」


 「変態」


 「ワン」


 「ぷふっ、あっははははははは!!」


 「ワンワン」


 「はははははははははは!!」


 ユリはお腹を抱えて心の底から笑っていた、笑いすぎてその目からまた涙が出ていた。


 この時ユリはいつの間にか、一瞬だけでもシュベレットを忘れられていた事に、まだ気が付いていない。




 (……お前の離れるタイミング早すぎたけど、結果オーライでよかったわ…継承者はとりあえずかわいいからヤれれば問題なし、掴みもかなり手応えがある……そのかわりに俺は犬になったけど「※ハロドックは満更でもない」)




   ※ ※ ※ ※ ※




 そしてユリがハロドックとシュベレットと共にルブラーンを脱出してから約1年が経った。


 「……どうぞ」


 チャーリーが自室で頭を抱えているとケイナンはノックし、許可を得てから部屋に入った。


 「捜索隊は全員撤退させた……痕跡すらも見つからなかった」


 「……やはり、ハロドック・グラエルなのか…」


 「その可能性しか無い、だとしたら人間界を早々に出ているはずだ、コーゴーとの条約があるから探索は不可能だが」


 政治的な目的でその世界の兵団等の組織を他種族の世界へと向かわせる事は、戦争などの引き金になりかねないとしてコーゴーが全種族と条約を結び、禁止事項としている。


 「……ケイナンは……この事を読んでいたのか?」


 「……どういうことだ?」


 「……ユリが姿を消す直前の2、3ヶ月前から、ユリの部屋を覗いたりしていたそうだな」


 「偶然だ、仮に偶然じゃないとして俺がどうやって内通出来る?ハロドック・グラエルは群れないぞ」


 さらに言えばケイナンとシュベレットは接点が無いどころか、おそらく2人で言葉を交わした事も無いだろうとここでは名前が挙がらなかった。


 「……くぅ……こんなことでは……亡き父に申し訳が立たない……」


 約半年前、体が日に日にだんだんと弱くなっていた2人の、ユリの父は激務に追われ続けついに倒れてしまい、その際に風邪をこじらせ肺炎で亡くなった。


 正当な王位継承者として現在はチャーリー・クルエルが王となり、ケイナンはチャーリーの補佐として支える役目に就く。


 しかしそれは表向きだけで、実際問題チャーリーはケイナンを警戒しあまり仕事をさせていない。


 「出鼻くじいて王失格なんて事になったら、メンツが立たないな」


 「ああ……」


 「…もう日付は変わってる、最近寝てないだろ、体は大事にしろよ」


 「……どこに行くんだ?」


 「いつもの娼館」


 「……そうか」


 王家であるのに街の娼館に堂々とおもむくこの度胸、怖い物知らずさもまたチャーリーには危険要素のひとつに思えてくる。


 「行きたいのか?」


 「いや……お前の言うとおり寝る、倒れたら元も子もないからな」


 「あっそう」


 ケイナンは王室を出て、チャーリーはベッドに入り、すぐに眠りについた。




   ※ ※ ※ ※ ※




 ケイナンは自室に入り、〝言伝貝(ディーシャレ)〟を手に取った。


 「……ケイナンだ……ああ、ようやく捜索が終わった、これで自由に動ける……分かってる、血は提供しただろ……足りない?……はあ……報酬を増やせ……まあそれでいい…あとは追々伝える」


 ケイナンは〝言伝貝(ディーシャレ)〟を切り、娼館に入っていった。




   ※ ※ ※ ※ ※




 ケイナンのために用意された、最上級の部屋には、(はだ)けた格好の3人の女がベッドに並んで座っていた。


 「ケイナン様ぁ、今日は遅かったですねぇ」


 「シャワーを浴びてたんだ……行為をする際は、清潔に、相手の意思を尊重し、誠意を示さないと」


 ケイナンは話しながら、一枚ずつ上半身の服を隠しもせずその場で脱いでいく。


 その背中の右肩側には、一世界の王族として本来あってはならない、ジェノサイドの烙印があった。


 ケイナンは並ぶ3人の中から真ん中の女に顔を近付け、左右の女の腰に腕を回した。


 「事を成すなら、準備は怠ってはならない、そうでしょ?」


 「はい、素敵で……」


 ケイナンは女の顎に優しく触れ、親指で唇に触れる。


 「───人間界は、俺のモノだ」


 人知れず動き出すケイナンの計画は不敵な笑みと共に栄える夜の歓楽街に霞み、人間界の王チャーリーは知る由も無い。

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