第76話 Moon lullaby 1
私は鳥になりたい
翼を力強くはためかせ
どこまでも自由に飛びたい
世界を、知りたいだけなのに
Moon lullaby ~8th girl~
大事な物を、人はどうしたがるのか。
好きなおかずは最後まで残しておくように、大事に大事にするのか。
高性能な武器のように、惜しまず手元に常に置き、消費するのか。
彼女はそんなことばかり考える。
自分は家族にとって、世界にとって、万物にとって、道具でしか無いのかと葛藤し続ける。
違和感なんて持ち合わせなかった、物心つく前からずっと同じ生活なのだから、それが不自由なのだと自覚なんて出来なかった。
暗く冷たいレンガ造りの王宮の汚れた小さな部屋が、彼女の世界の全てだったのだから。
この建物に住む事が許されるのは、王の血筋と、認められた従者のみとされている事は分かっていた。
従者なら働かせるだろうし、王の血筋ならこんな粗悪な扱いは受けない、なら自分は何なんだ?
自分の兄と名乗る男曰く〝必要な時になったらこの部屋から出す、だから何もするな〟らしい。
〝必要な時〟?
自称兄が事実なら、自分は王の血筋を引いている………は?
なら何故自分はこんな生活を送っている?自分はこんなに、華々しさとは対極的な生活を強いられている?
〝必要な時〟……つまり今は必要無い……今の自分には価値が無い……価値があるためにすべき事も無い……何もしなくても、いずれ必要となる瞬間なんて来るのか?
許された自由は最低限の生活、言葉や読み書き計算の簡単な教養……生きる事……。
やがて、護衛が1人つけられる……いや、護衛というのはお飾りな名称で実際は監視だ。
その監視が携えるのは、瞬時に力では抗えないと絶望させる巨躯と、許された自由の範疇で自分を第一に考えてくれる、優しく誠実な心。
気持ちが悪かった。
何があっても護ると言われても、何を護るのかが分からない……自分?それとも、自分という価値?何を護るの?
騎士?笑わせるな……だったら自分のやることなすことにいちいち目線を向けないでほしい、そんなに監視するのが好きなのか?監視してることを強調したいのか?
来る日も来る日も同じようなぼろ切ればかり着させて、同じような食べ物、同じような飲み物を飽きさせないように周回させて……。
どんな気持ちか分からないだろ?太陽の恵みが、雨の恵みが、海の美しさが、人々の活気が分からない奴の気持ちだなんて。
自分の誕生日も知らない、自分の年齢も知らない、記念日とか、物の作り方、動物を愛でる気持ち……いや、愛情そのものを知らない…こんな気持ちを、分かってたまるものか。
なのにそれでも、こいつは歩み寄ろうとしてくる、そうすれば自分の内側を知れて、何かに利用するつもりなんだろう。
そう思ってても……それでも……欲しかった温もりは、そこにあった。
そうは思いたくなかった、自分が思っているような絵本で見た白馬の王子様とは違う、役割として自分と親密にしてきているだけなんだと。
だけど次第に……そんな気がしなくなっていった……そいつに慣れてしまったからなのか、欲しかったと自覚したのか、あるいは……。
そうやって彼女の体の成長が終わった頃、そんな日々が生んだ心の余裕が、あるひとつの思考を彼女の頭によぎる。
───外を知りたい、と。
※ ※ ※ ※ ※
約500年前、ルブラーン王宮内、王室では3人の男が話し合っている。
王室の奥の大きな玉座には、威厳ある髭やシワに風格を思わせる老齢の男が座り、2人の若い似た顔の男達は玉座を前に片膝をつき男を見上げる。
「それじゃチャーリー、次期人間界の王としての勉強だと思って、頼むぞ」
現在のルブラーン王宮の王室みたいに学校の校長室のような簡単な応接室みたいな配置ではなく、当時は神々しい雰囲気の漂う教会に似た場所だ。
「父上、世界会談なんて行かなくてもよろしいでしょう、どうせろくに集まらないのですし」
チャーリーの横で、その世界会談を小馬鹿にするみたいに笑って、玉座に構える王を見る。
世界会談とは、5年に1度、コーゴー本部で開かれる、7つの種族の代表が一堂に会し、資源や領地、あらゆる世界に影響を及ぼす危険人物やグループの情報共有等を語り合う行事である。
しかしこれの参加は任意で、毎回参加する世界は2、3で開催する意味があるのか?という疑問は尽きない。
そして実際この先100年も経たない内に、この世界会談は開催が終了、そのまま消滅していった。
「しかしそうはいかない、コーゴーはクルエルを煙たがっているから、せめてな……ケイナンも、次男として兄を支えるように」
「分かってます、いってらっしゃいませ、父上」
長くなりそうで、それでいてつまらなさそうな話になるだろうと仮にも王である父親の話を遮るようにあしらう。
王は王室を出て、王室にはチャーリーとケイナンの2人となった。
2人も王室を出て、幅は馬車が4つほど並びそうな程広く天井は10メートルはありそうな高さで巨大な絵画が壁にズラリと並ぶ富を象徴するような廊下を並んで歩いていた。
「……王とは大変だ、しかしルブラーンは守っていかなくてはならない」
次期人間界の王が確定している王子チャーリーは、引き締めながらも笑みを浮かべ、その未来に希望を抱いて前を見る。
「ルブラーンだけか?」
「もちろん人間界の全てだよ、ルブラーンは柱だから特にということだ」
ケイナンは「そうか」と一言、僅かに笑みを見せた。
本心というよりかはチャーリーの笑みにつられてこぼれた笑みだ。
しかしまたすぐに表情を戻し少し思考を巡らせた後、またチャーリーに話しかける。
「……何か、ルブラーンをより良くするための政策案は無いのか?」
「無いよ」
「……無い?」
思った通りと何故だ?という感情が同時にケイナンの表情に表れ、当然の事を言ったまでのチャーリーはケイナンのその表情が理解出来ず首をかしげる。
「現状維持、緊急の際での対応マニュアルはこれ以上ないほど完璧だし、実際コーゴーの手を借りずとも〝千年戦争〟以降の500年の平和を実現させた、小競り合いはさすがに無くならないが……何も変える必要は無い、平穏は誰もが望む夢、希望、幸福の核だからな」
子供の頃から習ってきた考え方を、穏やかな表情で疑問ひとつ持たず饒舌に話す……ケイナンはチャーリーのその姿に虫唾が走る。
「……だが5000年前の人間は産業に革命を起こし、僅か100年足らずの単位で人々の暮らしを急速に発展させてきた、医学発展で平均寿命は伸び、科学発展で人々の自由が増えた……素晴らしいじゃないか」
「それを国家が悪用し、戦争が何度も起こった……自分たちが、いや自分たちがと我欲のために資源を争奪し合い、空気は汚れ、自然は汚れ、自分たちのためだけに失ってはならなかったモノまで失った……それはダメだ」
「……けど」
かつて同じ教育を受けてきたが、ケイナンはその考え方に、子供の頃から疑問を抱いていた……戦争が起きなければ、それでいいのかと。
チャーリーの考え方、もとい人間界全体の認知であるこの在り方は、人を一切信じていない極端な発想だ。
誰も信用していないから、人の本来自由なはずの好奇心や探究心をダメだと言い張る、不可思議な常識が育まれた。
ケイナンはそれが、許せないといつも胸に秘めている。
「5000年前、ベイル・ペプガールによって人間が99.9%死滅したのは不幸中の幸いだったよ、おかげでリセット出来た……発展は人々から生きる活力を奪い、人々の欲をよりかき立て、過ちを重ねる……今で十分じゃないか」
「それでも、人の探究心がある限りその過ちは何度も繰り返される」
「なら止めればいい、人間の知能は止められないが、戦争をしなければ文明は発展しない、それでいい……発展と平和の共存なんて不可能だと、俺たちは学んだ」
「……そうか……」
きれい事を並べている風にしか聞こえなかった……。
可能性を捨てた、学ぶことを放棄した、全員が一致団結して乗り越えなければならない壁から一斉に逃げた……正直に、腰抜けだと思った。
「ケイナン、お前が王になったら……産業革命が起きそうだな」
「……褒め言葉じゃないよな」
チャーリーには妻がおり、そして2人の子供がいるためケイナンが王になる事は無い、という皮肉を込めた言葉だ。
チャーリーもまたケイナンは過ちを繰り返さんとしそうな危険思想の持ち主だという認識がある。
重苦しい話は決着がつかないままに終わり、ケイナンは自室に入った。
「……危険思想だな……過ちを犯さないために知るのに、知ったせいで過ちに走ってしまうのか……どうすればいいのやら……」
※ ※ ※ ※ ※
熱の入った討論直後に頭を冷やし、紅茶を一杯飲んで落ち着いた後、ケイナンは王宮の端の部屋に、たった1人で向かっていった。
「ユリ、いるか」
「あ、はい」
ケイナンが部屋の扉をノックすると、1人の女が扉を開けた。
「どうされましたか?兄様……」
一応言われた通りに兄様と呼んではいるが、その実感は無い上直感で嫌いだと思ってしまったので嫌そうな表情に自然となってしまう。
「……いや、生存確認だ」
「生存確認って……ちゃんと3食食べてますよ」
「……ああ……そのようだな」
「?……何かあったんですか?」
「いや何も……失礼した」
ユリが「持っている」事は分かっている、これを利用すれば……などと、少し自分でも恐れ多いことを考えるんだな、と自覚し、ケイナンは部屋の前から離れていった。
結局何をしに来たのか分からないままケイナンの背中を首をかしげ、困惑の表情を浮かべながら見送った後ユリは扉を閉め部屋に戻っていった。
「ユリ様、本気ですか」
「当たり前でしょ、いつまでも飼い鳥みたいに鳥籠生活はごめんよ、シュベレットも手伝ってよ脱走計画」
先ほどとは打って変わって、少し小声ながら活発な口ぶりで部屋に座るシュベレットに語りかける。
「お断りします」
「何でよ!!」
「私はルブラーンの軍部の長官、王の命令が絶対なので……そんなお遊びはやめて」
「遊びじゃない……」
「っ……」
子供の思いつき程度に軽く考え発言したシュベレットだが、ユリの間違いない本気さが静かながら思いのこもった声で話を遮る。
「……おかしくない?あんなに力を手にすれば人々は戦争し発展が始まる、それは止めるべきって兄様達が言ってるのに……〝ホシノキズナ〟?なんかよく分かんないけど、それ持ってる私は大事に監禁して隠蔽って……」
兄様達と言っているが、ケイナンはそんなことは微塵も思っておらず、場に合わせただけの意見だ。
「しかし〝ホシノキズナ〟の影響力は人間界どころじゃありませんし」
「はあ~あ、外出た~い……」
※ ※ ※ ※ ※
同じ頃、ハロドックはベイル達と離れ単身ルブラーン近くの山に立っていた。
「……もう8人目か……速いな時間の流れ……」




