第69話 本当に大切な人達のために
子供の頃、レオキスはよく母の話す言葉に疑問を抱いていた。
独り言というか、小声でよく歌うように口にしていた。
異国の言葉と思っていた……だけど違う、7つ全ての人族はなまりはあれど共通語だ。
だったら、母は何を発している?
それは未だ、母から聞けていない。
それでも、必ず何かしらの意味を成している「言葉」であることは分かっていた。
何故分かっていたのか、何故確信があったのか、それすらも分からない。
意味は理解出来ないのに……その「言葉」は……どこか温かく思えた。
そんな母だからだったのか……ジェノサイドに連れ去られた。
しかもガービウ・セトロイが直々に。
母はそれが、そんな日が来る事を知っていたのか……己を犠牲に、子の自分を逃がした。
その直前、ジェノサイドが現れる5分前……母と強い約束を交わした。
(本当に大切な人達が、本当に必要としている時だけ……私の力を使って……レオキス)
真意は分からない、自分の母なのに分からないことだらけで……だけど、優しい母だということは分かっている。
そんな母の言葉だから、無意識にでも信じられた。
そして、その力を使う時が……今だという、絶対の確信も───
※ ※ ※ ※ ※
「はああっ!!!」
「うおおお!!!」
レオキスとランスは双方が〝零域〟槍と剣でぶつかり合っていた。
その壮絶さは、マイナス数十度にも達し出すエントランスの冷たい空気が一撃一撃如何様にも激しく吹き荒れる程だ。
見かけでは分からないくらいこの王宮は超頑丈だ、何せ全物質で最固のキブニウムが含まれているのだから。
数百年前人間界で創り出されたその人工物質は、大抵の火力の武器や強者の一撃でも、無傷で耐えられる事が可能だ。
熱にも強く、基本的に何と合わせても固さは変わらないので、人間界では王宮と避難シェルターにのみ扱われた。
そんな頑丈さがウリの王宮の壁に傷がつく程の衝撃波を、2人の剣と槍のぶつかり合いは生み出していた。
「おおおっ!!!」
(奴が聖器を持つ限り冷気との共鳴は封じられたも同然、どうせ利用される……
……向こうも〝零域〟に入れているが、素の身体能力があの程度なら底上げされた限界も目に見える……五分五分か……)
「うおおあああ!!!」
レオキスは洗練された槍さばきで間を取りながらランスに攻撃するも、ランスは槍を全て防ぎかわしてレオキスの背後に回った。
「くっ……」
するとレオキスの背後には手のひらサイズの小さな氷の球体が3つ浮遊しており、1つはランスに向かって真っ直ぐ突き進みランスのみぞおちに直撃した。
「〝砲氷〟」
「ぐほっ……」
そして2つ目はランスの顔面に向かって放たれるも、ランスは氷の球体を真っ二つに斬り難を逃れた。
レオキスはランスが怯んだスキに間を取った、と同時に3つ目も放つ。
「はあっ!」
ランスはその最後の1つも斬りにかかった。
「あ、それはダメっすよ」
そして3つ目を斬った瞬間に氷の球体は爆弾のように爆発し、爆風と飛び散った欠片の氷がランスに直撃した。
「ぐああっ!!」
「ほっ」
レオキスはランスがレオキスの方を振り向いたと同じタイミングでランスの腹部に槍を突き刺した。
槍はランスの腹部を、無慈悲に貫通していた。
「かはっ……」
ランスはうつぶせに倒れるが空気中の冷気はかなり強く、共鳴により傷口は既に速い治癒が始まっていた。
止血は出血などが元からなかったかのように終わらせていた。
「すごいっすよあんた、無駄が無いし派手さは完全に削ぎ落とされてるっす」
「はぁ……はぁ……戦闘に……派手さなど……必要……ない……」
「そうっすね……確かに強い人は無駄が無いっす、指先で触れただけで首の骨粉々にするんすよ……でも、それを自己満足のためのパフォーマンスにしてしまう派手さもアニキにはあるっす」
レオキスは初めてベイルが闘う様子を思いだし、ランスと比較するように会話に組み込んだ。
もちろんベイルの話を持ち上げるための、ランスへの皮肉を込めた褒め言葉だ。
「……何のことだ……」
「オレが見た最高の思い出話っす」
ランスの傷口はほんの10数秒間で半分ほど治癒され、ランスは立ち上がった。
「……今のスキを突かなかったのか」
「ご冗談を、スキなかったっすよ……丸腰で背中向けてくんないと」
ランスは一瞬でレオキスの背後に回り剣で背中を一突きした。
立ち上がってまたすぐに大幅に体力を消費する〝零域〟に入り、スキが生じていたレオキスに躊躇う事無く攻撃した。
「うぐっ……」
「やはりスロースタートだな、厄介な呪力だ……」
ランスはさらに、レオキスの背中を右膝で蹴り飛ばした。
レオキスの背骨から鈍い音が聞こえ、壁に激突し起き上がれずにいた。
「っ!!?」
するとレオキスの回りには15の手のひらサイズの氷の球体があった。
「真似させてもらう」
すると15の氷の球体は同時に巨大な爆破を起こした。
そう、先ほど自身が不意な攻撃をくらわされたレオキスの技をあっけなくコピーしたのだ……しかも数は完全に上位互換として。
壁際にいたレオキスは壁が破壊され、崩れ落ちてきた瓦礫に埋もれた。
「これでようやく壁が壊れるのか……キブニウム……硬いな」
「っく……う……」
レオキスは傷を再生させるも重いダメージは残り、〝零域〟の状態も解かれた。
「お前が何と混血なのかは理解し難いが、その様子では自然治癒のようなダメージ回復は無さそうだな」
「……血が混じってるせいで自然治癒はし辛いんすよ……」
レオキスはフラフラしながらも、何とか立ち上がった。
「呪力は使わないのか?」
「……さっきから……オレを鼓舞して……なんか得でも……あるんすか?……」
「質の高い実戦は自身をより高みに上げる事が出来る、〝境界線〟はゆっくりと自分の闘値の限界値を上げていく、自らの進化は呪力の有効性も向上させる」
本来、相手が情報不足である事が最大の武器である呪力の性質を大まかながら話してしまった。
ランスの言う通り、ランスの呪力〝境界線〟は自分の限界の境界線を徐々に広げ、発動し持続させれば単純な身体機能がゆっくりと上昇していく。
なので戦闘が長引けば長引くほど、ランスの優勢は揺るがなくなっていくのだ。
「……呪力使ったら……すぐ終わっちゃうっすよ……」
劣勢に立たされたが、それでもレオキスは自身は呪力を使おうとはしない。
「より気になるな……安心しろ、伊達に殺戮狂人の世話をしている訳では」
「……もう手遅れっすよ」
「っ!?……ぐ……うああ……あ……」
するとランスは頭を抱え、両膝を落とし悶絶し始めた。
ランスがレオキスの呪力を解放を望み、あえてフェアに持ち込みそこからねじ伏せる、というシナリオだったのだろう。
だがレオキスの忠告通り、レオキスの呪力はそこいらの呪力とは次元の違う力だった。
「は……ああ……あ……」
ランスは吐き気を催し、右手で口を押さえた。
(何だ……これは……くそ……目眩が……)
「一酸化炭素中毒っすよ、しかもオレの流れた血から作ったからもうだいぶ吸ってるはずっす」
「な……ぐ……」
「オレの呪力は〝亜人〟……自分の肉体をあらゆる物質に変える事が出来るっす……母さんと同じなんすよ……
───言ったっすよね、すぐ終わるって」
「……う……う……」
「もう意識失いかけてるっすね……気にしぃなあんたに一応言っとくっす……
……オレの力が今どれくらい低いか試したんす……結果的に〝零域〟も呪力も使っちゃったっすけど……、それでもアニキには勝てない……
……あの日出会って初めて分かったんすよ……あ、この人は絶対に超えられないって……
……それと同時に、敵よりも味方になりたいと思ったっす…心からアニキの力になりたいと思ったっす」
おそらくランスは、レオキスの話は耳に入っていない…それでもレオキスは話し続ける。
するとレオキスは自らの右手を手首元から切り落とした。
「オレはあの人達のために戦うっす……もちろん自分の野望もあるっすけど…自分で作った飯を全部美味いって言ってくれて、毎日懲りずに大騒ぎして……自分自身と常に戦って……
……仲間とは言わないっす、そういうんじゃないっすし……けどオレは、アニキや皆が……大好きっす……だから邪魔は、させないっすよ」
レオキスは右手を下から上へ弧を描くようにランスに向かって投げた。
右手はランスに当たる直前に液体に変わり、ランスに当たると同時に大爆発を起こした。
レオキスは構えていたが、僅かに吹っ飛んだ。
最期まで自分の意思を貫き、正々堂々と健闘を繰り広げたランスからしてみれば、やけにあっけない最期だ。
ランスの望む派手さの無い決着が、レオキスの手によって着いたのだ。
レオキスの規格外の呪力と、レオキスの思いの強さがランスの最期をあっけなくしてしまったのだ。
「……ひえぇ~……火薬はまずかったっすね……冷気で脆くなったからだいぶ壊れたっす……とりあえず……休憩っすね」
※ ※ ※ ※ ※
レオキスはその場で腰を下ろし、共鳴による傷の自然治癒をリラックスした状態で始めた。
戦闘の勝利の余韻に浸る訳でもなく、何事もなかったかのように治癒を始めた。
表情を特に崩す訳でもなく、淡々と。
それだけレオキスには、余裕と余力があった。
間違いなく将来のコーゴーを背負っていくはずだった戦士を1人殺めて、この余裕だ。
もう少しすればあくびだって出てくるんじゃないかと思うくらいリラックスしており、アリシアの元へ向かっていったベイル達の無事を無言で祈っていた。
「……オレは、ここまでっす……まだ見せる訳にはいかないっすから」




