第57話 ゲームスタート
翌日の早朝から、一行は船に食料を積み込んでいた。
「あ~重て~……」
ハロドックは大きな木箱を怠そうに腰を曲げながら、ハシゴすれすれに持って運んでいた。
「んな訳ねぇだろ、たった100キロちょいだろ」
クラジューはうさちゃんが用意してくれた木箱を、芝生広場から一気にいくつも運んでいた。
空中浮遊中は持っているモノも霊力を纏うため、重量関係なく重さという概念が無くなるのだ。
「100キロは重いっすよ……」
レオキスはハロドックが甲板まで運んだ木箱を、船内の食料庫や冷蔵室に運んでいた。
木製だが恐ろしく頑丈で、船内の機能はかなり充実しており、一部屋一部屋にしっかりとした広さがあり、水陸両用のため、この船での生活に困る事はほぼ無い。
ただその全ての動力源が魔力のため、魔人族が1人必ずいないと水回りや電気などが使えないという、決定的な不便さがある。
コーゴーやジェノサイドにも、魔人族は滅多にいないので、まさにこの一行のためにだけある船と言っても過言ではない。
「い~な~クラジューは、100キロが軽いのか~」
「おいおい、ハロドック・グラエルってのはそんな貧弱だったのか?……」
ハロドックは積荷を降ろしても腰を曲げながら、クラジューが気に入らないのか意味も無くつっかかる。
クラジューはそれに対抗して何故かメンチを切ろうとする。
「ふ~っふっふ~、オ~レっちのペットなんだから、出来なくて当たり前だよな~?」
ニコラスの言葉には誰も反応しないが、それを気付いていないニコラスは格好つけ続ける。
「がんばれ~♪」
「おっしゃああああああああああ!!!!」
ハロドックはゾーネの声を聞いた瞬間、恐ろしいスピードでクラジューが持ってきた全ての荷物を積み終えた。
応援係のゾーネがいるためにその場だけの主導権を握って一番強い事を証明し、ゾーネに振り向いてもらおうとハロドックはバカみたいにクラジューにつっかかっていた。
クラジューはそれが分かっていたため、正々堂々と仕事量を増やして対抗していた。
不毛な争いだ。
「あ、終わったっすね」
レオキスはゾーネに積荷を運んでもらおうと声をかけるとハロドックにボコられかけ、ニコラスがナンパまがいな話しかけ方をすると、クラジューにサングラスを割られかけた。
どう考えても、この場を支配しているのはゾーネに違いない。
「……何なんだよ……」
「オ~レっちの見せ場が~……」
ちなみにニコラスは荷物を一切運んでいない。
ゾーネの横で腕を組ん……いや、翼を組んで突っ立っているだけだった。
ニコラスの言う見せ場というのが何なのか、誰も知る由も無い。
「かっこい~♪」
「だろ!」
「クラジューく~ん♪」
「」
こういうときのハロドックのスイッチのオンオフは激しく、喜びに満ちた目から一気にクラジューをひがむ目に変貌した。
ハロドックは無言でクラジューの腹部を、伸ばした右手の人差し指の指先で小突いた。
「なんだよ」
「なんで俺がいねぇ間にリア充が乗り込んじまってんだよ、爆ぜろ、爆ぜねば、爆ぜなくてはならぬ」
「は?」
※ ※ ※ ※ ※
同じ頃、商業地でベイルとキリウスは食べ歩きをしていた。
すぐに出たいと言いだしたベイルが何故かその作業を放棄し、やりたい事をやりたいだけやろうとしている。
キリウスは単純に腹が空いたので着いてきた。
「もうすぐ出発ちゃうんか?ええんか食べ歩いて?」
キリウスも一応状況は飲み込めているようだった。
「どうせなら街のライフラインを断ってから行くに決まってんだろ!あらゆる世界の美味い飯揃ってんだぞ!!」
そう言ってベイルは目にも止まらぬスピードで、あらゆる店の全ての食材を平らげていった。
「……腹どないなってんねん……」
そう言いつつもキリウスも僅かに余った食材を少しずつ口に運んでいた。
※ ※ ※ ※ ※
「……もう少しいてもよかったのですが……」
「しかし、ベイル様が飽きたと言ってしまったのでどうしようもありません」
「……シシ・リンドラント」
うさちゃんとラルフェウが竹林の道を歩きながら話していると、2人の前にビオラが立ちはだかってそう言った。
「……ビオラさん……今なんと……」
「……自然族の始祖、初代ヒュドール……クラウディア・ミストの子6人、その一つ、ミズの共鳴のみを受け継いだリンドラント宗家……その最後の末裔が、〝韋駄天〟シシ・リンドラント……そうなのね」
「……私に名乗る名はありません」
「……〝カミノイノチ〟には、受け継がれた五人の記憶が残っている、ワタシの呪力ならそれを垣間見れる……いえ、ヒュドールとなった者がこの呪力を得られる……という事かもしれない」
ビオラとうさちゃんは目を見合いながら、静かな時間が少し続いた。
「……うさちゃんさん、何か……」
「……私には、何も話すことはありません」
ラルフェウが静寂を切ると、うさちゃんは一言発し、ビオラの右側を横切っていった。
「……その傷は、誰にも明かせないの?」
「───」
ビオラの一言で、うさちゃんは歩く足を止めた。
「ワタシと同じ」
「視ないでいただきたい、私に過去を求めないでいただきたい」
うさちゃんはベイル達の元に歩いていった。
ビオラの言う傷が何を表すのか、ラルフェウには何一つ理解出来なかった。
ビオラは同情と同時に、少し嬉しくも思っていた。
自分と同じ深い傷を持つ者が他にもいたこと、1人ではないという安心感から端から聞けばため息のような、安堵の息を吐いた。
「……ビオラさん、どういう事ですか……シシ・リンドラントといえば、コーゴーに反乱を起こした最初で最後の反乱者じゃないですか…彼はその反乱で、死んだはずですが……」
「……まだ、その野望は潰えてないみたい」
「……え……」
※ ※ ※ ※ ※
同じ頃、船内のアリシアの部屋ではアリシアとリドリーが普通にくつろいでいた。
「……リドリーちゃん……私も手伝いに」
「いいんだよアリシアは何もしなくて、てか近付かせない」
リドリーは昨夜用を足すために起きると、アリシアがいないことに気付きすぐにアリシアを捜した。
そしてハロドックとうさちゃんと共に砂浜にいる様子を発見し今すぐ飛びかかろうとしたが、相手がハロドックという事もあり、迂闊に手を出せなかった。
そしてアリシアが芝生広場から戻っていくのを確認し、そのまま力尽きて眠ったのを見守ってからリドリーはアリシアの隣で再び眠り始めた。
用を足す事など、もうリドリーの頭にはなかった。
「だから本当に何も無いって、ハロドックさんは……まあ疑われても仕方ないけど、お酒飲んだらそういう事しないって言ってたし、うさちゃんは疑う余地なしでしょ?」
「分かんないでしょ……確かに昨日確認したらアリシアの膜はまだあったけど……あいつらならどうにでも偽装工作出来る……」
「……え?……どこ見たの?」
「大丈夫だよ、ちゃんとアリシアが寝てるときに見たから」
「大丈夫じゃないよ……私には何が大丈夫なのか分かんないよ……リドリーちゃん私をどこまで分かってるの?……」
「……え~っと……色々?」
「……リドリーちゃん」
分かりやすくアリシアから目を逸らしたリドリーをアリシアは問い詰めるような声色でリドリーの名前を呼んだ。
「あ、心配しないで、体はちゃんと了承を得てから弄るから」
「……リドリーちゃんはまだまともな方だと思ってたのに……」
落胆したアリシアは部屋から出て手伝いに行こうとしたが、リドリーはアリシアの前に立ち、アリシアの唇に右人差し指を当てた。
「純愛だよ、あたしはアリシアを守りたいだけなのに……守られてばかりだから……」
アリシアは普通にリドリーの指を唇から退け、リドリーの目を見て落ち着いた声で話した。
「…シリアスに引っ張ったけど、何一つ答えになってないよ……」
「そう?」
「そうだよ」
「───」
「……っははは、やっぱりリドリーちゃんと話してたら楽だな私」
「楽?」
アリシアは少しリドリーをからかおうとしてさっきまでのつたなさのある態度をとってみたが、こらえきれず笑ってしまった。
リドリーがそういう人物であることはだいたい察しがついていたのでボロを出して見ようと興味本位で試してみたが、リドリーはブレなかった。
アリシアは両手を広げておもむろにベッドにダイブし、すぐにゴロンと仰向けになった。
「……つい最近まで……人と話す事が楽しいって事も知らなかったから……私、リドリーちゃん好きだなあ……」
「……好き……って」
実際にはしなかったが、リドリーは胸の内にドクンと大きく鼓動する音がしたような気がした。
「うん、友達として」
「……今のセリフ、永遠に記憶に補完したから、記憶を失ってアリシアの名前が出てこなくなってもいやそもそもあたしがアリシア忘れる訳ないんだけど……永遠に脳内に流し続ける」
「……あ、ありがとう?……」
アリシアが1日を過ごす中で最も多く話し、触れ合うのはリドリーだ。
アリシアの中でリドリーは次第に、変な人からいい人、いい人から友達へと移り変わっている。
そして今でこそ友達と思っているが、そのアリシアの感覚は徐々に、姉妹のようなモノに近づいていっている。
「いいんだよ……あ、そうだ……これ、アリシアに見せ……」
リドリーはアリシアに見せるためにアリシアに背を向け、商業地の店で見つけた2つ繋げてハートマークになるマグカップを見せるために振り向いた。
───そこにはアリシアの衣服だけが地面に落ち、アリシア自身は全くのもぬけの殻だった。
「……アリシア?……アリシア!!!!」
アリシアがいなくなった事は、気配により一行達にはすぐに分かっていた。
「っ……マジかよ」
「どうしたんすか?」
「……アリシアの気配が消えた」
「え!?……どういう事っすか!?」
レオキスは気付いていない様子だった、それはゾーネとニコラスも同じく。
「どうしたの?……」
「さあな……まあ良いことじゃねぇよ」
ゾーネはハロドックの表情を見て不安になり、クラジューの右腕に寄り掛かった。
「ほんとに?……」
「安心しろ、俺がついてる」
「……うん……」
クラジューはゾーネの頭を撫でて安心させようとするが、さすがにゾーネでも嫌な気配は拭えなかった。
「な~んだ?ピ~ンチならオレっちが全部解決してやるから大丈夫だぜ~」
「……まあでも、ちょうど良い機会だな……」
※ ※ ※ ※ ※
「…ん…ふぁんふぁ?」
「なんや」
ベイルも容易に察しがつき、想定していた範疇の出来事だったので、取り乱す事は無かった。
ベイルは口の中のものを全て飲み込んだ。
「……戻るか」
「なんや急に」
キリウスは、あれ?誰かがいないな?くらいにしか思っていないので、どれほどすごい事が起きているのか、よく考えなかった。
※ ※ ※ ※ ※
「なっ!!!?……アリシアさん……」
「……これは、不自然な消え方ですね……」
「……ええ」
船に向かって歩いていたラルフェウとビオラとうさちゃんは、同時にアリシアの気配の消失を確認し、走って船に戻っていった。
※ ※ ※ ※ ※
同じ頃、ルブラーン王宮地下奥深く、10数メートルはある巨大な機械佇む巨大な部屋に全裸のアリシアはいた。
「……え……何……リドリーちゃん……」
アリシアの目の前には、稼働はしていない巨大な機械がそびえ立っていた。
「久しぶり……いや、もはや初めましてだな」
「……誰……」
アリシアが振り向くと、1人の男が歩み寄ってきた。
「私はケイナン・クルエル、お前の父だ」
「……は……」
「戸惑う時間は無い、これからすぐに始まるぞ」
「……な……何が……」
「何が?決まっているだろう───〝戦争〟だよ」




