第56話 微笑み
「おい!!!起きろ!!!バニル!!!」
「……う……ベイル……さん……」
ベイルは膝で立ち、目を閉じて動かないバニルに必死に呼びかけ、傷を右手でギュッと握り止血しながら仰向けに寝かせ、左手で頭を持っている。
微かに呼吸はある、血は止まらない、それでもベイルは取り乱しながらも、必死に必死に呼びかけた。
そして、バニルは弱々しく目を覚ました。
「……もう……大丈、夫……です……よ……」
「……何が……大丈夫なんだよ……」
「……私を……殺して……」
ほんの少し、バニルの体力が持ち始めた。
いや、持ち始めたというより、最期の力を全てを振り絞っているという方が正しい。
「……殺すって……まだ家に着いて……」
「……もう……いいの……」
「───」
「……バニルさ」
「……もう……私……死んで、も……悔い……は……無い……です……ベイルさん、が……いてくれた……から……ベイル……さん……」
(……俺は何を迷ってる……昨日言ったじゃねぇか……区切りをつけれたら俺が殺すって……今まで通りでいいんだよ……殺すだけだろ……
……早くしろよ……動けよ俺の手……何やってんだよ……言っておいて何もしねぇのか?……格好つかねぇだろ……早くしろよ……
……何で……何で何で何で何で何で何で何で何で……何で……俺が泣いてんだよ……もう傷治ってるぞ……何が……何が邪魔してんだよ……俺が……バニルを……殺す……ころす……コロス……)
するとバニルは右手を全ての力を振り絞ってベイルの右頬に上げてそっと触れ、涙を親指でそっと拭いた。
「……愛してます……いつまでも……いつまでも……生まれ変わっても……ベイルさんと……出会って……そしたら……もう一度……私を……」
「……バニル……」
「───好きだって……言って……ください……」
バニルは満面の笑みをベイルに向け、振り絞って声を出した。
「───」
バニルは、涙を見せなかった。
※ ※ ※ ※ ※
「……はっ……ベイルさ!……ま……」
「クソ……やられた……おい……おいおいおいおい……嘘だろ……」
「……まさか……」
ガービウがその場からいなくなった事により、魔力の供給が始まり、一定量が循環し出したため、3人は目を覚ました。
しかしその時は、既に全てが終わった後だった。
「───」
ベイルは無言でバニルを地面に寝かせ、バニルの顔の前に右手を向けた。
するとその右手からは柔く温かい光が溢れ出し、その光はバニルを包んだ。
「〝無還〟」
数秒後、バニルを包んだ光はベイルの右手に戻っていき、バニルの体は完全に伸びきり、静かに眠ったままその目は開くことはなかった。
「───」
ベイルの右頬からは涙が流れて止まらなかった。
「……ははは……っははは……」
「……ベイル様……」
ベイルは突然笑い出した。
天を仰ぎ、考えることをやめるかのように…。
それが今ベイルが出来る、全ての結晶だった。
「はははははは……なあ……何だこれ……俺は……何してんだよ……」
するとベイルはバニルの遺体を抱き抱えて船内に戻っていった。
「……ベイル様……」
「……何で……その殺し方なんだよ……」
※ ※ ※ ※ ※
「……あ~……」
ガービウはジェノサイドのアジトの自室に戻り、ベッドに仰向けに寝そべり、右手の甲を額に当てた。
(……あの矢は、〝龍界〟を一周させてから俺に確実に当てた……〝聖器〟並みの精度だな……)
「……やっぱり疲れるな……人を殺すのは……」
※ ※ ※ ※ ※
翌日、日が暮れてまもなく、一行はバニルの故郷の村に辿り着いた。
船は村の外に停泊させ、ラルフェウとマルベスが布で包んだバニルの遺体を、ローブロス宅に帰した。
ベイルはあれから部屋から出てこない。
ハロドックは気まずいからと挨拶を断った。
「はい……どちら様……え……」
「バニルさんの家は、ここで間違いないですか?」
「……はい……」
ラルフェウがノックをすると、イーナが玄関の引き戸を開けた。
「……え……その……布は……何ですか……」
「……バニルさん……です……」
「っ……」
イーナは両手で口をふさぎ、膝から崩れ落ち、驚き、混乱、悲しみ、様々な感情を表した目の色となった。
「どうしたイーナ……っ……どういう……事ですか……」
「……え……何……」
イーナが崩れ落ちた際の膝を付く音が気になり、食事中だったエリアスとクラウスが玄関に向かい、アデーレは廊下からその様子を見ていた。
「……誰だ……誰がバニルを殺したんだ!!!」
エリアスは涙を目に浮かべ、ラルフェウの胸ぐらを掴みながらそう言う声を聞き、アデーレは大きなショックを受け、イーナと同じ目の色になった。
「……そんな……う……く……バニル……」
クラウスはマルベスが持つ布をめくり、眠るバニルのまぶたを開き、瞳を見て死を確認した。
「バニルちゃん……うぅ……」
「……経緯を……説明します……」
ラルフェウは一家に、知っている事は全て話した。
違法奴隷となっていたこと、自殺を図るほど追い込まれていたこと、ベイルによって救われ、恋に落ちたこと……。
話を聞き、エリアスはラルフェウから手を離し、膝から崩れ落ち、両手を地面に付いた。
「……俺のせいか……俺が夜中に行くなんて計画を立てなければ……ハナから賛成なんてしなければ……よかったのか……」
「だったら俺もだよ……張り切って救急キットなんて……何なんだよ……クソおおおおおおお!!!!!」
「ありがとうございます」
3人が涙に暮れる中、アデーレはただ1人涙を見せず、ラルフェウの前に立ち、礼を述べた。
「……母さん……」
「エリアス、立ちなさい……外で、お客様の前ではしたない……イーナもよ」
「……はい……」
アデーレの言葉で、2人は立ち上がった。
「クラウス、その子を家の中に運びなさい」
「……は、はい……」
クラウスはマルベスからバニルの遺体を受け取った。
母親はクラウスの持つ布をめくり、眠るバニルの顔を覗いた。
「……お帰りなさい……ご飯……出来てるわよ」
アデーレはもう一度2人に深く頭を下げ、すぐに家の中に入った。
エリアスとクラウスも、後に続いて家の中に入っていった。
「……ありがとうございました……」
「いえ……それから……おめでとうございます」
「え……」
ラルフェウはイーナにそう言ったが、イーナはこの言葉の真意が分からなかった。
しかしこの時、イーナはお腹の中に新たな命を宿らせていた。
だが気付く訳が無い、まだ妊娠して1週間ほどなのだから。
※ ※ ※ ※ ※
ラルフェウとマルベスはローブロス宅から船に戻ろうとしていた道中、ラルフェウは足を止めた。
「……どうした?」
マルベスは数歩歩いてから止まり、ラルフェウの方を振り向いた。
ラルフェウはこの日、終始俯いている。
「……何も……出来ませんでした……僕は……命を賭す覚悟で向かったのに……命すらも懸けられず……気絶して……情けない…」
「仕方なかろう……魔力欠乏を起こされて、供給も止められたら為す術は無い……それが魔人族じゃ」
「……僕は……弱い……大切な人の……命よりも大切な人すらも……守れない……あの日から何も変わってない……僕は……僕は……」
「よせラルフェウ、そんなことを考えても前は向けん」
「……しかし……」
「何のために後ろを向く?向いておかないと本当に死を悲しんでないと思われるとでも思うておるのか……涙が欠片も出なくても、悲しいものは悲しいんじゃよ」
「……マルベスさんも……悲しいんですか……」
「……まあそれなりには、半年ちょっと共に過ごしたんじゃし……それと……あの母親は強かったのう……強かった……」
「……そうでしょうか……どうみても……強がっているとしか」
「あんな状況で強がれる事が、強さなんじゃろうが」
「……そう……ですね……」
「歩け、進め、前を向け、終わりというのは見えないだけでちゃんとある…それを目の当たりにしただけで立ち止まるのなら……生きる意味など見出せやしない」
「……はい……」
目に浮かべる涙を拭き、前を向いた。
ラルフェウは今日初めて、前を向いた。
それがたとえ、首の角度を変えただけの「前を向いた」でも、ラルフェウにとっては確かな前だ。
※ ※ ※ ※ ※
数週間後、ベイルはベッドで寝そべり、放心状態のままだったが、心の中で、弱い自分と闘い続けていた。
立ち上がれ、前を向け、と、自らを鼓舞し続けた。
なのに、力が入らない。
ようやく立ち上がると、フラフラと部屋から出て、バニルの部屋に入っていった。
何も無い質素な部屋、ベイルはこの部屋のドアを、何度も何度も何度も何度も蹴り破り続けた。
それは全て、バニルが前を向くために。
無意識的に、ベイルはこの部屋で欲したのだ……前を向く勇気を、温もりを、バニルを……。
なんせ自分が誰か1人のために、ここまで心が病むのが、初めてだったから、前の向き方を忘れていた。
そんな時、ベイルは部屋から、刀を見つけた。
出会いの全ては、刀を見つけたために覗いたあの檻からだ。
〝獄刀インフェルノ〟…それは、ベイルとバニルを繋いだ、形ある絆。
「……う……あ……ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
ベイルはようやく感情を取り戻し、ようやく泣いた。
人々から〝死神〟と怖れられる男にも、人の心は存在する。
この悲しみを、生涯忘れることは無い。
そのためにベイルはこの刀を、肌身離さず持っていると誓った。
明日へ、未来へ歩くために、過去を忘れる事無く、この刀を背負い続ける。
ベイルはこの日から、もう1つの野望を胸に、再び歩き出した。
「───ガービウ・セトロイを……殺す」
※ ※ ※ ※ ※
「はいおしまい」
現在に至る、ハロドックは話し終え砂浜に仰向けに寝転がった。
「……アリシアさん、すごい泣いてますね……」
「……だって……だってぇ……っく……ふぅ……うぅ……」
「いや何だよ、言えよ」
「……ベイルも……1人の人なんだなって……思ってぇ……」
「そこは泣くポイントじゃねぇな、感想だな」
「……初めて……です……誰かの過去を知ったのは……初めて……」
「分かった分かった、今日はもう寝ろ、うん、そうしろ」
「……はい……」
それからアリシアは芝生広場に戻り、その芝生広場で力尽き眠ってしまった。
ハロドックとうさちゃんは、ベイル達と合流した際にハロドックとニコラスが出てきた木の根の中に入り、その中の部屋で眠りについた。
※ ※ ※ ※ ※
───翌朝、アリシアは姿を消した。
第2章 Always "Sadness" in their heart
これにて完結!
次回、第3章 ホシノキズナ
世界は再び、絶望へと動き出す──




