第54話 きっと誰もが
《このワシに、触れたな?》
「……な……何……これ……」
《なんだ、触れたくて触れたのではなく、ほとんど事故とな……だが、それでも触れたのならそれがたとえ意図せずとも、ワシは品定めをする》
「……誰……」
《……ほう、血筋は良い……ん……いや……待て……もしや……なるほど、優秀どころか、選ばれし稀代の血だが、持つべきモノを持っておらず、ならば……》
するとバニルの心臓に直接、目に見えない鎖のようなモノを縛り付けた。
その瞬間、バニルは肩や下腹部に激痛が走った。
「っ!!?あ……あ……」
《あと僅かに足りぬ、貴様の血筋は期待に価するがな……力無きお前に触れられるようなワシではない……己の無力さを呪え……貴様に残された命は……1年だ》
身勝手に余命を宣告しても、受け入れられるはずがない。
だから〝聖器〟は、人の意識に強制的にその事実を植え付け無理矢理納得させる。
この呪いの鎖は心臓に徐々に浸透し、血に紛れて全身を巡る。
そうして細胞のひとつひとつから命を奪っていき、宣告した余命に死ぬように縛り付けた。
だからバニルも、無意識に納得した。
そして、己の無力さを呪った。
あっという間に、〝獄刀インフェルノ〟の手の平で転がされてしまった。
※ ※ ※ ※ ※
そして目を開けると、バニルは6人の男たちに囲まれていた。
「え……」
「こいつは割と高く売れるぞ~」
「ならさっさと持って行こうぜ」
「バカか、あのバイヤー共が処女に興味なんか示すかよ、痛がったら萎えるってな」
「なるほど、で、売り場はどこだったっけか?」
「今度は人間界だ、さっさとやるぞ」
手は縄で縛られ布で口も縛られ、背負っていたリュックは無造作に置かれ、身ぐるみは全て剥がされた。
混乱から恐怖、体中舐め回される屈辱、力でも勝てない、頭が働かない、やがて力が抜け、抵抗もほとんど出来ず、されるがままに犯された。
この辺りから、バニルの記憶は無い。
※ ※ ※ ※ ※
「はっ!!!……はぁ……はぁ……」
バニルは夜中、うなされ目を覚ました。
あれからベイル達はコーゴーの監視の目を掻い潜り、ジェノサイドの魔の手から逃れ、右往左往しながら何とか人間界から〝龍界〟に入る事が出来た。
必ず通らなくてはならない〝ウーヴォリンの神樹林〟も、ベイルやハロドックの呪力を駆使して難なく通った。
そして降り立った大陸は、バニルの故郷のある〝ハルグス大陸〟だ。
そこから人里を避け限りなく円形に近い大陸を船で走っていき、現在あと10数キロという場所にある砂浜近くに停泊している。
冬の終わりくらいの季節のため、周囲には誰もいない。
バニルはその旅で、ハロドックとマルベスが持っていたサイズピッタリの衣服を着て、笑顔をよく見せていた。
ベイルもそれにつられ、笑顔を見せていた。
余命まで残り約1ヶ月、バニルは目が冴えてしまい砂浜に立ち寄り、冷たい潮風を浴びながら星空を映す海を眺めていた。
その後、ベイルが外を覗くと砂浜に一人座っているバニルを見つけ、バニルの左隣に気配を殺して座った。
「……えっ!!!?……いつの間に……」
「さっき」
「そ、そうですか……」
「……何見てたんだ?」
「いや、見てる訳じゃなかったんですけど……不安なんです……どんな顔して会えばいいのか……」
「……俺親知らねぇから実のところよく分からん」
「……そうなんですか?」
「おう、知り合いは俺産んだ直後に疫病で死んだって聞いたな」
「……そうなんですか……辛いですか?……親がいないって……」
「そうでもねぇな、親いないの寂しいみたいな欲深い奴じゃなかったし」
「……欲深いですか……」
「そうだろ?」
「……私も、欲深いですね……」
「は?」
「……好きです、ベイルさん」
バニルは海を眺めながらそう言った。
「……ん?」
「───この世で誰よりも、あなたの事が好きです、大好きです」
「……あっそう」
「……あれ、一世一代の告白だったんですけど、分かりにくかったですか?」
バニルは引きつった笑顔で海を眺めながら言った。
「……許せねぇな」
「……え……」
「俺にそんなこと言っておいて、寿命で死んで勝ち逃げか?」
「そんな……つもりじゃ……」
「俺もだ」
「え?……」
「……一人の人にここまで入れ込むことはなかったんだな、長く生きてて」
「───」
「好きにしてやる」
「……それって……」
「寿命より生きてぇなら俺の寿命でもなんでもくれてやる、なんとしてでも生かしてやる……それか、ここで死にたいってちゃんとした区切りをつけれたんなら……俺に殺されろ」
「……ベイルさん……でも」
「知らねぇと思うけど、わがまま言える奴って、誰よりも自由で幸せなんだってよ」
「……その言葉……ゴーユ神話に……」
「それ書いたリミルは俺の知り合いだ」
「───」
「お前のわがままを、俺のわがままで叶える、自分は誰よりも自由で幸せだって、証明させてやる」
「っ……」
するとバニルの両頬には訳もなく涙が伝っていった。
「……俺も……お前が好きなんだな……結構」
「……ベイルさん……」
「何だ?」
「……キスしていいですか?」
「……どこに」
ベイルが問いながら振り向くと、その瞬間に2人の唇が重なり合い、バニルはベイルを押し倒した。
「……ごめんなさい、わがままで」
バニルの右の横顔が月明かりに照らされ、泣きながら笑うバニルの顔をより煌めかせていた。
「……おう」
バニルの顔を見たベイルの顔も赤らめ、目をそらした。
「……あの……今日は……同じベッドで……寝」
バニルが照れながらそう言ってベイルの顔を見ると、ベイルは爆睡していた。
「ZZZ」
「……ぷふっ……ははははははは!───愛してます、ベイルさん」
バニルはそう言って眠るベイルの額にキスをした。
すると突然その場にハロドックが現れた。
「ったくこの馬鹿野郎、あとちょっとだったのによ」
ハロドックはベイルの右腕を右手で持ち、ベイルを抱えた。
「───」
「よかったなバニルちゃん」
そう言ってハロドックはベイルを連れて船の中に戻っていった。
「……どこから見られてたんだろ……」
※ ※ ※ ※ ※
「酒飲むのか?」
「バカか、オレンジジュースだよ」
ベイルを運びバニルも部屋に戻った後、ハロドックはマルベスを甲板に呼んだ。
ハロドックは強めの酒を注ぐようなグラスを2つ用意し、オレンジジュースを注ぎ、甲板でテーブルと椅子を持ち込みマルベスと会話を交わし始めた。
「話とはなんじゃ」
「……そろそろガービウが来ると思ってな」
「っ……やはり、バニルちゃんか」
「バニルちゃんを攫った奴のためだとよ、知ってるか?ガービウって死んだジェノサイドの連中の墓参りを毎日欠かさねぇんだぞ?」
「……ガービウ・セトロイとは……何者なんじゃ……」
「……簡単に言えば……勇者と魔王を足して2で割った奴」
「は?」
「要するに、自分の野望を果たすためなら、その道を塞ぐ全てを破壊するような恐怖の権化だが……常に仲間たちのために戦い、考え、裏社会の秩序を形成してきた……優しさと恐怖を同時に飼い慣らしてんだよ」
「……ワシなら、どっちが本当の自分か分からなくなるのう……」
「そういう葛藤なんかは既に経験済みだ、もうあいつは止まらねぇよ……どこまでもガキみてぇに純粋な夢を追ってやがる……未だ成長する……人が欲しがるその全てを手に入れてなお、欲望に飢え続ける……だから〝魔神〟ってか」
ハロドックはオレンジジュースを一気に飲み干し、喋っていて渇いた口を潤した。
「あいつは世間の思うような独裁王じゃねぇ……人々に支持されて、愛された上での王だ……真の王の器を持ってやがる……」
「よく褒めるのう」
「間近で見てきた……血で血を洗い続けたクソみてぇな時代を、〝霊王〟が終わらせ、新時代を創った……それをベイルが壊し、誰も引っ張る奴がいなかった秩序の崩壊した世界を、あいつはまとめ上げた……世界中の敵となって……人々を団結させた…
……全部あいつのシナリオ通りだ……感心しねぇ方がおかしい……必要悪となって、自ら英雄の称号を放棄した男だぞ」
「……ならばベイルは絶対悪じゃのう、っはっはっは……ならば今回で死ぬのう」
「分かんねぇよ」
「……どう考えてもガービウ・セトロイの勝算しか無さそうじゃが?」
「〝枷縛〟って呪力の技を常に自分でかけてんだ、だから普段から呪力、能力、五感、両腕の自由をずっと閉じてる……まあ開閉自由なんだが……戦闘じゃ基本閉じたままだ……」
「……お前は……今どっちじゃ?」
「……正義の味方───」
※ ※ ※ ※ ※
「───そのザマか……龍人族」
同じ頃、男は〝龍界〟の別の大陸のある街中にて、〝龍界〟の兵士一個を、たった1人で1人残らず壊滅させ、生き残った1人の兵士の前に立った。
「ひっ……っ……」
「さすがに利きじゃない足1本で全滅は、メンツ丸つぶれだよなぁ」
その瞬間男のうなじに、1本の矢が刺さった。
しかし同時に矢を弓で放った、物陰に隠れていた兵士は突然泡を吹いて倒れ即死した。
男は矢を抜いたが、血は一切出ない。
「己を見失うな、己の大切なモノを見失うな……
人は大切なモノを守るとき、強くなれる───人は大切なモノを守るとき、弱さを知る」




