表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Past Letter  作者: 東師越
第2章 Always "Sadness" in their hearts
53/711

第52話 その涙の意味

 温かいミルクの入った陶器のコップがバニルの手から離れ、床に落ち、割れた破片やミルクが飛び散った。


 嘘だと、冗談だと、早く言ってほしかった。


 焦点が合わない、小刻みに震え出す。


 床で広がっていくミルクを見ながら俯き、口も閉じない。


 ハロドックは右肘をテーブルに付け、右手の平の上に顎を置いてバニルの返答を待っている。


 「……何で……今言うんですか……」


 「いつ言っても変わんねぇだろ、たまたま今がちょうど良いタイミ」


 「変わります!!!……っ……変わります……」


 両拳を握り、テーブルをドン!と叩いた。


 焦燥に駆られ、落ち着かない心をどうにかしたいのに何も変わらず、手の痛みだけが残る。


 怒りや憎しみよりも、今は驚きが勝っている。


 「……父は……どうして……あなたに殺されなければならなかったんですか……」


 「まあ落ち着けよ、冷静じゃねぇのに話聞いても意味な」


 「いいから黙って答えろよ!!!!!」


 バキッ!!


 ハロドックはバニルを落ち着かせるためなのか、態度が気にくわなかったのか、テーブルを真っ二つに割って黙らせた。


 かなり大きな音だったが、ダイニングの地べたで眠るベイルは一切反応を示さなかった。


 「っ……」


 バニルは驚き少し怒った表情のハロドックを見て、これ以上荒げないようにしようと直感で思った。


 「俺が始めた会話なんだよ……何お前がマウント取ろうとしてんだ……落ち着けっつってんだろ」


 立ち上がったバニルは感情を押し殺し、グッとこらえてゆっくり座った。


 「……お前の親戚、お前の親父の弟を……どうやら俺が殺したらしい」


 「らしいって……」


 「戦争だったもんで、個人個人を全部覚えちゃいねぇ……殺した何千人の内の一人だった、らしい……そいつの女は自殺、ガキは行方不明、一家が崩壊した仇を討つために、あろう事か特等聖戦士が私情で追いかけ、勝手に死んだ」


 「……父は……その叔父さんのために……あなたに殺されたんですか…」


 「かっこいいな~、何で死んじゃったんだろうな~」


 バニルが少し下手に出た途端に、ハロドックは煽り口調で話し始めた。


 「……父は強かったはずです……コーゴーでもかなり位の高い役職だったと聞いています……だから」


 「ああ、強かった……俺がやった中なら、10本の指に入る強さだった……けどな」


 「……え……」


 するとハロドックはポケットの中からロケットペンダントを1つ取り出し、バニルに投げ渡した。


 バニルは慌てて受け取り、それがいつも父が身につけていたロケットペンダントだとすぐに理解した。


 「……何で……これ……」


 中を開くと、左側には"My dear children"と書かれ、右側には3人の男女の子供たちの写真があった。


 「……あ……う……うぅ……」


 今日絶対にこの話をするために、ハロドックはダイニングに来る前に、保管していたこのロケットペンダントをポケットに入れていた。


 バニルは目に涙を浮かばせ、ロケットペンダントを強く胸に押さえつけ、父を想った。


 今まで目を背け続けてきたからこそ、ようやく父が死んだ事を実感し、泣き崩れた。


 大好きな父はもう帰ってこない、そう思えば思うほど、涙は溢れ出した。


 「……何で俺に託しちゃうかなー……」




   ※ ※ ※ ※ ※




 「……がはっ……うっ……はぁ……はぁ……」


 「はぁ……はぁ……諦めろ……はぁ……もう何分と……保たねぇよ……はぁ……」


 全身に深い傷だらけ、血も恐ろしい量が流れ出て右腕も切断され、ついにうつぶせに倒れたヴォルツの元にこちらも全身深い傷だらけのハロドックは歩み寄った。


 「……甲冑の……胸、ポケット、に……入っている……」


 「あ?……」


 「……出して……くれ……」


 「……よくもまあ頼めるな、さっきまで殺し合ってた奴に」


 ハロドックはヴォルツを仰向けに寝そべさせ、甲冑の胸ポケットに入っているロケットペンダントを取り出した。


 「……くれんのか?」


 「……子供……たち……に……届けて……くれ……」


 「ふざけてんのか、とっととくたばれ」


 「……ふっ……」


 ヴォルツは少しニヤリと笑い、ハロドックの目を見た。


 「……目を見れば……分かる……ぐほっ……あ……はぁ……はぁ……お前は……約束を守る……男だ……はぁ……はぁ……はは……だから……託す……お前の手で……届けてくれ……」


 「闘って復讐遂げらんねぇから、てめぇの家族に気まずい会話させて精神的に復讐ってか?俺にそんな義理はねぇな」


 「……はぁ……はぁ……頼……む……」




 ヴォルツはハロドックに何を見出したのか、宝物を手渡した。


 家族に届けてほしいと心から願い、自分は死ぬと悟った上での、死に際の冷静な思考で託した。


 ハロドックを個人的に追う中でハロドックが何のために戦い続け、何のためにあらゆる世界を渡り歩くのかを、少し分かった気でいた。


 (……この男は……一体どれだけのものを背負って生きているんだ……)


 自らが集めた書類を読んでいる時に、ヴォルツふとそう思った。


 何も分からない、分かった気でいるに過ぎないにも関わらず、無謀にも託したのだ。


 「……ようやく逝ったか」


 ハロドックはヴォルツの屍を抱え時間を止めて、鉄のように固まった海に着地し数キロ先まで跳んで、また時間を止め海に着地してを繰り返し、大荒れの天候の影響を受けていない無人島に辿り着いた。


 ヴォルツを降ろし少し休憩して、ハロドックはロケットペンダントの中を見た。


 「……大バカ野郎だなお前……これを俺に託すってか……何でそこまで俺を信じられんだよ……」


 ハロドックはロケットペンダントを閉じ、ポケットに入れた。


 その時覗いたヴォルツの顔は、不思議と笑っているかのように見えたそうだ。




   ※ ※ ※ ※ ※




 ハロドックは立ち上がり外に出ようとしたが、バニルの横で止まり、口を開いた。


 「……俺が憎いか?」


 「……分かりません……っ……父は仇を討ちに……行った……っ……のに……どうして……」


 「……途中で気付いたらしい、復讐は恐ろしく無駄で愚かな行為だってよ……けどやらない訳にはいかなかった……どんだけ無駄でも、どんだけ愚かでも、今さら逃げ出す訳にはいかねぇ……




 ───筋の一本も通せない男が、大事なものを背負う覚悟なんてありはしない」




 その言葉が、父の言葉だというのはすぐに分かった。


 そして安易に想像出来るせいなのか、ハロドックの声と重なって父の声が聞こえた気がした。


 当然父を殺した相手なのだから、一発でも殴ってやりたい気持ちがある。


 でも今自分に必要なのは前を向く事だと、この気持ちの方が大きいのもまた事実。


 優しい父が優しさ故の弟家族のための復讐は、優しさ故の冷静な判断で、きっとかなり苦しみながら悩んだに違いない。


 そんな父の気持ちを思うと、また涙が出てしまう。


 父が生きてきた悲劇を、悲劇のまま終わらせたハロドックが正しいのか、それを憎む自分が正しいのか、分からなくなった。


 「あいつは最期まで、お前ら家族の事を想ってた……特等らしからねぇな、そんな出来た奴は……もう泣くな、親父は笑って死んだぞ」


 「……っ……うっ……」


 やはりこの涙は、止めなくてはならない。


 何のための涙?父を哀れむ涙?激しい怒りの末の激情の涙?会えない寂しさに温もりを求める涙?


 だとしたら、全て無駄だ。


 残りわずかな命を、涙を流すためだけに費やすのか?


 たとえそれが本心でそうしなければいけなくても、抗わなければならない。


 この涙を止めなければ、前に進めない。


 変わらない結末ならば、悔いの残らない方が良いに決まっている。


 偽善やきれいごとを、ちゃんと優しさと、強さと言えるように前を向く。


 バニルは父のために、自分のために、ハロドックを許し、自分を許した。


 自分の言葉を聞いて、必死に涙を止めようとするバニルを見て、ハロドックは安心して微笑んだ。


 「……おいラルフェウ、テーブル直しとけ」


 「いや無理ですよ」


 「ドア直せんだろ?」


 「勝手が違いすぎますよ!ていうかもう修復不可能ですからあれ!」


 この日ハロドックは、またどこへ行くかも伝えずに船を出た。


 そして今日初めて、バニルは吐血した。


 その日から静かに潜んで這い寄り、確かにバニルの命を蝕み始めている。




   ※ ※ ※ ※ ※




 それから何週間か経った頃……。


 どこの世界かも不明、どこの国かも不明、どんな場所なのかも……。


 ただ薄暗い、コンクリートむき出しの通路を歩き、突き当たりでも何でも無い場所のドアの前に立つ。


 ロッカールームか何かなのか、という雰囲気のドアのドアノブをひねり1人部屋の中に入る。


 そこは外観からは想像つかないような広い部屋でむき出しのコンクリートに、何の飾りも無い無機質な部屋。


 部屋の奥半分は1メートルほどの段差になっており、キングサイズのベッドが一つ置いてあるだけだった。


 「……何の用だ、ハロドック」


 ベッドの上にいる小柄な男はそのベッドの上で、全裸のまま何かを食べていた。


 「相変わらず趣味の悪いこった」


 「お前に言われたくないな」


 男は服を着てクチャクチャと食べながら段差を飛び降りた。


 男が手に持っているのは、人肉の左腕だった。


 「お前、手ぇ出すつもりか?」


 「当たり前だ、ステファノ達は俺の仲間だ……殺されて黙ってる訳にはいかねぇだろ」


 「……違法奴隷の取引を横行しててもか?」


 「たとえそれが原因で殺されたとしても、何もしない訳にはいかねぇ」


 「……俺との契約忘れてねぇよな……俺のテリトリーに入るんなら、お前んトコの女の子10人貸せよ」


 「その言い方は気に食わねぇな」


 「おいおい、これでもかなり譲歩した上での条件なのを忘れんなよ?」


 「……それでも俺には理解出来ないな、自分のテリトリーなら、死んでも守ろうとは思わないのか?」


 「皮肉か?死ぬ気でって感覚がよく分かんねぇんだよ、あと今回のは別に意地でも守ろうとは思ってねぇな」


 「ひでぇ奴だな」


 「安心しろ、今回の俺は〝そっち〟の俺じゃねぇ」


 「不安だな、それはそれで」


 (ったく、何で死んでもねぇのに、目の前にいるのに、気配を完全に消せるんだよ……訳分かんねぇ……)


 「仕事が忙しいから決行は何ヶ月か後になるが、せいぜい頑張ってくれよ、ハロドック」


 「……お前もな───ガービウ」

 時間が止まった世界は、何も動かないため、飛んでいる蚊や、空気中に舞い散る途中だった葉っぱにでも、鉄棒みたく余裕でぶら下がれます。


 そのため時間を止めれば、海も完全に止まり、上に立つ事も可能です。


 ハロドックは呪力のために自分だけは動けますが、呼吸も出来ないほど、止まった世界への干渉が出来ません。


 なので、初見の女性への礼儀として胸を揉む行為は、恐ろしい速度で「時間を止めて動かして」を繰り返して揉んでいるので、揉まれている本人は気付けません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ