第51話 我が愛に捧ぐ、約束の契り
当時料理担当はマルベスです。
腕前はベイル曰く、「店出せるわ」
「ようやく見つけたぞ、ハロドック・グラエル」
〝自然郷〟の海の上にポツンと佇む、樹木の存在しない草原の島。
歪な三角形の形をした島は直径約4キロ……砂浜は無く、全方位が10メートル以上ある断崖絶壁。
とても鳥以外の生物が辿り着ける場所でなく、最も近い人里までは蒸気船で4日かかる無人島のため、あらゆる世界にいくつかあるハロドックのシークレットベースの1つだ。
そこで1人、のんびりと過ごしていたハロドックの元に、武装し単身乗り込んで来た1人の男がいた。
「……誰?」
「……コーゴー平和執行局特等聖戦士序列8位、ヴォルツ・ローブロスだ」
特等聖戦士、上等聖戦士、〝特等専属戦士〟は基本的に甲冑の類は身に付けない、そもそも滅多に傷付かないので必要ない。
だがヴォルツは未だ甲冑を身に着けている、初心を忘れず、血塗られた中でも自らを駆り立てるために、楽しさを忘れないために、自我を崩壊させないために、甲冑を身に着け戦う。
ホーウェンからはそんな不安の象徴に縋っていてはいつかは我が身を滅ぼす事になると忠告を何度も受けていたが、ヴォルツは信念を貫いた。
「……俺、コーゴーさんに迷惑かけるような事したっけ?」
「安心しろ……死なないのは分かっているから、躊躇なく殺すつもりでかかる」
「安心出来ねぇし質問に答えろよ」
その言葉をハロドックはヴォルツの背後で言い放ち、常備しているナイフで首を切りにかかった。
「ふんっ!!!」
しかし予測していたのか、ヴォルツは凄まじい反応速度でハロドックをナイフを左手で弾き飛ばした。
「……おかしいな~、ガービウでも初見は傷は付いたんだがな~」
「情報と研究に基づく予測だ」
ハロドックは何の前触れもなく、地面に落ちたナイフの元に立ちナイフを拾って埃を払った。
「その時を止める呪力も、どうせ止めていられる時間に限りがあると見た」
「ん~、残念……
───止めていられる時間は無い、無限に止めてられる」
突然ヴォルツの目の前で、好戦的なニタリとした笑みを浮かべるハロドックの顔が現れドッと冷や汗が出る。
ヴォルツは反射的に跳んで後退し、距離を取って刀を抜いた。
「はっ……はっ……はぁ……ふぅ……」
「刀?龍人か和人のどっちだ?」
「……無限だと……あり得ない……」
「ん~……時間止めるから、時間が動き出したら止まった世界で生きた時間だけ寿命を取られるから、ほぼメリットのねぇ呪力だけど……俺不死身だから、止めても止めてもデメリットはねぇ」
「……なん……だと……」
「要するに無限に止めてられる……が、かといってずっとは無理だな」
(何故自ら話す……訳が分からない……だが……利用しない手は無い……)
「当たり前だよな、世界の時間止めてんだから空気の流れも止まるし、呼吸は一切出来ねぇ……俺は止まった世界に介入は出来ても、息しなかったら疲れるだろ?」
「……結論はなんだ……」
「はっきり言って俺を殺そうとしてくる奴はごまんといる、俺はそういう世界で暮らしてる、お前が俺に何の恨みがあるかを聞く……ちゃんと知らねぇまま殺すのは、気にしぃの俺的にムズムズする」
「……それだけか」
「いや相当話すっ飛ばしただろ?何ならさっきの話とこの結論どうつながってんのか俺もよく分かってねぇよ」
「───」
ヴォルツは構えた刀を降ろし、口を開いた。
「……300年前、千年戦争で弟を亡くした……熱心なガウル教徒だった弟は戦争に参加して……お前に殺された……弟の妻は後を追って自決した……半年苦しんだ結果だ……それだけじゃない……
……両親を失った息子は……復讐のために最も近いジェノサイドに入ったが、情報は入って来ず、今はどうなっているのか分からない……」
「要するに復讐だろ」
「……この何百年か……少なすぎるお前の情報を照らし合わせ、ようやくここを見つけた……家族の願いは……俺が果たす」
「……分かった……だがな……」
昼間の空が突然赤黒くなった。
そんな錯覚を覚える程に、ハロドックの放つオーラは果てしなかった。
「言っとくが……俺の闘値は、9億だ……その辺考慮して、上手くやれよ」
一歩も動く事無く、ただ放つオーラのみで辺りの海を大荒れにし、天候までねじ曲げ雷雲が迫る。
ナイフは紫色に輝く魔力を纏うと、2メートル程の一直線に伸び、紫紺に輝き幾つかの古代文字が刻まれた棍棒に変化した。
「ちゃんと一撃一撃に命懸けろよ、懸けられる命がねぇ俺に、ちゃんと魂ぶつけろよ……大事なモン、掴んで離すなよ」
「……家族が待っている……3人の子供たちが俺の帰りを待っている……末っ子の娘とは、約束したんだ……命より重い約束だ……お前への因縁に終止符を打ち、家族と幸せに暮らす!!!」
「……そうか、だったら尚更本気でやんねぇと……プライドが許せねぇよな」
※ ※ ※ ※ ※
この後の戦闘は凄まじさを極めた。
付近の島々では、1000に一度の大災害が起きたと騒がれ、高潮や暴風雨で何人もの人々が死んだ。
2人の戦闘は15日に及び、ほとんど休む事無く戦いは昼夜問わず繰り返された。
たとえハロドックといえど、ヴォルツは特等聖戦士、本気を出し尽くしはしたが、それでも無力化されるのは時間の問題にも思えたそうだ。
決着は、ハロドックが奥の手として行使した2つの力だ。
これにはヴォルツも耐えきれず、ついに決着がついてしまった───。
ハロドックは亡骸を持って島から離れると、激戦に耐え抜く程に頑丈な島は、一気に粉々に崩れ落ちた。
後日、コーゴー本部の前には、折れた刀と共に、ヴォルツの亡骸が置かれていた。
そうして今でも〝自然郷〟に語り継がれる、「悪夢の15日間」は幕を閉じた。
※ ※ ※ ※ ※
「……それは、本当の話ですか」
時は船での、ベイルとバニルの様子を眺める3人達の場面に至る。
「ああ、つい最近で1番激しい戦闘だ、忘れもしねぇ……最後の最期で、限界を越えた先の限界をも越えて来たからな…」
「偶然が過ぎるな……どうなっておるんじゃ……」
※ ※ ※ ※ ※
「……半年って……」
バニルの衝撃的な言葉にベイルは思わず上体を起こし、バニルの顔を覗いた。
「……仕方ありません……全部私のせいです……」
「悪ぃのはあの刀のおっさんだろ?お前の何が悪ぃんだよ」
ベイルの声色には動揺の色が混じっていた。
「……父を殺した人を捜して、殺してやりたいって……ずっと思ってました……そのために家を抜けて、祠に奉られてたこの刀を持ち出して……だけど認められなくて……余命は一年だって言われて……」
バニルは自分の愚かさ、無力さに激しく怒り、低いトーンに涙ぐむ声も混じり、両拳を強く握りながら星空を見て話し続けた。
「自分のバカさ加減に、笑っちゃうくらい腹が立って……家に帰ろうとしたら……いつの間にか攫われました……」
突然ガバッと起き上がり俯くバニルの、そんな様子をベイルは見守るほかになかった。
「それからは知っての通り、商品として使い物になるために調教されて、どうしたって死にたくなって……ベイルさんに出会った……」
「……バニル……」
ベイルはまた涙を流し始めたバニルの頭に、そっと右手を置き、一言名前を呼んだ。
「……ホントに……泣いてばっかりだな私……ずっと泣けなかった分が出てるのかな……おかしいな……止まらない……」
「じゃあ……死ぬまでにやりてぇ事、絶対にやりてぇ事を1つだけ言え……俺がそれを叶える」
「……え……」
左目から伝う涙だけを右手でそっと拭い、視線をこちらに向けた。
月夜だけが2人を照らす元で、ベイルは優しく微笑んでいる。
「その余命をどうにかしてやりてぇが……何を差し出しても無理らしい……だから、死ぬまで生きたいって言え……そうしたら、それでも叶えるから」
「───」
何度目の脈動だろうか。
この人は本気で、自分のために、あらゆる事を成し遂げようとしている……そう確信した。
だからこそ、それに甘える事はしたくはなかった。
元からどうしても死ぬまでにやりたい事は、バニルの中では決まっていた。
右腕で目を擦り、今度はバニルが優しく微笑んだ。
その笑顔で、もう決心はついているのだとベイルは察する。
「───家に……帰りたい……お母さん……お兄さん……お義姉さん……皆に謝りたい……皆に会いたい……ベイルさん……叶えてくれますか……」
「……命を懸けて、絶対叶える……約束だ」
そうやって差し出されたベイルの小指を見て、それがあの日の父親の面影と重なって見えた。
「……はい……」
固く結ばれた、命を懸けた約束。
ただの同情から始まったこの思いは、ベイルも気付かない間にもっと大きく、もっと強い感情に変わっていた。
いや、本当は気付いていたのかもしれない。
それを2人はこの場で言葉に出す事はなかった。
見つめ合う2人の目に映ったのは、言葉ではきっと表せない何かなんだ。
少し吹いたそよ風が、2人を後押しするかのように通り過ぎていく。
長い長い一日はバニルの、いつ以来か思い出せない程振りの、安眠で終わりを告げた。
※ ※ ※ ※ ※
「え?ああ、いんじゃね?」
「行ったとてわしにメリットもデメリットも無いじゃろうしの」
「と、いう訳で、お2人の了承も得たので……行けますよ〝龍界〟!」
翌朝、5人は朝食時にバニルの願いを叶えるために〝龍界〟へと向かう決議を取った。
基本的に暇な船内なので必要以上に深い謎などに迫らない限り、誰が拒む訳でも無いので、あっさり決まった。
目的があればちょっとは退屈しのぎになるだろうとの利害の一致は、この船内の緩さを表している。
「……皆さん……ありがとうございます!」
「おいラルフェウ、早速チェスじゃ」
「分かりました、247勝248敗、今日勝って追いつきますよ!」
バニルはラルフェウらの優しさに嬉しくなり頭を下げ感謝を表したが、誰もバニルの感謝に興味ないのでそそくさと解散した。
「何を賭けるかのう」
「女性用の下着は持っていないので、僕の下着でいいですか?」
「オエッ……いらんわ」
ラルフェウが皿洗いを終えマルベスと甲板に出て、テーブルや椅子を取り出し青空の下でチェスを始めた。
ベイルはやることはやったので、誰も起こせない爆睡タイムに入った。
「……すごく……自由ですね……」
「このメンツで規律を求める方が頭おかしいからなー」
しかしハロドックは席を立たず、バニルと面と向かって座ったままだった。
「……バニルちゃんの親父は、コーゴーの戦士だったんだよな」
「え……は、はい……」
「ヴォルツ・ローブロスで、いいんだよな」
「……よく……ご存じですね……」
「まあな……
───殺したの俺だし」
その言葉に、嘘も躊躇いもありはしなかった。
ハロドックは船での滞在期間と単独行動での期間は半々です。
ハロドックにとってベイル達と過ごす日々は、数多ある暇つぶしの1つに過ぎないので。




