第43話 サン・ラピヌ・シ・ソノ
「……ウサギ?……」
「耳長っが、なんやあれ」
一行はとりあえず全員甲板に集まり、港でたった1人出迎えてくれているウサギを見て同じく驚いた。
白いふわっふわの毛に覆われ、耳はピンと立っておらずだらんと垂れており、目はくりくりではなくほぼ一本線、そしてお尻とほぼ同じ大きさの、ふわっふわの丸い尻尾が目に入った。
見るからに癒されるほんわかしたナリだが、骨格は恐らくほぼ人で手足も一応それぞれ指が5本ある。
声も落ち着いた紳士みたいな声で、聞くと朗らかな気分になる。
「あ……ああ……」
「どうしたゾーネ?」
「か……かわいい~~~!!!」
ゾーネはたった今ウサギがかけたハシゴを軽快に駆け下り、ウサギに飛び付き抱きついた。
「うぐあっ!?」
「かわいい~~~♪もっふもふ~~~♪」
ゾーネはウサギを頬で頬ずりし、満面の笑みからとろける笑みに変わり、癒しの波動を全身に受けていた。
「あ、あの、離れてくだ」
「ふ~♪」
「ふひゃあ!!」
ゾーネはウサギの耳に優しく息を吹きかけ、ウサギの反応を楽しんでいた。
「いやまあまあしっかりおっさんの声でふひゃあ!!って誰得なんだよ……」
ベイルはそうつぶやいている横で、少し怒ったみたく顔をしかめて2人の様子を見るクラジューの姿を見た。
「お前の嫉妬も誰得なんだよ」
※ ※ ※ ※ ※
その後一行は全員ウサギに敵意が無い事、この地に脅威となり得る存在が気配の上ではいない事を確認し船を降りた。
「え~もっともふもふしたい~!」
「うん、また後でな」
クラジューは初見で猛烈なアプローチを取られ抱きつき頬ずり好かれるウサギに嫉妬する反面、ゾーネのこれ以上ない程のとろける安心する笑顔を見られて満足いく自分もいて、どうしたらいいのかよく分かっていなかった。
「我々が来る事を分かっておられたのですか?」
「そりゃもちろん、待ち人がウチにいますよ」
「そうではなく、我々が今このタイミングであの方法で来る事を、分かっておられたのですか?」
「……ええまあ、方法は近くに来るまで不明でしたが、即座に対応が出来たのはよかったと思います」
「……他にも色々話したいことがあります」
「それは、歩きながらしましょうか」
※ ※ ※ ※ ※
ウサギ先導で一行はそのウサギの家のある場所へと徒歩で向かっていった。
この地〝サン・ラピヌ・シ・ソノ〟は、球体そのものの大きさはルービ島ほどあるが球体の下半分は海と陸となっており、海に囲まれたドーナツの穴の部分に陸地があるという地形だ。
陸地の中央に竹林の公園があり、そこから東西南北に東は住宅地、南は農業地、西は工業地、北は商業地と区分されている。
商業地の近くにのみ港があり、アンビティオ号もそこに停めたため一行はいわゆる商店街を通って竹林の公園に向かっている。
「領主様!お客様ですか!?」
「はい、今夜皆で歓迎パーティーをしましょう」
「領主様!今日のために活きの良いのが揃いましたよ!」
「それは素晴らしいですね、今日のパーティーが俄然楽しみです」
ウサギは人々から領主様と慕われ、すれ違えば必ず挨拶を交わし誰に対しても等しく真摯に対応していた。
「あの、そういえばお名前は何でしたっけ?」
「……私に名前などありません、捨てました」
「ええ……面倒くさい設定ですね……」
「何と捉えてもらっても構わない……私は一度死んだ、名などありません」
「……そう……ですか……困りましたね……」
「じゃ~あ~♪うさちゃんでい~じゃん♪」
「ゾーネ……お前、ネーミングセンスあるな」
「うさちゃんでい~よね~♪」
「……別に構いません……」
想定内っちゃ想定内だが、いざ呼ばれてみると小っ恥ずかしくなりうさちゃんは顔を赤らめた。
「てれてる~♪か~わいい~♪」
エーギルの結界は、自然族の能力を駆使するモノの中で最大最高の技であり、これを使える者はヒュドールの素質だと云われる程に。
うさちゃんはこの結界を1秒も途切れさせる事無く、休むこと無く繰り出し続けているため、大変な力の消費となっていた。
ビオラも同じく睡眠時以外は出し続けているため、消費した体力などを補うためにいつも大量の食事を食べている。
ただ、1つの大きな領域を完璧に覆いなおかつ陽光とほぼ同じ成分で生物に害が及ばないようにする光まで放ち深海で同じ位置を保たせているため、うさちゃんが如何にすごいのかがよく分かる。
「ここの人達は、どこから来たの?」
この地に降りて初めてビオラはうさちゃんに問いかけた。
「……彼らは、あらゆる世界で重い罪を犯した者達が、流されここにやってきます……」
「……どういうこと?」
「───ここは、もう一つの〝ウーヴォリンの神樹林〟ですよ」
「は?海じゃん」
「……確かにここは人間界であると同時に、7つの世界を自由に往来出来る場所でもあります……なのでここは、もう一つの〝ウーヴォリンの神樹林〟なのです」
「そんなモノ聞いたことが無い」
「そうでしょう……ですが、もう少し先へ行くと、神樹ウーヴォリンのように巨大な樹が一つ、深海に埋もれながらそびえ立っています」
「……そんなモノが……」
「ただ、皆さんの知る神樹林とは違い、はっきり隔てられた境界線も、〝扉樹〟もありません……そして、その存在を隠さんとするためだろうと思われる未知の天災が常に襲い、人々はこの地に辿り着けません」
「じゃあ……それを知ってる人は……ここにいる人達は……」
ラルフェウはとにかく頭を整理するためにうさちゃんを質問攻めにするが、それもうさちゃんは真摯に答えた。
「あらゆる世界に私の協力者がいますので彼らが連れてきてくれます、その協力者達との関係を仲介してくれたのはあなた方がこれからここで会う方です……
この場所を本当の意味で知るのは……かつてここを利用していた……一万年前にこの世で暮らしていた者のみです……そんな方、この世に2人しかいませんよ……誰とは言いませんが」
壮大過ぎる話に、理解が追いつくのに時間がかかるようだった。
ベイルやゾーネ、キリウスに至っては話を聞いていない。
「……えっと……色々追いつかないんだけど……つまりどういうことなの?」
何とか話に食らいつこうと、アリシアはラルフェウに問いかけた。
しかしラルフェウも頭の整理に追われ、アリシアの声は聞こえていなかった。
アリシアはリドリーの方を振り向くも、リドリーは両手の平を指先を前に向けて上に向け、分からないというジェスチャーをとった。
レオキスに顔を向けたら、レオキスは目を逸らした。
クラジューに向けても答えは同じそうなのでやめた。
そう、誰もが理解にすぐは追いつけないほどあり得ない事をうさちゃんは言った。
あなたが食べているパンは、小麦粉ではなくリンゴをこねて作りました、と同じくらい言ってる意味が分かっておらず、イメージが浮かんできていない。
しかし実際に、神樹ウーヴォリンは存在している。
サン・ラピヌ・シ・ソノをさらに西へ数十キロ、地上に姿を現さず世界の核に迫りそうにも思える果てしない海溝の、その最も深い場所に根を張り、空に迫ろうとするかの如く真っ直ぐに伸びている。
今や海の生き物達の住み処となっているが、その身は朽ちること無く、海中であろうと毎年四季に合わせて4度全く異なる種の花を咲かす。
このサン・ラピヌ・シ・ソノが既に人間界に最も近い、ウーヴォリンの神樹林の内部であることは、その樹を見れば誰もが納得するだろう。
※ ※ ※ ※ ※
「ここですよ」
うさちゃんと一行は商業地を抜け、中央に位置する芝生の公園を円状に囲む竹林に入った。
「この竹も、この形状を保つために施しているんですね……」
「ええ、私は植物に無知なんですが毎日美しい公園を保たせてくれているんです、ここは私の……ああいや、私達の自慢の竹林です」
「なるほど……ベイル様もこれは美しいと……あれ、ベイル様?……というか、何人かいませんね……」
うさちゃんと一行が竹林に入った頃、ベイルとキリウスは自転車に乗っている1人の男に止められていた。
「お兄さんお兄さん、何で全裸なの?」
「着る服ないからやけど」
「ならウチで買ってきなよ!一部に例の巨人族の服の素材使ってるから頑丈でどんなサイズでも合うよ!パツンパツンにならない!」
「なんか胡散臭いなあ……」
この男はちゃんとこの地での審査を通った正規の品を勧めているのだが、言い方の胡散臭さが普通に詐欺師みたいだった。
「とりあえず海パン履いとけ、見飽きた」
ベイルの言葉も微妙に分かりにくい。
「まあ海パンくらいやったらええか、貰うわ」
「毎度!」
「いや店どこやねん」
「ここだけど?」
ベイルとキリウスの目の前の建物が、この男が経営する服屋だった。
何故通りすがりのおっさんみたいに自転車に乗っているのか、それは誰にも分からない。
キリウスはとりあえず適当に燃える赤い炎がデザインされた最大サイズの黒い海パンを履いた。
「……おお……ポジも完璧や」
「いんじゃね?」
ベイルはどこからか盗ってきたリンゴをかじりながら話していた。
「それで、勘定なんだけど」
「あああのウサギが払うわ」
「領主様が?ならいいです!」
「まあ便利」
キリウスはこの地でのうさちゃんの信頼性を利用し、支払いを逃れた。
「そういえば何で誰も全裸気にしてねぇんだ?」
「そりゃもちろん、ここにいる皆は一度頭がイカレたからな」
「ふ~ん」
「ベイル様ー!!」
ラルフェウが2人を連れ戻し、ようやく一行は竹林を進み芝生の広場に出た。
その広場の中心に薪割りの時に使うみたいな、人1人の幅より一回り大きな木の根があった。
「で、これから誰に会うのかしら?」
「まあ……大物ですよ」
竹林に入った辺りから、ビオラだけは待っている者の気配を感じ取れていた。
するとその木の根の中から、1人の男がハシゴを上ってくるように上がってきて芝生の上に立った。
その瞬間、ベイル、アリシア、ラルフェウ、うさちゃん以外の一行全員が寒気を覚え、同時にその全員が各々の戦闘態勢に入り緊張感を高めた。
アリシアはキョトンとしながら一行を見、ベイル、ラルフェウ、うさちゃんは特に表情を変える訳でも無く両手を挙げる男を見ていた。
「え?何?俺なんかした?ごめん!何も覚えてねぇけどごめん!」
「何もしてないだろ、とりあえず敵意を殺せ」
「は?……あ、出てたか……緊張するとどうも出るんだよな~」
そう言って男は敵意を殺し、両手を降ろして、手のひらにべったり付いた手汗をズボンで拭き、一行に近付き、陽気な笑みで右手を挙げた。
「よっ、アリシア」
「───ハロドックさん……」




