第41話 それは心に
真っ二つに割れた火山島を脱出したいビオラだが、ラルフェウが目を覚まさないため、そのまま夜を迎えてしまった。
ビオラは一行全員をアンビティオ号の甲板に並べた後、1人風呂に浸かっていた。
「……ふぅ……」
そんな風呂場に、あまりにもナチュラルに中に入ってくるキリウスを見て、開く瞳孔の閉じ方を忘れていた。
「ん?シャワーってどうやって使うんや?」
「ねぇ、ワタシがいるんだけど」
「そうやな、で?」
「で?って……記憶無くてもその辺は分かるでしょう……」
「何のこっちゃ……冷たっ!!?」
キリウスはシャワーのレバーを動かすと冷水が背中に直撃して跳び上がり足を滑らせ頭を打ち、足に引っかかり宙に舞ったイスが股間のど真ん中に直撃した。
もはやキリウスは声も上げず激痛で舌を噛み、口から血が流れていた。目は死にかけていた。
「……お前の仕業か」
「そうじゃないからなお嬉しい」
「ただ風呂に入りたいだけやのに……」
「入ってくんな」
「まあそれはそうとやな……」
「いや出ろよ」
キリウスはだんだん温かくなってきたシャワーに当たりながら、ビオラの方を向いてイスに座った。
とりあえずビオラはキリウスに背を向け、止まる事を知らないキリウスの話を聞くことにした。
「お前らは何をしてるんや」
「さあ」
「さあって、何もせずにあんなヤバい連中に敵視されるってどないやねん!」
「……彼、ベイル・ペプガールがこの世にそもそもいてはいけない生き物だからよ」
「……何したんや?」
「事実かどうかは確証は無いけれど……彼は、ある一柱の神と闘い勝利、その勢いのまま人間界にいた全ての者達を滅ぼした」
「……無茶苦茶やん」
「それを止めるべく7種族の王達は人間界に集結、だけど全世界最強の7人を持ってしても止めることは出来ずその中の3人が死に、残った人間界の王は自身の呪力で彼の力を彼の体外に取り出した、その働きでもう3人の王が死んだ」
「壮絶やな……」
「だけどそれでも状況は変わらず、力尽きるのを待とうにもそうすれば人類が滅ぶ……悩んだ末、人間界の王は自らの命と引き換えに永遠に闇に閉じ込める〝永劫封印〟を使用した……」
「……で、何でそいつが今この船で寝てんねん……」
「誰かが封印を解いたのか、自力で解いたのか、その一切は不明よ……だから本来ここにいるはずが無い、いてはいけない存在……それが〝死神〟ベイル・ペプガール……」
「……いや……えぇ……いや、ヤバい奴なんかな~とは思っとったで、なんか……見た瞬間、他の連中とはちゃう感じがしたからな……やけど規模デカすぎるやろ……」
「……そして体外から抜き取られた彼の力は、誰かの体の中に入り彼以外じゃ気付けないように姿を潜め、今日に至るまであらゆる人々の体内に存在してきた……今もそう……ワタシにも……アナタにも」
「ワイにもか!!?」
「というか、この船に乗ってる半分くらいが持ってる」
「どんだけびっくりさせる気やねん!!しゃっくり出るわ!!」
「出ないと思うけど」
「……なんや……ワイまさか……とんでもない事に巻き込まれたんか?」
「そうね」
「……何でこうなんねん……あ~……面倒くさ」
キリウスはシャワーを止め、何かを企む訳でもなくごくごく自然に浴槽に入った。
「頭おかしいの?」
「気持ち~なぁ……海に浸かるんとはえらい違いやな」
ビオラは風呂のお湯でかなり太いロープのような形状としなりを生み出し、キリウスの首を強く絞めた。
「があ……あ……え……なん……でや……」
「出て行くか、死ね」
「……すいませんでした……」
この後すぐにキリウスは出て行くが、どこで眠ればいいのか分からずとりあえず一行が並んで眠っている甲板の隙間で雑魚寝した。
ビオラが船から上がると、トイレから出てきたゾーネと鉢合った。
「あ」
「あれ~?クラジューくんは~?」
「外で寝てる」
「……そっか、よかった~ぶじで~……」
「……大丈夫?」
「え?」
「……いえ……」
ビオラはゾーネを心配し言葉をかけようとするも、思っているよりも心に傷を負っている様子に見え飲み込んだ。
「……ね、ねえ……」
しかしゾーネはビオラを呼び止める。ビオラがゾーネに表した優しさは通じなかったようだった。
通り過ぎたビオラは足を止め振り返ることなくゾーネの話を聞き始めた。
「……うちは……どうしたらいい……のかな……」
「自分で考えなさい」
「……でも……」
「心配をかけたくない人がいるならどうするべきなのか、死ぬほど考えなさい……ワタシも、まだどうするべきなのか分からないから」
ビオラは後半の部分を少し声を小さくし、悲しげな雰囲気を少し醸し出す。
ゾーネはそれ以上声は出ず、1人部屋に戻っていった。
ビオラは部屋でベッドに入ったが、目を閉じればキリウスの股間に眠る勇者の剣が浮かんできて目を開け、閉じては開けを繰り返し、結局一睡も眠れなかった。
※ ※ ※ ※ ※
「……ん~……んむ」
翌朝、アリシアは寝返りを打ち、リドリーの胸に顔を埋めたと同時に目を覚ました。
「……あ……え……」
アリシアはすぐに上体を起こし、船の甲板で眠っていた自分や一行が並ぶ甲板、真っ二つに割れた火山島などを見て状況が分からず、寝起きな事もありかなり混乱する。
「……どうなってるの……」
「お、起きたんか?」
聞き慣れの無い男の声を聞き、アリシアはおそるおそる後ろを振り向いた。
その日アリシアは、この世のものとは思えないほど異形な突起物を生まれて初めて目に焼き付けた。
「……あかんわ、朝やからどないしても……ん?お~い、大丈夫か~?」
何故アリシアが硬直しているのか、キリウスには到底理解出来なかったようだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※
昼前にはベイル以外が全員目を覚まし、ビオラの説明を聞いて、昨日の出来事を知った。
「……ルシファーと……僕は言っていたんですね?」
「ええ、間違いないわ」
「……そうですか……」
ラルフェウは俯き、怒りなのか憎しみなのかあらゆる感情が混ざったように歯を食いしばり、鋭く目を光らせていた。
「……僕はベイル様のそばにいます」
ラルフェウはダイニングから、逃げるようにベイルとキリウスのいる甲板に走って向かっていった。
リドリーは自分を悔いるのを数秒で終え、とにかくアリシアに汚物(リドリー曰く)を見せたキリウスを殺したくて仕方ないが、キリウスはそれに勘づき気配を散りばめているためリドリーも結局手が出せなかった。
「ふざけやがって……絶対殺してやる……」
「だ、大丈夫だよリドリーちゃん……男の人って皆あんな感じなのかな……」
「いやあれは中でもデカいっすよ、あと別にいつもあんなじゃないっすよ、朝寝起きは皆あんなっす」
レオキスはビオラから説明を聞き終えてすぐ、ビオラに半ば強引に食事を作らされていた。
ビオラはそれを表情はそのまま、ものすごい勢いで食べていた。その姿でご満悦なのは見ての通りだ。
「へぇ……」
「これ以上アリシアにその情報出すな!!」
「えぇ……すんませんっす……」
「いや、私が聞いたから……」
※ ※ ※ ※ ※
同じ頃、クラジューは部屋に戻り、ドアに背を向けてベッドに寝そべるゾーネを見て、少し重苦しい雰囲気に飲まれ、もやもやした気持ちになった。
クラジューは椅子に座り、とにかくゾーネと何かを話そうと口を開けるが、ゾーネの気持ちを考えて、何も出なかった。
「……クラジューくん」
思いがけない、ゾーネから話しかけてきたという事態に、戸惑いを隠せないクラジューは───。
「ななな、なんだ?……」
と、あからさまにテンパった返事をした。
「……うちは……どうしたらいいのかな……」
「……俺には……分かんねぇ……」
「……な……なんで!!」
ゾーネは突然大声を出しクラジューの方に体を向け、クラジューの両肩を強く握り締めるように掴んだ。
「なんでわかってくれないの!!?クラジューくんはうちのことすきなんでしょ!!?じゃあわかってよ!!わかんないなんていわないでよ!!」
ゾーネはクラジューの前では心に押さえつけていた感情を一気に吐き出す。
自分よりも好きな人を想う……優しくて綺麗に見えるこの心が、ゾーネをより暗い方へともたらしてしまっていたのだ。
どう足掻いても不可能な無理難題を、心の底から願ってしまう程に……。
ゾーネはいくら自分の意識で無くても、深く刻み込まれ体に染みついてしまった数多の人々を殺める感覚を、自分の手で死んでいった人々の思いを1人抱えて生きていくほど心が強くなかった。
「ねえ!!こたえてよ!!なんでそんなひどいこというの!!?クラジューくん!!」
とうに限界を超えていたことを、ゾーネの涙と言葉をその目と耳に焼き付ける前から気付いていたはずなのに、さらにゾーネが傷付いてしまうかもしれないと確定していない未来に怯え、結局何もできなかったクラジューは自分を責めた。
───ゾーネはただ好きな人からの、嘘でもいいから……「分かる」と言って欲しいだけなのに。
一時のものでもいい、安心感を得たかった、クラジューの胸で泣いて、辛い現実から逃げる口実をクラジューに求めた。
ただクラジューもゾーネと同じく、たとえ好きな人であっても、誰かの人生を大きく変えるであろう選択を1人であっさり決められるほど心が強くはなかった。
ゾーネがクラジューに心配をかけまいと今までこの事を伏せていたことは、クラジューにとっても都合がよかった。考えなくて済むからだ。
そうやって少しずつすれ違い心が離れていった事に、ゾーネは怖れ思いのままをぶちまけてしまった。
「……わかってくれないってことは……うちのこと……すきじゃないんだ……」
「ち、違う!!俺は!!」
「なんにもちがわないよ!!うちはクラジューくんがだいすきだから、ずっとうちのことをみててほしいの!!クラジューくんはすきっていってくれたから!!みててくれたから!!わかるの!!わかんないのはすきじゃないからだよ!!!」
言ってる事が無茶苦茶なのは、いくら今のクラジューでも容易に理解出来る……そんな無茶苦茶を言ってしまうほどゾーネの心がズタズタな事もまた容易に理解出来た。
しかしたとえ理解出来たとしても、好きじゃないと言われたことには激しい憤りを感じた。
その想いだけはゾーネに否定されたくないし、揺るぎない心でクラジューの正義故、ゾーネ相手であろうと怒りが込み上げた。
クラジューは思わずゾーネの両腕を掴み、ベッドに投げつけてしまった。
「いっ……た……」
「……ゾーネ……そりゃ見当違いってヤツだよ……俺はお前の気持ちは分かんねぇ、俺はたとえ何人殺してもお前みたいに病む事はねぇ」
「……やっぱり……ちがうじゃん……すきじゃないじゃん!!!」
「それとこれとは話が違うっつってんだよ!!」
クラジューは両手でゾーネの顔を挟み、自分の顔の前に持っていき無理矢理目を合わせた。
「いいか!!人と人が全てを理解しあえる訳がねぇ!!好きでも嫌いでもそうだ!!それは人は1人1人が自分の意思を持って!!誰もが自分の道を歩いて生きてるからだ!!」
「───」
「だからこそ分かり合おうとするんだ!!そうしねぇと寂しくて仕方ねぇんだ!!だから人は1人じゃ生きていけねぇんだ!!」
至極当たり前な事をゾーネにぶつけるクラジューだが、クラジューがゾーネにぶつけたい気持ちというのはその当たり前にあった。
「だから勘違いすんな……俺はお前が好きだ、嫌いになるわけねぇだろ……だからもう……そんなこと言うな……言わないでくれよ……」
愛の根幹は、おそらく共感にある。
人が人とつながり合うには、必須も必須である感情だ。
共感すればお互いをより知りたくなるし、共感しなければ人は戦争だってする。
クラジューは分からないと言った。自分の正直な気持ちをゾーネに分かってほしいがために。
上辺だけの薄っぺらい関係で在りたくない、腹を割って話し合え互いの本音が言い合え、一緒にいて自分が自分らしく在れる……ゾーネとは、濃密で簡単には綻ばない関係で在り続けたいとクラジューは心から思っている。
だからこんな時でも……いや、こんな時だからこそ、クラジューは心に留めていた言葉をぶつけたのだ。
そしてゾーネを優しく抱擁した。この心は嘘では無いと、自分はゾーネが好きだと形で証明するために、ゾーネが好きだから抱擁した。
「……クラジュー……くん……」
ゾーネはそれらの言葉を、クラジューの本音を理解した。
心のどこかで自分の本音はどこかおかしいんじゃないかと引っかかっていた。
ちゃんとクラジューの本音が理解出来たこと、それをしっかり自覚したこと、自分の言った言葉がクラジューを怒らせてしまったこと……すぐに理解出来たのは、純粋な心故の素直になれる心だった。
「……ごめん……なさい……クラジューくん……ごめんなさい……ごめんなさい……」
ゾーネはぎゅっと抱きしめ返し、再び涙をポロポロ流してごめんなさい、ごめんなさいと連呼した。
2人の心につっかえていたものは、和解によりようやく取り除けたようだった。
その日2人は久しぶりに心からの笑顔を、互いに見合ったそうだ。
キリウス・ジャグネット
性別 男 種族 自然族ヒの一族 年齢?? 呪力 エネルギーを体内に吸収する、詳細不明
身長197センチ 体重88キロ 誕生日 不明
これまでの半生の記憶が無く、火山のエネルギーを利用して火山島で生き抜いてきた。
力は未知数だが、クラジュー以上ラルフェウ以下の辺り。




