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Past Letter  作者: 東師越
第2章 Always "Sadness" in their hearts
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第40話 人

 「……でっか……」


 セロナがキリウスの秘めてるエネルギーなのか、股間なのかどちらの事を言っているか分からないが、とりあえず視線は股間の方を向いている。


 「いやどっちやねん」


 「アナタ、今まで隠してたの?」


 「いや隠せへんやん」


 「そっちじゃなくて……力の方」


 「え?ああ……なんかさっきからごっつい力が出まくってたからやな」


 「どういうこと?……」




 「───ワイは人とか自然とか、生きてるモンが放つ力は吸収して自分の力に出来るらしいで」




 キリウスは何気なく言ったが、サラッとかなりとんでもないことを言っている。

 自分の呪力を隠さずバラしてしまった事、そして、その呪力が恐ろしく強いこと。


 本来敵と見なした相手を前に、自分の武器をわざわざ明かすなどあり得ない。しかしキリウスにはこの常識が無い。記憶が無いので。


 そして呪力……キリウスの言うことが確かなら、上限や限界がどこまでなのか、そもそもあるのかすら分からないため、可能性の1つとして無限に強くなるかもしれないと思われる。


 仮にその場合、目の前で生きているだけで自動的に強くなるので、長期戦に持ち込まれたら時間が長引くほど負ける確率が高くなる。


 もう少し何らかの制限はあるだろうが、キリウスの言い方はビオラやセロナにそう思わせる口ぶりだった。


 「……じゃあ……今ので……確かにほんのちょっと威力弱いとは思ったけど……」


 島を6つ真っ二つにして弱いとは、本来ならどれほどまで影響するはずだったのか……力量がどこまでも計り知れない…。


 「……なんか変な事言うたんかワイは?」


 「……そういうことだから、どうしてもここで闘いたいなら邪魔はしないけど」


 「っ……」


 セロナは気を失っているミソラに目を向け、逃げてミソラの安全を確保すべきか、逃げずにプライドを持って闘うべきか、心が揺れていた。


 ただでさえ意識だけだが20年分ぶっ続けで戦い、頭はろくに回っていない。そこに想像を超える想定外が現れたのだから、ほんの少しの揺さぶりでもかなり堪えてくる。


 「いや、どうしてもとは言わへんけど」


 「アナタには言ってない」


 「───」


 セロナは黙ったまま、働かない頭をどうにかしようと考えるが、既に思考は停止しているも同然だった。


 それを証拠づける行動として、真後ろのベイルが全く見えていない。


 ビオラが海と共鳴し、距離があっても何とかベイルを守ることが出来るが、セロナはそれを振り払うのも容易だろう。


 キリウスは臨戦態勢には入っていない、セロナもまた刀を握ってはいない、今体勢が整っているのはビオラのみ、人里からかなり離れた無人島、誰がどう見てもセロナの方が分が悪いのは分かりきっている。


 「……ううん……ん……」


 既にセロナは急激な眠気に襲われはじめ、緊迫した状況の中この場で闘うか逃げるかよりも、汗をかいた髪を洗いたいという気持ちの方が強くなっている。


 散漫とした注意力で、特等聖戦士という称号に見合う風格やオーラは既にありはしなかった。


 「……うん……分かった……退こう」


 「……なら、速く消えて」


 「あ~はいはい……眠たっ……」


 正常な判断が下せる思考力は無いが、この場合は賢明な判断だろう。


 セロナは半目で今にも瞑りそうな目を擦りながら、ミソラの服の襟を引っ張って引きずって手漕ぎ舟の方に向かっていった。


 「お、帰るやん」


 「───」


 「何で黙っとんねん、嬉しくないんか?」


 (今回は偶然現れたけれど、これを機にコーゴーもベイル・ペプガールやアリシア・クルエルを殺すために動くかもしれない…だとしたら、今のワタシ達に勝ち目は無い……


 ……ここまで殺されずに来れたのは全て偶然……だとしたら、ベイルは何のためにアリシアと行動し、どこを目指しているのか……)


 「お~い聞いとるんか~?」


 (どう考えても、彼らの行動を裏から手を回している誰かがいる……それしか考えられない……ならば、ワタシ達を引き入れたのは、全て策略の上で?……


 ……何にせよ、かなり深いところまで手の平の上で転がされてるわ…それなりの大物が携わっているはず……)


 「お~い」


 「───」


 考え事をしていたビオラに話かけ続けるキリウスだったが、10回ほど呼んでからようやくビオラが気付いてくれた。


 ビオラはキリウスの声に気付き前を向くと、キリウスの聖剣が目の前に、2つの宝玉と共にぶら下がっていた。


 それは無意識だった……反射的にビオラは、キリウスの股間を蹴り上げた。まあまあ渾身の力で。


 セタカルド諸島全体に響き渡る勢いの叫び声がキリウスの腹から、喉から発せられ、股間を両手で必死に押さえて海に飛び込んだ。


 「おいなんやねん!!」


 「……アナタ、力が減ってる?……」


 「え?ああ、要らんくなったから出したで」


 「……そんなこと出来るの?」


 「そもそも、この火山が出してた力だけで腹いっぱいやねん……あ、でも火山無くなってもたから……あかんやん……」


 (……彼は、かなりユーティリティで、あらゆる物事で高い性能を誇る……記憶が無い今なら、利用価値は高そうね……)


 「キリウス」


 「え?」


 「アナタはワタシ達と来なさい」


 「いや、タマ蹴る奴と一緒とか嫌や」


 「これは命令」


 「……タマ蹴り禁止と、あと1つなんか保障せぇ」


 「超絶美味な食事」


 「乗るわ」


 どれだけ常軌を逸していようが、どれだけ人からかけ離れた存在であろうが、眠くなるし美味い飯は食べたい。


 人は人である以上、根は変わらない。ビオラはそんな人くさい姿を見て、同じく人くさい悪意に塗れた人々の記憶を思い出した。


 (……何故か、彼には汚れてほしくないって思った……何故かしら……)




   ※ ※ ※ ※ ※




 「……はっ!!……あ……」


 辺りに全く陸地の無い海の上で、手漕ぎ舟で気を失っていたミソラはガバッと起き上がり、焦って辺りを見回した。


 「……え……あれ……」


 ミソラは後ろで眠っているセロナを見て、少しホッとして安堵の息を吐き座り込んだ。


 (……刀は折れた……セロナ様に迷惑をかけた……自信が湧いてこない……)


 「……やっぱり……私なんかじゃ」


 (はいネガティブモード終わり~)


 「……え……」


 突如ミソラの頭の中から、セロナの声が聞こえてきた。

 そして続け様に、セロナと共に修練をする、コーゴー本部の修練場のとある日を思い出した。




   ※ ※ ※ ※ ※




 「はぁ……はぁ……」


 「ん~、またちょっと伸び悩み期に入っちゃったかな~」


 「……やっぱり……私なんかじゃ」


 「はいネガティブモード終わり~」


 セロナは刀の峰でミソラの頭を1度、強めに叩いた。


 「っ……すみません」


 「それは何の謝罪?」


 「……私が……不甲斐なくて……セロナ様を支えるべき存在なのに……足ばかり引っ張って……やっぱり〝特等専属戦士(セカンド)〟は別の誰かに」


 「うるさい」


 セロナはさらにもう1発、刀の峰でミソラの頭を叩いた。


 「いい?落ち込むのは構わない、じゃないと這い上がれないから……それから失敗はしろ、じゃないと成功しないから……けどね」


 セロナは座り込むミソラの前でしゃがみ、半泣きのミソラと目を合わして真剣な目を向けた。


 「それが私に迷惑だなんて思うな、私は迷惑とか思ってないから……ミソラはちゃんと、私の支えになってるから」


 「……しかし……」


 「……誰もが全て上手くいく訳が無い、人は大きな幸せを得るために、小さな不幸を積み重ねていくバカな生き物だ───だから人はいつまでも不完全で、いつまでも成長する───人は、自分の意思で歩み続ける」


 セロナはミソラの頭を、刀を床に置いてその右手でポンポンした。


 「刀は折れても魂は折るな、自分が信じられなくなっても私を信じろ、困った時には私を頼れ……私はあんたを信じてるし、頼る……それが、相棒だから」


 「……はい」




   ※ ※ ※ ※ ※




 「……それでも私は……あなたのそばにいていいんでしょうか……」


 俯き、悲しみの表情を崩さず、思い出を見たミソラは眠っているセロナの刀を抜き、自らの首を刎ねようと刃を首の右側に押さえた。


 「……誇りは……死にました……」


 やがて無情へと変わっていったミソラの心は、死を決心させ、刀で首を刎ねようとした。




 ───目を瞑り、一瞬の痛みに備えていたミソラに、その痛みが襲ってくることは無かった。


 刀身を握り左手の血が刃を赤く染め、ミソラの死んだ目を真剣な眼差しで訴えるセロナの姿を見て、ミソラは刀を放した。


 セロナは舟の落ちた刀をすぐに海に蹴り捨て、突然溢れ出すミソラの涙を右手の人差し指で優しく拭った。


 「……ご……ごめんなさい……セロナ様の刀で死のうなんて……こんな無礼は」


 「それは別にいい」


 「……え……」


 「死ぬことは咎めない、人なんだから死にたくなることはある、私もあった……で、死に方も別にいい、溺れるよりは刎ねた方がすぐに死ねるだろうし……」


 「……じゃあ……何で……」


 「死にたいから死ぬのは、ミソラの自由……だから───大切な人を死なせたくないって思うのも、私の自由」


 「っ……う……どうして……どうしてあなたは、ずっと私なんかを救ってくれるんですか……種族も違う、身分も違う、力も違う……私なんかを……生かす価値なんて……」


 「よかった、ちゃんと幸せじゃん」


 「……何を……」


 「自分と他人との違いが分かれば、自分と他人の同じ所が気付かないくらい無意識なんでしょ?幸せだよ……不幸が分かったなら、幸せもすぐに分かるから」


 「……何で……怒らないんですか……何で叱らないんですか……何で!!こんな時に笑ってられるんですか!!!」


 「……多分、ねじ曲がっちゃったのかな……怒りも何も無いよ……ミソラは自分で気付けるから、叱る意味は無いし……特等ってのは、頭とか性癖だけじゃなくて、心までイカレた存在なんだよ……だから……いてほしい……」


 セロナは微笑みを絶やす事無く、静かに涙を流し始めた。


 「……私……人をやめたくないからさ……かけ離れた存在になりたくないからさ……化け物になるのは嫌だからさ……一緒にいてよ……力は化け物にされたから……心くらいは……せめて心くらいは……人でいさせてよ……」




 セロナが欲しかったのは、温もり。

 幼い頃より強くなる事だけを求められ、それを拒み、家を捨て家の名を捨て、コーゴーに逃げるように入った。


 自分らしく在るために、強さを、戦いを拒むために、職務を拒否しても咎められない地位まで上り詰め、悠々自適な日々を送っていた。


 ───同時に襲ってきたのは、孤独だった。


 誰でもよかった。自分が寂しくなければ、何でも言う事聞いてくれるならそれで───。


 だから闇ルートを探り、違法奴隷の売買が行われる地へと赴いた。(この時点で既に法としては犯罪だが、コーゴーも闇ルートとのつながりがあるため、罪に問われる事は無い)


 そこで出会った……同じような目をした奴隷達の中で、たった1人、微かに生きている目を持つ少女に。


 少女を買い、〝特等専属戦士(セカンド)〟としてそばに置き、衣食住に困らない生活をさせ、自分はそのそばで楽な日々を送っていた。


 少女は特に何も言わず出された食事は全て食べ、掃除、洗濯など身の回りの世話も、文句ひとつ言わずにこなしていた。


 しかしそんなある日、少女は初めて口を開けた。


 「セロナ様は、私が嫌じゃないんですか?」


 「……え?」


 「……お父様とお母様、お兄様やお姉様達……私の目の前で殺された……私は売られて、買ってくださる方のために、痛みはほとんど無くされて、性器の使い勝手も良くされて……こんな穢れた私が……嫌じゃないんですか……」


 「別に」


 「……じゃあ何故、私を買ったんですか」


 「……私と同じだったから」


 「同じ?」


 「……暗闇の中で、一縷の希望を持っていた……その目は、あの日の私と同じで……だから、嫌じゃない」


 「───」


 少女には、その言葉だけで十分だった。


 嫌じゃないかどうかを聞いて安心したかった。救われたかった。そんな醜く幼稚な欲を、どうしても満たしたかった。


 「……う……うぅ……うああああああ!!!」


 満たされ、溢れ、嬉しくてたまらないこの喜びは、涙以上の表現はできなかった。


 「え、ちょっと、どうしたの!……」


 他愛ない言葉の1つ1つが、どれも宝物で、過ごした日々程の財産は存在しない。


 この少女ミソラと、セロナの間に結ばれた絆は誰かに千切れるものでもない……固く、優しく、強く───光り輝くモノだ。

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