第26話 強さと弱さ
その夜、アンビティオ号は海の上で停泊していた。
あの後、ルナ達は島からいなくなっており、ボロボロの一行はベイルが治していたことにより、全員一命を取り留めた。
「……んん……」
「クラジューくーん!!!!」
ゾーネは眠っていた仰向けのクラジューの下腹部に乗り跨いでいた。
「ちょっ!?ゾ、ゾーネ!!おお降りろって!!その体勢はちょっ」
「いやだあ!!もうはなれないのお!!!うああぁあぁあ!!!」
ゾーネはクラジューの胸に顔を当てて号哭した。
払拭しきれない植え付けられた絶望に、遠く離れた今も怯えることしか出来ず、クラジューが目覚めることに全ての望みを託して祈っていたのだ。
「……ごめんな、心配かけて……それと……ありがとう」
「……うっ……なにが……ありがとうなの?……ぐすっ……」
「……俺の……心配してくれた事だけど……」
「そんなのあたりまえだよお!!すっっっっっっっごくしんぱいしたんだよお!!」
「……ゾーネ……」
ゾーネの気持ちを理解し応えるためにクラジューは、そっと強くゾーネを抱きしめた。
同時にクラジューは、己の無力さをより強く悔いた。毎日船で体を鍛えたり、イメージトレーニングなどは欠かしていないが、それだけでは到底ルナに及ばないことは重々承知していた。
もっと強くなりたい、誰にも負けない、ゾーネを傷付けない、初めてとも言うべきクラジューが抱いた本気の覚悟、それを背負う強い意思をゾーネに誓い、その思いを込めてより強く抱きしめた。
「……うちは……だめだめだね……」
「な……何でだよ……」
ゾーネの言葉に少し動揺したクラジューだが、抱擁を解き、うつむくゾーネの顔を覗いた。
「ゾーネ?……」
「……クラジューくんが……やられたとき……うちは……うごけなかったの……いやなのに、たたかいたかったのに……こわくて……うごけなかったの……」
ゾーネもまた、己の無力さを悔い、嘆いていた。
改めて流す涙には、ゾーネの強い思いがこもっている。
「……うちは……クラジューくんの……ちからになりたいよぉ……だいすきだから……そばにいたいから……つよく……なりたいよぉ……」
「……ゾーネ……」
クラジューはゾーネの心からの言葉を、一字一句聞き逃さずに、真剣に向き合った。
ゾーネの言葉は、クラジューがついさっき引き締め直した覚悟は、自分が望むモノじゃないとの返答にもなった。
それからゾーネの流す涙を自らの手で拭い、ゾーネと目線を合わせた。
「……守るだけじゃ、結局ゾーネは泣いちまうのか……強くもねぇくせに……守るなんて……俺は大バカ野郎だ……何にも……出来てねぇじゃねぇか……」
「……そ、そんなこと……」
「ある……だからゾーネ……守るだけじゃねぇ……
──俺と一緒に、支え合おう!……お互い助け合おう!……一緒に強くなろう!…俺たちは2人で1つだ!!……あと───俺もゾーネが大好きだ」
「……クラジューくん……うん!!」
嬉しいの一言では片付けられないほど、溢れ出す喜びが、ルナが現れてから失せていたゾーネに、笑顔を呼び戻した。
何年ぶりかにも思えるほど、ゾーネの満面の笑みを久しく感じたクラジューは、思わずゾーネの頭に手を伸ばし、優しく撫でた。
「……かわいいなぁ……」
「へ?……」
無意識の破壊力と言うべきその一言は、ゾーネの顔を赤らめ、ドキドキ感を呼び覚ますにはいくらか多すぎた。
「……なっ!ななな何言ってんだ俺!!恥っず!!!」
そして同時にその一言はクラジューを正気に戻し、撫でる手をゾーネから離してしまった。
「……ねぇクラジューくん」
「……何だよ……」
「もっかいかわいいっていって~♪」
「いいいいやそれは!!……む……無理……」
「なんでよ~♪いってよ~♪」
「おおお前からかってんだろ!!」
「そんなことないよ~♪」
「そんなことあるニヤけ方してんだよ!!」
「えっへへ~♪……クラジューくん」
「な、何だよ急に」
「だいすきだよ♪」
「……お、おう……俺も……」
「あかくなってる~♪」
「う、うるせぇ!!!」
※ ※ ※ ※ ※
同じ頃、ダイニングではベイルがレオキスの魚料理を食べまくっていた。
「美ん味ぇな!」
「……不甲斐ないっすアニキ……オレ何も出来ずにボコボコにやられて……また助けてもらって感謝しかないっす……」
レオキスもまた、何も出来なかった自分自身を責め、ベイルの前で落ち込んでいた。
「そんな暗ぇ張り合いのねぇ感謝言われてもいい気になれねぇな」
「……オレも……ちゃんと力を使えたらいいんすけど……」
「何か問題あんのか?」
「……呪縛を掛けられてるんす……ホントはもっと戦えるんすけど……色々あって……」
「……おい今なんつった?」
ベイルはレオキスの言葉に反応し、あろうことか食事の手を止めた。
あのベイルが食事の手を止めたのだ。
「え……色々あって」
「もっと前」
「先生!!」
「戻りすぎ」
「ホントはもっと戦えるんすけど?」
「もうちょい前」
「アニキ!!!」
「だから戻りすぎっつってんだろ、脳内メモリーの収納雑か、雑なのかお前は」
「……呪縛を掛けられてるんす?」
「それだ、そもそも呪縛ってのは〝五聖〟しか……いやなんでもねぇ……レオキス、その呪縛ってのは誰から聞いた?」
「……母さんっす」
「その冗談がマジの冗談であってほしかったわ、お前のオカン何モンなんだよ……」
「分かんないっすけど……無茶苦茶強いっす……母さんは俺にも色濃く受け継いでるって聞いたっすけど、イマイチ実感が無いというか……」
「……まあそりゃ、〝聖器〟に選ばれるくらいだもんな」
ベイルはあえて深入りせず、再びレオキスの作った料理を貪るように食べ始めた。
「……アニキがいつも背負ってるそれは……〝聖器〟じゃないんすか?」
「……俺のじゃねぇし」
「そう……なんすか……」
レオキスは見逃さなかった。いつもなら僅かたりとも食事中はスキを見せないベイルが、ほんの一瞬だけベイルの気配が死に、虚ろな目をした事を。
しかしあまりにも一瞬で、レオキス自身も幻覚じゃないのかと目を疑い目を擦る。
レオキスはそれ以上ベイルの背負う刀の話題には触れなかった。
「……おい!魚のから揚げまだかよ!!」
「……あ!今揚がったっす!!」
「美味ぇ!!!!」
※ ※ ※ ※ ※
同じ頃、リドリーは部屋のベッドで目を覚まし、起きることなくベッドで仰向けのまま、無気力になっていた。
(……あんな簡単に……あたしは……どうしてこんなにも……)
「起きましたか」
するとラルフェウが部屋に入ってきた。
ちなみにノックは何度もしたが、リドリーが気付かなかったため、ラルフェウは悪気は一切なく入っていった。
「───」
「罵声のひとつも出せないほど応えたようですね、仕方ありません、彼はコーゴーの最高戦力、特等聖戦士で序列10位ですから特等の中では最下位でも、その称号だけで力は折り紙つきです……僕も、戦えば手も足もでなかったはずです……」
「……アリシアは……」
「今甲板に出ています……アリシアさんも、今日は色々ありましたから」
「……あたしは……あと何回自分を見失えばいい……」
「アリシアさんは想う限りずっとでしょうね、誰かを深く見る事は自分も深く見つめなくてはなりません、深淵を覗くとき、深淵もあなたを見てますから」
「……意味分からん」
「いつか分かりますよ……あ、ご飯ここに置いておきますね、失礼します」
ラルフェウは持ってきた食事を乗せたトレイを椅子の上に置いて部屋を出た。
ラルフェウが出て少し間を置いてから、リドリーは皿の上にパンをひとかじりした。
そして今まで悩んでいたことが吹っ飛ぶほどの空腹にようやく気付き、もう1口、2口とかじり、悔しさをにじませた涙が、こらえきれず溢れ出した。
※ ※ ※ ※ ※
同じ頃、甲板で黄昏れるアリシアの隣にビオラが座った。
「ここいい?」
「え?あ、はい、どうぞ……ビオラさん……」
「そういう畏まるみたいな言い方はやめて、嫌気がさすから」
「……ご、ごめん……えっと……ビオラちゃん?……」
ビオラは悪気があって言った訳では無いが、言い方が不器用すぎてアリシアは少しだけ嫌な気を起こしたが、必要以上に考えることはなく食い下がらず話し続けた。
「……変わった感性ね」
「そうかな?……」
ビオラもアリシアと同様膝を立てて、アリシアの右側に座った。
2人は船首の方を向き、星夜に煌めく海を眺めていた。
「……無力な自分が嫌なのね」
「ど、どうして分かったの?……」
「ワタシは呪力で心が読める……正確には……視える、だと思うわ」
「……その……呪力って何?……」
「知らないの?」
「誰にも聞けないままここまで来ちゃって……」
「……呪力は文字通り呪われた力……厳しい修練で心身を高めた者の中でも2分の1くらいに宿る、身体機能よ」
「身体機能?」
「細胞レベルで変化をもたらすから、異能は身体機能……何より呪力の恐ろしい所は───不老……正確には、身体時間……要するに老いが永久に止まるということ、これが副作用の1つ」
「……時間が止まる?……」
「呪力はごく一部に、あるとき突発的に発生する場合もある、いわゆる突然変異……ワタシがそうだった……10歳の時に呪力が発生して、800年生きてきたけど何一つ老化はしてないわ」
「……じゃあ……体重も?」
「それは変わる」
「変わるんだ」
「ええ、だから鍛えれば筋肉もつく……呪力の性質はほとんど分かってないの、古来より皆呪われてるっていって遠ざけてたから……何故成長はするのに、老化はしないのか…」
「……そっか……」
「……気は紛れたかしら」
「え、えっと……うん……ありがとう」
ビオラは表情を変えずトーンに変化をもたらさず、前を向いたまま淡々と話すため、まだアリシアには近寄りづらく感じている。
「ワタシは生まれたときから何もかもを持ちすぎて、平凡を奪われてきたから、無力の悔やみが分からない……弱さを……ワタシは知らない」
「……それは……恵まれてるよ……何も出来ないって……怖いよ……辛いよ……」
アリシアは俯き、ビオラの言葉を少し笑って返した。
何の笑みだったのか、アリシアにも分からない。
「ならワタシも同じ」
「……え……」
「力と心がかみ合わない……ワタシはアナタが強くなりたいと思うように、弱くなりたい……誰も殺したくない……」
「……ビオラちゃん……」
「……生きていれば、生き物は当たり前のように殺し、死ぬ……なのに……人を殺めたときにだけ、ワタシの中の何かが蝕まれていく……
……苦しい……痛い……何だっていい……何と思われてもいい……バカバカしい理想を言い、自分勝手な正義を振りかざす偽善者に……ワタシはなりたい……」
「───」
ビオラは左目から一筋の涙を流した。アリシアはその涙を見て、ようやくビオラの気持ちを、全てではなくても分かった。
ビオラがアリシアの前に初めて表した感情は、たった一筋の涙などでは語りきれない、複雑に絡まり合った悲しみの数々だった。
「……私……強くなれるかな……」
意図せずついこぼれたアリシアのその一言は、ビオラの願いと真逆の一言は、アリシアがビオラに見せた初めての本心だった。
「いいのよ、無理しなくて」
「え?……」
「アナタはアナタらしくいればいい、無理に何かを課さなくてもいい、アリシア・クルエル……いえ、親しみを込めて、アリシア……
───大丈夫だから」
「……大丈夫?……」
「大丈夫という言葉を忘れないで、どんなときでも力をくれるから」
「……ありがとう」
きっと、800年の孤独を乗り切ったのは、この「大丈夫」なんだろう、それだけで何かが満たされる訳でも無い、それでもこの「大丈夫」がビオラが自ら背負うモノから目を背け、現実から逃げられたのは事実だった。
誰かに思いを伝えて心が少し軽くなること、空っぽの自分を勇気づけることが出来たことを、ビオラは生まれて初めて知った。
ビオラ・ムイ
性別 女 種族 自然族ミズの一族 年齢 800歳以上 呪力 〝読取〟
身長135センチ 体重24キロ 誕生日 12月19日
自然族の王、ヒュドールでありながら、人間界にいた謎の少女。
現時点で一行最強。




