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Past Letter  作者: 東師越
第6章 The Past is in the Past
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第192話 巨人族の誇りと矜持

 「……どういう……事だ……」


 故郷の国に久しぶりに帰郷したその男に、その知らせは突然やってきた。




 ──大陸の崩壊。




 訳が分からなかった。


 そんな兆候は一切無かった、大陸を崩壊させるほどの衝撃があるならば気配の察知は容易かったのに、そんな気配は微塵も感じなかった。


 ただただ信じられず、目を見開いて呆然と立ち尽くしていた。


 握りしめて震わす両拳、今にも叫び出しそうな激情を堪えるべく歯を食いしばり、吐息が荒々しく、茶色の瞳が血走る。


 「……ルシー……」


 少し目立つ図体のルシーだが、特に誰かが話しかけたり視線を浴びせるほどに注目されていた訳ではなかった中、聞き慣れた声色が鼓膜を震わせた。


 ルシーとはあまり似ていない初老で、中肉中背の男女がルシーの目の前に現れる。


 「……父さん、母さん」




   ※ ※ ※ ※ ※




 両親との久しぶりの再会も束の間、国王から王宮に来るようにと使者に言われ、後頭部に大きな角が1本生えた馬──ゴツノの馬車に乗り込み、王宮へと向かっていく。


 何故大陸の崩壊が突然起こったのか、自然か人災かも分からない。


 街は混乱を極め、どうする事も出来ない人々は恐怖に怯え、不安の声が至る所で交わされ、王宮前には凄まじい数の人だかりが出来ていた。


 きっとどこの国も同じような状況なのだろうと思い、そんな人々の心を思って少し俯くルシー。


 そしてふと両親の顔を覗くと、父母共に微笑んでこう声をかけた。


 「立派になったなぁ」


 「特等聖戦士ってすごいんでしょ?」


 実を言えば、この2人とルシーに血縁関係は無い────




   ※ ※ ※ ※ ※




 貧しさ故に親に売られた少年ルシーは、〝巨界(ガイア)〟中の闇を全て見てきたと言っても過言では無い。


 ある場所では奴隷同然の扱いで日々休み無く労働を強いられていた。


 その場所を仲間達と共に脱出し、これで晴れて自由になったと思っていたら、その場所の者達に追いつかれ、ルシー以外の仲間達は全員目の前で射殺された。


 情報を漏らされる事を恐れたその者達だったが、ルシーだけは殺すことが出来なかった……ルシーに殺されたためだ。


 それからまだ年齢が2桁にも満たない子供ながら様々な組織から雇われ、あらゆる闇組織を壊滅、雇われた組織も最終的に壊滅させる。


 天性の身体能力と体躯を駆使し、いつしか〝巨界(ガイア)〟全体の都市伝説として名を馳せるようになっていった。


 だがある時、王国が誇る〝巨界(ガイア)〟全体でも指折りの精鋭騎兵──エブン夫妻により身柄を拘束され、王国で裁判が開かれる。


 ルシーがこれまで殺してきた人々の数は計り知れず、分かっているだけでも200人を超えているその凶悪性から、処刑は免れられないとみていた。


 しかしエブン夫妻は──これまでルシーが壊滅させた組織は上手いこと法律をくぐり抜け、数多の人々が苦しんでいるにもかかわらず法で裁けない連中ばかりだったため、この義賊行為に凶悪性など無い──という見解を示す。


 エブン夫妻が示す事実は認めざるを得ず、苦渋の決断だと言わんばかりな表情で王国はルシーを無罪と判決を下した。


 その後行き場の無いルシーを養子として迎えたエブン夫妻は、ルシーに学校へ通わせるなど「普通の子供らしい」生活を送らせた。


 ルシーが成人を迎える前に、今度こそちゃんとした立場から多くの人々を救いたいという願いを叶えるべく、コーゴーへと入る。


 過去や人柄など度外視、強いか否かの超実力主義なコーゴー平和執行局へ入ると、破竹の勢いで手柄を立ててうなぎ上りに昇格し、10年を経たずして特等聖戦士になった。


 コーゴー史上で唯一、呪力を持たない特等聖戦士として、その優しさに似つかわしくない圧倒的な力で敵を捻じ伏せる姿から──〝剛鬼〟の異名を持つ戦士。


 巨人族最強の戦士として、今日も戦地に君臨する────




   ※ ※ ※ ※ ※




 「ああルシー様、よくぞ来てくださってくれました」


 「申し訳ない、このような状況になるとは思わず部隊の到着が遅れます」


 「いえいえ、あなた様が来ていただけただけで我々は心強いです!」


 巨人族唯一の特等聖戦士は、丁重に王宮の王室に迎えられた。


 既に引退しているとはいえ、過去の実績や協力してくれるという条件でエブン夫妻も同じく招かれた。


 「ディベル様もマローネ夫人も、この度は来てくださりありがとうございます、王はもう間もなくこちらへお越しになられるので今しばらくお待ちください」


 身だしなみの整った黒いスーツ姿の執事は3人に一礼し、少しネクタイを締めて優しくドアを閉める。


 「……一体、何でこんなことに……」


 父──ディベルは不安を思わず口にする、何せこの王室に来るまでにも人々は慌ただしい様子だったため、想像のつかない緊急事態を徐々に飲み込めてきたせいだろう。


 「ルシーは冷静だね……」


 「多分すぐにコーゴーから連絡は来る、協力要請はしたけど……これでジェノサイドも動いてくるかもしれないから、こっちへの増援は俺の班だけになるやもしれない」


 「そんな……」


 いつこの地にもあの一方的かつ絶大な暴力が襲ってくるか分からないため、コーゴーの増援が無いというのは相当な痛手だ。


 「向こうの戦力がどれほどかは分からない、大陸に近付くだけでも多くの命が失われる可能性がある……」


 「だったらどうすればいいんだ?」




 「──総攻撃だ」




 「そ、それは……」


 「もちろん情報が無ければ何も始まらないけど、事を急ぐならば……避けられないだろう……」


 総攻撃──それはつまり、敵対関係にある国同士すらも協力し合い、アリシアが地図上から文明を消し去った大陸に大同盟を持って攻撃を起こすということだ。


 そしてそれは千年戦争以降長らく続いた平和が、終わりを告げる事となる。


 「もちろん、民衆の説得は必要だけど」


 何百年ものの間、命のやり取りからかけ離れた生活を続けてきた人々を、恐怖のどん底へと叩き落とす非情な行為だ。


 それも〝巨界(ガイア)〟全ての国への要請となると、どの国も協力的……とはいかないだろう。


 「だからこそ許せない……ここで俺が動かなければ、俺が戦士となった意味が無い」


 詳しい情報が入ってきた訳では無いが、この事件が自然現象である可能性はほぼ0だと睨むルシー。


 だとしたら引き起こした何者かがいて、そこに害意があろうと無かろうと、4億という人々の命を奪った罪は贖わねばならない。


 何なら今から大陸へ単身乗り込んで、場所を突き止めて殲滅したいという気持ちが沸き上がっているのだが、如何なる事態でも冷静沈着であることが特等聖戦士の心得だとルシーは心を鎮める。


 ずっと握りっぱなしの両手の平に手汗を噴き出すようにびっしょりとかき、顔はしかめっ面のままほぐれない。


 誰よりも状況を重く見ているルシーは大局を冷静に俯瞰しつつ、心はやはり怒りで燃え上がっているままだ。




   ※ ※ ※ ※ ※




 その後国王と極秘裏に会談し、時が来たなら王国の軍を出すことを約束し、誓約書を目の前で書いてもらうことは出来た。


 父母と共に帰宅、食事を済ませるとルシーは自室でコーゴーからの連絡を待っていた。




 時刻は日付が変わって午前1時、眠る気配が微塵も漂わないルシーの耳に、言伝貝(ディーシャレ)の着信の音がつんざく。


 両親は功績が称えられ国から広い土地を得ており、近所の迷惑になることは無いため最大音量で鳴り響く。


 「はい」


 「ルシーか」


 通話の相手は特等聖戦士序列2位──〝人狼〟ホーウェン・フェンリル。


 コーゴー創設時のメンバーの1人で、黎明期から今日に至るまでコーゴー執行局を取り仕切っている大黒柱の1人だ。


 「例の事件、聞いたな」


 「はい」


 「目撃したゼルクからの情報だ、あれは人的災害、現行犯は不明だが……アリシア・クルエル率いる奴らの誰かであることは間違いない」


 ホーウェンが感じ取った巨大な気配は、アリシア・クルエルが引き連れる者達の気配である可能性が高まる。


 「分かりました、生存者は?」


 「0だ、少なくとも何も知らない者達はな」


 「……いるんですね」


 「〝剛武〟ヒマナ・ロマリとその部隊と思われる約800人……生存者は全員我々コーゴーの敵だ」


 「そう……ですか……」


 もしかしたら、と一縷の望みを持っていたルシーだが、そんな奇跡は起こること無く、信じた心は報われなかった。


 「そちらにはルシー班全員を送った、場合によっては増援要請は構わないが……どうするつもりだ」


 「〝巨界(ガイア)〟全ての国で合従軍を率いる案があります」


 「やめておけ、金と命の無駄だ」


 「ホーウェンさん、アリシア・クルエルの元にはベイル・ペプガールとハロドック・グラエルがいます……分かっているだけでもこの脅威……それと同格の者が何人いるか分かりません」


 「落ち着けルシー、最善の手立ては他にも」


 「コーゴーから潤沢な支援があれば、事の肥大化は防ぐことは出来るでしょう……しかし、それはまず無いのでしょう」


 「要請があるならば」


 「これは……〝巨人族〟の問題です……我々巨人族の誇りと矜持を持つ彼らは、各国の首脳陣や軍の司令官達は、絶対に状況を解決しようという意思のない組織からの援護は受けたがらないでしょう」


 巨人族が頑固なのではない、同じ意思を持ち同じ心意気で挑むのならば喜んで歓迎するが、そうでもない、本気という訳では無いならばいい迷惑だと思うだろう。


 しかし巨人族には巨人族の誇りがある、プライドがある。


 ホーウェンの声音がさほど重要事項だと認識していないと理解したルシーは、自らコーゴーからの応援要請を断った。


 戦士の統制はホーウェンに一任されているため、ホーウェンがその気が無いならば、大したことの無い応援人員とクオリティの低さは免れられない。


 それならばただ迷惑なだけだ、ホーウェンはルシー班だけでどうにか出来ると思い込んでいるようだが、そういう事では無い。


 仮にどうにか出来たとしても、ルシーはその選択を選ぶ事は無い。


 巨人族がここで立ち上がらずにどこで何を成す? ここで国同士が協力し合わなければ本当の平和はいつやってくる?


 ただの戦争ではダメだ、何より恐怖で怯える人々を安心させなければならない。


 ならば「ルシー班が乗り込んだ」ではなく、「ルシー・エブン率いる合従軍が乗り込んだ」という情報の方が遙かに安心出来る。



 これは復讐物語では無い──護るための戦争だ。



 「履き違え無いでほしいホーウェンさん、俺は仇を取るためだけに戦いたいんじゃない……それもあるが、何より今生きている人々から危険を排除する……それこそが最も重要事項だと考えています」


 呪力を持たないルシーだからこそ、呪力を持つ者の特徴がよく分かる。


 呪力を持つ者は命に対して関心が低く、目的のためなら多少死ぬ事は仕方ないと、息をするように割り切る。


 だからこそ呪力を持つ者は理解し難い、愛する者で無くても、護らなければならない者がいることを。


 「……好きにしろ、一応巨人族の戦士を出せるだけ出す、それでいいだろう」


 「ありがとうございます」


 コーゴーも何かしら形で誠意を示そうとはしている、こういう時のためのコーゴーなのだから。


 だがあまりにも運が悪い、コーゴーは一瞬で4億の命が散った事件よりも深刻な事態へと備えなければならない。



 ──ジェノサイドがいよいよ本格的に動きを見せ始めているのだ。



 もう1、2年もすれば世界そのものを揺るがしてくるに違いない、ならばそれに対抗する準備を始めなければならない。


 ルシーはそれも承知している、しているのだが……。


 「これは特等聖戦士ルシー・エブンではなく、巨人族ルシー・エブンとしての任務なので報酬等は要りません……人員増強など、協力感謝します」


 最後は他人行儀に、それこそが誠意だとルシーは通話を終えた。


 「……ふぅ……」


 肩の力を抜き、ため息にも似た息を吐いてベッドの上に仰向けになる。


 子供の頃は毎日夜にずっと見ていた天井も、今ではものすごく懐かしい気持ちになり、少し笑みを浮かべるルシーだった。




   ※ ※ ※ ※ ※




 翌日からルシーは寝る間も惜しんで各国を回り、協力を仰ぐために各国首脳を訪れた。


 移動中に具体案を考え、状況の深刻度や何をすべきかなどの提案と、情に訴えかける渾身のプレゼンで、1ヶ月をかけて3つの大陸全てを回り、全ての国から受諾を得た。


 もちろん簡単などではなく、説明するとすぐに同意を得た国もあれば、門前払いや話を聞いてくれても断られるだけの国も幾つかあった。


 それでもルシーの情熱が通じたのか、状況の深刻さを理解したのか、〝巨界(ガイア)〟全ての国──59ヶ国という凄まじい規模の合従軍が結成された。


 それをその日の内に全世界へ発信、ベイル一行とクレイセンダルへの、事実上の宣戦布告となった。




 (俺は強い、その強さは誰かを護るために、愛する者を安心させるためにある……ならば今使わないでいつ使う……俺は俺の役目を果たす……たとえ命に代えても──それが俺の誇りであり、譲れない矜持だ!!)

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