第181話 幾重の悲しみを経て尚、心は弱いまま
ベイル達が職業エリアに入った直後、ペリーは後を付けてくる不穏な気配に興味を移行する。
〝巨界〟に入ってからずっと気になってはいたのだが、大したことの無い大きさの気配だったためほとんど気にしてこなかった。
だがクレイセンダルに入ってから気配は2つに増え、増えた方は軍隊1個に相当する力量、ずっと付けていた気配は世界1つを軽く滅ぼせるであろう力量と見た。
クレイセンダルの住民は何故だか個々の戦闘能力がまあまあ強いが、相手はそれを持っても抗えるようなレベルではない。
ペリーと同程度──つまり特等聖戦士か〝七連本隊〟、〝クイーンの部下〟のいずれかに属する何者かが1人いるのだ。
「ヒマナさん、何であの時何で建物壊したんだろう……」
ペリーの心境を知るはずも無く、アリシアはリドリーとペリーと会話しつつ、船の中に戻っていった。
「むしゃくしゃしてたんじゃないの? それに……まあそんなのんびりしてる時間は無さそうだし」
「時間?」
意識は元来た道を向いたまま、ペリーはアリシアに返答する。
「ジェノサイドが準備を整え始めてる……もうどこの世界にいようと安全な所は無いわ」
「そう、ですか……」
「そんなに大変な状況なんですか?」
記憶を奪われ、口調が優しくなり性格も丸くなったリドリーが、知るはずも無い世界情勢に思わず目を見開く。
どれだけの人々が死ぬのだろう、関係の無い人々がどれだけの犠牲となるのだろう、どれだけの血があらゆる世界で流れるのだろう。
想像するだけでもゾッとする未来に吐き気を覚え、そのための準備としてここへ来たことを今知ったリドリー。
自身が立つ位置は間違いなくその大規模な戦争に巻き込まれるに違いないと察し、深呼吸で心を整えて口を開く。
「……私にも、何か力になれることはあるでしょうか」
「リドリーちゃん……」
口ぶりに面影は無くとも、言葉に込められた力強さは変わらない。
記憶が無くなっても心は変わらない、理由は違えどいつだってリドリーは強くあろうとしている。
だからアリシアは俯く……強くも、強くあろうとも、強がろうともしない、出来ない自分の価値が分からなくなる。
積み上げてきたモノは何も無い、1歩前に踏み出す勇気はことごとく潰される。
それでも進み続けようという覚悟は無い、ただ強い心を持つベイル達と共にいるだけであり、アリシア・クルエルは弱者に過ぎない。
人並みにも戦えず、知識も経験も無い、あるのは全世界の在り方を根本から捻じ曲げる〝世界の切り札〟だけ……扱えた事も1度しか無い。
生まれてから15年間何も出来なかったために、ハナから自然と溢れてくる自信も無ければ、敵対関係にある組織や人々を、敵だという認識が出来ていない。
ベイル達もそれを知っているため、野望の過程におけるアリシアの活躍は全くと言ってもいいほど期待していない。
何も無い……唯一絶対の信頼を寄せてくれていたリドリーも、恋心に応えてくれるラルフェウも、他の全ても。
誰もアリシアをアリシアと見てくれない、所詮自身は漠然とした何らかの力の入れ物に過ぎないと、いつしかそう考えていた。
「アリシアさんは何かしないんですか?」
「えっ……」
思い詰めていた所へ突然リドリーが話しかけてきたため、体がビクッとなり声が漏れるアリシア。
「……でも……私は……」
「下を向いてても前は見えませんよ」
今のリドリーは、ほとんど笑ったアリシアを見たことが無い。
だからこそ、たった1度だけ笑ってみせたあの瞬間が忘れられない、もう1度、何度でも、ずっと見ていたいと思った。
どうしてこんなにもアリシアに魅了されるのか、アリシアの事ばかりが気になって仕方ないのか、分からない事だらけの渦中にリドリーはいる。
それでも、それでも大切な人だと信じているから、笑顔がよく似合う彼女を笑顔にしたいと心から強く想っているから──
「出来ない事を嘆くより、やってみせる勇気と、出来ると自分自身を信じましょう!」
「……出来てたら……今もこんなに……」
「きっとアリシアさんは、誰よりも弱いんです……弱いから護られて、弱いから1歩前に踏み出す事が出来ず、弱い事を理由に諦めているんです」
今さら元気づけられても何も変わらないと暗がりに寄るアリシアに、リドリーは間髪を入れずに言葉を続ける。
「……私は最低の人間なの……誰の期待にも応えられなくて、友達が死んだのに私欲に身を任せて、大事だって思える人は私から離れていって……
……ルブラーンが襲われた時もそう、何万人って人が死んだのに、私は怒りも悲しみも大して湧かなかった……王だったのに……当たり前が無くなった事に絶望するだけだった……
……私は誰かのために強くはなれない……嫌になる……自分の事しか考えてない……最低最悪のクズなんだよ……」
言っているアリシア自身も内心驚いていた、こんなにも複雑に絡んでいた心のつっかえが、いとも簡単に言葉に出来てしまった。
「私はアリシア・クルエルだから……王とか継承者とかじゃなくて、アリシア・クルエルなのに……もう誰も……私をアリシア・クルエルとして見てくれない……」
こんなことを言われてもリドリーは何も言えないかもしれない、言われて迷惑かもしれない、だけどいつの日にか言いたくて仕方なかったのだ。
「……わがままなんだよ……結局は入れ物なのに、アリシアとして見てだなんて求めてもさ、無理な話だよね……そう……生きて……いくしか……無い……から……」
絶対に流すわけにはいかない、流せばようやく言えたこの言葉達が安っぽく聞こえてしまう、許されなくてもいいから、どうか堪えきって欲しかった。
無理だった。
人は感情を全身で叫んだ時、涙を流してしまう生き物だから、アリシアは弱いから、どうしたって流してしまう。
「……私自身は空っぽなんだ……流されるだけの……有象無象なんだ……」
何が正しいのかは分からない。
世の中分からない事ばかりでうんざりする。
知ることの喜びだとか、生きる意味だとか、そんな大義はこれっぽっちも無い。
人に誇れるモノは何も無い、学んだ所で実行出来ずにグズグズと留まる臆病者。
ずっと誰かと一緒なのに、ずっと孤独。
損得とかではない、何がやりたいとかではない、答えが欲しい、誰でもいいから自身の生きていく道のりに、答えを出して欲しいもの
無理だと分かってても、ないものねだりは尽きることは無い。
「ならば強くなりましょう」
「……でも……」
「大丈夫です、簡単ですよ──私が支えますから!」
「っ……」
結局は安心を得たいがための演出だったのだろうか。
リドリーならばきっと助けてくれると好意に甘え、その優しさを利用して弱虫を演じていたのだろうか。
否、全て本心だ。
何だっていい、言ったことに後悔は無い、リドリーが背中を押してくれた。
ごめんなさい、こんなどうしようも無い女で……ごめんなさい、そんな女の背中を押してくれて。
──ありがとう、心から信じてくれて。
遠慮などするはずもなくリドリーは胸を貸す、記憶を奪われる以前の包容力は無いが、匂いや感じる安心感は変わらない。
リドリーの胸は、アリシアの全てを受け止め、アリシアの涙を拭い、アリシアの体と心を抱きしめるためにあるのだから。
(……周りの野郎達が壮絶な人生だから小さく見えてしまうけど、この子も色々なモノ背負ってるのよね……)
望まない大冒険が幕を開けたあの日から──
何も知らない事を知り、自分が生まれたときから世界の中心に立っていて、自分のためにと思い実行してきた言動は全て、誰かの手のひらの上で転がされていただけ。
好きな人には暗い気持ちに付け込んだだけ、結局振り向いてはくれていない、好きだと言ってくれた人はその感情を忘却の彼方に、別人となって帰ってきた。
アリシアは生まれてから、本当の意味での幸せを味わった事は無い。
ただ、この瞬間から、少しだけそれを望んでもいいのかなと、リドリーの胸を濡らしながら思うアリシアだった。
──瞬間、イミルの結界が粉砕した。
「な、何ですか!?」
「準備なさい……アリシアを護るわよ」
結界の崩壊にクレイセンダルは一斉に驚愕、そして一瞬にして混乱状態に陥る。
全てが始まるか、その前に全てが終わるか。
アリシア、リドリー、ペリーによる、クレイセンダル防衛戦が幕を上げる。




