第165話 A dream that buds in the sky 9
「我ら〝霊王〟直属騎士団〝鮮血の銀狼〟!! そして我が〝霊聖〟!! エイボウ・ラトニア!!」
「うるさいなぁそういうのいいよ」
誇りとプライドと相手への最大限の敬意を払い、対等の目線で言い渡されたエイボウの声が荒れ地に響き渡る。
「此方の名を聞こう!!」
「俺は……おっと」
やれやれとため息をつきながら名乗るために騎士団の方を振り向いたサーティー、その余裕ぶったスキをつくヴィルセル。
〝無双の妖術〟をそのまま、クラジューが目で追えない速度で上昇したヴィルセルがサーティーと同じ目線の高さにまで飛び上がる。
注意と視線を逸らした絶妙のタイミングでナイフを首筋に突き刺──さらない。
あらゆる身体能力が底上げされる〝無双の妖術〟──あらゆる効果を無視して攻撃を当てる絶対必中と、あらゆる効果を打ち消して攻撃を防ぐ絶対防御を兼ね備える。
なおかつ肉体だけではなく能力も気配すらも認識阻害させる透明化も持つ、唯一無二の絶対的な妖術。
それを持ってしても、サーティーには傷ひとつ付けられない。
「知ってるに決まってる、その状態での攻撃は必中ってこと……
……だから避けなければいい、別に見なくてもお前程度なら上昇の風圧から位置、霊力の揺れから攻撃の軌道、あとはそのナイフと刺さるピンポイントに磁力を加えて絶対に当たらなくする……
……俺は〝霊王〟の複製体だぞ、強さはオリジナルに永遠に追いつかなくとも、術の性能くらいは匹敵するさ~~~」
現在のヴィルセルの攻撃は必中のため、攻撃そのものは当たっている。
ただ、妖術で形成された磁力は防御行為では無いため効果が打ち消されず、当たっているとはいえ指先で触れられた、痛くも痒くも無いモノだった。
(おいおい、ここまで差はデケぇってか……くそったれ……)
「ヴィルセル・トマホーク! お前は引っ込んでいろ! こいつは我々が倒す!」
約30人の精鋭部隊が既にサーティーを囲うように陣形を取り、全員がいつでもどんな妖術でも放てる準備を整えている。
ヴィルセルは地上には降りず浮遊しながらサーティーや部隊から離れ、サーティーから笑みは消えるが頬をかくなど余裕はそのままのように見えた。
「一斉攻撃かな~?」
「撃ぇ!!」
約30人がエイボウの合図で霊力を放出し、紫色に輝く円形の光の輪がつながっていく。
形成された円陣の内側には無数の紋様が紫色に輝いて現れる、様々な妖術の術式が込められた証拠だ。
身動きが一切とれなくなったサーティーに、雷撃が並行に放たれたような凄まじい破壊力を誇る妖術を11も直撃した。
「ぐおあっ……ああ……ふふっ……これは死ぬ奴だああええええええ!!」
奇声にも等しい言葉で苦しみがるサーティー、ヴィルセルですら傷ひとつ付けられなかったあの悪魔が、こうも容易く弱っていく。
腕を、足を、腹を、頭を……皮膚は切り裂かれ、血管が千切られ、筋肉と脂肪と内臓がぐちゃぐちゃに飛散する。
骨を粉砕させ、破裂した血管から勢いよく体外へと噴き出す血潮が、攻撃の壮絶さを痛々しく物語っていた。
「ははは~~……じゃ~ね~……サーティー……」
──ボロボロに破壊され、完全に消滅したサーティーは、最後の最後まで不敵な笑みを絶やすことは無かった。
※ ※ ※ ※ ※
「……呆気なかったな……」
クラジューはこれまでの圧倒的な力、絶望的な恐怖、暴虐的な悪意、兼ね備えている全てを見た上で、拍子抜けした。
もちろん違和感が残る、これで本当に終わりなのか、と。
あの騎士団の妖術と連携はすごかった、ありとあらゆる拘束方法を用いて脱けられる穴を塞ぎ、ありとあらゆる効果のある攻撃を放ち如何なる防御も突破する。
約30人が寸分違わず、僅か1の誤差も許せない霊力量の放出が叶ったからこその大技、狂い無き幾閃が悪魔を完膚なきまでに叩きのめした。
これでやられても誰もがしょうがないと頷くだろう、これ以上のモノはあるだろうが、これほどの超高等術式を前に為す術無く生涯を終えても自然だろう。
だからこそこの違和感が拭えない理由が分からない、何故胸の奥のザワザワとした嫌な感覚が消えるどころか、より強くしがみついてくるのか分からない。
「……生きてる……のか……」
考えたくも無い最悪のシナリオ。
確かにこの場にいる全員が見たはずだ……ガラス細工にヒビが入るように肉体全体に亀裂が生じ、凄まじい量の血潮が噴き出し、細切れとなった肉体が爆散した瞬間を。
実際に飛び散った血と肉塊が地上に落ちている、こればかりは確かな事実だ。
だからこそこの悪寒は何かの間違いに決まっている、初陣がこれほど凄惨な現状であるからこその全身の震えだ。
そう、これは絶対に何かのまちが──
「へへへへへ……ははははは……」
声色は違う、しかし体中に奔る悪寒は同じ。
「副隊長、何をごばぁっ!?」
主部隊副隊長にして、〝鮮血の銀狼〟ナンバー2の実力を誇る男──フロウス・モヤは奇っ怪に笑う。
すると円陣の右隣にいる話しかけた部隊の男が突然、吐血する。
口と鼻から押さえても押さえても止めどなく溢れ出る、そして味覚と嗅覚が赤い鉄色に染まる頃には、誰が何をするでも無いままに男の胸の真ん中から奥の者の顔が覗かれる。
「……ぁ」
胸に風穴の開かれた男は訳も分からないままに意識が途切れ、力が抜けて空中から落下し始める。
しかし男は落下し地上に直撃するまでに肉体──否、肉塊が黒い霧に変体し、空気中に舞って散っていった。
「……フロウス……フロウス!!」
「ふへははははははははははは!!!!!」
エイボウがその名を2度呼ぶと、フロウスは狂気染みた奇声を上げて大笑いし、両腕を大きく広げて夜空を仰ぐ。
その瞬間、エイボウ以外の全ての騎士団員の胸の真ん中に、男と同じように円形の綺麗な風穴が開き、今度は誰も吐血などせずに黒い霧となって風化していく。
何が起こったのか、理解が出来ない。
ただ単純に、恐れを成した。
何も出来ない事が、こんなにも怖いだなんて。
震えなどもはや無い、硬直し強張った体が憎い。
速く何かをしなくては、何かを……。
蹂躙された、あんなにも容易く、結末は呆気なく。
──最悪は、まだ終わらない。
※ ※ ※ ※ ※
「ははははははははは……そうだ、生まれ変わったんだから、ちゃんと、自己紹介、しないと、ですよね~」
フロウスの肉体を依り代とした悪魔は、あまりにも礼儀正しくその場で礼をし、到底共感など出来ない感情に包まれた笑顔で名を名乗る。
「俺はキングス・デオキシリボース・サーティーワン……〝霊王〟の複製体です」
キングス・デオキシリボース・シリーズ、その中で唯一自害せずに行方知れずとなった──キングス・デオキシリボース・サーティーン
シリーズの中で最も弱かったサーティーンの捜索は早い段階で始まったが、ついに見つける事は出来なかった。
サーティーンはその間に姿形を変えているのだから。
サーティーンの呪力は〝憑依〟──肉体が朽ち果てても、標的にした者の肉体に魂を移動させ、完全にその肉体を支配する事が出来る。
また取り憑かれた者は例外なく死ぬ。
そしてこれは取り憑いた肉体が強ければ強いほどサーティーンは強くなり、さらにまた別の肉体に移った際には今までの肉体の力が加算されより強くなるという仕組みだ。
それを約1万年近く繰り返し、繰り返すごとに名前を変えている。
最初がサーティーンだったため次はフォーティーン、次はフィフティーンと数を重ねる単純な仕組みだ。
そしてサーティーだった肉体は先ほど崩壊し、次にフロウスの肉体を支配したためサーティーワンとなった。
「こんな……こんな事が……あってたまるか……フロウス!! 戻ってこいフロウスぅ!!」
思いのままに自身の肉体を乗っ取られ、さらに自身は邪魔だから殺され、どれだけ人を泥水に踏みつける行為を繰り返せば気が済むのか。
フロウスは戻ってこない、2度と……呼んだって何も、それでも名を呼ぶしか無くて……。
エイボウは怒る、可愛がっていた相棒の肉体を弄び、大切な仲間達を殺し、嘲笑が止まらないサーティーワンにこれ以上無いほどに。
「〝爆破撃の妖術〟(スター・ラーヴェイジ)!!!」
エイボウは力の限り放ち続ける、最大にして最強の攻撃力を誇る妖術をただひたすら。
何の前触れも無く目の前が爆発し、止められ無い程に爆破が自身を襲う。
ついさっき「爆破」変わっ「爆破」た肉体「爆破」をあまり傷つ「爆破」けない「爆破」ように避け「爆破」続ける「爆破」が完全「爆破」に振り払「爆破」う事は叶わ「爆破」なかった「爆破」「爆破」「爆破」「爆破」「爆破「爆破」「爆破」「爆破」「爆破」「爆破」「爆破」「爆破」「爆破」「爆破」「爆破」。
結界なども粉々に破壊するためかわす他に無いと防御の手段が無い最強格の火力の妖術。
爆炎は水面の波紋のように広がっていき、辺り一帯の空間は爆炎とそれによる轟音と舞い上がる砂埃に覆われた。
目を開けられず咳き込むヴィルセルとクラジュー、お構いなしに霊力の限り打ち続けるエイボウ。
地形は刻一刻と変わっていき、既に気配も消えて跡形も無くなっているは──
「──素晴らしいね、祝いの花火か、美しい」
声音はフロウスのまま、発せられた言葉は純粋な害悪に満ちた言葉がエイボウの背後から囁かれる。
爆炎が止まる……鳴り響く轟音が止み、砂埃もやがて晴れ、爆風のみでクレーターが荒れ地の至る所に作られていた。
思わず瞬間移動で間を取り、しかしサーティーワンの一言がエイボウに冷静さを取り戻させる。
「はぁ……はぁ……」
「パーティーは花火だけじゃ無い、ダンスも無いとね~~~」
※ ※ ※ ※ ※
「げほっげほっ……参ったなこりゃ……」
完全に出る幕は無くなった、そう思うことこそが必然であり賢明であるこの場で、ついに笑顔が失せたヴィルセルは対峙するエイボウとサーティーワンを見上げる。
それは決意であり、それは意思であり、それは後悔であり、それはクラジューの未来を切り開く道であり、覚悟だった。
「クラジュー……いいか」
「……なんだ……」
まるで親子のように丘でたった2人で暮らし、唯1つの夢のために全てを奪われた悲しみを背負って生き続けた。
何度も泣いた、苦しくてもがいた……それ以上に笑った、楽しくて喜んだ。
枯れ果てた亡種族の血が繋ぐ、抗う2つの小さな芽。
そんな空に芽吹く夢が、光を照らし続け、道を切り開いてきた。
しかしどう足掻こうともこんな時はやって来る、ただ笑い飛ばして歩むだけでは越えられない壁が、悲しみに打ち勝っても進むことの出来ない目の前の事実が。
「──俺は、あいつに呪力を使う」
絶句。
ヴィルセルの言葉が信じられなくて、全ての世界の音が止まったかのような錯覚を覚える。
本当の本当の本当に最後の切り札、それは切ってはならない絶対的な切り札。
すなわち、ヴィルセルが自身の呪力を使う事は、約束された死を意味する────




