第16話 コイノカゼ
「〝治癒空間〟」
ベイルはドーム型の半透明な緑色の結界を創り、リドリーとレオキスを覆う。
数秒後、リドリーの左足も含めて2人の傷は全て完治した。
「アリシア!!!」
リドリーは治癒後すぐに目を覚まし、上体を起こしてアリシアの名を呼ぶ。
「すげぇ、何で治ってんだよ……」
ベイルの万能な力に、クラジューはハニーローストピーナッツの美味さと同じくらいの衝撃を受けていた。
足の切断でも、どんな傷をも等しく数秒で治癒した瞬間は誰が見ても驚くだろう。
「アリシア今崖んとこ連れ去られてんぞー」
ベイルの言葉を聞いたリドリーは脇目も振らずに船から飛び出し、崖に飛び移り突っ走っていった。
「こいつはまだ気絶してんのか、図体だけだな」
レオキスは傷が癒えても、未だ意識は取り戻していなかった。
「クラジューも探しに行ったら?」
「何でだよ」
「浮けるからすぐ見つかりそう」
「俺は道具じゃねぇ」
「レオキス俺の下僕だからハニーローストピーナッツもっと作らせるけど」
ベイルはニヤつきながらクラジューに向かって話した。
クラジューの甘党につけ込み、ハニーローストピーナッツをダシに取り引きを図ったのだ。
「……さっさと作らせろよ」
そう言ってクラジューは崖の方へ飛んでいった。
思いのほか単純でベイルは思わず吹き出した。
「レオキスという最強の武器を手に入れた今、俺は無敵となった」
クラジューのチョロさを実力と勘違いしたベイルは、歓喜のせいでレオキスの腹部を軽く殴った。
「たっ!!? アニキ、アリシアサンは!?」
その衝撃でレオキスは意識を取り戻す。
「それよりハニーローストピーナッツ追加だ、アリシアはまあ問題ないだろ」
「けど……オレが情けなかったから……」
「俺が問題ないっつってんだから問題ない、そしてハナから誰もお前に期待はしてない」
「……そ、そうっすか……」
※ ※ ※ ※ ※
同じ頃。
兵士はアリシアを抱え、雷により焼け焦げて死んでいた部下たちには気にも留めずに駆け抜けていく。
今走っているこの森を脱けたら、兵士達が乗ってきた馬車がある。その場までひたすら走っていた。
「森で助かった、遠のけば余裕で逃げ切れそうだ」
(……今抵抗しても無駄……誰かきっと……来てくれるはず……)
アリシアは無駄に暴れたりせず、ベイル達を信じて待つつもりだ。
「王の研究の成果も報告せねばな、実に素晴らしい肉体だ……なっ!?」
兵士の目の前にはクレーターのような広い平地に出た。
その平地には身長が10メートルほどあるであろう、少女のような顔立ちの巨人が眠っていた。
茶混じりの黒髪の右側の頭頂部を適当に結んだ髪型に、快晴の空のような青い瞳に丸みのやや残る童顔の印象を受ける輪郭。
そして豊満な肉体を持つ巨人の少女は寝息を立てて起きる気配を感じさせない。
「すぅ~……すぅ~……」
(巨人族!!? いや、いてもおかしくはないが、何故巨人化したまま眠っている……顔がこちら側を向いている、ここまで近付いてしまっては、耳がデカいから些細な足音ですら気付かれる……顔が若いな……子供の巨人か?)
(大きい……何だろう……けど……)
これはチャンスだと思ったアリシアは大きく息を吸い、その巨人に向かって大きな声をあげた。
「助けてえええっ!!!」
「なっ!? ちぃ……」
(この人が目印になってくれたら……)
するとその巨人は寝返りを打ち、少し声を出して右手で両目を擦った。
(この王女……自分も死ぬかもしれないのに、顧みなかった……世間知らずも恐ろしい……)
「んもぉ~だ~れ~?」
巨人は上半身を起こし、目を擦り終えてからアリシアの方を向いた。
「なにしてるの~? おにごっこ~? うちもやりた~い♪」
巨人の少女は寝起きで寝グセもついており、2人に向けた笑顔はまさに無邪気な女の子の笑顔だった。
(寝ぼけてんのか……今の内に)
兵士はアリシアを抱えたまま巨人から離れるために走り出した。
「あ~まって~♪」
(へっ、バカな木偶の坊で助かった、巨人族にスピードは無い、王から恩恵を受けたこの身体なら逃げ切れる)
「タッチ~♪」
しかし予想を裏切って巨人はあっという間に兵士に追いつき、人差し指で背中を一突きした。
兵士はその勢いに逆らえず吹っ飛び、アリシアも少し飛ばされ木に激突して止まった。
「ぐあっ!?」
「うあっ!! ったた……」
「だいじょ~ぶ~?」
「う、うん……ありがとう」
「きぃ!! このクソガキぃぃ!!!」
剣を抜いた兵士は怒りを露わにして、巨人の少女の顔に向かって跳び上がり斬りにかかった。
「いた」
しかしクラジューは巨人を上空から見つけ、兵士の頭上から槌を振り下ろす。
地面に強く激突した兵士は気絶し、クラジューはアリシアの側に降り立った。
「やっとか、これでハニーローストピーナッツは俺のも──」
「きみはだ──」
「……え……え?……」
クラジューと巨人の少女はお互いに見つめ合い口を開けたまま動きが止まった。
同時に頬を火照らせ、共鳴するかの如く差す陽の光にアリシアは言葉が出なかった。
(どうした俺……何心拍数上がってんだ……何だこの巨人……かわいい……)
(あれ……なんでそらからふってきたの? それより……かっこいい……)
そんなタイミングの中でラルフェウも追い着いた。
「遅くなりました……って、気絶してる……えっと、この巨人の彼女は誰ですか?」
「う、うん……」
アリシアも現状が理解出来ず、返事が曖昧になっていた。
「そして……この状況は一体……」
「私も分かんなくて……」
そして2人同時に気を取り戻し、突然恥ずかしさからなのか、同時に目を逸らした。
「「なあ・ねえ……あ」」
さらに2人は同時に声をかけ、ハモったことにまたいちいち恥じらいを見せる。
数秒の間を置いたところで、クラジューの方から話を切り出した。
「なあ……名前……なんていうんだ?」
「へ? え、あ……ゾーネ・キール……だよ……きみは?」
「ク……クラジュー……エフィーグ……うん」
「そっ……か……」
変にぎこちない2人の会話のやり取りを見て、何だか自分まで恥ずかしくなってきたアリシアだが、
「あの、巨人の方」
ラルフェウは雰囲気から察せずに空気を読まず、会話の割り込みを図った。
「……え、あ、な~に?」
ゾーネも驚き、声のトーンが高いままラルフェウに返事をした。
「アリシアさんを助けていただきありがとうございました、それから……さっきから2人は何をしてるんですか?」
「え、えっと~……わかんな~い……」
「俺もよく分かってねぇ……」
するとその場にベイルが現れ、この場がよりカオスになろうとしていた。
「遅ぇんだよさっさと海の幸……何この巨人、何でクラジューと見つめ合ってんだよ」
「それが双方分からないらしくて、金縛りか何かでしょうか?」
「……一目惚れじゃね」
「はあ!? ど、どどどどういうことだよ!!」
ついにこの場に置ける正解を口にしたベイルの言葉に、クラジューは分かりやす過ぎるくらいに過剰反応を示した。
「その発言がさらに一目惚れという事実を裏付けるんだが」
「え……うちが……ひとめぼれ……」
そう言うとゾーネは両手で口を押さえてから、さらに顔を赤らめ目を逸らす。
「気持ち悪いんだよクラジュー、どう見てもガキじゃねぇか、年は知らねぇけど」
「なっ! ななな何が気持ち悪いんだよっ!!」
「いやそういうところだよ」
ゾーネはクラジューに対する特別な感情から速い鼓動を刻む心臓の音をしばらく聞き、収まるのを待つ。
しかし中々収まらず、いてもたってもいられなくなって巨人から人並みの身長に縮みクラジューの元に駆け寄った。
服も肉体と同時に縮み、ちょうど良いサイズを保っていた。
「……す……すきだよ! くくく、クラジューくん!!」
とにかく気持ちの整理がつかないゾーネは、顔は赤いまま自分の思いを言葉にしてクラジューにぶつけた。
「な……ななな何言って……おかしいだろ、初対面でいきなり好きとか……」
「……あ……ああ~!!」
クラジューの言葉で我に返ったゾーネは、顔から蒸気が出るくらいに顔を赤らめ、両手でその顔を覆った。
「初対面でいきなりキスする奴もいるんだからマシな方だろ」
「おめでとうございます、2人同時に惚れるのは奇跡ですよ、ホントに、はい」
初々しさが見てられないベイルとラルフェウは、どうせ耳に入らないだろうがクラジューとゾーネに話しかけた。
「いや……俺は別に……その……」
「え……すきじゃないの……?」
ゾーネは瞳を潤ませてクラジューに上目遣いをした。
今にも泣きそうなその表情、しかも上目遣い、しかも中々の質量を誇る2つの柔らかいモノが魅せる谷間も視線に入ってしまったクラジューは、鼓動が速過ぎて心臓が今すぐ爆発してしまいそうだった。
かわいすぎる上目遣いに、同姓のアリシアも思わずドキッとする。
ベイルとラルフェウは「さっさと終わってくれないかな~」を表情だけで表し、ひたすらクラジューの背中を見ていた。
「~~~~!! 俺も……」
「おれも……な~に?」
「……おお俺も………す、すすす……好き……だ……」
ヘタレにしか見えない挙動不審な様子と、クラジュー自身もよく分かっていないツンデレのデレを押し出し、精いっぱいの返事を口にした。
「……や……やった~!!」
ゾーネは満面の笑みを浮かべ、勢いよくクラジューに抱きつく。
「へ!? ちょ、くくくくっつくなよ……」
「え……いやなの?」
「……い、いや……じゃねぇけど……」
「じゃ~もっとぎゅ~ってする~!」
初々しい告白タイムの後に見せつけられるイチャイチャタイムに、アリシアは拍手を送り、ベイルとラルフェウは(男のツンデレとかどこに需要あるんだよ)を表情だけで表した温度の無い目線を送り続けた。
「アリシア、何故に泣く」
「……何でだろ」
「行きましょうか」
何もしていないのにドッと疲れたベイルとラルフェウを先頭に、ゾーネを含めた一行は船へと向かっていく。




