第163話 A dream that buds in the sky 7
人は半分〝諦め〟で出来ている。
ハンターになりたいと言った時、寡黙な父から言い渡された言葉。
もう半分は何かと問うと〝不安〟だと言った。
──それが父に貰った、最期の言葉だった。
人は基本、未知を恐れる。
ただその未知に抗うのではない、未知を憧れる者もいる。
恐れを知らない訳では無い、その恐れを笑って吹き飛ばせる格好いい誰かを想像した。
当たり前だが、未知を発見して喜ぶ時間よりも、未知を捜索して苦悩し恐れる時間の方が圧倒的に多い。
この世の美しさを形にした絶景を10分眺めるために、5時間ひたすら山道を登ることもまた同じことだ。
得る結果よりも成す過程の方が価値があるというと、そうでもない。
所詮人は、生き物は、成す過程よりも得る結果に価値を見出そうとする。
結果こそが諦めるか否かを選択させ、安心を得る唯一のピースなのだ。
誰が遺したかも分からない金銀財宝の山、大して大きくも無ければその美しさの価値観も分からない滝を唯一神として信仰している部落。
1人の冒険は中々楽しい、結果を求めて求めて求めて求めて求めて求めて……。
──大切なモノを、忘れた気がした。
※ ※ ※ ※ ※
「はあっ!! ……はぁ……はぁ……くそっ!!」
「バテると力任せになんのはやめろ、悪い癖だ」
冒険は何よりも楽しかった、前人未到の快挙を幾度となく成し遂げて、人々から讃えられ、人々から憧れの眼差しを向けられ、一族からも喜ばれ、族長にも誇りだと言われ、家族にも立派になったと褒められ……。
──1番喜んで欲しかった父はもういなかった。
未知を求めても、発見すれば冒険は完結する。
そうやって短編小説みたいに、噂を聞き、情報を収集し、準備をこれでもかと整え、腹を括って歩き出し、執念で未知を誰もが知るモノとして、1つの幕が降りる。
見つけても見つけても、あらゆる世界には謎が尽きることは無く、退屈もしない、まさに天職だと考えていた。
「クソっ……〝雷球〟」
「そいつを作らなくても戦えるように、なっ!」
得る喜びが人生の全てだったから、父の言った諦めと不安に自分は打ち勝ったんだと思い込んでいたから、気付けずにいた。
失う恐怖を、2度と手にできない悲しみを。
諦めるしかなく、不安がどこまでも襲ってくる。
自分は何のために生きてきたのか、夢を叶えるためか? 父を見返すためか? ただ欲を満たすためなのか?
想像を絶する……愛する故郷に帰ってくると、全てが失われていたのだから。
「〝雷光放閃〟!!」
「よっ……いい技だな、けど反動がデカいから確実な時にしとけ、よっ! と……」
何も無い、気配も、ありとあらゆるモノが、消失している。
誰がこんなことをしたのか、そもそも人災なのか天災なのかも分からない。
仮に人災だとして、一体誰が、何故、どのように、何のためにこんなことをしたのか、それによってそいつが得られる利益は何なのか。
異常者の考えなんかどれだけ悩んでも分かるわけがない、分かろうとも思いたくない。
だからこそ希望を見出した、それはどれほどの財宝よりも眩く輝き、目の前の絶望を振り払い暗闇を切り裂き、この世の何よりも価値が……否、価値など付けられないモノ。
たった1人生き残った子供の命。
奇跡に等しかった、今にも殺されそうな子供が目の前にいて、助けない訳など無かった。
「っ……まだだ……まだ!!」
「その意気だ! もっと来やがれ!!」
自身にとってこの子は自身の全ての希望であり、またこの子にとっても自身は全ての希望だ。
絶望のどん底で手を取り合った運命は、人々が幾万年も経験してきた「周知」だが、孤高のハンターとして名を馳せたヴィルセルにとっては全くの「未知」。
きっと父が自身に1番伝えたかった、形にするとクサくて恥ずかしいが、大切には違いないモノ。
──繋がり、絆、愛……それらを育ませてくれる、大切な存在、誰かを持て……それが父の願いだったのだろう。
口数の少ない父が、あえて負の部分を伝えることで自身の手で見つけて欲しい、ハンターになるならそのくらい見つけてみせろ。
気付くのが、見つけ出すのが遅すぎた。
もし、仮にもし時間を取り返せるならば……。
父に伝えたい、己の全てを込めて。
「ありがとう」、と────
※ ※ ※ ※ ※
「9勝1敗か~、最高記録だな」
「くそっ!! ……最後の最後で……」
子供──クラジューの夢を叶える事を夢とした、終わりの無い永遠の冒険を始めて早70年。
10年に1度の家の改修を除く全ての日々を修業に費やしたクラジューは、始める前と比べると力は飛躍的に上昇している。
20年目でようやく属性が発動、しかも雷という希少属性で、上手く行けば最強になるのも夢じゃないと光を見出してくれた。
30年目にしてようやく呪力の効果が判明した、それは──
「〝解離〟──対象のあらゆるモノを肉体から切り離す呪力だな」
「……つまり、どう使えるんだ」
「それこそほつれた糸を直すみたいに、命、肉体の部位、感覚、感情、記憶、呪力、とにかくあらゆるモノをお前の意識1つで強制的に解離させる……
……しかも有機物どころか無機物にも対象になる、例えば水から酸素を解離させて水素だけにしたりも出来るな……
……言っちまえば、実力なんて無くてもこれさえありゃ規格外の強さを持ってる事になる」
当人の実力がほぼ0だとしても、そのあまりに安易に対象を陵辱する呪力は、リミル・ゼルアの〝帝王〟やレオキス・フィリウの〝亜人〟にも匹敵する無敵の呪力。
「……嘘だろ……」
妖術の知識からクラジューが鹿相手に繰り出せた呪力の効果を分析し、出された答えにクラジューはやや悔しそうだった。
何もしなくても最強となれるであろう呪力……しかしクラジューが望むのは自身の努力で得た力で最強となること。
故に呪力は使わなくなった、本当に必要だと確信した時にだけしか、使うかどうかを迷うくらい時は使わないと決めた。
そして徐々に勝ち星を重ね続け、クラジューは重りを付け、ヴィルセルは少しずつ力の出力を上げていき、今ではヴィルセルの8割と互角に渡り合える程にまで上達した。
しかしそれは、ヴィルセルの想像を遙かに下回る成長速度だった。
(雷属性であんだけの呪力に恵まれて、体格も完璧、妖術も2つはほぼ極めている……だが……土台があまりにも固まらねぇ……)
遅咲きすぎる、ヴィルセルの見解はこうだ。
これほどまでに大器晩成なのか、そもそも努力は報われ開花するのか、それすらも疑わしいほどだった。
「明日からは9割か、か~キッツいな~」
「やっぱジジイだな」
「老いは来ねぇさ、しかしまぁ、ここまで来るのも長かったな……」
「それ5年に1回くらいの割合で言ってんぞ」
「大して言ってねぇじゃねぇか!」
きっとこれだけの大器晩成だと、クラジューはどこかのタイミングで必ず嘘のような急成長を遂げるだろう。
そしてその時横にいるのはきっと自分じゃないのだろう、と、このところ悩んでいた。
クラジューにはもっと知って欲しい、世界の広さを、力の使い方を。
「……おい、ジジイ」
「どうした? ……なっ……」
この70年で1度だってこんなことがあっただろうか。
いや無かった、絶対に。
雷が落ちた訳では無い、ならば人の手によるモノでほぼ確定だろう。
ヴィルセルとクラジュー以外の誰かが、おそらくは妖人の誰かだと思われるが……。
──林が轟々と燃えていたのだ。
誰が何のためにこんなことを……日が暮れ黄昏時の空に昇っていく黒煙。
おびただしい数の動物達が大暴れし、やや強い風がさらに火の手を拡げていく。
その火事よりも、2人はより驚愕する。
瞬間移動だろうか、突如2人の前に現れた1人の男。
クラジューの脳裏に焼き付いて離れる事は無い、全ての絶望の根源となったその男は不気味な笑みを浮かべて2人の顔を覗く。
「おやおや、おやおやおやおやおやおやおやおや……これはこれは、お久しぶりですね~」
羽のように軽い口調の男にクラジューは湧き上がる爆発寸前の怒りを拳を握り締めて押さえ込む。
鋭利な刃の如く鋭く見開いた目、食いしばる歯の隙間から激しく息が行き来を速く繰り返す。
体内から天槌ラファールを繰り出し、体の周りには火花がパチッパチッと散り、1日だって忘れたことの無いマーリンの笑顔が浮かんでくる。
ヴィルセルも瞬時に戦闘態勢を取る、しかし男は全く動揺することなく、被っていたシルクハットを手に取り丁寧に90度頭を下げる。
「──我が名、キングス・デオキシリボース・サーティー……〝霊王〟の複製体です」




