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Past Letter  作者: 東師越
第6章 The Past is in the Past
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第160話 A dream that buds in the sky 4

 脳裏に焼き付くマーリンの笑顔。


 あんなにひもじそうに、苦しそうに表情を潜めていた女の子が、笑ったのだ。


 父親に死ねと言われて死のうとした女の子が、生きたいと願って涙を流し、笑ったのだ。


 一体何をしたというのだ、彼女はただ生きたいと願っただけなのに、何故あんなにも簡単に殺されなければならなかったのか。


 何故自分だけは生きているのか……。


 苛まれてもマーリンは戻ってこない。


 自分を責めてもマーリンは戻ってこない。


 理不尽を憎んでもマーリンは戻ってこない。


 分かりきっているのに、あの左手の握られた感覚が拭えない。


 あの男が言っていた、女は死んだという言葉、多分あれはカミラだ、わざわざ自分に言うという事は心当たりはカミラしかいない。


 狂った運命の歯車をさらに狂わせた小さな小さな綻びとして少年──クラジューは、惨劇を忘れそうな程に静かで穏やかな朝を迎える。




   ※ ※ ※ ※ ※




 「よっ、起きたか」


 野太い中年男性くらいのモーニングコールが耳元に囁かれる。


 しかもまあまあ良い声なのが若干イラッとくる。


 「お~は~よ~」


 「……誰だよ……」


 これはおそらく延々と続くやり取りだなと悟ったクラジューは、声のする方とは逆の方向に体を向けて小声で訪ねる。


 寝起きなのでやや機嫌が悪いのと、昨日の事でしばらく1人にしてほしいという気持ちの両方で心がいっぱいなクラジュー。


 「目ぇ覚めたな、俺の名はヴィルセル・トマホーク、とにかく未知だーい好きなアンノウンハンターだ!」


 ちなみにアンノウンハンターとは自称であり、正式にはトレジャーハンターとして名を馳せている。


 「飯出来てるぞ、食うか小僧?」


 「いらねぇ」


 「そうか……なら仕方ねぇな」


 しつこいものだから断っても無理矢理に引っ張ってでも食べさせられるのかと思ったクラジューだが、あっさり引き下がるヴィルセルの一言に呆然とした。


 それから終日会話を交わすことは無かった。




   ※ ※ ※ ※ ※




 「目ぇ覚めたか?」


 「ああ」


 「飯出来てるぞ」


 「いらねぇ」


 「おいおいもう4日目だぞ? いい加減腹減ってしょうがねぇだろ?」


 ヴィルセルの言葉は確かに的を射ており、クラジューはこの4日間をとてつもない空腹に襲われていた。


 しかし3日目を過ぎた辺りからもう食べなくても生きていけそうな感覚に陥いり、悟りの境地を開きそうになっている。


 だが今回こそは食べてもらおうと〝妖の里〟では獲れない珍しい香辛料を駆使して香りの強いモノを作り、漂う匂いで釣ろうというヴィルセルの作戦だ。


 鼻の利く少年クラジューはその匂いに釣られかけており、4日に渡ってしまった意地と未知の料理とが1歩も譲らぬために火花を散らしている。


 「美味いぞ~? なんたってただでさえ最高級の香辛料であるシングナの、さらに天然物を使ってるからな! シングナは流通してる品物の9割以上が人工だから、貴重も貴重!」


 「何がしたいんだよ」


 「自慢だよ自慢! アンノウンハンターの俺だから手に入れられたんだぜ!?」


 「分かった分かったすごいすごい」


 「何をお前、休みの日に寝たいのに子供がめちゃくちゃ自慢してきてウザがる親みてぇな返事してんじゃねぇよ……」


 「気持ちは同じだよ」


 「よーし俺をガキだと言ったな、表出やがれぶっ飛ばしてやる!」


 「いい年こいたおっさんがガキみたいに騒ぐな」


 「誰がおっさんだコラぁ!!」


 「じゃあジジイ」


 「なおさら老け込んでんじゃねぇよ!!」


 このやり取りの終始クラジューに笑顔は無かった、しかしまだ顔も見たことの無いヴィルセルと不本意ながら会話をしている。


 全く会話をしなかった最初と比べると、ヴィルセルに対するウザさは減らないどころかますます増えているが、クラジューがウザいと感じる気は確実に失せてきている。


 しかしそれでもまだクラジューは布団から出られていない。


 ヴィルセルはどうしたら引きこもるクラジューを外に出せるのかをこの4日間、1人で考えに考えた結果──


 「おし、ちょっと行くぞ」


 「……え、おいちょっ! 何すんだやめろ!」


 190センチ以上はある上背にコーゴーの聖戦士に勝るとも劣らない筋骨隆々な肉体。


 肩幅もそうだが、何より太ももや脚などの下半身がハンパなくデカく、まさに超人と言うべき肉体だ。


 色黒な肌に黒目でソラの一族たる象徴の赤髪も健在、そんなヒゲと黒のタンクトップがよく似合うヴィルセルは無理矢理布団を剥ぐ。


 抵抗するクラジューを難なく押し退け、樽のように右肩に担いで外に出た。


 久方ぶりの外であるクラジューは尻を前に突き出されたような姿勢のため激しく抵抗し、そして遠ざかる家があんなにも小さくボロい事を初めて目撃した。




   ※ ※ ※ ※ ※




 「な……」


 10分ほど道なき道を歩いた先にある、ヴィルセルが生まれて初めて見つけた未知。


 マーデルの街を一望出来る、林の端にある小さな丘。


 ここでクラジューは初めて見る──全てが崩壊し、何もかもが無かったことにされた世界の惨劇を。


 人々が造りあげた場所を、築き上げた英知を、紡いできた時を、確かに在った人々のかけがえのない命を──幸せを願った少女の笑顔を。


 「……あ……」


 絶句、何の言葉も浮かびやしない。


 受け入れることなど出来ない、声も言葉も出ないのに涙は出る。


 「この4日間、小僧以外の生き残りがいないかマーデル中を捜した……〝霊王〟から送られてきた捜索隊も500人規模で捜索していた……


 ……だが見つからなかった、誰の死体も、誰の痕跡も」


 「……どういうことだ……」


 「多分呪力だ、俺が仕留め損ねたアイツだろうな……にしてもとんでもねぇ強さだ、多分ジェノサイドだな」


 クラジューは激しい怒りを覚えた。


 それはこの惨劇を起こした者に対してではない、こんな状況なのに取り乱している様子の無いヴィルセルに対してだ。


 怪しすぎる、自分もだがそもそもこいつは何故死んでいないのか、アレを見て冷静を保つということは引き起こした奴の味方かもしれない。


 少なくとも少年クラジューにとってヴィルセルはそう見えた、だから立ち上がった、この怒りをぶつけるために。


 「お前か……お前が……」


 「小僧、お前が俺にどう思おうがどうでもいい、だが見失うな、お前は何をすべきなのか」


 「ざけんな!! こんだけの事があってそんな冷静でいられる訳ねぇ!! お前がやったからそんなペラペラ喋れんだろ!!」


 「やかましいぞ、今はそんなこと」


 「黙れ!! お前を殺してやる!!」


 クラジューは湧き上がる怒りを込め握りしめた愚直な右拳を、不器用にヴィルセル目掛けて打ち込む。


 ヴィルセルは一切手を出すことなくクラジューの拳を受け、痛がる様子も動く様子も全く無い。


 続いて左拳を打ち込む、右拳、左拳、右拳と連続して殴打を繰り返す。


 叫びながら、涙を流しながら、止めること無く殴り続ける両拳が逆に傷付き、血が出そうになるほど無心で殴打、殴打、殴打。


 腕を組んで消滅したマーデルの街を見ながらクラジューの愚行を静観していたヴィルセルだが、止まりそうに無いと察したのか、組んだ腕を解く。


 そしてクラジューが姿勢を崩して顔面から地面と激突するほどに強烈なゲンコツを頭上に打ち付けた。


 「ぁが……」


 「お前の気持ちは分かる、俺も両親と弟と妹が死んだ」


 「っ……嘘つけ……だったら何でそんな平気でいられるんだ!!」


 鼻血を出しながら激しく睨み付け、立ち上がると再び右拳を──伸ばした瞬間にヴィルセルはクラジューの右手首を掴み、さらに地面に投げつける。


 「うっ……」


 「悲しいから悲しめ? それで何が変わる……家族は帰ってこねぇ、街の奴らも戻ってこねぇ、お前の大切な人も帰ってこねぇ」


 「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい……」


 「ふざけてんのはお前だ!! そんなガキみてぇな事しても意味ねぇんだよ!!」


 まだ立ち上がろうと両手を地面に付ける、睨み付ける目はそのまま、だが全く力が入らず上手く立てない。


 「まだ分かんねぇのか……」


 ついにしびれを切らしたヴィルセルは右手でクラジューの首根っこを掴み、丘から真っ逆さまに落ちる位置に右手を持っていく。


 「っく……」


 「失したモノはもう戻ってこねぇ、だったらいつまでギャースカ喚いてなきゃいけねぇってか? 違うだろ!!! 後ろばっか寄り道すんじゃねぇ!! こっちを……前を! 未来を見やがれ!!!」


 その言葉がクラジューをハッとさせた。


 マーリンを失ったこと、カミラを失ったこと、全てを失ったこと、それはもう過去のこと……どう間違っても帰ってくることは無い──




 ──だから前を向いた、未来を見ようとした……見えなかった。


 全てを失い、その先に何がある? 何も無い所から何が始められる?


 そこでクラジューはようやく知る……自分はお先真っ暗な現状にいて、それを打破する力も考えも無い事に。


 悔しい、悔しすぎる、何も出来ない、どうしようもならない事にどうしようも無いと言うことすら許されない。


 自身の胸ぐらを掴むこの拳に一体どれだけの思いが込められているのか、想像したちゃちなものですら胸が苦しくなる。


 その苦しみを、自分も今味わっている事も知る。


 「ぁ……お……教えて、くれ……」


 抵抗しヴィルセルの右手から引き剥がそうとしたり叩いたりしていた両手を止め、真の思いを乗せて目を合わせる。




 「俺は……これからどうすればいい……」




 「お前、夢はあるか?」


 ヴィルセルの答えは質問で返されたその言葉、クラジューは首を小さく横に振る。


 「そうか……こういう時、人は夢を持たなきゃなんねぇ……どうしようもねぇとき、どうにかしてやるってやる気をくれるのは他でも無い……夢だ」


 「……夢……」


 夢などとは無縁の人生を送ってきたクラジューにとって、あまりに漠然としたそれをどう信じ抜けばいいのか分からない。


 ただ、夢かどうかは分からないけど、今はある1つの気持ちで心が満ちている。




 「──最強に……なりだい……」




 涙もこの言葉も全てはクラジューの心から湧き出した本当の気持ち。


 少年クラジューの夢に具体的には、などの野暮な質問はせず、フッと笑って黙って自分の前に立たせる。


 「あるじゃねぇか……よし、じゃあ最強になるお前を手伝う……




 ──それが俺の夢だ!」




 そしてニカッと満面の笑みを浮かべるヴィルセルはクラジューと目線を合わせるようにしゃがみ込み、わしゃわしゃと頭をやや乱暴に撫でる。


 「やめろって……」


 「照れるな照れるな! がっはっはっは!! で、小僧名前は?」


 そっぽ向き、やや間を置いてから恥ずかしそうに答える。


 「……クラジュー……エフィーグ」


 「クラジュー! いい名前だな! よろしく!」


 「……おう」


 朝日は2人の決意を照らし、なびく穏やかな風があまりに重く苦しい過去を背負う少年の背中を押すように吹く。


 少年にはそれが、絶対に忘れないであろう右手に刻み込まれたか弱い女の子の左手に思えたそうな。




 クラジュー・エフィーグの新たなる人生、終わることの無い夢への道が、始まる──

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