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Past Letter  作者: 東師越
第5章 神の器
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第137話 一行の愉快な日常

 起床は頭がぼんやりした状態から、かなり久しぶりに深く安眠したためやや体が硬い。


 朝日がいつもの起床時間よりも高い場所にあり、昨日は何があったかという疑問は右隣を見て即座に理解する。


 心は僅かに大人になった印象を持ったが容姿は化粧をしていなければそこまで変わっているとは思わなかった。


 本人曰くかなり変わっているという自負があるらしいが、鈍いせいか10年の月日を持ってしても大きく変わらない。


 否、身体が彼女に対し元から同じような印象を持っていたためだろう。


 こんなにも脆く小さな体にどれほどの重荷を背負ってきたのか、考えるだけでもゾッとする、それ以上に彼女に敬意を表す。


 さらさらの金髪、今は閉じていて見えないが美しく輝く碧眼、昨晩触れた頬の熱や唇の感触はまだ覚えている。


 (──私だけを、見て)


 寝起きはいい方のラルフェウはそんな昨夜の言葉とアリシアの姿を思い出し、また赤面する事も時間をかけなかった。


 あれほど見て触れた彼女を見ると反射的に目を逸らし、俯瞰して恥ずかしさを拒めなくなる。


 すぐさま布団から彼女を起こさないようにすぐ、しかしそっと立って自身にいつもの服を纏う。


 そして全く音を出さないという神業を披露して扉を開け出ようとした時、「う~ん」という彼女の声が聞こえ起こしたかと振り向く。


 彼女は寝返りを打ちラルフェウの方に顔を向け、幸せを滲み出す無垢で無防備な笑顔を見せ眠っていた。


 胸を撫で下ろしたラルフェウは小動物を愛でるようにフッと笑い、僅かな空気の震えすら許さず無音で部屋を出て扉を閉じる。


 「んむ……キューちゃん……ん~……」




   ※ ※ ※ ※ ※




 昨夜、あの後ラルフェウの言葉にアリシアが極度の緊張を解いてしまい、堕ちるように眠った。


 仕方なくアリシアを部屋に運ぼうかと思ったが、何だかものすごく嫌な気配を感じたため、結局自室のベッドに寝かせ、自身は床で寝た。


 その気配の正体は、この30秒後に判明する。


 いつものように香ばしい朝食の美味しいに違いないにおいを発するダイニングへと赴く。


 「おはようございます」


 「おはようっす!」


 この船───アンビティオ号の料理全般を担当するレオキスは相変わらず大量の食材を使用して絶品料理を作る。


 オーダーメイドの大きなフライパンで炒めるスクランブルエッグにつばを飲み込み、となりに立ち蛇口を捻って顔を洗う。


 この船の水回りは巨大な貯水槽から綺麗な水を調達し、下水は幾つものパイプからすぐに船外に放出される。


 そしてフライパンの上で固まっていく卵の音とにおいにつられ気が付かなかったが、テーブルには両足を机の上に置き、自身のと思われるトランクスのような下着を顔に被し、下半身を露出しながらイビキをかく大男がいた。


 「……おはようございます、ハロドックさん」


 この男───ハロドック・グラエルの力や信念をラルフェウは尊敬しており、このように変態染みた行動は反面教師として学んでいる。


 「んむ……キューちゃん……ん~……」


 扉越しに聞こえた彼女と同じ言葉なのに、何故こんなにも抱く感情に違いが生まれるのだろう。


 ともかく目を覚ましたハロドックは顔を覆っていたトランクスを「臭っ」と言って床に投げ捨て立ち上がる。


 「……あーそうだ、ラルフェウ」


 朝の生理現象が起こっている股間を隠すこと無くハロドックはラルフェウの両肩を掴む。


 「臆病者」


 その言葉が、罵声が昨夜の事だと、考える事に時間は要さなかった。


 寝起きの(まなこ)からは面白半分だという本心が滲み出ており、ラルフェウは容易に察し冷ややかな目になる。


 「分かってましたが、どこから聞いてたんですか?」


 おいおいそりゃあ愚問だぜ、と今にも言いそうなニヤけ顔から直後鼻で笑い、ラルフェウから手を離し一歩下がる。


 「野望な事を聞くんじゃないよキューちゃん、俺はエロを愛するだけじゃなく、愛されてもいるんだぜ? それこそお前にとって魔力くらいにな」


 「つまり、最初からいたんですね」


 「それどころか寝るずっと壁に耳貼り付けて1人で楽しんでた、つーか部屋隣だし……何であんなイケメンなセリフで逃げるんだよおおおおおおおおおお!!!」


 プライベートを気付かれぬように遠慮なく侵していくハロドック。


 そもそもこの船内にプライベート空間がある訳など無い、音は大体防げるが一行達が耳を集中させたなら隣の部屋の小さな音を拾うことすらも容易い。


 もちろん個々を尊重し合い普段はそんなことは無い、一行のイザコザは国を巻き込みかねない。


 かつてルブラーンでの10年の間に、危うく人間界を巻き込もうとしたビオラとハロドックの喧嘩が勃発した事はまた別のお話。


 ラルフェウはアリシアにのみ呼ばれる特別な名前である「キューちゃん」のプレミアは、ラルフェウの中で昨晩以降上昇している。


 故にこれまではさほど気にしていなかったが、安易に使ったハロドックに対する憤りを感じた。


 「笑い方きめぇ」


 するとベイルが気配をほぼ殺してダイニングに入り、そう一言残し大きなあくびをする。


 そしてまだ皿に分けられてもいないフライパンの上のスクランブルエッグをレオキスから奪い取り食べ尽くした。


 「てめぇナスじゃねぇのかよ!!」


 論点そこかよとは誰も突っ込もうとしないハロドックの怒りの叫びはベイルのゲップに掻き消される。


 「飽きた」


 さらに作り終えていたウインナーもパンも食べ尽くし、満足げで恍惚した表情のベイルは一行全員分の牛乳を飲み干す。


 「飽きてんじゃねぇよ一生ナス食って永遠に紫のクソしてろ!!」


 「今日の分の朝飯もう無いっすよ……」


 レオキスの食事は、個性強すぎて繋がりらしき繋がりなど存在しない一行全体をまとめると言っても過言ではない尊き存在。


 ベイルは起きている時間より寝ている時間の方が多いので普段は特に無いが、食料がベイル1人に蹂躙された際の激怒(主にビオラ)は半端ではない。


 「俺のタコさんウィンナー食いやがって!!!」


 「おいてめぇ!! タコウィンナーさんだろうが敬意を払え敬意を!!!」


 「どこにキレてんだよ朝飯返せナス野郎!!!」


 こうしてラルフェウの乗り越えた大きな壁など軽く一蹴するかのように、ドタバタな朝が過ぎていこうとしていた。




   ※ ※ ※ ※ ※




 「……で、今この船どこに向かってるのかな……」


 「ムウオ島だ」


 アリシアが質問すると、コーヒーを飲むリミルが答えた。




 あの後決着をつけるために、ベイルとハロドックは山の近くで相撲一本勝負により勝敗を決することが決まった。


 もちろん船は目的地へと向かっているため停める事無く走り続ける。


 2人の相撲の理由を聞き付けたビオラは表情を変えずとも怒りに満ち満ちた気配を出し、2人の元へと向かっていく。


 その後凄まじい爆発音とあったはずの山が幾つか無くなっているのを、轟音により目を覚ましたアリシアは一部始終を窓から垣間見た。


 アリシアが身支度を整えてダイニングへ向かうとそこにはリミルがダイニングで優雅にコーヒーを飲みながらくつろいでいる。


 全く知らない者がたった1人でコーヒーを飲む様子と鉢合い気まずくなるアリシア。


 しかしリミルはアリシアと目を合わせてフッと微笑み、カップをテーブルに置き口を開く。


 「構わない、聞きたいことがあれば何でも聞いていい……答えられるかは別として」


 独特な気配を有している。


 今まで見た誰にも見られなかった、殺気や威圧感も無い、なのに近寄りがたい。


 近付けば何かがある、しかしその何かは全く分からない、不敵な笑みがより不気味さを際立たせ腹の中を探らせない。


 しかしアリシアはおそるおそる近付く、見たことの無い脅威など今さらだ。


 リミルに面と向かって座り、額に冷や汗をひとつ垂らしながら緊張した面持ちで話を始める。


 「……誰……ですか……」


 「リミル・ゼルアだ……アリシア・クルエル、いや、親しみを込めてアリシア」


 「は……はい……」


 「リラックスしてくれないか、こっちも緊張してくるから」


 「え、あ! すいません……緊張するんですね……」


 「するとも」


 アリシアは目を閉じ深ーく呼吸をして緊張をほぐす。


 それからアリシアは最も気になっている質問、この船がどこへ向かっているのかを聞く。




 「……ムウオ島って……ユナー諸島のですか?」


 「ああ、ここからなら、あと1週間程で着くだろうな」


 「……まさか」


 「ああ、カヴガコロシアムだ」


 10年前、一行が訪れたセタカルド諸島のルービ島で開催された全世界級の規模を誇る祭典、イメア祭。


 その最大の目玉である無差別級バトルロワイヤル、カヴガコロシアム……イメア祭という名前よりもその認知度は高い。


 5年に1度行われる最大級の祭典は前回から1ヶ月開催に変更され、その1ヶ月間で計300人近くの猛者達が優勝を目指して闘うのだ。


 これほどまでに大規模となった理由は、格闘界における最強の4人の戦士が10年前のカヴガコロシアムにて、謎の大災害が前兆無く発生し死亡したためだ。


 絶対勢力が消え失せた格闘界はかつてない程に凄まじい群雄割拠の時代を迎え、格闘家にとって最高の栄誉の1つであるカヴガコロシアムには参加希望者が殺到した。


 そのためカヴガコロシアムの期間を伸ばし、イメア祭自体の開催期間を伸ばした。


 ちなみにカヴガコロシアムは民営であり、全ての資金を報道を独占するという契約によりリルティア・タイムズが惜しみなく出資している。


 「やっぱり……リミルさん出るんですか?」


 「さあな……お前が人間界を完全鎖種主義化にしたおかげで、5年に一度の祭典はより群雄割拠になり、競馬などのスポーツ競技、シンプルな殴り合い……賞金は10億レールだったか?……面白い」


 「面白いですか!? 私あんまりいいイメージが無くて……」


 「何故だ」


 「いや……人の殴り合いでお金賭けてるから……」


 「……変わってるなアリシアは」


 「そうですか?」


 コーヒーを飲み干しカップを置いたリミルは一息つき、アリシアと目を逸らす


 「あと、答えを急かすのはやめた方がいい」


 「……リミルさんもですか……」


 ラルフェウからハロドックに全て聴かれていたことは伝えられている。


 恐ろしいくらいに恥ずかしくなり、冗談だがかなり久しぶりに死にたいと思った。


 「逸る気持ちは分かるが、あんまり求めると冷められるからな……せっかく点火した向こうの種火を、自ら消さないようにな」


 「……はい……」


 元々アリシアから誘った手前、ラルフェウも周囲の迷惑に巻き込んでしまった事を猛省するのだった。


 「アリシア」


 するとアリシアの前に突然ビオラが現れた。


 暗い表情で何かを言いたげだったが、口がつぐんで言葉を飲み込む。


 いつもと違い目を合わせないのをアリシアは不自然に思った。


 「な、何かな……」


 「……いえ……それから、応援してる」


 「あ、ありがとう……」




 ビオラが何を隠しているのかは結局知らずじまいだったが、何かしら嫌な事なのかもしれないと思うアリシアの心は間違っていなかった。


 クラジューはあれ以来部屋から出ることはなくなった。


 あとウーヴォリンは昼に突然現れては夜に消えるという日々を送っていた。


 アリシアとラルフェウはあの日以来共に寝る事はなくなった、配慮のためなのか恥ずかしさのためなのか、それは2人以外は知る由も無かった。


 かくして一行は1週間後、カヴガコロシアム開催前日にムウオ島に着いた。

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