第124話 エンカウンター
「やあ、久しぶりだね」
「……え……」
ラルフェウが目を開けると、周りは真っ暗闇で、にもかかわらず、目の前のラルフェウの姿のエルドラドははっきりと見えた。
「……エルドラドさん……僕は……」
「ああ大丈夫だよ、私が引き込んだだけだから、また何年も寝ることは無いよ」
ギュートラス戦でエルドラドがラルフェウから肉体の支配権をやや強引に奪った際、その反動でラルフェウは10年間の昏睡状態を余儀なくされた。
しかし今回は肉体云々では無く、心の内側にエルドラドがラルフェウを招いたため昏睡状態には至らない。
「……いえ……何故……ここに……」
「……そろそろ覚悟を決めてもらおうと思ってね」
「……覚悟?……」
「君は魔人としては歴代最高クラスの素質を秘める、歩く兵器だ……それは君が1番よく分かっているだろう」
「……はい……」
「では君が覚悟を決めてもらうために、過去を振り返ろう」
「───」
この先ラルフェウが進むために、引き返せない道を歩むために、逃れられない過去を今一度ラルフェウの胸に刻み込む。
その過去こそが、エルドラドがラルフェウの心の内に存在する理由に直結することもここであえて記そう。
「君が6歳の時、町医者だった両親は反ガウル教レジスタンスの一員として、ガウル教徒に殺された……
……君はその現場を目撃し、教徒の男の跡をつけ男の入った家に、自宅から持ってきた包丁を手に入り怒りで訳も分からないまま、男とその妻を殺した」
「───」
当時包丁を握りしめた右手の平を見ながら、惨殺した当時を思い出すラルフェウ。
「その際、家の奥の部屋で泣いていたまだ赤ん坊の女の子を見つけ殺そうと刃を向けたが、そこまで心を鬼にする事は出来ず、誘拐した」
「───」
幼きながらの惨劇の中でも、純粋で無垢な愛情は捨てなかったラルフェウ。
「その子を妹としてたった一人で育てエルナと名を付け、戦時中故に大人に頼ることは出来ず、幼いながら身を粉にして生き延びた」
「───」
ここからラルフェウの表情は綻び出し、過去から今まで逃げてきたツケが複雑に絡む感情と形を変えて蝕んでいく。
「街では孤児の貧乏人ながらもエルナを抱えながら働き、生活し、合間を縫って勉強をし、時々エルナの寝顔を見てはあの日殺した時の自身を思い出して恐れていた……」
「───」
口を閉ざして声は出さないでいるが、だんだんとエルドラドの声がラルフェウの脳内で木霊し苦しませるようにも思えてくる。
「ひとりぼっちで、チンピラや同世代からは虐げられ、石を投げられ……そんな中1人、君の理解者となった男、ミルベル・ファーゼルが現れ……」
「長ぇなあおい!!!!」
するとラルフェウ右側から大声と鉄格子を叩く音と足枷のジャラジャラと鳴る音が聞こえた。
ただ話を聞いていただけなのに息は切れ、全身にドッと汗をかくラルフェウは荒々しいその声にすり減らされ続ける精神の暴走を食い止められた。
「ああすまない、もうやめるよ……むしろ、出てきてもらおうか」
ラルフェウの右側に突然はっきりと立方体の鉄の独房が現れ、その天井と壁が四方に倒れ、中からラルフェウの姿をし、しかし似て異なる恐ろしい目つきの者が現れた。
「ラルフェウ君は初めましてだったね、紹介しよう───闇弓ルシファーだ」
「……ルシファー……あなたが……」
「話が違ぇぞエルドラド……俺はてめぇもこのガキも喰ってこの体を乗っ取る、そのための説得をてめぇがするっつったじゃねぇかよ!!!!」
以前キリウスと出会った無人島で肉体の支配権を獲得し現れた時の、紳士的な戦士像とはあまりにも違う言動……これこそが、ルシファーの本性だ。
「あながち間違いじゃない、ラルフェウ君、君が生きたいと願い、それに見合う行動を示せばラルフェウ君は生きる……
……だが、それ以外なら…ルシファーの抑止力である私は別の誰かに入り、君は永久に体の支配権をルシファーに奪われ続ける人生だ。
「…エルドラドさん…そんな」
ラルフェウが過去に抗い未来を得るために踏み出す一歩を拒めば、ルシファーがラルフェウとエルドラドの魂を喰らい、肉体を有して自由となる……という約束がラルフェウの知らない所で結ばれていた。
「悪いな、私は君を守るために君に入ったが……君は現状を放棄し、逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げ続け……ルシファーや私をどうにかしようとは欠片も考えなかった……
……正直愕然とした……だから丁度良い……今決めようじゃないか……君の覚悟を」
「っ……」
ラルフェウは自身の心に異物が2つもある現状を打破しようと考えず、むしろ都合の良い逃げ場として扱っていた事にエルドラドは腹を立てる。
「ガキ……分かってんだろうな」
ルシファーはありとあらゆる心を射抜くとも思わせる視線をラルフェウに向け、自らの都合の良い答えを脅して引き出そうとする。
「やめるんだ、今は彼の試練中だ……ラルフェウ君惑わされるな……君の心を打ち明ければいい」
「……はい……」
(……いつだってそうだ……思春期に呪力により成長が止まった者は……大人になりきれない……
……コーゴーの者達も、特等にも……アインやドルド君、それに……ベイル・ペプガールだってそうだ……
……だが、彼は強さを認めながらあえて弱さを選んだ……必要以上に土足で踏み入れる訳には……)
「……生きたい……です……」
「何ぃ……」
俯き弱々しい声ながらも、それでも自らが望む答えを喉から捻り出す。
ラルフェウの言葉に偽りは無い……自信は無さそうだが。
「何故」
「……まだ……エルナと会えていない……あの日から……僕は……何一つ進歩していない………
……両親、エルナとの出会い、睡眠のとれない生活、周囲との隔絶、ミルベルの優しさ、裏切り、己の身体、生きるはずだった時間、幸福、喜び、平穏、価値、心……
…言い訳だ……所詮人は……言い訳しか言葉に出せない……言い訳の中でしか生きられない……真実が溢れ、真が見えなくなっている世界で……僕が強く在る理由は……それしか無い……」
行方の知らない妹……たった1人の家族のために、そのためにならば強くなれる、在れると胸の内を晒す。
「憎くないのか」
「最初は憎かった……幼いながらに必死に憎んだ……だから……だから愛した……家族として……愛した……彼女が希望だったから……それを壊したミルベルを……許せない……」
ラルフェウは両手の拳を握り締めた。
怒りではない、決意の拳だ。
両親を殺した者の娘はどうしても憎みきれなかった……奪った数や価値よりも多くのモノを奪われ、それでも抗う理由があるから……立ち上がる。
「なら殺せば良い」
「そう簡単に言わないでください!!!!……彼は!!!! 僕のたった1人の親友なんだ!!!!」
だがミルベルへの殺意は躊躇する。
共に笑い、共に語り、共に過ごしてきた思い出に、嘘などつけなかった。
「だから何だ、君はどちらも取るのか、傲慢だ、いずれかを切り捨てるんだ」
「出来る訳が無い!!!! 何でですか……何でどちらも願う事は許されないんですか!!!?」
「どちらかの味方をするということは、どちらかの味方をしないということだ……これは重なる事の無い理で、決して交わってはならない真理だ」
「……何でですか……何で……こんな……」
「学べ、学ぶんだ……「仕方ない」は当たり前、何もかもが上手く運ぶ人生などあってなるものか、人は平等だ、誰かが幸福なら他の誰かが不幸なんだ……全員が光である事はあり得ない」
「……だったら……だったらどうして僕なんだ……僕である必要なんてどこにもあるはずが無いだろ!!!!」
「ああそうだ、君である必要はなかった」
「だったらどうして!!!!」
「……君が……強いからだ」
「……だから……だから何だって言うんだ……」
言えば言うほど虚しくなり、叫べば叫ぶほど辛くなり、進めば進むほど傷付いていく。
エルドラドの慈愛は、ラルフェウには重すぎると涙が訴えてもなお、エルドラドは心を鬼にする。
「試練は強い者にしか訪れない……打ち勝てる者にしか、痛みに耐えられる者にしか壁はそびえ立たない……理屈ではない、運命でもない……誰もが恐れ、誰もが逃げ惑い───誰もが知るモノだ」
「……それは……」
「現実だ」
「っ……」
「君の言葉を借りれば……この言い訳が、嘘偽り無い事実だ」
今一度ラルフェウは知る、自分が何に立ち向かい、何に抗い、何と戦おうとしているのか。
「……どれ程の絶望を知れば……僕は報われるんだ……」
両手で頭を抱え、這いつくばるラルフェウの精神はどこまでも摩耗していく。
ここが心の内側であるが故に、その負荷は通常の何倍にも及ぶ。
「君はまだ気付いていないのか……君は、この心から逃げられたんだ……君は……誰に救われた?」
「それは……っ!!!……ベイル様……」
何故忘れていたんだと、自分の心の浅さに気付かされる。
ラルフェウ自身が救われた時から光はたった1人───自身の英雄、ベイル・ペプガール以外に考えられない。
「憧れは、この世で最も愚かな考えの1つだが……同時に、逃避の合理化に最も有益に使える理屈の一つでもある……
……親友から貰った最初で最後のプレゼントの物語の極悪人を、英雄とした君は……縋る以外の選択肢は無いまま、弱いまま、彼の元についた」
「……はい」
「だが私が言いたいのはそこじゃない……君は最大の幸福を既に手に入れている」
「……は……」
「エルナ以外にもいるということだ……君を知り、君を好いて、君のために、涙を流せる者が」
「……アリシアさん……ですか……」
すぐに心当たりは出てきた。
アリシアは一行の誰にも等しく敬愛、親愛を抱いているが、特に自身に向けられているのはより強く深いモノだと薄々感じてはいた故に。
「君にその気が無いのはどうでもいい、ただ……君には知っていてほしい……自身の不幸が、誰かの不幸につながってしまう……負の連鎖が、存在する事を」
「……それが……何なんですか」
「───君は1人じゃないということだ」
たったそれだけの言葉が、大きく胸を震わせる。
己がいなくなれば、挫けたら、悲しむ誰かが目の前にいる。
ミルベルとの再会から、過去にばかり目を向けてきたラルフェウがようやく見えた、かけがえのない今の仲間。
不思議と、少し心が軽くなった気がした。
「……僕は……」
「人は一人では成長出来ない、一人では、刺激が少な過ぎるからだ……
……誰かがいて、数多の者と共に生きる事が……成長の、絶望に打ち勝つ最短の道だ……それはどんなに険しい道のりであろうとも……笑い合える者がいるから……歩めるということだ……
……人は誰かのために行動すれば、想像以上の力を出せる、美しく儚い、一生物の端くれなんだ」
「───」
───初めて、エルドラドの言葉が心にはっきりと響く。
───初めて、苦しみから解放される。
───初めて、戦う力が湧き上がる感覚を覚える。
───初めて、心の内側に来てから笑みがこぼれた。
「伝えたいことは全て伝えた、後は君次第だ」
「……僕は」
「ああああああああクソがあ!!!!」
するとルシファーはラルフェウの首を両手で絞め地に押し倒す。
ラルフェウは抵抗するもルシファーの力を前に抗う術を失う。
「っ!?……ぐ……か……」
「止めるなエルドラド……俺はこいつを喰う」
「構わない」
「っ!!?……」
エルドラドの言葉に疑念を抱くが、すぐにこれが最初の試練だと認知しルシファーの両手首を掴む。
「ラルフェウ君、ここまで協力してなお向き合えないのなら、君はいっそ喰われてしまえばいい……その方が、誰にも迷惑がかからない」
「っ……あ……」
「っはははははははははははあああ!!!!ようやく、俺の体が手に入る」
「……そうか……」
すると首を絞めるルシファーの両手首を掴むラルフェウの内側から底知れぬ力が爆発的に湧き上がり、ラルフェウはルシファーの手を振りほどいて容易に顔を蹴り飛ばした。
「なっ!!……ちぃ……」
「僕は僕を受け入れない……僕を許さない……
……僕の前からいなくなったエルナも、僕に入り込んだルシファーも、僕を生かしたエルドラドさんも、僕を見つけたベイル様も、僕を見るアリシアさんも……ミルベルも……
───許さない」
ラルフェウの決意は固まった。
前へ向くために、優しさを捨てた。
絶望を糧に、ラルフェウは光の先へと堕ちていく。
「それで?」
「だから喰います……2人はどうぞ僕の力になってください」
その瞬間ルシファーとエルドラドの背後から無数のどす黒い手が現れ、2人を引きずり込もうとしていた。
「なっ!!何だこれは!!」
「腹を括ったようだ……多分付け焼き刃だろうけど」
「……どういう意味だ」
「認めろルシファー、これから私達は彼の力の一部となるんだ」
「ふざけんな!!!! 俺の体はどうなるってんだ!!!! 答えろエルドラドおお!!!!」
「ははは……君も馬鹿だな」
「……はあ?……何だと?……」
「僕を黙らせたらいつでも乗っ取れたのに……いや違うか……君も知りたいんだろう、ラルフェウ君のこれからを」
「寝ぼけたこと言ってんじゃねぇぞゴミカスがああ!!!!」
「正直、僕はあまりラルフェウ君が好きじゃない……うじうじしてばかりの小心者に、腹が立つことも時たまある……
……しかし……彼は決断し行動している……私達に、付け入るスキなんてどこにも無いんだよ」
「っ……なら最後に答えろエルドラド……トリガーは何だ……」
「……恐らくは、君が彼を喰らおうとした瞬間かな」
「……ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんな、ふざけんなああああああ!!!!」
行動が全て裏目に出て、結果的にラルフェウに力を与えてしまった自身を、ルシファーはこれでもかと怒る。
(大丈夫だラルフェウ君、君は強い……誰よりも理解している……だから進め……進んで行け……この世に、間違った弱さは要らない)
そして2人は闇の中へと引きずり込まれ、ラルフェウはエントランスで目を覚ました。
※ ※ ※ ※ ※
傷やダメージは既に治っており、ゆっくり立ち上がり、怒りの表情をそのままに階段を恐ろしいスピードで上がっていった。
(待っててミルベル……君の歪みを正すために……君を殺してあげる)
次話よりラルフェウの過去編です。
よろしくお願いいたします。




