第110話 刹那の最強
「……よかったの?……」
出会った時から常に共にしており、ハロドックからバニルとの話を聞き、その刀がベイルの中でどれほど大きな存在なのか全て分かりきった訳ではなかったが、自分の想像など容易く超えてくるほどに思いは強いのだと理解していた。
だからこそアリシアはベイルに問いかけた。
「……選択に後悔はしてねぇ、今までも、これからも……俺は選んだ、それがどう転ぶか分からねぇけど……俺はあいつを信じて託した……それだけだ」
ベイルの決意は揺るがない、面影が重なるからじゃない……彼女の意思を信じたから渡したのだ。
アリシアはベイルのバニルを見る目を見てそれ以上何も言えなかった。
※ ※ ※ ※ ※
「ははは……こりゃとんでもねぇ上玉だぞ……体も力も」
「黙れクソ変態魔人」
「う~ん的確」
見たことも聞いたことも無い剣術を目の当たりにし、素人目からでも分かるその技の完成度と威力に思わずつばを飲み、口角が上がって笑っていた。
リドリーはバニルの動きを見て驚くがブレずにアリシアにくっつく。
「どうしたのリドリーちゃん……」
「アリシア~」
「何このアリシア尊俺卑……まあとにかく〝零域〟にも入ってねぇ、確かにバニルちゃん強ぇけど……これで限界なら期待外れもいいとこだ」
※ ※ ※ ※ ※
バニルの神速の剣技により全身に斬り傷がつけられ血が噴き出るヤドルモ。
呼吸を鎮め流血を抑えるヤドルモは服を破り脱ぎ捨て半裸になると、全身に力を込めて筋肉で傷口を強引に塞いだ。
「……今のは油断した……次は無い」
そう言ったヤドルモは大きく息を口から吐き、凄まじい風格を漂わせるオーラを放ち集中力を高める。
まるで野生の動物達全てがその幾万年受け継がれた野生の勘を持ってして、疑う余地なくひれ伏すであろう。
それほどまでに重厚で鋭く他を圧倒する天性のカリスマを持ち、突然変異の8メートルという巨躯と培ってきた経験という3本の矢を兼ね備える貫禄は……まさに〝暴竜〟。
巨大組織ジェノサイドの最高幹部に相応しい男は今、同種族の無名の女剣士相手に……自身もいつ以来か忘れたほどに久しく本気を出す。
その領域に踏み入れられる者数多いれど、そこいらとは次元の違う恐ろしく深く恐ろしく磨かれ恐ろしく輝く〝零域〟に入った。
「……なら次も、当てます」
バニルもヤドルモの全身全霊の覚悟を目の当たりにし、練度に大きな差はあるものの確かな脅威である〝零域〟に入った。
己の全てを込めて受けて立つ者と、己の全てを速さと刀の技に込める者……双龍の心はこの瞬間火花を散らす。
「はあっ!!」
バニルは凄まじい速度で抜刀し構え、先ほどのようにヤドルモを一度に幾度も斬りにかかった。
〝零域〟により強化されより速くより自然な剣技だった……踏み込みで地面に亀裂が広範囲に生じ、細い糸が何百本と張り詰められたようなモノが見えるほどの剣筋に、剣を極めし者達はきっと感動のあまり涙するだろう。
だがその神速の刃の数々は、先ほどは手も足も出なかったヤドルモは難なく大剣を軽やかに舞うように振り、全ての剣筋を防ぐ。
「遅ぇよ」
「っ……」
※ ※ ※ ※ ※
「そういやあのデケぇ剣、何気にキブニウムのシェルターの壁に刺さってたよな……素材何で出来てんだ?……」
「確かに、気になりますね…」
解体する事無く人々の命を守る最後の砦としてルブラーンにそびえる山型のシェルター。
それこそケイナン・クルエルが最も金と時間を費やした代物だ。
キブニウムを含んだ人類史上最固と言っても過言ではないそのシェルターに、ヤドルモはいとも容易く大剣を突き刺したのだ。
改めてヤドルモの恐ろしさを知る一行は、2人の戦いに手を出す事無く見守るだけだった。
※ ※ ※ ※ ※
バニルは音が遅れ始める程の超スピードで八方から次々に斬撃を仕掛けるも、ヤドルモは軽々と大剣を扱い、影を操りカウンターなども織り交ぜてバニルを逆に追い詰めていた。
「はぁ……はぁ……」
「脆い力だ」
(あの影……射程距離は多分3、4メートル、斬れる……けど全部が見えた訳じゃ無い……気を緩めたら死ぬ……大丈夫!!)
するとバニルは何の前触れもなく、突然背後から4体の自身と全く同じ姿形で所持品も全く同じな分身を繰り出した。
「〝分身〟……本体含む5人までなら、力は下がりません!!」
4人の分身は先ほどからのバニルの速度と同じ速度で移動し、一度に5人のバニルがヤドルモに向かって斬りにかかっていった。
「っぐ……ちぃ……」
(よし、影で対応出来るのは3人まで、あとの2人で叩く……5人共〝零域〟に入ってる、いける)
「……はぁ……仕方ない」
ヤドルモがそう言うと、身長差のため跳びかかっていた5人の分身が地面に着地した瞬間に5人の足が地面に表れていた影により溶接されたようにガチガチに固められ、身動きが取れなくなっていた。
「ふんっ!!!」
そして大剣を薙ぎ一気に4体の分身の首が飛んで消え、本体のバニルはヤドルモの大剣を咄嗟に刀で受ける。
「分身はすぐ油断をする、影分身故に思考は一つ、パターン化されている動きはザコ同然」
バニルが攻撃と同時進行で行っていた分析を読んでいたヤドルモは同じくバニルを分析し、一歩先の手を打ち有利な状況を譲らない。
するとヤドルモの影が10通りに分裂し、真っ黒な影ではあるがヤドルモの姿形のためヤドルモが10人いるのと同じ状況下を作り出し、バニルを攻撃しにかかった。
バニルはしゃがんで影達の大剣をいなし、影を斬りつけて大剣で攻撃を仕掛けるヤドルモのスキをついてはねのけた。
ヤドルモのスキを突くために右下腹部と左腿に大きな斬撃をくらい深い傷を負うものの、ヤドルモを数メートル吹っ飛ばし再び間を取る。
「はぁ……はぁ……パターン化されているのは……そちらも同じですが……」
「なるほどな、改善の余地ありか」
その瞬間バニルの足の間から先の尖った影がドリル回転をして股間から左肩にバニルの体を貫いた。
「うあっ……あ……ああああああああ!!!」
急速に隆起した地面からは多量の血が滴り落ちていた。
「……ちぃ、こっちか」
すると貫かれたバニルは消え、身動きが取れなくなったはずのバニルはヤドルモの背後の懐に斬りにかかった。
「はあっ!!」
それでもヤドルモはすぐに振り向いて冷静に大剣で受けきる。
「おいおい、4体までじゃないのか?」
「何故本当の事を言わないといけないんですか?」
「っは……だよな!!」
そしてついにヤドルモから攻撃を仕掛け、バニルより僅かに遅くとも音がほんの僅かに遅れて聞こえる程の速度で移動する。
1秒間で何十という刀と剣のぶつかり合う金属音が絶えずルブラーンに響き渡り、そんな中でもヤドルモは歯を見せて笑っていた。
「戦闘に必要なのは厳格や意思を貫くことではありません、柔軟な思考と、狡猾さです」
「あと、楽しむ気持ちな」
そしてヤドルモの背後から3人のバニルの分身が斬りにかかるも、ヤドルモは影で対抗した。
「器用ですね……」
「そりゃどうも」
「でもおかげで視野、狭まってますね」
「っ……っ!!?」
ヤドルモと直接対峙するバニルの10メートル背後から刀を大きく振り上げているバニルが突如ヤドルモの視界に現れる。
そのバニルは大きく息を吐き、閉じていた目を開いて刀を振るう……そして無数の斬撃波が発生し全てヤドルモに向かって放たれていった
バニルの刀を振るう速度があまりにも速いために、常人にはゆっくり振り下ろしたように見える。
「───緋龍真剣術、弐ノ緋……〝斬吹雪〟」
ヤドルモは影の盾や影を利用し分厚く地面を隆起させ壁を造るも、無数の斬撃波はそれらを容易に壊し、バニルとの高速の対峙でそれ以上の手が打てないヤドルモに向かっていく。
その瞬間ヤドルモの元に爆発のような轟音がルブラーン全体を覆うように鳴り響き、大規模な土埃がヤドルモの周辺を覆った。
「……あ……」
そして10数秒後に土埃が晴れると、そこには足を溶接されたように固められ身動きが取れず筒状の影に腹部を貫通されたバニルがおり、周りには数メートル程隆起した地面が数本立っていた。
ヤドルモが踏み込んだ際に衝撃で地面が隆起したのだ。
「……あ……ああ……」
「見た目、声、オーラ、動き……全くスキの無い呪力だが、その剣術を使えるのは本体だけのはずだ……2つしか見てないが、どれも一度の負荷が恐ろしいはず……読みが当たった」
※ ※ ※ ※ ※
「にしても今のあれよくかわしたな」
バニルが放った斬撃波から逃れる術は全くもって無いと思われたが、その窮地から脱したヤドルモを思わず賞賛するベイル。
「ああ……自分の影じゃなくて大剣の影であの斬撃波を掻き消し、同時に大剣で斬撃波を対処、激しく動くもんだから土埃も巻き上がる……呪力をあそこまで器用に使うとはな……」
「いつの間にかハロドックさんが解説役に……」
全てが見えていたハロドックは自画自賛する解説でラルフェウを唸らせにかかったが、ラルフェウが唸ったのはそこではない。
「な~に調子乗ってんだ……」
※ ※ ※ ※ ※
「……っ!」
バニルは自らに刺さる筒状の影を前後共に斬り、無理やり体から異物を排除した。
そして貫かれた際の衝撃で一瞬意識が飛んだバニルの〝零域〟は解かれていた。
「っぐ……あ……はぁ……はぁ……」
バニルは大量出血と大技発動による疲弊により、まともに立てず右膝を地面に付けていた。
「終わりだ」
「バニル!!」
いても立ってもいられなくなったのか、思わずベイルはバニルに呼びかける。
意識を保つのもやっとなバニルはそれでもベイルの方を振り向いた。
「お前の全部俺に見せろ!!!」
「……ベイル……さん……はい!!」
体を震わせながらも何とか立ち上がり、様になった構えで刀を再度握りしめる。
「……一度きりです、はああああああっ!!!!」
明らかに〝零域〟とは類の違うエネルギーでバニルの体は満たされようとしている。
枯渇したと思われたバニルのオーラはそのエネルギーに伴い急激に増幅し、反動でバニルの右目は赤くなっていた。
「マジかよ……」
「何なんすか……」
「……〝龍化〟……しかも昼間に……隻眼……どう見ても聖龍神のなり方じゃねぇか……いや、ディルキアは左目だったか……どういうことだ……」
そう、本来龍人族の能力である〝龍化〟は夜間にのみ発動可能なはずだが、ケイナンと同様にバニルは昼の現在に〝龍化〟したのだ。
「……ベイル様よく見抜けましたね……これがあること……」
まだバニルが出し倦ねてるとっておきがあるはずだとベイルは呼びかけ、バニルを鼓舞し〝龍化〟に至らせたのだ。
※ ※ ※ ※ ※
「断末魔はそれでいいか」
昼間の〝龍化〟に大して驚かないヤドルモはバニルの首を刎ねようと、無慈悲な速度で右から左へ大剣を薙いだ。
しかしバニルは、左手の親指と人差し指でつまむように止める。
「なっ!!?……ちぃ……」
ヤドルモは影で立て続けに攻撃をするも、バニルは微動だにしないようなまま、一瞬でシュレッダーにかけた紙よりも細かく斬り刻んだ。
「っ!!?……はあっ!!!!」
ヤドルモは7本の尖った大きな影をバニルに突き刺しにかかり、同時に大剣を振り下ろしにかかるも、バニルは瞬時に地面と大剣の両方を粉々に斬り刻んだ。
「うっ!!?……う……」
今までからして考えられないバニルの圧倒に、本気の闘いを始めてからようやくヤドルモは表情を強張らせる。
「〝龍化〟ってそんなにすごいの?…」
「ああ……普通は夜にしか使えねぇし両目赤くなる……そのかわりアレを除けば……全世界最強の強化だ……なんせそもそもの力に、龍の力が掛け合わされるんだからな」
アリシアには〝零域〟と〝龍化〟の違いが今ひとつ分かっていなかったが、〝零域〟は生命エネルギーを消費して爆発的な強化を図るものだ。
しかし〝龍化〟とは強化ではない……龍の血を受け継いだ、力の原始回帰。
かつてこの世に存在した絶大な存在、龍の力を得られる……個々の強さは個人差があるが、昼間にさらに片目だけを赤くする〝龍化〟の強さは───何よりも上回る強化だ。
「緋龍真剣術、伍ノ緋───」
バニルはそう言って腰を低く態勢を取り、刀を持つ右腕を引き、切っ先をヤドルモに向けた。
「っ……ああああああ!!!!」
ヤドルモは大剣と影との攻撃をを同時に発動し、バニルに総攻撃を放った。
「───〝霊峰龍穿〟」
するとバニルは恐ろしいスピードでヤドルモの腹部を突き刺し、遅れて衝撃波がやってきてヤドルモの攻撃を全て吹き飛ばし、ヤドルモの腹部に今にも体が引きちぎれそうなほど大きな穴が空いた。
その威力はまさに、霊峰と称されそびえ立つ巨大な山をも穿つ剽悍な竜頭のように激しく強いモノだった。
ヤドルモは吹き飛ぶ事無くその場で仰向けに倒れ、2度と動かなかった。
「はぁ……はぁ……うっ……」
そしてバニルも力尽き、その場で膝から崩れ落ちうつぶせに倒れた。
「さっさとバニルちゃんの腹塞げよお前、駆り立てた元凶なんだからよ」
「……すげぇな……」




