第102話 計画の全容
アリシアがハロドックの手によりルブラーンを脱する5年前、夜遅くにケイナンは人間界のどこかにある隠し小屋で1人椅子に座っていた。
そしてノックもせずに玄関から鍵のかかったドアを力尽くでこじ開けて入ってくる男がいた。
───その男は、ドグラ・マギアス
「ここは周りに誰も住んでいない、どの監視も無い、安心して話せ」
「証拠が胡散臭ぇ野郎の口だけじゃ安心どころか恐怖すら感じるが」
「……今回はサンプルの提供ありがとう、ジェノサイドの幹部様がわざわざ」
「しょうがねぇだろ、人間達にとって血液の適合率がジェノサイドの中で最も高かったんだからよ……」
ドグラは小屋のひとつしかないドアにもたれかかり立ったまま話を進める。
「けど何で三大禁忌の種族変化を人工でするんだよ、まあタブー的にはギリアウトだけどよ」
「技術の素材や原型、設計図は全てルブラーン王宮の地下にあった……それを王宮内部だけで駆使すればいざ戦争となれば大きな拠点となるルブラーンの最大の武器となり得る……
……チャーリーはそれが戦争の引き金となるからダメだと言っていたが、こちらの事情など他種族は関係ない……いつの時代もこのルブラーンという場所が戦争を左右させる出来事を起こしているからな」
用意されていたかのように淡々と説明を続けるケイナン、その話を口を挟む事無く腕を組んで聞くドグラ。
「しかし要塞化だけでは無駄だ、どれほど科学が進歩しようが人がいなければ成立しない……そちらにいるハリー・ベイゼルどのしかこれは成し遂げられなかった……」
ケイナン曰く、人間界はたとえ何百年孤立した土地でいられても必ずそれを破る輩は現れる。
その時の対策として文明の発展と戦力の向上は絶対に必要不可欠だった。
そのために、強い人間界を創り上げ如何なる事態でも対応可能な世界とするべく障害となるチャーリーを王座から下ろした。
そして強い人間界を創り上げるためには人間界にしか無い抑止力となる絶大な何かが必要だと気付き、その位置にケイナンは〝ホシノキズナ〟を据えた。
ユリを回収し〝ホシノキズナ〟を覚醒させたならジェノサイドとて迂闊に手は出せない強大な地として他種族と対等な関係となれると踏む。
しかし肝心のユリは病魔に冒され、ハロドックから奪取してもどう足掻いても覚醒は不可能と確信した。
ならばと次の継承者が生まれるまで、婚姻の義などという時間の無駄とも言える行事を避けるべくこれまでも趣味だった娼館の女達に何人も孕ませるが、継承者は現れず子は全て産んだ女達に押し付けるように委ねた。
資料には何百年何千年に1人とされているため、その時が来るまで粘り強く子を作り続けた。
その間に見つけた資料による技術でルブラーンの要塞化を図っていたが、そのどれもがキブニウムという人工素材を使わなければ出来ないとされていた。
しかしキブニウムの元となる固体の元素の採掘場は全てジェノサイドが所有していた。
何とか使わせてくれないかとケイナン自らが直談判すると、ガービウ・セトロイが直接交渉に当たってくれたのだ。
これによりケイナンはジェノサイドからキブニウムの使用権、〝ウーヴォリンの神樹林〟に繋がる〝扉樹〟の性質を応用した転送装置の技術、そして種族変化の技術、そしてそれら全ての資金の無制限援助、さらに不可侵条約を結ぶことが出来た。
それほどに金をかけてまでジェノサイドが対価として提示したのはたった2つ、人間界と〝ホシノキズナ〟だった。
要するにケイナンの望みを叶えるから叶えば人間界の全てをくれ、という事だった。
コーゴーは〝ホシノキズナ〟とクルエルの血族をよく思っておらず、どうせそちらと馬が合わないならジェノサイドと協力した方が利益が生まれると踏み、交渉はあっさり成立した。
希少素材のキブニウムをかなりの量を使うためにルブラーン要塞化は何百年もかかるとされていたが、それは問題ではなかった。
やがてコーゴーが本格的にクルエルを滅そうとする日が来たならば、要塞化の作業中はジェノサイドが護ると公言したためどこからも妨害工作は無く、470年の時を経てルブラーンは要塞化した。
キブニウムを作り出すためには恐ろしく時間がかかるのでこれだけの時間を要したのだ。
しかしここである懸念がひとつ生まれる───ハロドック・グラエルの存在だ。
ジェノサイドはハロドックとも不可侵条約を結んでいるためハロドックが絡んだ際だけはジェノサイドは動けないとケイナンは知る。
ならば覚醒以前にどうしたってハロドックは継承者を攫う、しかも為す術は無いと来た。
だったらその時のためにジェノサイドから得た転送装置を使おうがハロドックの未知数な働きで覚醒を拒むやもしれない。
それ自体は催眠術を駆使してどうにかなると計算したが、そうすれば己の意思は消え失せやはり覚醒はしない。
そしてケイナンはもしもの時のために資料にも無い……〝ホシノキズナ〟を抽出し別の肉体に移植させる装置は無いかとジェノサイドに尋ねる。
結果ハリー・ベイゼルならば造れるとの返事が届き、その設計図と必要なモノ全てを記した資料を提供してくれた。
この時点で既にジェノサイドの一員となっていたケイナンはその装置の開発を進め、10年の歳月をかけて完成させた。
コーゴーからは新たな長官としてルナを招き、ルブラーンの監視という任務もあるルナだったがその時には全ての準備が整っていた。
その数年後に女の子が誕生し、〝ホシノキズナ〟提供者だと発覚する。
ハロドックに怪しまれないためにこれまで通り継承者の少女を軟禁し、夜な夜な催眠術をかけて10年近くかけて絶対服従を可能とした。
やがて初潮を迎えると少女の血液を採集し、装置にデータとして少女の情報を加え、いざというときに装置は少女とケイナンにのみ作動するように設定された。
最初から転送装置を使うのではなく、外である程度の刺激をハロドックの手により受けさせ覚醒の意思に近づくように持たせ、人間界を出る直前に転送装置を作動させる。
そこで覚醒への道を歩ませるように説得させ、不可能と判断すれば催眠術をかけて装置を作動させる。
ケイナンが宿らせようがどちらにせよ、覚醒さえすればジェノサイドとの交渉は成立し晴れて強い人間界を創るというケイナンの悲願は叶う。
これが500年という歳月をかけたケイナンの計画の全貌だ。
そんな用意周到なケイナンにもジェノサイドにも予想出来なかった誤算は、継承者がハロドックではなくベイル・ペプガールと共に行動したこと、そしてその一行の戦力が種族変化を遂げた兵団などを組んだルブラーンをも上回っていたということだ。
そんなことはつゆ知らず、この時のケイナンは種族変化の遺伝子サンプルを提供してくれたドグラとの密談を行っていた。
「龍人族の俺なんかより、人間は魔人と相性が良いんじゃねぇのか?」
「最初は魔人の血をモデルにすることも考えた、魔人と人間は相性が良いが、無駄も多い……魔力を取り入れなくては絶命する短命なポンコツは無能すぎた……
……和人族は7種族で最も平均身体機能の高い種族だから欲したが、人間との相性が悪い上、四大勢力のひとつである一国が和人族の世界を統べている、ジェノサイドすらも容易に干渉は出来ない……
……自然族、妖人族は特異すぎて不可能、巨人族の巨躯はこのご時世武器にすらならない……
───故に龍人族」
「……おいおい……消去法かよ……」
「結果的にはな」
「……何のために……んな事……やってんだ?……」
「弱い奴でもある程度強化されたなら戦力になるだろう」
「……はっ、人間界はいつの間にかジェノサイドの実験圃場になってたってか」
「そのかわり援助は受けた、底なしの資金力の雀の涙だろうがな」
「なんでそんなこと俺に言うわけ?」
「自慢だよ、500年温めた野望が叶うときが来たんだ……自慢くらいさせてくれよ、はははは……っははははははは!!!!」
※ ※ ※ ※ ※
「……殺す?……大きく出たな……しかしそれは愚考だ」
「あなたは私を殺せない、絶対に」
「だとしたら?俺を殺す手段などお前は持っていないだろう」
図星を突かれたために怯むが、それ以前にアリシアはさっき見たケイナンとは比べ物にならないほど見ただけで絶望感に襲われる。
今すぐ逃げ出したい、だけど叶わない……殺すと口では言っても、この絶望感に打ち勝つにはハロドックの後押しだけでは足りない。
オーラがはっきりと見えなくても分かる……この男はヤバいと細胞が震えている。
だからといって、自分にしか出来なくてここに来たのだから自分が怯んでいても仕方が無い。
半ば強引に負の気持ちを押し込めてアリシアはケイナンと対峙する。
「無理すんなよアリシア」
「……何故かベイル・ペプガールはお前を固有名詞で呼んでいるが、お前に名を与えた事はなかったよな?」
「は……話を……逸らさないで……」
「言いたいことはそれだけか?」
「……ええ」
「本当に何をしに来たのやら……
───跪け、我が道具」
ケイナンがそう言うと、再びアリシアの記憶が一瞬で消え去り、アリシアの目の色は徐々に褪せていき、アリシアは右膝を付いてケイナンに跪く。
結局全てが振り出しに戻った……アリシアは幾年の歳月をかけたケイナンの計画の前に倒れたのだ。
「邪魔をするな、そのままここで座ってろ」
「はい」
何も出来なかった、何も成せなかった、ここに来たところで何が出来た訳でも無く、ただただ返り討ちに遭うだけに終わった。
「まあ催眠術かけようがかけまいが同じなんだけどな」
するとベイルはアリシアに人差し指を向け、不審に思ったケイナンがアリシアの方を向くと後ろを向いた僅かな間にアリシアはうつぶせに倒れていた。
「……どういうことだ……」
「生死の狭間に追いやった、俺はゴーユの民だ……生命体の操作って能力はこういう時に便利だよな」
「……何のために……」
「アリシアは会わなきゃなんねぇ奴がいる、そいつと会うにはこうするしか方法は無い」
※ ※ ※ ※ ※
アリシアを見送った後、ハロドックは右足の靴を脱ぎかかとの靴底を箱のように開け、そこから2つ弾丸程の小さな球を繰り出した。
その球はハロドックの魔力に呼応してひとつひとつが手のひらサイズに巨大化した。
ハロドックは2つの球を機械に向かって投げつける。
すると2つの球が機械に触れた瞬間にくっつき、粘土のように広がっていき機械全体を覆った。
「……な~んじゃこりゃ……」
そして2つの球に覆われた機械は、上から徐々に溶けてドロドロになり最終的に気化し、30秒程で機械は消失した。
「爆弾なんかよりぶっ潰すのに確実性がある、これも女からもらった〝魔操滅球〟だ」
「へ~ぇ」
「……何でアリシアを送った……アリシアは何も出来ない……何のために!!」
「まず今のケイナンと自分の立ち位置を見て貰う……そっから生まれる恐怖心でアリシアの心を丸裸にしたところでベイルにアリシアを死にかけにしてもらう」
「何だと!!!!!」
聞き捨てならない言葉を口にしたハロドックの首根っこを容赦なく握る険しい表情のリドリー。
「全部計画だ……アリシアが覚醒させるためには……奴に会うしかねぇ……」
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アリシアが目を覚ますと、ルブラーン王宮での自分の部屋の床に寝そべっていた。
「……え……」
「早過ぎる」
その部屋の窓に座り、腕と足を組みながらアリシアを見下ろす者がいた。
奇しくも「その者」はアリシアと全く同じ容姿をしていたのだ。
「……誰……ですか……」
「───私は、お前の心だ」




