エピローグ
パラリュスの南西……小さな島の、小さな神殿。
「……来たか」
ソータは白い空を見上げた。
その傍には、体長3メートルぐらいの黒い獣がのっそりと佇んでいる。
その赤い目が、少し上を向く。
「そうね……」
神殿から出てきたミズナが、ちょっと嬉しそうに呟いた。
空から……青い靄がゆっくりと降りてくる。
やがてそれは少しずつ形となり……地上に着く頃には、一人の青年の形になっていた。
“われの使徒だ。しばし休む故……よろしく頼む”
女神テスラの声が聞こえ……青年に纏わりついていた青い靄は、神殿の奥の宝鏡に吸い込まれていった。
「……知ってるっての」
ソータが呟く。青年はその様子を少し不思議そうに眺めると、その場に跪いた。
「……ソータ様……ミズナ様。このたびは結の双神として三級神となりしこと、誠におめでとうございます。わたしは女神テスラの第一の使徒、ユウディエンで……」
「だから知ってるっていうのに……」
ソータは腕を組むと、溜息をついた。
ミズナがソータの背中をちょんちょんとつつく。
「ユウさんはまだ思い出せてないんだから……合わせてあげないと」
「こっぱずかしいんだよ!」
「もう……あれから230年も経ったのよ。それにやっと正式な神になる訳だし……いい加減、慣れましょうよ」
「無理!」
「あの……」
ユウディエンは困った様子で二人の顔を見比べた。
「ああ……悪い、悪い。こっちの話」
「お二人は……いつも、ヒトの姿で……?」
「元はこっちだからな」
「……?」
「さあ……行きましょうか」
ミズナがにっこりと微笑んだ。その声に、ソータの傍にいた黒い獣がのっそりと立ち上がる。
「はい……背中に乗ってね」
「はぁ……これは?」
「駆龍のドゥンケよ」
「駆龍……」
ユウディエンが乗ろうとすると、ドゥンケがグルグル……と唸った。
「あの……」
「ああ」
ソータが振り返った。
「恋仇みたいなもんだから……ちょっと嫉妬してるんだろ。気にするな」
「恋……仇……?」
「まぁ、そのうち思い出すだろ。……行くぞ」
「あの……行くって……どこへ?」
「……約束の場所!」
ソータはそれだけ言うと、ニッと笑った。
知っている……この笑顔を、見たことがある気がする。
ユウディエンの胸が、少しざわめく。
「ふふ……」
ミズナが少し笑った。
「ソータくん。やっぱり……行く前に、来ちゃったわね」
パラリュスの白い空……そのはるか彼方を指差す。
ミズナが指すその空を見て、ソータは溜息をついた。
「……さすが、と言わざるを得ないな……」
二人が見つめる先を……ユウディエンも見つめた。
そこには……青い飛龍。
あっという間にソータ達に近づいてくる。
「あーっ、こんにちはー! オリエソール=フィラ=チェルヴィケンですぅー! サンに呼ばれて来たんですけどー!」
幼い……8歳ぐらいの少女が、飛龍の背中から身を乗り出して大きな声で叫ぶ。
そして、ぽーんと飛び降りた。
「……想像通り、めちゃくちゃ元気だな」
思わず呟くソータの隣で……ユウディエンは目を見開いた。
少女の首に下げられていた鎖……その先についていた石が、揺らぐ。
パラリュスの白い空に映えて、赤にも青緑にも――輝いて見えた。
≪ 完 ≫




