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29.誕生日に(エピローグ2)

 戴冠式の前日は祝祭より一夜を切った緊張感が王宮内に漂っていた。

 ルナは特に気に留めるでもなく、独り人気のない場所を選んで佇む。朝方からずっと、復旧を後回しにされた後宮の崩れた一画で、何やら術式を展開していた。

 この場所はおそらく手を入れるのはかなり先になるだろうし、場合によっては放置されたままかもしれない。千年を治めた魔王の時代も取り立てて栄華を誇った訳ではないが、余裕の少ない当代では維持する価値も低い。


「だから都合がいいんだけどね」

 魔力を集中させ、ルナは遠く遥かながらよく見知った世界の道を繋ぐ。

 あの日、こちらに転移させられた地点、空間を結ぶ目印が見えた。

 右の瞳でこの世界を捉え、左の瞳で彼方の世界を覗く。


 不意に両の視界が塞がれた。

 チカチカと白く点滅し、

 やがて俄に開ける。


 一陣の風が吹き抜けた。

 明るくなった景色に、薄紅色の花びらがひらひらと舞っていた。



 ――桜。



「どうしたんですか、これ?」

 背後から聞き慣れた後輩の声がかかる。

 ルナは振り返らず、目の前に現れた一本の樹木を見上げた。


「さくら」


「殆ど散ってしまいましたね」

「来年も咲くかな?」

「どうでしょう? 気候とか違うかも」

 更田はルナの髪に付いた花びらを掬った。

「毎年観たいから、わざわざ召喚したんですか?」

「高等部の校舎裏のね」

「ああ……日当たりのせいか少し開花が遅かったんでしょうね。まだ花が残ってて良かった」

「枯らさないように少しいじる必要はあるね」


 桜の幹に直接手を触れ、ルナは意思を込める。

 別の世界の存在でもこの世界に適合するよう変異させる。ルナにとってはさほど難しい術ではなかった。……そう、自らの肉体を含めて。

「誕生日になったら咲けばいいと思うよ」

「なるほど」

 幹を撫でるルナの右手に、更田の左手が覆い被さる。そのまま、熱と想いを綯い交ぜに握り締め、繋ぎ合う。



「あの日が、誕生日だったんですよ」


「そう」



 後輩の少年は以前と同じ熱で告げた。

 先輩の少女は以前よりも柔らかく応えた。


  

「私は先月の終わりだったよ」



 <完>

ありがとうございました

あと所感と登場人物を載せて終了です

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