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28.これから(エピローグ1)

『先輩の好みのタイプってどんな感じですか?』

『……長生きして、私を置いて死なないひとかな』

『未亡人みたいな答えですね』


 ああ、でも置いていくのも嫌だから、

 世界の終わりで共に死んでくれるひとがいい。






 ◆ ◆ ◆



 荒れ果てた王宮を復旧させるのと同時に新たな魔王の戴冠式の準備を進めるため、臣下一同は揃って大いに慌ただしくしている。

 政治中枢は一時的に混乱に陥ったものの、人員の大半を予め宰相の裁量で退避させており、常態を取り戻すのに膨大な時間はかからないだろう。

 更田は即位式前から正式な魔王の後継者として政務や軍務に携わっている。積極的かつ精力的に取り組む姿は臣や民に安堵を与えた。


 15年の空白を経て、世界は再び魔王を戴く。

 喜びの影には犠牲があり、罪があり、裁きがあった。何れ時をはかって仔細が公表される日も来るだろうか。

 それでもルナという少女の正体、即ち千年を治めた王の転生体の存在は秘匿され続ける。当人の望みもあるが、ようやく訪れた次世代への始まりに障害となってはならない。古き日の象徴などもはや無用の長物だ。



 ルナは単なる新王の客人として王宮に滞在している。金色になった右眼は眼帯で覆いただの小娘を装っているが、更田が宛がわれた私室に連れ込むため、穿った憶測を呼んでいるらしい。

「寵愛を狙う女性たちに睨まれて困るんだけどね。その手の胆力はないから」

「耐えてください」

 事情を知らぬご令嬢たちに囲まれては質問攻めにされているルナは、辟易として肩を竦めた。

 職務の休憩中に更田は必ずルナに会いに来る。気まぐれに王宮の内外を出歩いている筈なのに、何処にいても嗅ぎつけて現れては連れ去るのだから質が悪い。

「俺は先輩を手放す気はないですから」

 何かにつけ、更田はこちらの世界に巻き込んでくれた時と同じように笑って言う。つまりは最初から仕組んでいただけの話だ。

 ルナは呆れながらも非難も否定もしない。ただ静かに押し黙った。





 即位式を翌々日に控えたその日、ルナは軍の訓練場でシャランとアルタイルに会った。

 元帥の強い要請により復帰したシャランは、当面は中央に残留するものの、新王の統治が落ち着いたら再び辺境へ戻る予定だと言う。

「私みたいな立場の者が近くに居過ぎるのも良くないと思うし」

 権力があれば阿る輩も続出する。養い親など恰好の的だろう。あしらえないシャランではないが、面倒事は極力避けたかった。

「惜しい。シャラン嬢には俺の補佐に就いて欲しかったのだが」

「光栄です、元帥殿。でも私の忠誠はそもそも軍にはないのです」

「プロメテウス、か」

 シャランは迷いなく肯く。


 まだ幼少の頃、魔獣災害で家族を失い彷徨い歩く紅髪の少女を、たまたま視察に訪れていた宰相が保護し、何故かそのまま手元で育てた。さすがに公にはしなかったが、首都の私邸に匿うように密かに逗留を許され、教育を与えられた。

 拾われた際の地名について聞くと、ルナが得心したと微笑った。

「同じ場所で……翡翠の瞳をした、女の子みたいな少年が独りで泣いていたのを憶えているよ。ずっと昔のことだけどね」

「同じものを返しただけだと、次代に繋げるのが責務だと、プロメテウス様が」

「そうか、だからシャラン嬢は……」

 人材として未練はあれど引き留めはできない。仕方がないとアルタイルは諦めを口にする。

「まあ、既に概ね反抗勢力の始末はついた。当面は俺だけでも問題ないだろう」


 地方における叛乱の首魁である守護者クロイツ、中央の政敵となり得た先王の血族を中心としたソルの派閥は、ともに新王が頭を潰したため機能を喪失している。王権が絶対的なこの世界に於いて、小規模な反発を除けば大きな混乱の可能性は低いと予想された。

 一年かそこらでシャランは見極めを終え、首都を去るだろう。役割には結末がある。一仕事が済んだら次に従事するだけだ。

「そんなわけで私は長くここにはいないけど……ルナちゃん」

「そうだな。御身は如何されるおつもりか?」

 二人は同時に気になっていた質問をルナに投げ掛けた。

 ルナは答えない。


「どうかな」

 もはや魔王ではない身の上が何処で何をしようとも指図は受けない。隠されてない漆黒の左眼に冷ややかに醒めた意志を感じ取り、追及は叶わなかった。





 同日の夜にルナはプロメテウスとも会った。正確には、職務に追われ王宮を駆け回り滅多に戻らない宰相を待っていたら、夜が更けていたのだ。

 宰相宮の執務室で客用椅子に悠然と寝そべる少女を見て、プロメテウスは苦笑して近づく。


「相変わらず苦労性だね」

 気配に気づきゆっくり上体を起こすと、ルナは労いをかけた。

「新たな王も楽をさせてはくれませんから」

「私よりもそつなくこなすと思うよ。保証する」

「優秀な方ではあるのでしょうね」

 自然とルナの正面に座して、プロメテウスはかつてのように気安く話す。

 今は眼帯を外したルナの色違いの両眼には、何かに吹っ切れ穏やかな表情が映っていた。


「ロメゥは……辞するつもりなんだね」

「ええ」

 プロメテウスは揺るぎない決意で肯定する。

「元より、後進の育成も進めていました」

「長かったか」

「そろそろのんびりさせてもらっても罰は当たらないでしょう」

「含むところでも?」

「いえ」


 長い純白の髪が僅かに揺れる。白皙の美貌には翳りはなかった。

「私の主君は彼ではないというだけです」

「頑固者」

 ルナは皮肉気に融通の利かない臣下を揶揄する。

 端から先代亡き後も宰相職に残留していたのは、遺言じみた頼みを聞き、約束を守り職務を全うしたに過ぎない。プロメテウスの忠誠は飽く迄千年を治めた魔王の元にある。転生する以前から、ルナは当然に理解していた。

「ロメゥ」

 だが追従する配下としてではなく語り合う友として、ルナはその名を呼ぶ。


「私はどうすると思う?」

「……それは」


 返答し難い問いを向けられ、プロメテウスは一瞬面喰う。

 その反応を横目で見遣った後、ルナは再び身体を横たわらせ、そのまま寝息を立てた。

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